カスタマーサクセスとは決して目新しい概念ではない

ここまで、カスタマーサクセスとは理念であり、その本質は「顧客の成功を第一の目的とする」ことだと説明しました。このような説明を聞くと、「カスタマーサクセスって結構当たり前のことで、そんなに目新しい考えではないかも」という感想を抱いた方も多いかもしれません。実は、その感想はかなり的を得ていると言えます。なぜなら、かつての顔の見える商売で大切にされてきた考え方には、カスタマーサクセスの本質と通底するものがあるからです。

昭和の商店街でもカスタマーサクセスは行われていた

昭和の商店街での光景を思い浮かべてみてください。八百屋の店主は、お客さん一人一人の顔から家族構成、好きな料理まで知っていて、その時々に合わせておすすめの野菜や調理方法を教えてくれます。会ったことのない父親の好きな料理まで知っていて、必要な場合はわざわざ取り寄せてくれたりもします。

このような光景は、体験したことがある方ならもちろん、体験したことがない方でも、ドラマやアニメなどを通して容易に想像がつくのではないでしょうか。

八百屋の商売は、決して売って終わりのものではありませんでした。どうしたら自分のお店の野菜を使用して美味しい料理が作れるか、ひいてはお客さんが喜んでくれるのかを第一に考えていたものです。言い換えれば、「顧客の成功」を第一に考えていたということです。この考えは、明らかにカスタマーサクセスとその本質を共有しています。

カスタマーサクセス(Customer success)という言葉はアメリカで生まれたものであり、SaaSやサブスクリプションの文脈において注目を集めるようになりました。このような成り立ちを見ると、ソフトウェア業界に限定的な新手のバズワードのような印象を受けてしまうかもしれませんが、その実情は全くもって異なります。

カタカナでのラベリングの下にある「顧客の成功を第一の目的とする」という考えは、決して奇をてらったものではなく、むしろ商売の基本だと言っても差し支えありません。そして、基本であるからこそ、あらゆる企業にとって意味を持つような普遍的な威力を持っているのです。

事業を成功へ導くカスタマーサクセスの共通点

このように、カスタマーサクセスの本質とは「顧客の成功を第一の目的とする」ことであり、事業を成功に導くようなカスタマーサクセスを実施している企業は、必ずこのスタンスを徹底しています。そして、思考の起点が「顧客の成功を第一の目的とする」で共通しているからこそ、派生する具体的な行為にもいくつかの共通点が見られます。これらの共通点を押さえることで、よりカスタマーサクセスという考え方の中心を手触り感を持って理解できるようになるでしょう。

①顧客の課題に深くまで切り込む

顧客にとっての成果を実現するためには、そもそも何が顧客にとっての課題なのかを定義できなければなりません。しかし、多くの場合、顧客は自分自身の課題を認識しきれておりません。なぜなら、課題を抱えていることがデフォルトの状態になっており、敢えて課題であると自覚していないか、あるいは、何らかの代替手段を用いてすでに対処してしまっていることが多いからです。

日常の中で、小さな不満や不便を感じる場面は多いと思います。しかし、こうした課題に対して常に自覚的であると、非常に強いストレスを感じ続けることになります。そのため、不便や不満を感じてもその時々でうまく対処するようになりますし、あまりにも日常的に生じている課題に対しては、そういった課題があることが当たり前になり、敢えて課題であると自覚しないようになります。すると、結果として「課題と言われれば課題だが、それには気づいていない」という状態になってしまいます。

しかし、このような無自覚の課題を解決してくれる体験価値は、とてもインパクトが大きいものです。カスタマーサクセスを実現している企業はこのような体験価値を提供しており、そのために顧客の無自覚の課題にまで切り込み、顧客自身もうまく言語化できていないような課題を見つけ出しています

②サービス・プロダクトを提供した後も、伴走し続ける

顧客にとっての成果を実現するためには、顧客との関係をサービス・プロダクトの提供で終わらせてしまっては不十分です。多くの場合、顧客は得たい成果が目的としてあり、その成果を得るための手段としてサービス・プロダクトを購入しているのです。つまり、顧客にとっては、サービス・プロダクトを購入すること自体は価値ではなく、それらを用いて目的を達成できることが価値なのです。

そのため、サービス・プロダクトとは目的達成のための手段に過ぎず、サービス・プロダクトを提供するだけでは、顧客の成果にコミットしているとは言えません。カスタマーサクセスを実現している企業は、顧客が成果を実現できるまで粘り強く伴走し続けます。その意味において、サービス・プロダクトの提供は、顧客との関係の終着点ではなく始発点であると言えます。

③一部門に閉じるのではなく、企業全体で取り組む

顧客にとっての成果を実現するためには、カスタマーサクセスの取り組みを一部門に限定することは合理的ではありません。そもそも、顧客からは企業内部の事情は見えていません。企業からしたら、設計・構築・製造するのはプロダクトで、宣伝・広報を行うのはマーケティングで、販売を行うのはセールスで、お問い合わせに対応するのはカスタマーサポートで、というように部門が分かれていることを意識するかもしれませんが、顧客からしたら全て一つの企業です。

そして、顧客が求めていることは、あくまで自分自身の成果のみです。「プロダクトの使用方法がわからないけど、お問い合わせセンターの受付はエンジニアではないからわからないのは仕方ない」といった考慮は働きません。企業に求められているものは非常にシンプルですが、シンプルであるがゆえにシビアなのです。

そして、このシンプルにしてシビアな要求に最大限応えるためには、企業が持ちうるリソースを全て使用することが合理的です。顧客と直接的な接点を持つ部門だけに任せていては、顧客の体験価値を最大化することはできないでしょう。カスタマーサクセスを実現している企業は、必ず企業全体で顧客の成果に向き合っているのです。

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