企業のダイバーシティ経営に取り組む経営者や人事部門の担当者が、外国人やLGBTなど多様な言語や生活文化、思考をバックグラウンドに持つ従業員を単に受け入れるのではなく、いかに経営の力に変えていくことができるのか。

Googleで人材育成やリーダー開発に携わり、現在はプロノイアグループ率いるピョートル・フェリクス・グジバチ 氏と同社の星野 珠枝 氏が、制度や環境づくりに留まらず、一人ひとりの多様性を見出し、融合して、新しい価値創出につなげるための文化醸成やマインドセットに迫ります。

自分の中の多様性に気づき、ダイバーシティ文化を醸成するこれからの企業経営

ダイバーシティは「アジャスト」から「インクルージョン」へ

今や電車の中もコンビニも、どこを見回しても外国人を見かけない日はなくなっています。様々な言語が溢れ、訪れる外国人ビジネスマンや観光客が文化の違いに悩まされることのないくらい日本はグローバル化が否応なく加速しています。そして僕、ピョートルもそのうちの1人なわけですが、都市部にいて外国人だからという物珍しい視線を受けることも今やなくなりました。

ただ本当の意味でのダイバーシティはこれから。目に見えてわかる外国人だけではなくLGBTや障害、宗教、更には生い立ちや職務経験など様々なバックグラウンドを持つ人たちが共に生活し働き、次の未来を創っていく時代に突入しています。

そこで問題になるのが、単に受け入れて共に働ける環境や制度を整備するのか、それとも違いを理解し、違いから学び、新しい価値を生み出すことができるのか。かつて80年代のアメリカにおけるダイバーシティを見れば答えが浮かび上がるでしょう。

女性や黒人、ヒスパニックがマイノリティであった当時、そこには「アジャスト」の考え方が根底にありました。つまりマイノリティを受け入れざるを得ない状況において共存共生のための社会インフラやシステムに移行しましたが、それはあくまでもフィットさせることであって本質的に融合する意味を持たなかったからです。

けれど次第にそれまでマイノリティだった人々が大量に流入し社会進出するに連れてワスプ(ホワイト・アングロサクソン・サバーバン・プロテスタント)がマイノリティ化し、ワスプもまたダイバーシティ要素のひとつとなり、「アジャスト」ではなく「インクルージョン」が求められるようになりました。いわば共栄の考え方です。

今、日本企業が直面しているのはまさに「ダイバーシティ・インクルージョン」。多様な人々が机を並べて働くようになり、そこに新しい企業文化や働き方を生み出す世界が訪れています。

そんな中で僕たちが気づくべきなのは、会社に集まっている一人ひとりがマイノリティでありダイバーシティをもたらしているということ。つまり、自分の中の多様性に気づき、相手に伝え、互いに違いを理解した上で面白いことをやっていく可能性が出てきています。

自己認識と自己開示で自らの多様性に気づく

僕たちの経営するプロノイア・グループでは社員にそれぞれのライフジャーニーを描いてもらうことから始まります。生い立ちやライフイベント、人生の転機を通じたそれぞれの文化や価値観、言語、夢...。同じ日本人でもこんなに多様なのかとびっくりするくらいダイバーシティに満ちているんです。日本人だからと言って同じような思考をするわけでもないことをまずは理解しなければいけない。

その上で、違いをいい意味でお互いに利用すればいい。そして1人の中の多様性をもっともっと増やしていけば、お互いにとって生み出せる価値は際限なく広がっていくはずです。

とにかく瞬発力と社交性に優れた社員や学者肌で論理思考の社員、大手日本企業に長年勤めていた社員や新卒社員まで、プロノイア・グループにはフラットな組織ながら様々なダイバーシティが混在しています。それに加えて副業やインターンの学生も。

新卒一括採用でみんなが横並びの日本人だらけの日本企業では、まず起こらないような衝突や対立が毎日のように発生してます。ヒエラルキーな指揮命令系統ではなくフラットな組織で、それぞれの意図も行動パターンも全く違うから当たり前といえば当たり前。

だから大事にしているのは、まずコミュニケーションをよく取ること。伝えたつもりやわかっているつもりでも、相手の意図をよく理解して行動が伴っていなければ必ずと言っていいほど衝突が起こります。そのためには意図のさらに背景にある意図、つまりその人を成す価値観を理解することが必要とされています。

今の日本企業がダイバーシティ経営に直面する中で求められるのは、経営や人事戦略としてこの社員一人ひとりがもつ価値観にフォーカスすることだと僕たちは考えます。なにも、外国人やLGBT、障害のある人などに限った話ではないんです。彼らと肩を並べて働く新卒採用の日本人だって同じことだと思います。

まずは自分の中で大事にしていることや実現したいことを認識する、自己認識が最初のステップ。自分が何者で、働くことを通して社会にどんな価値をもたらしたいのかを問いかけ、明確に持つことです。そして次のステップとして、それを言語化して相手や周りの人に伝える自己開示。この段階で初めてダイバーシティが顕在化してきます。その次にそれぞれが自己実現をするための相互の理解と支援へとつながります。

慣れたパターンを捨てて、π(パイ)型人材になる

自分の中の多様性に気づくこと、そして広げるためにはなにが必要なのか。

それは、これまでの慣れた職場や慣れた生活から一歩外に踏み出して、新しいパターンをつくってみることにヒントがあります。仕事の後の一杯を上司や同僚とではなく、いろんな企業の人が集まるコミュニティに参加してみたり、いつもの駅のひと駅手前で降りて家まで歩いてみたり。ちょっとしたことで普段見えなかったものや、新しい気づきがあるはずで、自分の価値観に取り込んだり思考や手段のひとつになってきます。簡単に言えば、「引き出し」がどんどん増えていくということなんです。

特におすすめしたいのは企業間コラボレーションの場に行ってみることです。知らない人が集まる場で、自分がどんな人で何を目指しているのか、そんな話をするうちに自ずと多様性に気づくことができるし、それを言語化することが求められます。

その逆に、自社の企業文化や働き方にはない様々な多様性にも触れることになります。企業の人事部門はもっと積極的に社員の背中を押して、いわゆる「他流試合」の場を提供していくべきなんです。企業間の交換留学や副業でもいいです。今は副業の許可や20%ルールなど、本来業務だけに縛りつけることなく、様々な職務経験を推奨する企業が増えてきていますが、副業受け入れも同時に進めていっていいと思います。

僕たち自身、人が集まるところに行くのは大好きです。まだ二十歳くらいの若い女子大生が実は起業家だったりと、外見ではさっぱりわからないような面白いことにたくさん気づかされるし、そういう人たちとのつながりが僕たちの多様性を広げてくれるからです。

多様性を持った人を僕たちはπ(パイ)型人材と言っています。様々な分野に興味や知識、経験を持ち、常に「掛け合わせ」できる材料を手元に多く持っていればいるほど、新しい発想や閃きが増えてくる。π型人材は、まさに企業が求めるイノベーションの源泉であり、未来の事業を担うアイデアの宝庫になっていくでしょう。