
サッカー日本代表コーチ・手倉森氏が選手と直接対話する理由とは?相手の心を動かすヒミツは "温かみのある感情伝達” にあった
- 福富信也
- 2017年6月26日
- ニュース
- 2,796

起きている時間のほとんどを職場で過ごす私たちですから、職場の充実はすなわち人生の充実と言っても過言ではないはずです。
「スポーツ×ビジネス」という切り口から、チームビルディングというテーマのもと、上司目線・若手社員目線・組織全体への提案など、様々な角度からアプローチしていきます。
▼プロフィール
1980年3月生まれ。信州大学大学院教育学研究科修了(教育学修士)。
横浜F・マリノスコーチを経て、2011年に東京電機大学理工学部に教員として着任(サッカー部監督兼務)。日本サッカー協会公認指導者S級ライセンスで講師を務め、Jリーグのトップチームから育成チームまで幅広い対象へのチームビルディング指導を行う。
2015年5月、組織論を主としたスポーツ指導、講演や執筆などの事業を展開すべく株式会社Humanergyを設立。
▼指導
サッカー界のみならず、スポーツ全般、幼~高までの教育分野、企業などへの講演、研修会、セミナーなど多数。
▼著書
スポーツ向けの「個」を生かすチームビルディング(KANZEN)
ビジネス向けの「勝つ」組織 集団スポーツの理論から学ぶビジネスチームビルディング(KANZEN)
▼その他
オンデマンドセミナー、雑誌の執筆やテレビ出演など。
>> 執筆記事一覧はこちら
普段、皆さんが仕事をしている社内を見回してみてください。
皆さんの職場は、社員同士のコミュニケーションが上手くいっていると、胸を張って言えるでしょうか。
理想の職場環境を構築する上でのキーファクターはたくさんありますが、その中でも最も大切な要素の1つに”良好なコミュニケーション” が挙げられます。
コミュニケーションを図る上で重要なのは「伝え方」と「受け止め方」です。伝え方のポイントは“伝えたいメッセージをピタリと相手の心に届け、相手の行動変容を起こすこと”であり、受け止め方のポイントは「お前には言われたくない」「お前だってできていないだろ!」などと言う、余計なプライドを排除することです。
ただ、こうしたコミュニケーションのポイントを理解し、組織の中で一個人が実践していても、すぐに限界はやってきます。そこには、個人の意識改革では変えられない、組織風土のという大きな壁が立ちはだかるのです。
個人への働きかけと同時進行で求められるのが、組織としての意識改革です。むしろ、組織への働きかけの方が先かもしれません。組織を構成するメンバー全員が、同じ「理想のチーム像」を描くことが重要です。
そこで今回は、理想のチーム像としてあるべき姿、「真の平和」についてご説明します。
最良のコミュニケーションから個、チームの成長へとつなげる
コミュニケーションの肝は「伝え方」と「受け取り方」
前述のとおり、コミュニケーションを図る上で重要となるのは「伝え方」と「受け止め方」です。
ここでいう“伝え方”のポイントとは、批判・攻撃・文句・感情の吐き捨てを今すぐにやめ、提案・アドバイス・励ましへとシフトしていくことが重要だということです。
“受け止め方”については、「お前だけには言われたくない」「お前だってできていないだろ」といった感情論はナンセンスだと認識することを指します。高過ぎるプライドを捨てることで、素直に受け止めることができ、さらなる成長へとつながります。言いづらいことを面と向かって言ってくれる仲間の勇気に感謝する気持ちを持つことで、チーム内にアンタッチャブルな存在(裸の王様)がいなくなり、風通しの良くなります。
つまり、伝え方や受け止め方が変わることで、チームの人間関係に好影響を与えます。また、気付いたことをためらわず、即座に、建設的にフィードバックできれば、チームは次第に成長路線の軌道に乗っていきます。お互いの人間関係が良くなれば、平和なチームまであと一歩です。
参考:
大切なのは"心からの信頼"と"リスペクト"!リオ五輪サッカー日本代表監督・手倉森氏と選手のやり取りを例にコミュニケーションのコツを学ぶ|ferret
「偽りの平和」と「真の平和」を理解することが成長を後押しする
皆さんは「平和なチーム」と聞いて、どんなチームの姿が浮かびますか?
実際に思い付くだけ書き挙げてみてください。この質問をすると、「意見の衝突がないチーム」という趣旨の意見がよく挙がります。確かにそういったチームは理想ではありますが、残念ながら現実はそうではありません。「十人十色」という諺からもわかるように、人は皆、発想や価値観、好み、クセなど、全てが異なっているのです。
個の集合体がチーム!そこから見える真の平和な環境とは
そんなバラバラな考えを持った人が集まった状態で、「衝突がない」チームなど非現実的です。
仮にあるとすれば、誰かが我慢していて本音を言っていない、意図的に衝突を避けている、ということになります。それを私は「偽りの平和」と呼んでいます。言い換えると、表面上の衝突を避けることを優先し、心から納得していない状態です。
では、「真の平和」とは、いったいどのようなチームなのでしょうか。
前述したとおり、発想や価値観は皆「違う」ということが、チームにとっての大きな武器だと認識し、「違い」を歓迎し、「違い」を学びの材料にできるメンバーが揃ったチームこそ、「真の平和」なチームなのです。
Aさん「今度の企画でこんなことやってみない?」
Bくん「なるほど面白そう。その発想は僕にはなかったな。もっと詳しく聞かせて!」
Cくん「俺は全く別の意見なんだけど聞いてくれる?」
Aさん・Bくん「もちろん聞くよ。みんなでいいモノを作ろうよ」
具体的な会話例を出してみました。
仲間との食い違いを当然のこととして受け止め、否定から入らず、相手の価値観に興味をもち、そこから自分になかった発想を学びとります。コミュニケーションはポジティブで他意や裏表がない状態です。全員に同じ仕事を求めず、適材適所で特徴を活かすスタイルで活躍します。また、チャレンジや変化など、新しいものを歓迎する風土もあります。
「真の平和」の象徴は、「メンバー同士が名指しでアドバイスし合える関係」であることです。それにより、自然と陰口はなくなっていきます。アドバイスされた側も落ち込んだり、逆恨みしたりせず、むしろ感謝します。
それはチームビルディングにおいて最重要とされる2つの約束、"1. チームメイトはお互いにリスペクトの関係で結ばれている" "2. チームの成長につながる言動をする"が浸透しているチームだからこそ実現できる関係性です。この関係性が築かれていれば、感じたことを即座に、前向きな表現でフィードバック(提案・アドバイス)することができるのです。
偽りの平和とは心の中が常にストレスでいっぱいの状態
「偽りの平和」は、意見があっても黙っている状態のことです。表面的には平和で、一見何も問題がないように思えてしまいますが、メンバーの心の中は常にストレスでいっぱいの状態です。2つの約束が浸透していないため、食い違いを恐れてしまい、自分らしさは出せません。
Aさん「今度の企画でこんなことやってみない?」
Bくん「(心の中で、別に今までのやり方に問題があるわけじゃないから、あえて新しい仕事増やすなよ、と思いつつ……)みんながやるならやるよ」
Cくん「俺も、みんながやるならやるよ」
Aさん「(乗り気じゃないみたいだな、諦めよう……)みんなに聞いてみます」
偽りの平和の特徴は、変化を嫌い、現状維持で満足します。常にネガティブで不満感情が心を支配しています。そして究極の依存体質(指示待ち)です。否定されることを恐れるため、意見があっても黙っていることが得策だ、自分さえ我慢すればいい、当たり障りのないことを答えよう、と考えてしまいます。良い意見が出てこないわけですから、当然チームは活気を失い、後退路線になっていきます。そして、面と向かって本音の言えない関係がチーム全体に広がっていくのです。
先ほどの会話と似ていますが、よくある事例をもう1つご紹介します。
公の会議では意見が全く出ず、重要事項が右から左へと流れるように承認されていく……というケースがあります。これまで誰も発言せず静かだった会議室ですが、会議終了後に部屋のドアを開けた途端、廊下を歩きながら「誰があんなこと決めたんだろう?」「あんなプロジェクト、絶対に上手くいくわけないよね」「現場のことを全くわかってない」など、本音の裏会議が始まるというシーンです。
皆さんも、こうした経験あるのではないでしょうか。
この例からもわかるとおり、「偽りの平和」とは表面上の平和を最優先した姿であり、「黙っていること」に象徴されます。「心の安全」が約束されていないチームにおいて、発言することはあまりにもリスキーです。チームのために、と思って勇気を振り絞って発言しても、周囲から批判・攻撃・陰口を食らい、自分の立場を危うくしてしまう恐れがあるわけです。そんなチームなら、黙っている方が得策だと思ってしまうのは当然でしょう。
日本中の働く人々が、「職場は単にお金を稼ぐだけの場所」だという割り切った感情で仕事と向き合い、自分らしさと本音を押し殺しているとしたら、あまりにも悲しいことだと思いませんか。起きている時間の大半を職場で過ごすわけですから、職場の人間関係が充実すれば、それはつまり「人生の充実」と言っても過言ではないはずです。せっかくですから、人としても成長できる職場を構築し、お金を稼ぐだけではない、大きな付加価値のある職場を目指していきたいものです。
選手を心から大切に!リオ五輪サッカー日本代表監督・手倉森氏が直接対話をする理由
率直に意見ができるのは「絶対的な安心感」があるから
では、もう1つ掘り下げていきます。
先ほど出てきた「心の安全」とは、いったいどういうことでしょうか。
例えば、家族を例にとってみましょう。幼い子どもは常に親に対して本音を言います。「おなかが減った」「もっとお菓子が食べたい」「あれを買ってほしい」「遊びたいから帰りたくない」など、ワガママ放題です。それに対して叱ることはあっても、そんなことで親は我が子を嫌いになったり、縁を切ったりすることはありません。子どもはそれを感じ取っているからこそ本音やワガママも言えるわけです。そこにあるのは、「絶対的な安心感」なのです。
2016年リオデジャネイロオリンピックサッカー男子日本代表で監督を務めた手倉森誠氏(現A代表コーチ)は、選手を心から大切にしています。手倉森さんがベガルタ仙台(Jリーグ1部)を率いていた当時、こんな話を聞いたことがあります。
「調子を落とした選手の中には、メディアを使って間接的に自分の努力をアピールする選手だっている。でも、そんなことするとほかの選手が焦ったり、感情が乱れたりして、チームのバランスが崩れる。だから、そういう選手には、"俺の頭の中にはお前の一番いい時のパフォーマンスがきちんとインプットされている。だからお前と契約したんだ。必要以上に評価を気にせず、安心してお前らしいパフォーマンスを取り戻すことに専念してくれればいい"って声をかけてやるんだよ」と言っていました。
大切なことは"相手の心を意識して" "直接対話に臨む勇気と覚悟をもつ"こと
果たして、手倉森さんの言葉を受けた選手はどう思ったでしょうか。
面と向かって言ってくれていること、指揮官からの絶対的な信頼の言葉、ポジティブなアドバイスと温かみのある感情伝達に心を動かされたことでしょう。
このような「人の魅力でつながっている関係」であれば、チームのことを「単にお金を稼ぐだけの場所」と割り切るような悲しい選手はいなくなるはずです。
一方で、普通の監督であれば「メディアを使ってアピールするのはやめてくれよ。チームに悪影響を及ぼすだけだ。そんな暇があったらトレーニングしてくれ」と言いたくなってしまいます。仮に、言うのをこらえたとしても、監督の心の中はその選手に対するイライラで満たされているはずです。監督と選手の間に表面的なトラブルはありませんが、結果的に心の距離が生まれ、「報酬のみでつながっている関係」へと変わっていくのが偽りの平和の結末です。
先ほどの例のように、良いリーダーは、言いたいことをピタリと相手の心に届ける表現を心掛けながら、直接対話に臨む勇気と覚悟を持っています。時には厳しいことを要求しなければならないこともあるでしょうし、短時間では理解を得られないこともあるかもしれません。しかし、「偽りの平和」には限界があり、大きく進化・発展しないことを知っています。
まとめ
ここまで読んでいただき、「よし、これからは直接対話をする勇気を持とう」と思った方へ、最後に1つだけアドバイスがあります。
勢いだけで直接対話に向き合うと、思ってもないことが口から飛び出してしまうことがあり、取り返しがつかない溝が生まれることがあります。何を伝えるか、どの順番で伝えるか、どのワードが響きそうか、根底にメンバーに対するリスペクトがあるか、など事前に十分に検討した上で対話に臨むことをオススメします。
一概には言えませんが、偽りの平和は極めて日本的な精神風土だと思います。余計な感情を押し殺して職務に淡々と向き合う姿勢は、最低限の成果を生み出す上では十分かもしれません。しかし、名指しでアドバイスし合っても人間関係がぎくしゃくしない、フェアで清々しい人間関係、すなわち「真の平和」を目指すことではじめて、メンバーの力を最大限に引き出すことに成功し、1つステージを上げることができるのです。
まずは、ビジネスシーンで、上司、先輩、同僚などとコミュニケーションを図る際に心がけてみてください。
