皆さんは、子どもの頃から現在に至るまで様々な組織に所属してきたと思います。保育園・幼稚園からはじまり、小学校・中学校・高校のクラス、大学での部活動やサークル活動、アルバイト、自治会などの地域コミュニティ、そして現在の職場……。

たくさんの組織に所属してきた皆さんに質問します。「あなたが考える“良いチーム”とはどんなイメージ?」と聞かれたら、どのように答えますか?

目標が明確で、役割があり、それぞれがきちんと責任を果たし、みんな仲が良く一丸となって……そんな説明でしょうか。

ちなみに、私が考える"良いチーム"を端的に説明するとしたら、まるで「1つの生命体のように機能しているチーム」という説明になります。おそらく多くの方が「どういうこと?」と感じたのではないでしょうか。

そこで今回は、まずその意味から解説していき、最終的に良いチームについての理想像についてご紹介していきます。本記事で取り上げる内容は、ビジネスシーンにおいても活用できると思いますので、ぜひ一読ください。
  

思い描く理想のチーム像とは

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先ほど私は、理想のチームは?と聞かれたら、まるで「1つの生命体のように機能しているチーム」と答えるといいました。
正直、これだけでは私の伝えたいチーム像というのがイメージできないと思いますので、ここからはそれを具体的に説明していきたいと思います。

「良いチーム」とは何か……私が理想としているチーム像は、メンバーが互いに個性・才能・特徴などの「違い」を尊重し、それを認め合い、武器とします。そして、それぞれの違いが「調和」することで、チームが「機能」していきます。私たち人間も、心臓・脳・目・耳など各臓器や器官に役割の違いがあり、それらが調和を保ちながら機能することで、初めて生命が維持でき、自由自在に動けるわけです。

人間が意思を持ち、全身に神経が通っているのと同様に、良いチームは意思を持ち、メンバー間に神経が通っているかのようにスムーズでしなやかに動くことができます。

ちなみに、皆さんにもう1つ質問です。「皆さんの目と耳、どちらが優秀でしょうか?」とたずねられたら、どのように答えるでしょうか。
おそらく多くの方が困惑してしまうはずです。

「どちらも役割が違うから優劣なんてつけられない」というのが正直な答えのはずです。
そうです。まさに、そのとおりです。目はモノを観るため、耳は音を聞くためにあり、どちらが優秀ということはありません。

人間の各臓器も、心臓のように寿命の限り動き続ける部位もありますが、胃袋のように食後だけ働く部位もあります。どちらも生命維持のためには重要です。変な話ですが、臓器や器官同士が評価を奪い合うこと、優劣を競い合うことなどありません。心臓にばかり感謝していると、胃袋がへそを曲げて動かなくなる、なんてことがあったら大変です。

生命体の維持のために自らの役割をしっかりと果たす、つまり、個々が評価を奪い合うことなく、チームのために適材適所で誇りを持って活躍する姿、高度な依存関係で調和する姿こそ、私の思い描く理想のチームです。これが最初に私が話をした「まるで1つの生き物のように機能しているチーム」の答えになります。
  

勝利・成功への執着心を持ったメンバーが自然とチームワーク行動を表現する

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チームワークを表現するためには、「勝利・成長・成功への執着心を持った集団」であることが重要です。「執着心」と聞けば、自己中心的・わがまま・自我が強いという印象と結びつきやすく、チームワークとは正反対のように感じられるかもしれませんが、実はそんなことはありません。なぜなら「勝利・成長・成功への執着心」だからです。

これが「個人評価への執着心」だと話は違います。
例えば、サッカーで、相手の守備をあと1人抜いたらゴールキーパーと1対1になれる、というシーンがあるとします。しかし、その右側にはもう1人味方の選手がいます。パスを出せばより確実に相手守備を置き去りにでき、得点の可能性がもっと高まるとします。勝利への執着心が強い選手ならば、より得点の確率の高いプレー、つまりパスを選択します。
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※画像引用元:「勝つ組織」集団スポーツの理論から学ぶビジネスチームビルディング

ところが、似て非なる執着心、個人評価への執着が強い選手は、その場合、パスではなく自分で相手守備を抜き、シュートを打つ選択をするはずです。自分の見せ場をつくること、得点して評価を独り占めすることを優先するのです。

純粋に勝利に対する執着心が強い選手は、味方へのパス(得点の確率が高いプレー)を選択するので、自然とチームワーク行動を表現していることになります。

スポーツ選手のインタビューでは、「得点できたが、チームが勝てなければ意味がない」とか「個人の表彰よりもチームの優勝のほうがはるかにうれしい」などというコメントを耳にします。やはり一流選手は、個人の評価よりもチームの成功を喜ぶメンタリティをもっていて、常にチームワークを表現しているのだと言えます。個人の評価は「あとからついてくる」感覚でしょう。
  

「個の成功よりチームの成功を喜ぶ」メンタリティはビジネスでも同じ

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先述の「個人の評価よりもチームの成功を喜ぶメンタリティをもっていて、常にチームワークを表現している」という内容は、決してスポーツの現場のことだけではありません。ビジネスシーンでも同様に言える事です。

稀に部下の頑張りをまるで自分の手柄のように報告する上司がいます。逆に、部下のミスに対して「俺は関係ない」と言わんばかりに責任逃れする上司もいます。これは明らかに個人評価に執着している象徴的な行動です。本来なら、上司も部下も同じ部署の一員であり、チームとして機能しなければなりません。

良いチームというのは"まるで1つの生命体のように機能する"わけですから、切っても切れない関係と言えます。言い換えると、「メンバー同士は(良いことも悪いことも)お互いに影響を与え合う宿命」なのです。チームから恩恵だけは受けようとし、面倒なことには背を向けるメンバーがいる時点で、生命体のようなチームにはなり得ないということです。そのようなメンバーがいるとしたら寄生虫のようなものです。チームに所属した時点で、「自らの才能をチームのために活用する」というマインドが必要です。

ビジネスパーソンは、毎月ある程度決まった額の給料が振り込まれる人が多いはずです。つまり、会社という組織に所属することで、「安心・安定」という最もありがたいものを手にします。しかし、「安心・安定」が保障された途端、いかにサボるか、働き過ぎたら損、と考えてしまう人が意外なほど多いのは残念なことです。来月も、再来月も、仮に大きな成果を上げられなかった月でさえも給料をもらえる安心は、ほかの何にも代えがたい喜びのはずです。

だからこそ、自らの才能をチームのために活用し、チームに恩返ししなければならないのです。決して、自己犠牲の精神と長時間労働を説いているわけではありません。むしろその逆です。1人ひとりが得意な分野で、無理なく、自然体を崩さず、持続可能なスタイルでチームに貢献すること、まさに「適材適所で輝くこと」が重要なのです。
  

ジーコ元日本代表監督の通訳・鈴木氏がチームの勝利のためにとった行動とは

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誤解のないように強調したいことがあります。チームワークと言うと、「縁の下の力持ち」や「黒子に徹する」ことをイメージされる方もいますが、繰り返し述べているように、チームの成功に対する強い執着心が、自然とチームワーク行動につながるということをお伝えしたいのです。

だいぶ前の話になりますが、ここで2004年のサッカー日本代表の事例をご紹介いたします。

2004年当時、日本代表の指揮官はジーコ監督でした。そこには当然通訳がいました。鈴木 國弘氏です。鈴木氏とジーコ氏は、Jリーグ鹿島アントラーズの前身、住友金属サッカー部時代からの長い付き合いです。鈴木氏は2004年10月ドイツワールドカップアジア予選のオマーン戦で、主審の判定に納得のいかないジーコ監督のイライラがピークに達していることを察していました。そして、こともあろうか通訳の鈴木氏が審判に抗議するためにベンチを飛び出したのです。

前代未聞のできごとです。もちろん鈴木氏は退席処分を命じられます。
以前、その時のことをうかがったところ、「ジーコのことはよく理解しているので、あのままでは危険な(エキサイトしてジーコが審判に抗議しそうな)気がしたから…」今となっては良い思い出、という雰囲気で話してくれました。しかし、鈴木氏は、指揮官であるジーコが退席処分になったらチームとしての打撃が大きいことを案じての行動だったと言います。きっと鈴木氏の行動を観て、ジーコ監督は逆に冷静さを取り戻したはずです。

本来は黒子に徹するはずの通訳が、(個人の評価を犠牲にし)タイミングを見計って最前線に立って監督を守る、というチームワークを表現した事例の1つです。退席処分というのは決して良いことではありませんが、勝利への執着心と監督への忠誠心があってこそ成せる行動でしょう。通訳という仕事は、監督の言葉を選手に伝えることが主な役割ですが、何のために存在しているのか?と考えてみると、そもそもはチームの勝利のために存在していることに気付かされます。
  

まとめ

ビジネスでも同様の発想ができるのではないでしょうか。才能のある社員が勘違いを起こすようであれば、チームワークは成り立ちません。また、個人評価ばかりが関心事では、チームプレーは成り立ちません。まるで1つの生命体のように、才能や特徴の違いに敬意を払い、地味な役割にも感謝をし、評価を奪い合わず、それぞれが調和の中で機能し、しなやかさをもって自由自在に動ける組織が理想的です。

サッカーでもビジネスでも共通して重要なことは、「チームに所属した時点で、チームとしての成功に関心を持つ」「自分はチームに守られている」という感覚を持ったメンバーを増やしていくことなのかもしれません。