「個の成功よりチームの成功を喜ぶ」メンタリティはビジネスでも同じ

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先述の「個人の評価よりもチームの成功を喜ぶメンタリティをもっていて、常にチームワークを表現している」という内容は、決してスポーツの現場のことだけではありません。ビジネスシーンでも同様に言える事です。

稀に部下の頑張りをまるで自分の手柄のように報告する上司がいます。逆に、部下のミスに対して「俺は関係ない」と言わんばかりに責任逃れする上司もいます。これは明らかに個人評価に執着している象徴的な行動です。本来なら、上司も部下も同じ部署の一員であり、チームとして機能しなければなりません。

良いチームというのは"まるで1つの生命体のように機能する"わけですから、切っても切れない関係と言えます。言い換えると、「メンバー同士は(良いことも悪いことも)お互いに影響を与え合う宿命」なのです。チームから恩恵だけは受けようとし、面倒なことには背を向けるメンバーがいる時点で、生命体のようなチームにはなり得ないということです。そのようなメンバーがいるとしたら寄生虫のようなものです。チームに所属した時点で、「自らの才能をチームのために活用する」というマインドが必要です。

ビジネスパーソンは、毎月ある程度決まった額の給料が振り込まれる人が多いはずです。つまり、会社という組織に所属することで、「安心・安定」という最もありがたいものを手にします。しかし、「安心・安定」が保障された途端、いかにサボるか、働き過ぎたら損、と考えてしまう人が意外なほど多いのは残念なことです。来月も、再来月も、仮に大きな成果を上げられなかった月でさえも給料をもらえる安心は、ほかの何にも代えがたい喜びのはずです。

だからこそ、自らの才能をチームのために活用し、チームに恩返ししなければならないのです。決して、自己犠牲の精神と長時間労働を説いているわけではありません。むしろその逆です。1人ひとりが得意な分野で、無理なく、自然体を崩さず、持続可能なスタイルでチームに貢献すること、まさに「適材適所で輝くこと」が重要なのです。
  

ジーコ元日本代表監督の通訳・鈴木氏がチームの勝利のためにとった行動とは

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誤解のないように強調したいことがあります。チームワークと言うと、「縁の下の力持ち」や「黒子に徹する」ことをイメージされる方もいますが、繰り返し述べているように、チームの成功に対する強い執着心が、自然とチームワーク行動につながるということをお伝えしたいのです。

だいぶ前の話になりますが、ここで2004年のサッカー日本代表の事例をご紹介いたします。

2004年当時、日本代表の指揮官はジーコ監督でした。そこには当然通訳がいました。鈴木 國弘氏です。鈴木氏とジーコ氏は、Jリーグ鹿島アントラーズの前身、住友金属サッカー部時代からの長い付き合いです。鈴木氏は2004年10月ドイツワールドカップアジア予選のオマーン戦で、主審の判定に納得のいかないジーコ監督のイライラがピークに達していることを察していました。そして、こともあろうか通訳の鈴木氏が審判に抗議するためにベンチを飛び出したのです。

前代未聞のできごとです。もちろん鈴木氏は退席処分を命じられます。
以前、その時のことをうかがったところ、「ジーコのことはよく理解しているので、あのままでは危険な(エキサイトしてジーコが審判に抗議しそうな)気がしたから…」今となっては良い思い出、という雰囲気で話してくれました。しかし、鈴木氏は、指揮官であるジーコが退席処分になったらチームとしての打撃が大きいことを案じての行動だったと言います。きっと鈴木氏の行動を観て、ジーコ監督は逆に冷静さを取り戻したはずです。

本来は黒子に徹するはずの通訳が、(個人の評価を犠牲にし)タイミングを見計って最前線に立って監督を守る、というチームワークを表現した事例の1つです。退席処分というのは決して良いことではありませんが、勝利への執着心と監督への忠誠心があってこそ成せる行動でしょう。通訳という仕事は、監督の言葉を選手に伝えることが主な役割ですが、何のために存在しているのか?と考えてみると、そもそもはチームの勝利のために存在していることに気付かされます。