BtoBマーケティングが浸透してきた今、BtoBマーケについて検索すれば、まとめ情報は無数に見つかります。でも、マーケティング担当者が切実に知りたいリアルな体験談や等身大のノウハウは、なかなか見つかりません。

そこで本コラムでは、読者に代わって、『ferret』運営会社である株式会社ベーシック 代表取締役の秋山が、活躍するマーケターや成長企業の経営層に突撃インタビュー。BtoBマーケやスタートアップ成功の秘訣を探ります。

今回のゲストは、Chatwork株式会社の代表取締役CEO兼CTOである、山本氏。世界に先駆けて開発されたビジネスチャット、『Chatwork』の生みの親その人です。

プロフィール

山本 正喜(やまもと まさき)

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Chatwork株式会社 代表取締役CEO兼CTO
電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中に兄と共に、EC studio(現Chatwork株式会社)を2000年に創業。以来、CTOとして多数のサービス開発に携わり、Chatworkを開発。2011年3月にクラウド型ビジネスチャット「Chatwork」の提供開始。2018年6月、同社の代表取締役CEO兼CTOに就任。2019年9月、東証マザーズへの上場を果たす。

秋山 勝(あきやま まさる)

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株式会社ベーシック 代表取締役社長
高校卒業後、商社に入社。2001年、IT系上場企業に移り、Webマーケティング分野の新規事業企画などを手がける。2004年に「世の中の問題を解決する」をミッションに、株式会社ベーシックを創業。設立以降、50を超えるサービスを生み出し、10件以上のM&Aの実績を持つ。

2000年の創業時から、「中小企業のIT化」がテーマ

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秋山:創業当時にさかのぼってお聞きしたいんですが、創業されたのは意外と前なんですよね?

山本氏創業は2000年です。兄が留学先のロサンゼルスで、「.com(ドットコム)バブル」の洗礼を受けて見よう見真似でホームページを立ち上げたんですが、当時の検索エンジンはディレクトリ型だったので、URLを申請しないと検索すらされない。そんな風に自分自身がアクセスを集めるのに苦労したので、「これは困っている人が多いんじゃないか」と、情報サイトを始めたのが始まりです。兄も僕も学生でした。
創業から約20年経つんですが、『Chatwork』のリリースが2011年なので、会社の歴史の半分くらいChatwork事業を行っていることになります

秋山:創業時は、どんなビジネスを展開していたんですか?

山本氏::メインは、SEOも含めた集客支援です。特に、「人力で行っていた作業を自動化する」というのが強みでした。なので、当時から、「中小企業のIT化をサポートする」という姿勢は変わっていません。今からは想像もつかないくらい色々な事業を行っていましたが。

『Chatwork』の礎は、セキュリティソフトが作った!?

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山本氏:創業から10年くらいは、自分たちで海外のソフトウェアを目利きして、代理店販売なんかもしていました。その中で特に売れたのが、『ESETセキュリティソフト』というスロバキアのソフトです
2007年頃だったと思いますが、有名ウィルスソフトが競って検知力を向上して行った結果、どのウィルスソフトも信じられないくらい重くなってしまったんですよ。でも、スロバキアのPC環境に合わせて作られたESETセキュリティソフトは、検知力が高いにもかかわらず、軽かったんです。「サクサクのウィルスソフト」というコピーで打ち出したところ、爆発的に売れて弊社のキャッシュ・カウ事業になりました。

秋山:今も、貴社の事業内容に「ソフトウェア販売」があるのは、そのためなんですね。

山本氏:当時扱っていたソフトのほとんどは売り切り型だったんですが、ESETセキュリティソフトは定期的にライセンスの更新が必要なソフト。今で言うところのサブスクリプション型のサービスだったので、「更新時に利益が出れば良い」と割り切って売上をほぼ広告費に回しました。とにかく新規ユーザー数を増やして、更新時に利益を積み上げて行く長期戦で事業を展開したんです。
この考え方はSaaSに通じるので、Chatworkのサービス設計時にも活かされています。さらに言うと、このESETセキュリティソフトの安定した売上があったからこそ、Chatwork事業の立ち上げから4年間、自己資本だけで乗り切ることができました。Chatworkを作たのはESETセキュリティソフトのおかげと言っても過言ではないですね

役員一人ひとりを説得して開発した、『Chatwork』

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秋山:そのChatworkは、どうやって生まれたんですか?

山本氏:ESETセキュリティソフトの売上は好調だったんですが、他社製品への依存度が高いのは怖いという思いから、自社サービスを開発しようという流れになりました

秋山まだ、「ビジネスチャットツール」という製品カテゴリーがない時代ですよね。ビジネスチャットの着想はどこから?

山本氏:自分自身の経験と実感が大きいですね。創業時は、兄がアメリカにいて僕が日本にいました。翌年、兄が帰国するのと入れ違いで、今度は僕がアメリカへ。その後も、大阪オフィスと東京オフィスで役員が分かれて仕事をしていたこともあって、仕事のやり取りをチャットですることが多かったんです
兄も僕も就職せずに創業したこともあって、ビジネスの常識がなかったから余計、チャットで仕事をすることに抵抗がなかったのかもしれません。
でも、当時使っていたチャットはインストール型のPtoP(Peer to Peer)ツールだったので、相手がオンラインのときにしか届かないし、デバイスごとにもう一度既読にしないといけない。過去ログの検索もできないし、不便が多かったんです。

秋山Chatworkは、山本さん自身のリアルなニーズから生まれたんですね

山本氏:はい。「中小企業のIT化という観点から考えたときに、社内で一番依存しているツールは何だろう、一番なくなると困るものって何だろう」と考えたら、チャットだったんですよ。僕はもちろん、社員全員チャットがないと仕事が回らないような状況でした。
ちょうど2008年頃からクラウド・コンピューティングが注目され始めたこともあって、「最初からビジネスに特化したクラウド型のチャットツールがあったらどうだろう」と考えました。完全にプロダクトアウトですね。
当初は役員全員の反対に遭ったんですが、僕はどうしても作りたかったので役員一人ひとりを説得して回り、「既存の仕事をちゃんとやったうえで、自分ひとりで作るならOK」という許可をもらいました。

メディアが見向きもしなかった、製品リリース

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山本氏:それで、2010年の6月頃から片手間で作り始めて、2010年9月から社内システムとして利用するようになりました。
当時の社内では個人向けのチャットツールを仕事に使っていたので、そこにあったグループチャットを一つひとつChatworkに移して、「続きはChatworkで」というお知らせを出し、強制的に移行させたんですよ。

秋山:社内での評判はどうだったんですか?

山本氏最初は最悪です。重いし、機能は低いし、バグだらけだったんで、みんな文句を言いながら使っていました。でも、細かいバグを毎日修正して改善を重ねるうちに、「要望を言うと直るぞ」というのを社員が実感して、バージョンアップを楽しんでくれるようになって。3ヶ月後には、「これまでのチャットツールよりこっちの方が良いよね」という雰囲気になりました。
開発するにあたっては、日本のビジネス慣習を意識して細かいところにこだわっています。例えば、メンション時に相手の名前の後に自動的に「さん」を付けるとか。チャットの返信に追われないように、あえて既読・未読がわからない非同期コミュニケーションにするとか。
当時も今も、「ツールによってコミュニケーションの形式が作られる」という意識があるので、僕たちのツールを使ってどんなコミュニケーションをして欲しいかを念頭に置いて開発しています。

秋山:そうしたこだわりを反映しつつも、作り始めて9ヶ月でリリースしているんですね。

山本氏:6ヶ月で作ったプロトタイプを社内で使いながら改善すると同時に、課金周りや管理画面を追加で作り、3ヶ月で事業化しました。
事業としてリリースする前の段階で、既にユーザーから使いやすいという評価をもらっていたので、僕としては「リリースしたら、大きな反響があるだろう」と思っていたんですしかし、甘かったですね。当時はTwitterやFacebookが盛り上がっていて、「これからは社内SNSだ」という雰囲気だったので、プロダクトリリース時は、「なんで今さらチャットツールなの?」という反応。メディアから見向きもされませんでした

「記事にならないなら、記事広告」と割り切った

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秋山:せっかくリリースしたのにメディアに取り上げられなかったと。その後はどうしたんですか?

山本氏:まだ、ビジネスチャットというカテゴリーがないときだったんで、SEO検索エンジンのPPC(Pay Per Click)広告は意味がない。ニーズが顕在化していないから、検索する人がいないんです。じゃあどうしようと考えて、「ペイドパブリシティ(Paid Publicity)しかない」と、腹をくくりました。

秋山:おお。記事広告を出したんですね。

山本氏:いくつかのIT系メディアに記事広告を出したところ、GIZMODO JAPANに掲載されたペイパブが凄く当たったんです。はてブ(はてなブックマーク)が凄い数になって、それまでは日に数十件しかなかった登録が、1日で6,000件以上にのぼり、そこが最初のトラクションになりましたね。弊社のようにビジネスで既存のチャットツールを利用していたアーリーアダプターに刺さったんです。

秋山:そこからは、どんなマーケ戦略をとったんですか?

山本氏:ニュープロダクトのハネムーン期間は、3ヶ月程度。すぐに忘れられちゃうので、とりあえず露出し続けようと。3ヶ月に1回は機能追加のプレスリリースを出し、その他の月は切り口を変えながら記事広告を出しました
ただ、これはチャットプロダクトの良いところなんですが、ひとりでは使えないのでユーザーが別のユーザーに紹介してくれるんです。それもあって、クチコミで広がって行きました。リリースから1年後には、当時の社名ではなく「Chatworkさん」と呼ばれるほどになっていたので、思い切ってChatwork株式会社に社名変更しました。

18億円の資金調達をするまでの山と谷

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秋山:いわゆるビジネスチャットが世の中に浸透し始めたのは、いつ頃なんでしょう?

山本氏2014年くらいなんですよ。2011年に個人向けチャットのLINEがリリースされて、そこから1~2年でコンシューマーにチャットツールが浸透して行きました。そして、ビジネスでもLINEを使う人が出て来て、そこからビジネスに特化したチャットツールの需要が顕在化したんです。
世界的に見ても同じような動きで、2012年頃まではほぼ競合はありませんでした。ところが、2014年頃になるともうカテゴリーがホットになったんで、毎週1件競合が生まれるくらいの勢い。シリコンバレーの凄さを見せつけられたのがこの頃です。「ビジネスチャットが来るぞ」ってなると、スタートアップが作られて、VCが資金を付け、超速でローンチされる。急激に超レッドオーシャンに突入しました

秋山:淘汰されたのは、いつ頃なんですか?

山本氏:2017年か2018年くらいでしょうか。グローバルではSlackの一強になり、それを見てみんなどんどん撤退して行きました。ベンチマークしていたところも、どんどんバイアウトして、驚く程の早さで競合が減って行く。チャットツールは、ユーザー数の多さが決め手になるので、うちはファーストプレーヤーだったことが有利に働きました。

秋山:その過程で資金調達をされたんですね。

山本氏:それまでは、資金調達もしないし上場もしない方向だったんですが、2014年にChatworkがビジネスのインフラになりつつあるという実感を得て、「ここで資金を投下しないと、今までやって来たことが無駄になるし、ユーザーを裏切ることにもなる」と覚悟を決め、2015年4月にシリーズAで3億円の資金調達を行いました。
プロダクトのリリースから4年経っていたので、製品も作り込まれているし、ユーザーも一定数いる。そこで投資家からの評価も高く、資金調達自体は非常にスムーズに進みました。

秋山:2016年のシリーズBまでは、そこから半年余り。短期間で増資されましたよね。

山本氏:シリーズAで3億円を調達したときは、「こんなに使い切れないな」と思ったんですが、全然そんなことはなくて。上場に舵を切ったことで、有名スタートアップや大手企業出身の人材が急速に増えたんですが、そうすると、広告一つとっても予算の取り方が違うんですよね。あっという間に3億円がなくなって行きました。
これだけのキャッシュを管理することにも慣れていなかったので、今だから言えますが、銀行の残高が数十万円にまで減って、「もうヤバイ」と思った瞬間もありました
そこで、早々にシリーズBの準備を始めたんです。資金調達するにも手続きで時間や人手がとられるので、まとめて調達した方が良いだろうと判断して、2016年1月に総額15億円を増資しました。

インフルエンサーは士業の先生!?

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秋山2019年9月には上場されて、順調に拡大されていますよね。顧客層はどのあたりなんですか?

山本氏:ビジネスシーン全体で見るとビジネスチャットは、まだまだ啓蒙フェーズ。コアターゲットが従業員数300名以下のノンテック企業というのは、サービスリリース時から変わっていませんが、今はエンタープライズプランも用意しています。また、個人向けのフリープランは、リリース当初から弁護士や税理士などの士業の方に活用してもらっています。事務所を構えずにチャット専門という方も多いんですよ。

秋山:士業にユーザーが多いのは、理由があるんですか?

山本氏:ビジネス向けのアプリケーションはクローズドのものが多いんです。既にそのアプリケーションを使っていたとしても、クライアント企業が新たにアカウントを発行して招待する形ですね。でも、そうすると相手が増える度にアカウントが増えて、煩雑になります。
その点、Chatworkはコンシューマー向けに近い作り方をしていて、オープンプラットフォームなんですよ。1アカウントで社内外とシームレスにやり取りができるので、ひとりで沢山の顧客を抱える士業の方にとって使いやすい設計なんです。しかも、土地の縛りがなくなり、訪問する移動時間が減って顧客数を増やせるので、コミュニケーション効率だけじゃなく、如実に売上が上がります。

秋山:なるほど。そうすると、士業の顧問先のアカウントが自然と増えて行きますよね。

山本氏:そうなんです。士業の顧問先は中小企業が多いんですが、その企業からしてみると、「先生に勧められて使うツール」なので、最初から信頼感が高い。「これ、社内で使っても良いんですね」と、どんどん広がって行きます。いつの間にか、士業の先生がChatworkのインフルエンサーになっていました
コンサルタントやシステム開発等のクライアントビジネス全般に同じ傾向があって、顧客とやり取りするシーンで広めてもらえるんです。

秋山:そういったクライアントビジネスをしているユーザー獲得に対しては、どういったマーケ施策を?

山本氏:5年以上前から、「士業のIT化のための協会」を共同運営しています。「ITやAIに自分たちの仕事を奪われるんじゃないか」と不安になっている先生は多いんですが、そういう方に、「ITを使いこなす立場になろう」とSaaSプロダクトを紹介したところ、めちゃくちゃ反響があって
介護や建設などの業界に関しても似たような感じで、業界内のインフルエンサーと一緒に、コミュニティマーケティングに近いことをやっていますね。

アジアを中心とした海外展開を強化

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秋山:2018年に前社長から山本さんにCEOを交代されたんですよね。今後はどんな展開を予定していますか?

山本氏:社長を交代してまず取り組んだのは、会社のミッションの見直しと、すべてがそのミッションに繋がるような組織づくりでした。新しいミッションは、「働くをもっと楽しく、創造的に」。Chatworkというツールは、ユーザーがそれを実現するための手段にしか過ぎないと思っています。
と言っても、ビジネスチャットは企業が導入しているSaaSの中でも圧倒的に接触時間が長いツールです。業務時間中は、ほぼずっと立ち上げていますから。そこで今は、Chatworkをビジネスマッチングのマーケットプレイスのように使えないかと考えているところです

秋山:具体的にはどんなプランなんでしょう?

山本氏:例えば、Chatworkに決済機能のアプリケーションが組み込まれていれば、請求書をパッと送れますし、電話代行などのサービスと繋ぐこともできます。
また、オンライン専門の士業の先生が揃っていれば、多様なビジネスマッチングが可能です。ビジネスでChatworkのアカウントを使っている場合、そのアカウントを失うことは痛手が大きいので、信用を落とすようなことはなかなかできません。そこで、信頼度の高い人同士のマッチングが可能になります。そうした、他のアプリやサービスを繋ぎ込む世界観を作りたい。
そうやって中小企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進めば、日本全体の生産効率が上がります。今の日本のマクロ課題にもフィットしているし、僕たちの理念にも合っているんじゃないかなと。中小企業がコアビジネスに集中できる環境を作って、Chatworkが経営インフラとして経営全体を支えるようになりたいですね。

秋山:それでは、サービス全体的としてはどんなマーケ戦略で進めているんですか? 海外展開についてもお聞きしたいです。

山本氏「THE MODEL」のセオリー通りに進めていますね。最近では、インサイドセールスが電話でクロージングまで行うことで、コストとのバランスがとてきました。
海外に関しては、日本企業の現地法人が多いベトナムやマレーシア、インドネシア、タイなどのアジアに注力しています。元々、気がついたらベトナムでユーザーが増えていたんですよ。日本のエンジニアがベトナムでオフショア開発をするときにChatworkを使うことが多かったようで。

秋山:なるほど、ここでもユーザーがユーザーを呼んでいたんですね。では、最後の質問になりますが、**山本さんにとってのマーケティングとは? **マーケティング is 何でしょう?

山本氏マーケティング is 市場と文化を作ること、ですね。

秋山:Chatworkのリリース時からずっと続けてらっしゃることですね。本日は、ありがとうございました。