「良いチームは1+1が2以上になる」という言葉、皆さんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

ただし、実際にそんな体験をしたことがあるという人は極めて少ないはずです。私の経験上、「1+1>2」はおろか、「1+1=2」のチームづくりさえも難しいことです。

今回は、現サッカー日本代表コーチ・手倉森誠氏がチームを築き上げる上で重視している「正しい競争」をテーマに、ビジネスとスポーツの共通点について解説します。

普段の業務において、マネジメント力を強化したい、チーム・組織づくりに課題を抱えている方などにオススメの内容です。ぜひお役立てください。
  

「1+1=2」の状態を作る上で大切なこととは

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実は意外に難しい「1+1=2」の状態を作ること

サッカーのパスを例にとってみましょう。パス練習で、10回蹴って10回ともピタリと的に当てることができる選手がいるとします。つまり、パーフェクトなパス技術を持っています。そんな選手がいたとしたら "きっとパスミスは起こらないだろう" と思ってしまいそうですが、そんなことはありません。なぜでしょう……。

実際の試合ではパスの受け手がいて、その選手も意図を持って動きます。相手の意図を正しく汲み取る力がなければ、正確なパス技術を活かすことさえできないのです。言い換えれば、どれだけ技術がある選手が集まっても、「1+1<2」になってしまう可能性はあるのです。そうやって考えると、個々の持っている実力を組織の中でキッチリと組み合わせて発揮する、すなわち「1+1=2」の状態を作ることは意外に難しいことなのです。

ほかにも、「1+1<2」にしてしまう要素があります。それは、不用意に競争意識を煽ることです。
  

ビジネスにおける「1+1=2」の状態とは

ビジネスの現場で考えてみましょう。

まず、「1+1=2」とはどのような状況でしょうか。

営業のA君は月に100万円を売り上げることができます。そして同様に、B君も100万円を売り上げる力を持っています。A君にはA君の営業のコツがあり、B君にはB君のコツがあります。お互いに干渉せず、個々別々に淡々と自分の実力を発揮すれば、組織としての総売り上げはキッチリ200万円なります。つまり、「1+1=2」の状況です。ただし、「お互い干渉せず」「個々別々に」ということは、チームとしての体を成していないですし、チームで仕事をするメリットはありません。
  
では次に、「1+1<2」になってしまうケースについて考えてみましょう。

「もっと売り上げを高めたい」と考えた上司は、営業メンバーの競争意識を煽る狙いで、「売り上げ上位者には報奨金を与える」と宣言したとします。そうなると、部署内のメンバーは皆、お互いが敵に見えてきます。

例えば、外回りをしているA君に電話が入り、B君が電話で応対したとします。電話の相手はA君が担当している顧客からで、とても重要な連絡のようでした。先方からは「A君が戻り次第、至急連絡をください」と言われたにも関わらず、B君は帰社したA君に「そういえば顧客の〇社から電話があったよ」とだけ伝えました。急を要する電話だったこと、非常に重要な雰囲気だったことまでは伝えませんでした。そうとは知らないA君は、まずほかの仕事を済ませ、落ち着いてから〇社へ電話を入れました。すると、〇社の担当者は連絡が遅いことに怒りがおさまらず、結果的に顧客が離れていくことになり、100万円を売り上げる実力を持っているA君は、本来の実力を発揮できず80万円で終わってしまいます。これが「1+1<2」という状況です。
  

個々が協力し合い、切磋琢磨することで「1+1>2」が実現

A君とB君は社内で営業成績を争うライバル同士だったため、あえて不親切な伝言をしたとしたら、組織としては大きなダメージです。B君は「電話があった」という事実はしっかりとA君に伝えていますが、嘘にならない範囲で(自分が悪者にならない範囲で)、仲間の足を引っ張ったことは明白です。

本来ならば、100万円を売り上げる能力があったはずのA君は、B君の意図的な不親切によって80万円に下がり、結果的にB君は、相手を蹴落とすことによって(自身の成長なくして)報奨金を手にしました。2人が実力どおりに働くことができていれば200万円の成果があったはずなのに、売り上げの合計も180万円となり、会社は報奨金まで払い、組織としては後退路線、まさに「1+1<2」になってしまいました。

誰しも評価は気になるものですし、「いい評価を得たい」と思うことは普通のことです。そのため、時には周りの人を蹴落としたい、と思うこともあるでしょう。ですが、残念ながらその発想には「チーム」という意識がありません。「1+1>2」を実現するためには、全員が成長できる切磋琢磨の関係構築が大切なのです。

そのためには、Aくん、Bくんそれぞれが持っているコツをお互いにシェアし、相乗効果を生み出すということです。A君は飛び込み営業を成功させるコツを知っています。それをB君にシェアすることでB君の売上げは100万円から150万円になります。同じくB君からA君へ、自分なりのコツをシェアし、売上げが150万円にアップします。そうすることで、純粋な実力の足し算では成し得なかった300万円を生み出すことができるのです。文字どおり、「1+1>2」が実現します。
  

現サッカー日本代表コーチ・手倉森氏が考える組織論に習う

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競い合うライバルも、大切なチームメイト!合言葉は"みんなで成長しよう"

ここで、Jリーグのプレシーズンキャンプの事例をご紹介します。

ベガルタ仙台で6シーズンに渡って指揮してきた手倉森誠監督(現日本代表コーチ)に、2012年プレシーズンの宮崎キャンプでうかがった話です。雪や寒さと無縁のチームであれば、年末年始のオフ明け(1月半ば)から通常2週間程度、温かい地域でキャンプを張り、闘える体づくりをして本拠地に戻るのが一般的です。

しかし、雪国に拠点を構えるチームは、プレシーズンの1月・2月は本拠地でまったくトレーニングすることができません。ベガルタも同様で、開幕までの約1ヵ月半、九州でのキャンプ生活が続きます。開幕戦にはキャンプ地から乗り込む年もあるくらいです。家族と遠く離れた地で毎日ホテル生活、体力的にも最もきつく追い込まれるキャンプが1ヵ月半も続く、ましてや、同じポジションを争うライバルたちと、寝ても覚めても顔を合わせなければならないストレスを、いったいどのようにコントロールしているのか、手倉森さんに次のように尋ねました。

「長丁場のキャンプによって寝食を共にし、一体感が生まれるメリットもあると思います。しかし、寮生活の高校生などの事例で、1つのポジションを競い合うライバルと、四六時中一緒に生活していると、"こいつさえいなければ俺がレギュラーになれるのに……"というストレスが溜まる可能性があるようです。そのあたりはどう解釈しているんですか」

すると、意外な答えが返ってきたのです。

「俺は選手たちに"ライバルだ" "競争相手だ"とは言わない。"ライバルだぞ" "負けるな" "競争しろ"そんな煽り方したら1ヵ月半ももたずに疲弊してしまう。みんなで成長しようって言うんだ」

私は「みんなで成長しよう」というのがキーワードだと感じました。競い合うライバルも、大切なチームメイトなのです。その言葉の背景には、高め合い、磨き合い、つまり切磋琢磨の精神が込められているのだと私は解釈しました。切磋琢磨という言葉に、「相手を蹴落とす、相手の不幸を喜ぶ」意味合いは一切ありません。その話を聞いた2012シーズン、偶然か必然か、ベガルタ仙台はクラブ史上最高のJ1で2位に入り、アジアチャンピオンズリーグの切符を手にしました。
  

正しい競争がチームの成長を生み出す

時は流れて、手倉森さんはリオデジャネイロオリンピック(U-23)日本代表監督に就任しました。静岡でキャンプ中の監督を訪ねた時、またしても同じような言葉を聞きました。

「23歳以下という年代はA代表に向けて最後の育成年代。勝つことは当たり前だけど、この世代を丸ごと強くしたい」

その言葉のとおり、オリンピック代表候補として合計70人近くの選手に声をかけ、メンバー入りを懸けて切磋琢磨していくプロセスは「みんなで成長しよう」を実践しているようでした。

結果的に、谷間の世代と言われ続けたチームは、オリンピックアジア予選史上初となる優勝を成し遂げ、本大会出場の切符を手にすることになりました。2017年9月には、中島翔哉選手がポルトガルでのデビュー2戦目にして2ゴールを挙げる活躍が報じられました。また、コンサドーレ札幌の荒野拓馬選手、横浜F・マリノスの喜田拓也選手など、その時に惜しくも代表メンバーから外れた選手たちも、現在は若くしてJ1の舞台で主力として大活躍しています。同じく代表メンバーから外れた鎌田大地選手に至っては、2017年6月にJ1サガン鳥栖からドイツ移籍を果たしました。リオオリンピック世代がこれほどまでに活躍していることを考えると、「この世代を丸ごと強くする」と言った手倉森監督の狙いが、結果的に「みんなで成長しよう」が現実となっているように感じます。
  

まとめ

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2017年8月31日のワールドカップアジア最終予選第9戦、勝てばワールドカップ出場が決まる大舞台、宿敵オーストラリア戦は2-0の勝利という歓喜で幕を閉じましたが、得点したのは紛れもなく、リオオリンピックに出場した2人(浅野選手、井手口選手)だったことも、偶然ではないはずです。

リーダーはチームの成長に軸を置きながら、上手に競争を起こさなければなりません。ライバルのケガや不調によってチャンスを得る、言い換えれば「人の不幸の上に成り立つ勝利」では、仮に勝ったとしてもそこに成長はありません。つまり、蹴落とし合いの競争には、チームの成長は見込めないということです。負の競争から抜け出し、高め合い、磨き合いの精神で競える、成長路線の正しい競争を心掛けたいものです。