BtoBマーケティングが浸透してきた今、BtoBマーケについて検索すれば、まとめ情報は無数に見つかります。でも、マーケティング担当者が切実に知りたいリアルな体験談や等身大のノウハウは、なかなか見つかりません。

そこで本コラムでは、読者に代わって、『ferret』運営会社である株式会社ベーシック 代表取締役の秋山が、活躍するマーケターや成長企業の経営層に突撃インタビュー。BtoBマーケ成功の秘訣を探ります。

今回のゲストは、創業からたった6年で40億円を調達したSaaS企業、株式会社ヤプリの代表取締役 庵原氏です

プロフィール

庵原 保文(いはら やすぶみ)

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株式会社ヤプリ 代表
出版社でキャリアをスタート。編集長を務めた後、ヤフー株式会社にてメディア系サービスの企画職として従事。その後、シティバンクのマーケティングマネージャーを経て、ファストメディア株式会社(現・株式会社ヤプリ)を3名で創業。

秋山 勝(あきやま まさる)

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株式会社ベーシック 代表取締役社長
高校卒業後、商社に入社。2001年、IT系上場企業に移り、Webマーケティング分野の新規事業企画などを手がける。2004年に「世の中の問題を解決する」をミッションに、株式会社ベーシックを創業。設立以降、50を超えるサービスを生み出し、10件以上のM&Aの実績を持つ。

ビジュアルとコピーが持つ力を信じている

秋山:庵原さんは、アプリ開発サービスの創業社長としてはちょっと珍しいキャリアですよね。出版社に勤めていらしたとか?

庵原氏:学生時代はスノーボードにハマっていたので、そのままスノーボード誌の版元である出版社に就職し、最後の2年間は編集長を務めました。そこでビジュアルやコピーの威力を見てきたので、今もビジュアルやコピーは非常に大切にしています

秋山:それでこのオフィスなんですね! 入った瞬間、「あれ? どこのラウンジ?」と思ったくらい、素敵な空間ですよね。こちらのオフィスに移って、モチベーションも上がりました?

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庵原氏:まず僕自身がめちゃくちゃ上がりましたね(笑)。移転ムービーも作りました。昔の小さかったオフィスから一緒に成長してきたメンバーは、僕と同じくらいモチベーションが上がったと思います。実は、うちにはちょっとオーバースペックのオフィスだったんですが、先行投資として思い切った甲斐がありました。300名くらいまで大丈夫なので。

秋山:3名で始めた企業が、今や160名。飛ぶ鳥を落とす勢いで成長されていますが、アプリ開発のプラットフォーム『Yappli(ヤプリ)』の発想は、どこから?

庵原氏:出版社時代の知り合い何人かが同時期に、ショッピングアプリやカタログアプリが欲しいと話していたことからスタートしました。似たような業界の人が似たような要件でアプリを欲しがっていたので、ドラッグアンドドロップで操作できるアプリCMSを作ったら面白いかもという発想に至って。完全にプロダクトアウトでしたね

ショッピングやカタログ系のアプリは市場がそれなりにあったので、結果的に今もそこがコアビジネスになっています。でも、当初はそこがコア事業になるとは分からなかったので、どの業界のどんな企業にフィットするのか2~3年試行錯誤して、結果的に戻って来た感じです。

秋山:見せることにこだわりがある業界ですし、やりたいこと満載のお客様が多いんじゃないですか?

庵原氏:おっしゃる通りです。お客様と話すと、アプリでやりたいことが無限に出てきますね。おかげで、創業時は10個くらいだった機能が、今は40個くらいあるんですよ。でも、これもあれもやりたいという気持ちも、ビジュアルへのこだわりも、自分自身が共感するところが多いので。

秋山導入検討の際は、コンペになることが多いんですか?

庵原氏:もちろんコンペもありますが、Yappli一択でお声がけいただくことが多いですね。担当者に気に入っていただき、「競合比較等はせず、Yappli一本で検討しています」と言われるケースが多いんです。

それって、やっぱりマーケティングの力だなあと思っています。セールスが行った時点でYappliに好意的で、詳しい説明をする前から、「使ってみたい」というお言葉をいただくことも多くて。直感的に好ましいと感じるような右脳への働きかけは、クリエイティブの力だと思うので、今もクリエイティブの最終チェックには僕が関わっています。

説明型商品の宿命で、マーケはオフライン偏重に

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秋山リードジェネレーションは、どのように行っているんですか?

庵原氏:マーケでは月間数千件のリードを集めていますが、MQL(Marketing Qualified Lead)になるのは、そのうちの20~30%くらいでしょうか。MQLに対しては、インサイドセールスが架電して、OKならば商談に移っていきます。最近は顧客ゾーンを中堅・大手企業に絞っているため、リードからMQLへの転換率が課題になってきます。

秋山:ターゲット属性に合わないリードに対しては、どう対応しているんですか?

庵原氏:メールマガジン等で情報アップデートはしますが、インサイドセールスの架電まではしていません。

秋山オンラインマーケとオフラインマーケでは、どちらに力を入れています?

庵原氏:イベントが多いので、ややオフラインマーケの比重が高いですね。商品説明が必要で、かつエンタープライズ寄りのサービスなので、セミナーやイベントでリアルに接点を持った後にオンラインでナーチャリングをサポートしていく、という流れがメインですね。リードナーチャリングは、これまでは補完的な扱いでやっていたのですが、専任チームを作ってからは、かなり商談への貢献度が上がってきています。

秋山:僕らが提供している『ferret One』も同じように説明が必要なサービスなので、よく分かります。実際のサービス説明をする前に、お客様の中でニーズを明確にして実現したいイメージを抱くところまで持っていくのは難しい

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庵原氏:難しいですね。Yappliの機能が40個あったところで、機能の説明を受けない限り、お客様自身がこの機能で何を実現できるかイメージすることは、ほぼ不可能です。とにかく一度お会いして説明しないと、始まらない。

でも、幸いアプリ開発の市場は広いので、月に数千件のリードが集まります。ゲームから工場の生産管理まで、お客様ごとに幅広いニーズがあるんです。そこで、一旦広く集めて、インサイドセールスがヒアリングしながら商談へと進めます

秋山:お客様の検討期間はどれくらいなんですか?

庵原氏単価的にも、長すぎず短すぎずの製品だと思います。平均的には2~3ヶ月でしょうか。

製品の使われ方は、主に2つです。1つは、マーケティング支援の領域。店舗やECの集客をしたいとか、オウンドメディアを作りたいとか。そうしたマーケティング施策でアプリを使いたいというニーズです。最初にお話ししたショッピングアプリもここに当てはまりますね。スーパーに飲食店、商業施設等、流通・小売系のマーケ施策へのソリューションとして活用されています。

もう1つは、ビジネス支援の領域。例えば、社内の広報誌をアプリで代替するとか。社内研修や教育動画をアプリで提供することもあります。社内のインナーコミュニケーション用ツールとしてのニーズが増えているので、今後はその領域にも投資する予定です。

オフラインに手応えを感じたから、オンライン予算を増加!?

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秋山:現状のマーケの勝ちパターンが見えてきたのは、どのタイミングなんですか?

庵原氏:2015年にシリーズAで3.3億円、初めて億を超える資金調達をしたのがターニングポイントになりました。2016年から本格的にマーケティング活動をスタートして、その1年後に分かってきたことが多いですね。

最初はやっぱり、オンライン広告を出してみたんですが、リードは来るものの受注に繋がりませんでした。一方で、オフライン施策は手応えがあったんです。ちょうどイベント広告に詳しいマーケターが入社して、彼女が「イベントで商談が取れると思いますよ」と言うので、半信半疑で始めたんですが。

イベントに大きなブースを出すことで、「ちゃんとした会社なんだ」という認知を得られて、お客様の中で検討順位が上がったのを実感しました。信用マーケティングとでも言うんでしょうか。このように、展示会で一回話して、フィールドセールスがあらためて訪問するという勝ちパターンができて、弊社なりのイベントマーケのフローが確立できたんですよね。

秋山:どのくらいの頻度でイベントに出展されているんですか?

庵原氏:今では、大きな展示会だけでなく、業界特化型のイベントにも出展しますし、自社開催の1,000人規模で集客するイベントも年2回あります。ほかにも小規模の自社セミナーやユーザーミートアップ等を設けているので、ほぼ毎週イベントに出ている感じで、もう何屋だか分からないくらい。

新しい試みとしては、インサイドセールスのメンバーが、会社のラウンジスペースを活用して「Yappli相談カフェ」というミートアップみたいなものを始めました。「商談しませんか?」まではいかない、もう少しもっと緩い感じのイベントです。そういった少し啓蒙に近いような接点も増やし始めています。

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秋山:2017年頃にイベントがいけると分かった時点で、予算もオフラインに大きく寄せたんですか?

庵原氏一番お金をかけるところは、オフラインにしました。でも、同時にオンライン広告予算も増やしましたね。展示会で会うお客様に、「Webでいつも見ています」と言われる機会が増えて、受注するためには接触頻度が何よりも大切だとあらためて気づいたんです。オンライン経由での直接的な受注は少なくても、オンラインもオフラインもクロスしてよく見かけることが受注に効いているという感覚があったので、オンライン広告もバジェットを増やしたところ、結果的に受注数の底上げに繋がりました。

秋山フリークエンシーとブランディングを意識した広告展開ということですね。

庵原氏:おっしゃる通り、その方向のコミュニケーションにどんどん変えていきましたね。ブランディングで言うと、SMB向けにローンチした創業当初は、「簡単にアプリが作れる」という訴求をしていたんですが、簡単訴求をするとチープなものと誤認される。そこで今は「簡単」ではなく、「スピードや運用のしやすさ」を訴求しています。簡単に作れるからスピードが得られるんですが、素早い意志決定と素早い行動は、企業にとっては重要な競争優位になりますので。

そうしたブランディングに関わるメッセージの部分では、凄く細かいチューニングを重ねてきていて、外部コミュニケーションは今もすべて一度僕を通すことになっています。

秋山:フリークエンシーで意識している部分はありますか?

庵原氏非常に多くのお客様がオンラインとオフラインをまたいで接触されていて、クロスチャネル訴求が効いているパターンが多いので、より多彩なタッチポイントで接点を作ることを意識しています。タクシー広告もその意図で、2019年に出稿しました。弊社の強みでもある、ビジュアルの力も発揮できますし。

秋山:タクシー広告では、「何ができるか」は訴求していませんよね。「アプリ開発ならヤプリ」というメッセージの刷り込みに特化したんでしょうか?

庵原氏:そうですね。タクシーの中で40個の機能を説明してもしょうがないですからね。タクシー広告から、直接的にリードが取れるとは思っていなくて、認知・信用力の向上に基づいた全体のファネル通過率の底上げ、クライアントの社内稟議時の突破力などを期待しています。

立ち上がりの早さが強みのYappli、バリューチェーンは…

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秋山:バリューチェーンと人員配置は、どんな感じなんですか?

庵原氏:現時点ではマーケ、インサイド、フィールドセールス、カスタマーサクセスでそれぞれ2~30名という感じです。

秋山:イベント出展から運用までは、どんな流れで進むんですか?

庵原氏:オフラインイベントに当日行くのは、主にマーケとインサイドセールスです。翌日以降、社内にいるインサイドセールスがホットリードに対応します。
SQL(Sales Qualified Lead)になった後は、フィールドセールスが訪問し、製品説明やデモを行います。バラつきはありますが、受注までにだいたい3~4回の訪問は必須になりますね

受注後はデザインして構築するという大きなオンボードがあるので、そこに一番リソースをかけています。アプリのデザイナーやディレクターがいるのが、このオンボーディングチーム。アプリ公開後はリテンションチームの担当者が1社につき1名付きます。リテンションチームが見ている数字は、チャーンレートですね。

また、通常の管理画面の使い方等といった問い合わせに対しては、カスタマーサポートが対応します。カスタマーサポートチームが見ているのは、顧客満足度です。

秋山:Yappliの導入を決定した場合、実装完了まで平均どのくらいかかるんですか?

庵原氏:平均で1~2ヶ月でしょうか。オンボーディングチームによる管理画面のレクチャー等は、だいたい初月に行うので立ち上がりは早いです。大手企業の場合、開発着手からローンチまで長期間かかることが多いので、Yappliのスピード感は評価してくださいますね。
ある部署がやりたいという声を上げたタイミングや、キャンペーンの時期など、そういうビジネスの一瞬の盛り上がりを逃さないのは大切だと思っています。

Yappliの優位性、そして今後の課題とは?

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秋山:今のお客様がYappliに価値を感じているポイントは、やっぱりスピードですか?

庵原氏開発スピードは、非常に評価されますね。企業が受託開発でアプリを作った場合、1年かかることも珍しくありません。でも、どんどん時代が変わっていく中で、素早い意志決定と素早い行動をしないと取り残されてしまいます。ですので、スピードは間違いなく重要です。

ただ、それ以上にYappliの価値は、管理画面を軸とした運用性です。お金をかければ受託でより良いアプリを作ることはできます。でも、その後の運用ができなくて失敗することがとても多いんです。

運用の開発リソースを持つ企業は非常に限られています。Yappliだと、作った後も自由にコンテンツを登録し、ユーザーの反応を見て機能やデザインを瞬時に変更できる。追加開発や外部ベンダーへの依頼なしに、自分たちで本当に簡単かつ迅速に施策を反映できる。ここがYappliの最大の強みであり、お客様に価値提供できる部分です。

また、Yappliの場合、OSのアップデート対応等は僕らの仕事ですし、放っておいても機能が追加されるというSaaSならではのメリットもあります。

秋山:デザインの自由度はあるんですか?

庵原氏:デザインに関する設定項目は20~30ヶ所ありますが、管理画面上で自由に更新できるところもあれば、できないところもあります。ただ、自由にレイアウトできる機能があるので、開発時にかなりの柔軟性があります。それが、大手企業に採用される理由のひとつですね。

秋山:今後の課題は何ですか?

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庵原氏:創業当初、アプリは割と一過性のツールだと捉えられているケースが多々あったのですが、予想に反して今は企業経営のコアになってきている。そのため、お客様が予想以上のスピードで成長していらして、僕らへの要求も高くなってきています

僕らとしてはもう、その要求について行けるところまで歯を食いしばってついて行くしかない。カスタマイズの要望も正直ありますが、顧客メリットを深く考えると、カスタマイズはしないほうが正しいソフトウェアを作れるので、製品自体のアップデートでついて行こうと覚悟を決めました。

秋山:最近のマーケの成果や今後のマーケ施策は、どんなものがありますか?

庵原氏:2019年は、ナーチャリングから商談が取れるようになったという改善がありました。

秋山:具体的にはどんな施策を打ったんですか?

庵原氏チームの体制強化を行い、コンテンツを強化しました。それに伴い、マルケトなどのツールのフル活用を始めています。これまでは、不定期だったメルマガを、セグメント配信も含めてしっかりとプランニングして運用にのせられるようになりました。コンテンツマーケティングを地道に行い、ナーチャリングからの商談獲得数を日々報告してもらうようにしています。

秋山:今後もナーチャリングを強化していく予定ですか?

庵原氏:そうですね。アプリ開発は幸いにもリードは非常に増加しているので、強い需要を感じています。一方で、我々の製品とその活用方法はまだまだ伝えきれていないので、ナーチャリングによって市場開拓していきたいと考えています。

秋山:最後の質問です。庵原さんにとっての、マーケティングとは?

庵原氏:「マーケティング is 売りに行く前に売れている状態」ですかね。フィールドセールスが訪問した時点で、商談の成否が決まっているような状態。実際の販売に大きく影響を及ぼすこと。これこそ、究極のマーケの力だと思います。

秋山:本日は、ありがとうございました。