※この記事はアドビ株式会社祖谷考克(そたに たかよし)様からの寄稿記事となります。

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筆者プロフィール

祖谷考克(そたに・たかよし)
アドビ株式会社DXマーケティング&セールスデベロップメント本部執行役員・本部長。広告会社を経て、2013年にアドビ入社。ビジネス・コンサルタントとして顧客のデジタル・ビジネスを推進。2018年に新組織デジタル・ストラテジー・グループを立ち上げ、経営視点からの中期的なデジタル変革の戦略策定を支援。2019年11月より現職。

筆者は、アドビ株式会社にてDXマーケティング&セールスデベロップメント本部の組織を立ち上げ、現在本部長としてチームを率いています。本連載では、3回にわたって、企業のDX推進に必要な組織づくりや、B2Bマーケティングの視点から見る顧客体験の最前線などについて解説していきます。

3回目となる今回は、これからの時代に求められる顧客データ活用と組織マネジメントについて取り上げます。

目次

  1. 良質な体験に共通することは?
  2. 顧客のニーズに合わせた良質な体験
  3. ユーザーのコンテクストを踏まえた理解をする
  4. サービス提供者はエクスペリエンスメーカーであれ
  5. クリエイティビティとは居心地のよい場所から踏み出す勇気

良質な体験に共通することは?

我々の生活の中にデジタルが浸透してきて、様々な体験が変化しています。その中でもデジタルを通した良質な体験を考えると、デジタルでありながら、テクノロジーを感じさせないようなサービスが当てはまります。

例えば、動画ストリーミングサービス。様々なサービスがありますが、多くのサービスでスマートフォン、PC、テレビなど様々なデバイスでの視聴が可能です。一度ログインすればログイン情報が一定期間保持されるので、毎回ログインする必要もありません。

良質な体験の一つに「フリクションレス」というキーワードがあり、何かと何かの間をつなぐ不便が少なく直感的に操作できるほど、使い勝手が良くなります。反対に使うときにやるべきことが多くハードルが高いと、その不便を乗り越えてまで活用する人は減ってしまうでしょう。

例えば、筆者は外出先からコントロールができるあるエアコンを使っているのですが、以前はアプリの起動時にかなりの頻度でログインを求められていました。面倒さを感じていたところ、アプリのアップデートで毎回のログインが不要になりました。ユーザーから使いたくないと思われてしまっては、ブランド存続の危機につながります。ユーザーの声を受けて改善したのだと思います。

B2Bにおいても、デジタル体験の良さが重視されつつあります。少し古い調査でも、「デジタル体験のよいベンダーがあれば、既存のベンダーから乗り換えても良い」と回答した人が7割を超えました。B2Bでも体験と購買決定が密接になっているのがわかると思います。

サービス提供者の立場から見ると、すでに顧客がよいサービス体験を知っているので、サービスに対する期待値が上がっていることを感じます。同様のサービスを提供しているベンダーが2つあったとき、片方はフリクションレス、もう片方がフリクションがある状態であれば、前者が選ばれます。

同時に、フリクションレスだったサービスが、急にフリクションを感じるようなユーザー体験になってしまったら、より強く不満を感じられるようになるでしょう。

顧客のニーズに合わせた良質な体験

デジタルが生活に密着する中で、今までできなかった体験が手軽に楽しめるようになりました。例えば、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、ゴルフの米国男子ツアー(PGAツアー)の一部は、無観客開催となりました。その代わりに、アプリを通じてツアーの様子を楽しめるようになりました。

もちろんこれまでもテレビで中継が行われていました。しかし、テレビのカメラが写すのはトッププレイヤーなど一部の選手のみでした。アプリを使うことで、すべてのプレイヤーのショットを見られるようになり、見たい選手に密着して観戦することができるようになりました。

このように、顧客一人一人のニーズに向き合うようなサービスができるのはデジタルならではです。提供する側は、膨大なトランザクションをリアルタイムで処理して、映像を各デバイスに届けるというテクノロジーを使ってサービスを実現していますが、ユーザーはフリクションレスに全プレイヤーのショットを楽しめます。旧来のメディアではできなかった新しい挑戦によって、顧客体験がよりよくなっています。

身近な生活の例でいえば、スターバックスコーヒーのモバイルオーダーです。筆者は、出社途中でモバイルオーダーして、会社のそばの店舗でピックアップしています。オーダーからピックアップまでフリクションレスですし、アプリにニックネームを登録しておくと、プリントしたシールがカップに貼られて渡されます。

シンプルですが、顧客にあわせたパーソナライズができた状態で商品が提供されていますし、この先さらにプラスアルファの展開があるかもしれないという期待があります。

顧客に寄り添うような機能、体験を提供できることが、良質な体験につながっていくでしょう。

ユーザーのコンテクストを踏まえた理解をする

B2Bの場合、特にSaaS型のビジネスは、製品を販売した時点で終了するビジネスと違って、購入前、購入、利用開始、利用中まで含めて、顧客は常に体験を評価しています。どこかで悪い体験があれば、継続利用したいという意向はなくなる可能性があります。

サービス提供者は、顧客が購入した、購入しなかったということだけでなく、どういうニーズで購入したいと思ったのか、どういう風に利用しているのか、を知ることが改善のための大きなヒントになります。

もちろん、何でもかんでもデータを集めればよいわけではなく、マーケティング、営業が顧客から預かったデータをどう理解して、その対価として価値を提供できるか、を常に考えなければいけません。この情報があるから、顧客が求めている情報を、このレベルで提供できるようになる、というように常に対価を意識してデータを活用することになります。

例えば、顧客の性別、年齢などの属性データは、保険などサービスによっては、次の顧客理解をするために重要ですが、サービスによってはそこまで重要ではない場合もあります。また、顧客が任意でインプットした情報は、どこまで正しいかわからないということも考慮していかないといけません。

よって、利用する人のコンテクスト(文脈)を捉えて、今感じているニーズは何なのか、解釈していく必要があります。例えば、どういう経路でこの情報にたどり着いたのか、どういう状況で情報を探しているのか、ニーズを汲み取って動的に情報を提供するようなアプローチが必要になってきます。

サービス提供者はエクスペリエンスメーカーであれ

顧客情報からニーズを汲み取り、動的にアプローチするには、サービスを提供する側全員がよりよい体験を提供する「エクスペリエンスメーカー」でなければならないと考えています。そのためには、組織マネジメントも変わってきます。まずは、我々が提供する価値が何なのか、組織の隅々まで行き渡らせる必要があります。

経営の数値目標も重要ですが、それよりも目指すべき姿、世の中に提供する価値、ブランドの存在意義を掲げ、それに向かって全員がエクスペリエンスメーカーになれるようにします。

全員がエクスペリエンスメーカーであるためには、現場からの意見を聞いて上長が意思決定をするようなピラミッド型の組織よりも、全員がそれぞれの責任の範囲で意思決定できるような権限移譲が必要です。

言うまでもなく、権限移譲と責任放棄は異なります。丸投げするようなやり方ではなく、上長は期待値と方向性をマネージした上で、チームメンバーがそれぞれ意思決定できるようにします。その中で、方向性がずれているならば、上長の責任でずれていることを指摘して行くことになります。

そのためには、上司がチームメンバー全員にまとめて伝えるのではなく、1on1で個別に期待と方向性を伝えていく努力が必要です。組織を人にはめるのではなく、人を中心に組織を作っていくようなマネジメントによって、人を動かしエクスペリエンスメーカーを増やしていくことになります。

クリエイティビティとは居心地のよい場所から踏み出す勇気

さて、新型コロナウイルスの感染拡大によって、変化のスピードが速まり、多くの企業が対応に追われることになりました。本連載では環境の変化により、デジタルが浸透し、顧客の期待値が高まっている中で、マーケティング、営業がどのように動いていくべきか、について3回にわけて解説しました。

しかし、どの組織でも通用する、唯一の正解といえるものはありませんし、ゴールも明確ではないなかで、それでも我々は進まなくてはなりません。こうした新しい変化にとって大事なのがクリエイティビティだとアドビでは考えています。

このクリエイティビティとは何か。筆者自身も悩みました。絵を書くこと、動画を作ること、誰も思いつかないアイデアを出すこと、それもクリエイティビティの一種ですが、ビジネスシーンにおけるクリエイティビティの解釈としては十分とは思えませんでした。そんな悩んでいた時に、アドビ本社のリーダーの一人から「自分のコンフォートゾーンから、一歩踏み出すこと」だと言われ、すっと体の中に入ってきたことを覚えています。

コンフォートゾーンは、今いて心地よく安定している状態です。自分で想像できる範囲といってもよいでしょう。そこから飛び出して、新しいことにチャレンジすることが、ビジネスシーンにおけるクリエイティビティだと捉えるようになりました。

変化の激しい世の中だからこそ、クリエイティビティを発揮して現状を打破し、よりよいところに辿り着こうと挑戦し続けること、もがき続けること、それが一番大事なことだと考えています。この連載が読者の方のクリエイティビティの発揮につながれば幸いです。

連載一覧
デジタルシフトに成功する組織づくりの秘訣とは
よりよい顧客体験を提供するための組織連携
良質な体験を提供するための組織のあり方(当記事)