「ねえ、Alexa。気分が上がる曲をかけて」
「Clova、今日の天気は?」

スマートスピーカーの登場によって、こんなコミュニケーションが家庭の中で少しずつ生まれています。

核家族化・少子高齢化の進行、テクノロジーやサービスの進化によって家族形態もライフスタイルも目まぐるしく変化している中で、スマートスピーカーの登場はどういった影響を及ぼすのでしょうか。

今回は、コミュニケーションとマーケティングの視点から探っていきます。

テクノロジーが牽引する「新しいお茶の間」の形

テレビ全盛期から大きく変化しはじめた「お茶の間」とは

「お茶の間」という言葉は、家での「居間」を指すほか、テレビが家族の話題の中心であったテレビ全盛時代の家族団らん(テレビの前に集まっている状態)を表現するワードとして長く使われてきました。

この言葉を聞いて、ちゃぶ台にブラウン管テレビ、といった昭和らしいシーンを思い浮かべた人も少なくないでしょう。テレビが一家に一台あり、家族が集い、テレビなどのデバイスをきっかけとして家族間のコミュニケーションが生まれていました。

テレビ番組のなかで、『お茶の間の皆さま』と投げかけることがよくありましたが、これはテレビの向こう側にいる「お茶の間に集う家族」へ向けられたもの。つまり、テレビを家族全員が見ている前提、テレビを通してコミュニケーションが発生する前提で語られていたのです。

しかし、テレビの存在意義や家族の形がずいぶんと様変わりしていることは想像に難くないでしょう。実際に、テレビを持っていない・見ないという人も多くなってきました。

理由は簡単、核家族化や少子高齢化、一家に一台のテレビから、一部屋に一台のテレビとなり、インターネットの普及によってケータイやスマホは一人1つ……と、社会的背景と生活環境が従来と大きく変化しているためです。

結果、テレビの影響力は低下していると騒がれ、家族がテレビをきっかけにコミュニケーションを取る機会は減少しています。(もちろん、ゼロではありませんし、依然としてマスとしてテレビのチカラは大きいと考えています)

そんな状況に登場したデバイスが「スマートスピーカー(音声操作対応のAIスピーカー)」です。

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スマートスピーカーが生み出す「お茶の間2.0」

アクセンチュアが日本や米国、中国など計19ヵ国の消費者21,000人を対象にデジタル機器に対する消費者の認知度や信頼度などを調査した「2018デジタル消費者調査」では、デジタル消費者の期待するトレンドとして「スマートスピーカーによるデジタルとリアルを融合した新しい顧客体験」が挙げられています(他には、シンプルで魅力的なオンデマンド動画体験への期待/自動運転への興味/拡張現実や仮想現実(AR/VR)体験への高い関心、など)。

スマートスピーカーは、調査対象国すべてにおいて所有率が前年比50%超と大きく伸びており、購入予定の人も含めると所有率は中国、インド、アメリカ、ブラジル、メキシコの5ヵ国で、2018年末までにオンライン人口の3分の1にまで達する見通しだといいます。

ちなみに日本の所有率は、2016年3%、2017年8%、2018年の購入予定が16%と、ほとんど伸びていません。

この数字だけを見ると日本での普及率はまだまだと言わざるを得ない状況ですが、すでに多くの国で 「キャズム※」に達していると言われているスマートスピーカーは、今後日本の一般家庭へも急速な 普及が予想されているデバイスです。

※市場が初期からメインストリームへ移行する際に阻害する溝
(出典:アクセンチュア『2018デジタル消費者調査』

スマートスピーカーは、すでにGoogle、Amazon、Apple、LINE、SONYといった様々なブランドから発売されています。家電メーカーやオーディオメーカーだけでなく、AmazonやGoogleといったプラットフォーマーまでもが市場に参入している状況は、今後のマーケットシェアを大きく変える序章とも言えるでしょう。

また、多くのスマートスピーカーには、以下のような基本的機能が備わっています。
(提供ブランドによって連携サービスは異なります)

・音楽再生
・ニュースの読み上げ
・天気予報の案内
・スケジュール管理
・アラームやタイマー
・買い物をする
・家電操作
・メッセージの送信

このような機能だけに着目すると、スマートスピーカーの学習機能によって在庫がなくなりそうなタイミングで自動的に注文をし、「一緒に○○はどうですか?」といったリコメンドをしてくれるような日常生活の補助デバイスのように感じるかもしれません。しかし実は、コミュニケーションの観点においても、大きな変化を生み出す存在になろうとしています。

「お茶の間」におけるコミュニケーションの体系が、テレビのように一方通行なコンテンツ提供から、スマートスピーカーのように双方向型に変化しているのです。つまりコミュニケーションの形が新しいフェーズに入っているということを指します。

これは、テレビを介在して家族間のコミュニケーションが生まれていた従来の状態を「お茶の間1.0」とするならば、双方向コミュニケーションが可能なスマートスピーカーが加わったことによる新たなコミュニケーションの形は、まさしく「お茶の間2.0」とも言えます。家庭内行動や家族の意思がスマートスピーカーによって変わりはじめているのです。

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「お茶の間2.0」における企業のマーケティング

スマートスピーカーによる「お茶の間2.0」へのコミュニケーションの変化により、これまで以上に“音声”が注目されることは言うまでもありません。テレビCMのように音声検索や音声指示でアクションを起こすことが可能になり、指示命令系統が手から声へ変わろうとしているのです。この先、スマートスピーカーを筆頭に音声へのパラダイムシフトが起きれば、マーケティングの主戦場は視覚だけでなく聴覚にも移行します。いま、私たちはそのスタート地点に立っているのです。

そうしたなか注目されているのが「音声広告(オーディオ・アド)」です。ロボットスタート・博報堂DYMP・イードの3社は、すでにスマートスピーカーやApple Podcast、Google Podcastsなどに配信されるニュースコンテンツ内で音声広告の配信ネットワーク構築や実証実験を始めていますし、2018年にはAmazonのAlexaが音声広告事業を立ち上げるとメディアで報じられています。今後、スマートスピーカーが普及していくと、これまで当たり前のように行われてきた店頭購買や店頭比較は抜本的に変わるでしょう。

スマートスピーカーにスキルを搭載したマーケティング展開も考えられます。現にAmazonのAlexaには、1万を超えるスキルが各企業から提供されています。スマートスピーカーを中心とした音・音楽を活用したマーケティングの波も、やがてそう遠くない未来に到来するでしょう。今後は、プロモーションなども視覚に加えて聴覚を活用したものが生まれるはずです。

例えば「あなたが好きなアーティスト○○の新曲を視聴できますよ」なんて視聴体験の提案もされるかもしれません。ブランドがスキルを開発し生活スタイルの中に真の意味で溶け込んでいくことも想定されます。いかにユーザーの「声」を引き出させるか。スマートスピーカーでブランドのスキルを起動させるのかといったことが考えられます。その中心は声であり、聴覚です。

スマートスピーカーの声が、好きなアーティストやタレント、声優の声にすることができるようになれば、ブランド側もアーティスト側も新しいマーケティングが可能になり、購買行動に変化が起きたり、スマートスピーカー自体の存在意義が変わったりする可能性もあります。

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「お茶の間2.0」による2つの変革

「お茶の間2.0」はスマートスピーカーによって現代における家族団らんの新しい家族のコミュニケーションの形を生み出してくれます。

同時に「お茶の間2.0」でもたらされるマーケティングは視覚から聴覚への変化が始まろうとしているのです。見せるから聴かせるへ。手から声へ。認知から想起へ。

スマートスピーカーの登場は、「お茶の間」というコミュニケーションの形とマーケティングに変革を起こす新しい存在の登場でもあるのです。

私「ねえ、Alexa。リラックスする音楽をかけて」
娘「パパ、アンパンマンがいい」

記事を執筆し終わったあと、娘とこのようなコミュニケーションが生まれるのも、スマートスピーカーならではでしょう。