現サッカー日本代表コーチ・手倉森氏が考える組織論に習う

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競い合うライバルも、大切なチームメイト!合言葉は"みんなで成長しよう"

ここで、Jリーグのプレシーズンキャンプの事例をご紹介します。

ベガルタ仙台で6シーズンに渡って指揮してきた手倉森誠監督(現日本代表コーチ)に、2012年プレシーズンの宮崎キャンプでうかがった話です。雪や寒さと無縁のチームであれば、年末年始のオフ明け(1月半ば)から通常2週間程度、温かい地域でキャンプを張り、闘える体づくりをして本拠地に戻るのが一般的です。

しかし、雪国に拠点を構えるチームは、プレシーズンの1月・2月は本拠地でまったくトレーニングすることができません。ベガルタも同様で、開幕までの約1ヵ月半、九州でのキャンプ生活が続きます。開幕戦にはキャンプ地から乗り込む年もあるくらいです。家族と遠く離れた地で毎日ホテル生活、体力的にも最もきつく追い込まれるキャンプが1ヵ月半も続く、ましてや、同じポジションを争うライバルたちと、寝ても覚めても顔を合わせなければならないストレスを、いったいどのようにコントロールしているのか、手倉森さんに次のように尋ねました。

「長丁場のキャンプによって寝食を共にし、一体感が生まれるメリットもあると思います。しかし、寮生活の高校生などの事例で、1つのポジションを競い合うライバルと、四六時中一緒に生活していると、"こいつさえいなければ俺がレギュラーになれるのに……"というストレスが溜まる可能性があるようです。そのあたりはどう解釈しているんですか」

すると、意外な答えが返ってきたのです。

「俺は選手たちに"ライバルだ" "競争相手だ"とは言わない。"ライバルだぞ" "負けるな" "競争しろ"そんな煽り方したら1ヵ月半ももたずに疲弊してしまう。みんなで成長しようって言うんだ」

私は「みんなで成長しよう」というのがキーワードだと感じました。競い合うライバルも、大切なチームメイトなのです。その言葉の背景には、高め合い、磨き合い、つまり切磋琢磨の精神が込められているのだと私は解釈しました。切磋琢磨という言葉に、「相手を蹴落とす、相手の不幸を喜ぶ」意味合いは一切ありません。その話を聞いた2012シーズン、偶然か必然か、ベガルタ仙台はクラブ史上最高のJ1で2位に入り、アジアチャンピオンズリーグの切符を手にしました。
  

正しい競争がチームの成長を生み出す

時は流れて、手倉森さんはリオデジャネイロオリンピック(U-23)日本代表監督に就任しました。静岡でキャンプ中の監督を訪ねた時、またしても同じような言葉を聞きました。

「23歳以下という年代はA代表に向けて最後の育成年代。勝つことは当たり前だけど、この世代を丸ごと強くしたい」

その言葉のとおり、オリンピック代表候補として合計70人近くの選手に声をかけ、メンバー入りを懸けて切磋琢磨していくプロセスは「みんなで成長しよう」を実践しているようでした。

結果的に、谷間の世代と言われ続けたチームは、オリンピックアジア予選史上初となる優勝を成し遂げ、本大会出場の切符を手にすることになりました。2017年9月には、中島翔哉選手がポルトガルでのデビュー2戦目にして2ゴールを挙げる活躍が報じられました。また、コンサドーレ札幌の荒野拓馬選手、横浜F・マリノスの喜田拓也選手など、その時に惜しくも代表メンバーから外れた選手たちも、現在は若くしてJ1の舞台で主力として大活躍しています。同じく代表メンバーから外れた鎌田大地選手に至っては、2017年6月にJ1サガン鳥栖からドイツ移籍を果たしました。リオオリンピック世代がこれほどまでに活躍していることを考えると、「この世代を丸ごと強くする」と言った手倉森監督の狙いが、結果的に「みんなで成長しよう」が現実となっているように感じます。