BtoBマーケティングが浸透してきた今、BtoBマーケについて検索すればまとめ情報は無数に見つかります。でも、マーケティング担当者が切実に知りたいリアルな体験談や等身大のノウハウは、なかなか見つかりません。

そこで本コラムでは、読者に代わって、『ferret』運営会社である株式会社ベーシック 代表取締役の秋山が、活躍するマーケターや成長企業の役員に突撃インタビュー。BtoBマーケ成功の秘訣を探ります。

今回のゲストは、3年連続シェアナンバーワン※のクラウド人事管理システム『カオナビ』を提供する、株式会社カオナビの取締役副社長 COO 佐藤氏です。
※ミック経済研究所『HRTechクラウド市場の実態と展望2018年度版』「人事・配置クラウド」分野・出荷社数

プロフィール

佐藤 寛之

株式会社カオナビ 取締役副社長 COO
上智大学法学部法律学科卒業後、株式会社リンクアンドモチベーションに入社。大手企業向け組織変革コンサルティング部門にて営業を担当する。シンプレクス株式会社にて人材開発グループ責任者を務めた後、株式会社カオナビに参画。事業の立ち上げを柳橋と共に行う。
現在は取締役副社長COOとして、営業・マーケティング・サポートを統括。

秋山 勝 プロフィール

株式会社ベーシック 代表取締役社長
高校卒業後、商社に入社。2001年、IT系上場企業に移り、Webマーケティング分野の新規事業企画などを手がける。2004年に「世の中の問題を解決する」をミッションに、株式会社ベーシックを創業。設立以降、50を超えるサービスを生み出し、10件以上のM&Aの実績を持つ。

社員の顔と名前が一致しないと困る!成長企業の根源的なニーズから生まれた人材管理システム

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株式会社カオナビ 佐藤氏

秋山:貴社は2019年3月に東証マザーズに上場されましたが、設立の経緯からお聞きしても良いですか?

佐藤氏:『カオナビ』は、僕が前職で人材開発グループの責任者をしていたときの、切なるニーズが形になったサービスです

その頃の僕は人材開発グループとして、さまざまな人事へのオーダーに応えなければならない立場でした。でも、中には、「Javaの書けるフレッシュな人材を即10人欲しい」といった無茶ぶりもあって、相談相手の現場のパートナーから、「そんなのムリ!」と叱られることもしょっちゅうでした。

それで、「どこの部署にどんな人材がいて、このポジションには誰を抜擢すればベストなのか」、みたいなことを四六時中考えていたときに、それを可視化できるデータベースがあれば良いんだと思い至りました

秋山:そのときに、柳橋さん(株式会社カオナビ 代表取締役社長 CEO)に会ったんですか?

佐藤氏:はい。共通の知人の紹介で会いました。社長の柳橋は既にカオナビの原型となるサービスを構想中でしたが、開発費がなくて。柳橋からすれば、僕に会えば、何か仕事がもらえると思ったのかもしれません。
でも、実際に話してみたら、「こういうサービスがあったら良いのに」という話で、ふたりとも物凄く盛り上がり、即、一緒にやることになりました。

秋山:株式会社サイバーエージェントに納品したシステムが最初の製品なんですよね?

佐藤氏:そうです。元々サイバーエージェントさんでは、カオナビの原型に近い形で、Excelを使って社員の顔写真を並べて管理していたんです。

秋山:サイバーエージェントさんは人材を大切にする会社ですから、人事システムにも投資を惜しまない気がしますね。

佐藤氏:大企業なら、いち社員が社長と一対一で話をする機会はほぼありませんが、社長と社員の距離が近いベンチャー企業の場合、新卒社員が社長や役員と直接話す機会が、意外と頻繁にあります。
でも、そのときに社長や役員が、せっかく話しかけてきてくれた社員の名前が分からなかったら社員側はがっかりしますよね。特に急成長したベンチャー企業では、「顔と名前を一致させるためのデータベースが欲しい」というニーズが顕在化しやすいです。

アメリカには既に、タレントマネジメントシステムがいくつかあったのですが、そういう大がかりなものじゃなくて、「従業員の顔と名前を一致させる」ことが根源的なニーズなのではないかということを、サイバーエージェントさんが気づかせてくれました。

秋山:評価ツールではなく、経営層が社員とコミュニケーションをとるためのツールということですよね。

佐藤氏:はい。人事システムって普通は人事担当者が使いますよね。例えば、給与計算システムならそれで良いのですが、コミュニケーションを含め、人材マネジメントのためのシステムであるなら、社長やマネジメント層が使うべきだろうと。
「人事システムを『誰がどう使うか』、ということを根本から変える」が、『カオナビ』の開発時のテーマでした

徹底的にこだわったのは、「サービスの言語化と世界観」

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秋山:スタートから順風満帆だったんですか?

佐藤氏:いえ、そうでもありません。スタートしてから2012年の事業発表まで1年くらいかかりました。2011年は、サービスが出来ていないから僕は売りに行けないし、悶々としていました。
でも、その間に社長の柳橋と、「誰に、どんな機能を提供するサービスにするか」を散々話し合えたことは良かったと思っています。

秋山:『カオナビ』という名前は、どうやって決めたんですか?

佐藤氏:製品開発を通じて、「顔と名前を一致させるためのデータベース」というコアコンセプトは揺るぎないものになっていたので、その世界観をシンプルに伝える名前を探していました
外部の人も交えて何度も議論するなか、「大きくなるサービスは4文字が多い」というアドバイスをもらったこともあって、コアコンセプトを凝縮した『カオナビ』という名前に最終決定しました。

「次世代型の国産タレントマネジメントシステム」ではなく、「顔と名前が一致しない問題を解決する『カオナビ』」と言語化すること、サービスの世界観を定義することには、時間と労力を惜しみませんでした

秋山:言語化することにこだわったというのが、面白いですね。

佐藤氏:弊社ではサービスを言語化することが、マーケティングの4P(Product[製品・商品])、Price[価格]、Promotion[プロモーション]、Place[流通])の前提になっています

どの世界観で商品を売るかということに関しては、柳橋も僕も面倒くさいくらいこだわりますね。

今でも、新しい機能を取り入れるときは同じように徹底的に話し合います。
「僕らはこういう世界観でやっているんだ」と再認識してから議論すると、「じゃあ、この機能は必要だね」、「この機能は後で良いんじゃないか」、という話が明確になる。事業開始前から、このプロセスをずっと繰り返しました。

秋山:Amazonでは、「カスタマー視点での企画書」という意味で、サービス開発前にまず社内向けの企画書としてプレスリリースを作るって言うじゃないですか。それに近いかもしれない。

佐藤氏:結局、マーケティングはプロダクト開発とセットなんですよね。僕は営業として市場側から、「この機能がないと売れない」と言って、柳橋は開発側から、「そんな機能はコンセプトと合わない」と言う。常にそのせめぎあいです。

秋山:いわゆるマーケットインとプロダクトアウトですね。

佐藤氏:僕らは、マーケティングとは、製品を売り出す文脈を作る行為」だと考えています
「こんな新機能が必要だね」っていう話になると、「今ここで、セールスプレゼンしてみて」って柳橋に言われるんですよ。
「この機能にはこんな便益があって、こういう作業を効率化できます」って僕が言うじゃないですか。そうすると柳橋が、「そんなニーズが本当にあるの?」と突っ込んできます。でも、そこで新機能を諦めるわけじゃなくて、「じゃあ、こういう角度からの説明だったらどう?」と僕が投げ返す。これをひたすら繰り返すんです。

PDCAを回すためには、価格変更も辞さなかった!マーケティングの4Pはどんどん回す

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秋山:言語化と世界観の定義のほかにこだわっているポイントはありますか?

佐藤氏:僕も柳橋も、PDCAサイクルを素早く回すことについてはうるさいです。過去には20回以上、価格を変えています。

秋山:そんなに変えていましたっけ!?

佐藤氏:サービス初期は、かなり変えていました。最初は、マスターデータ1件で〇〇円としていたのですが、「社員が1,000人になっても、1人につき〇〇円かかるの?」とお客様に指摘されて、「マスターデータ1件ごとに課金されるのは嫌なのか!」って気づいたんですよ。

それで、ログインするユーザーアカウント数に応じたユーザー課金にしてみました。メインで利用するマネジメント層は△△円、従業員は□□円、なんてやってみたんですけど、これもしっくりこない。
結局、マスターデータ100件ごとに課金する、今の形に落ち着きました。

秋山:いつ頃、今の形に落ち着いたんですか?

佐藤氏: 3年くらい前です。先ほどの機能追加の件と同じように、「なんでこの価格なのか?」については、徹底的に柳橋と議論しました。お客様は何に対してお金を払うのか。データの容量なのか、マスターデータ数なのか、ユーザーアカウント数なのか。
で、結局、「カオナビはデータベースなんだ」という結論が出ました。データの箱なんだと。そこで、マスターデータ件数のレンジごとに対する課金に落ち着いたんです。

でも、これもマーケティングの4Pが変われば、変わるべきだと思うんですよ。ミドルマネジメント層向けのサービスだったら、マネジャーのユーザーアカウント数で課金すべきじゃないですか。

秋山:そうですね。でも、そんなに頻繁に価格変更が行われていたとすると、過去のお客様はどういう価格になっていたんですか?

佐藤氏:据え置き価格です。更新時に新価格の適用をお願いすることはありますが、一律で改定はしていません。現場は大変なんですけど、「この試行錯誤を恐れてはダメだ」ということは、柳橋とよく話していました。4Pはどんどん回すしかない、と。

秋山:価格におけるPDCAは、どのあたりをチェックポイントに置いているんですか?

佐藤氏:基本的には、僕が売りに行ったときのお客様の反応ですね。納得しているなとか、イマイチなんだなとか。150社くらいまでは僕ひとりで売っていましたし、その後も営業に同行していたのでその感覚は持ち続けています。

秋山:どのくらいのスピードで価格を見直すんですか?

佐藤氏:毎週見直していた時期もあります。上場前、VCと週次で打ち合わせをしていて、営業担当役員として見通しを説明しないといけなかったんですね。毎週、「どう変えるんですか」と問われるので、そのときは価格も頻繁に見直しました。

秋山:プライスを公開しない状態で、PMF(プロダクトマーケットフィット)を図っていたということですね。

佐藤氏:MA(マーケティングオートメーションツール)の『マルケト』もその頃に導入しました。かなり早い段階で導入したのは、当時、リードタイムが6ヶ月くらいあったので、受注という成果で説明するのが難しかったことが理由のひとつです。
VCに対して、「SQL(セールスクオリファイドリード)がここまで溜まっているので大丈夫です」と、説明しやすくなりました。

言語化へのこだわりがここで効く!転換率が圧倒的に高い、「カオナビ」指名流入

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秋山:先行指標はどういう風に設定しているんですか?

佐藤氏:今は大きく分けると、1)コンバージョン 2)MQL 3)SQL 4)受注 の4つに指標を設定しています
マーケが責任を持つのは、3)SQLまで。さすがに、4)受注までだと荷が重すぎるので。

秋山:リードのランク分けは、スコアを基準にしていますか?

佐藤氏:スコアですね。営業担当者の稼働状況に応じてチューニングしていたりするので、必ずしもファネルがきれいに出来ているわけではないですけれど。

秋山:高いスコアになるアクションは、どういうものがあるんですか?

佐藤氏:創業時から、「カオナビ」っていう指名ワードでの流入だと確度が高いですね。反対に、「人材管理システム」といった汎用性の高いワードは若干弱い。
言語化がマーケティングに直結しているというのは、そういう理由もあります。良かれ悪しかれ、『カオナビ』は、『カオナビ』なんですよね。

資料ダウンロードの数だけで言えば、サイトにある人事用語集ページからの流入が圧倒的に多いのですが、転換率が悪いんです。案件化するのは、「カオナビ」指名ワードでのリスティング経由で、資料請求やオンライン問い合わせに至ったものが多いです。

秋山:ナーチャリングには、どのくらい注力していますか?

佐藤氏:マルケトを使ったナーチャリングはしていますが、3割くらい。結局、ホットな時期に決まらなかったところを1年ナーチャリングしていても、やっぱり決まらないんです。例えば、営業が2回訪問して、「情報収集中です」ということならリサイクルにします。それ以上追いかけると、「しつこい」と言われちゃう。

今は市場が伸びているので、温度が高いところを開拓した方が、効率が良いんです。両方を追いかけるリソースが足りないということもありますが。

秋山:急成長を実感したタイミングは、いつですか?

佐藤氏:マーケティング上のボリュームが一気に増えたのは、2016年ですね。国内の競合もちょうどこの時期に一気に増えました。働き方改革の波が来たのと同時期です。

秋山:企業内でも2~3年前から、「働き方改革、何かやらなきゃ」って雰囲気が生まれましたもんね。そう考えるとやっぱり、行政の影響は大きいですね。

佐藤氏:運も味方しましたね。たまたま時代が来た。最初の増資のとき、PERがこんなに付くとは誰も予想していなかったと思います。30倍で十分だっていう時代でした。市場環境ですよね。
だから、それを実力と過信しない方が良いと思っています。ただ、時代が来たときに、それまでに地味だけどやるべきことはやっていたという自負はありますね。どれだけの資産を準備できていたか。

秋山:どれだけ先行して動いておけるかが重要、ということですね。

マーケ部門の変革期到来!CSとも連携して、すべてのユーザーに面でアプローチ

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秋山:現在の社内リソースは、どんな感じなんですか?

佐藤氏:全体でいうと、正社員111名(2019年3月時点)です。

製品の文脈作り、言語化や世界観の定義には、社長の柳橋や僕も直接関わっています
マーケとセールス周りでいくと、上流のデザインやブランディングは、プロダクト本部が行っています。フロントには、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセス、カスタマーサポートがあります。

プロダクト本部に在籍しているのは、エンジニアやデザイナーも含めて50名以上。サイト制作やデザインやブランドのコントロールなど、製品に関わるすべてを見ています。

秋山:マーケの守備範囲はどのあたりなんでしょう?

佐藤氏:宣伝物や広告物はマーケが作りますが、その素材はプロダクト本部からもらいます。
また、直近の動きでいくと、マーケ部門がインサイドセールスだけでなく、カスタマーサクセスと連携するところも強くしようとしているところです
元々、インサイドセールスとマーケは新規のお客様獲得において、密接に連携しています。一方、カスタマーサクセスの向き合う相手は既存のお客様ですが、行為そのものは新規か既存かにかかわらず両方ともマーケティングだと思うので。要は、サービスの文脈をどのように相手に伝えるのか、という部分は共通していると思うんですよね。

秋山:マーケ部門の変革期なんですね。

佐藤氏:シェアが伸びてきたので、広告を出せば出すほど競合さんにも機会が発生してしまうという問題があったりします。また、ニーズのあるゾーンが、アーリーアダプターからマジョリティに移って来たことで、人事担当者の意思決定に、広告よりもクチコミが影響するようになって来ました。

そこで今は、既存ユーザーへの働きかけに力を入れています。2018年の5月から、『カオナビのWA』というユーザー会を始めて、1年ちょっと経ちました。ユーザー会やセミナーをやっているので、これからはそれを広報面でも広めて行きたいと考えています。

これまでは経営陣がやっていたことを、これからは組織として分担してやって行かなくてはいけません。マーケの在り方も含めて、今はいろいろな経営者の方にお話をお聞きしている最中ですね。

秋山:なるほど。フェーズに応じて組織の形も変わってきているんですね。では、最後に質問です。佐藤さんにとってのマーケティングとは?「Marketing is」で言うと何ですか?

佐藤氏:「Marketing is 文脈作り」ですね。言語化して、世界観を定義する。そこから製品開発もスタートします。
絶対必要なメイン機能を確立することはもちろんですが、世界観を伝えるための見せ球も必要。使うか使わないかにかかわらず、「これがあったら良いな」という気持ちをくすぐる機能も必要ですし、広告もその文脈に沿って制作します。

機能は後で作れるのがSaaSのプロダクトの特徴ですから、まず製品の文脈をしっかり作ることが、マーケティングの根幹だと考えています。

秋山:どうもありがとうございました!

編集後記:対談を終えて

事業開始前から上場後の現在に至るまで一貫して、「製品の文脈作り」に重きを置くカオナビさんの姿勢に、目から鱗でした。
中途半端なキャッチコピーに満足するのではなく、徹底的に言語化し、世界観を定義する。製品やサービスを、内側に深く掘り下げて行く行為が、最終的に外側にいるお客様との接点になる。このプロセスに、マーケティングの本質を垣間見た対談でした。