自らの意志で行動しているのに、皆と同じ結果になってしまう

1人ひとりは自ら意志を持って行動しているけれども、統計データで見てみると規則性が見られる。誰だって"何か社会的な背景があるのではないか"と考えるでしょう。一歩間違えれば「人間は自分の意志で行動しているようでいて、何者かに操られている」という言説にすり替わりかねない「人間とその能力の発展について」は、大反響を呼びました。

ビッグデータとも呼べるデータが無い時代、集計してみると人間の行動には傾向があるとわかったこと自体が大発見でした。ケトレーのすごいところは、それを「神の意志」で片付けずに、数学的に研究を続けたことにあります。

1844年には、10万人分のフランス軍の徴兵検査のデータを手に入れ、徴兵のための最低身長ギリギリ手前を申告している人間が大勢いて、約2,000人は虚偽申告していることを発見しています。

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2年後の1846年には、「エジンバラ・メディカル・ジャーナル」に掲載された論文から「5732人のスコットランド兵の胸囲」のデータをもってきて、そのデータが40インチ弱を中心に正規分布していることを論文に記しています。

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ケトレーは社会における「法則」や「規則」を見付けるのに躍起になる一方で、各国を跨る統計データの不備や、そもそものメトリクスの違いに気付きます。

そこで1853年にはブリュッセルにて、ケトレー自身の発案による第1回国際統計会議が開催され、初代会長に就任します。ケトレーはその場で、統計データの利用頻度を上げるために、データの処理手順の国際共通化や長さや重さなどの単位の統一化が重要であると説きました。

今の時代にも言える話ですよね。データの取得方法が違えば、精度も信頼性も大きく影響します。データは大事ですが、どうやって精度の高いデータを取得するかも同じくらい大事です。

ちなみに、彼の姿勢に感銘を受けた1人のイギリス人統計学者がいます。ナイチンゲールです。彼女は衛生データの統一基準に心を砕いており、言うことを全く聞かないイギリス当局に嫌気がさしてすらいました。ケトレーの登場は彼女にとって「よくぞ言ってくれました!」という百人力を得たような心境でしょう。

彼女はこれをキッカケに反転攻勢に出て、その成果を第4回国際統計会議で発表するのですが、それはまた別のお話。
  

誰がヒストグラムと命名したのか?

ケトレー自身はヒストグラムに、ついぞ「ヒストグラム」という名前を付けることはありませんでした。命名者は別にいます。カール・ピアソン(1857年〜1936年)です。

彼自身は数学者、統計学者としての顔よりも、社会主義者、および人種差別主義者としての顔のほうが有名かもしれません。優生学という「生物の遺伝構造を改良することで社会をもっとよくする」というトンデモ学問です。ナチスの反ユダヤ人政策も、この優生学をベースにしています。

ただしピアソンは死の直前、「ユダヤ人ー異邦人関係について(On Jewish-Gentile Relationship)」という論文を発表しています。その中で、世界中のユダヤ人の身体測定データを分析して、ナチスの唱える人種理論は全くのお門違いだし、アーリア人種が優れているという説もトンデモだと強く非難していることは殆ど知られていません…。