2017年5月27日、とある新聞広告がネット上で話題を呼びました。
それは新聞紙全体を折り紙に見立て、完成するとゴキブリの姿になるというもので防虫・殺虫剤メーカーであるキンチョーが出稿した広告です。
このようなユニークな広告は、実は初めてはありません。キンチョーは過去にも、新聞紙に印刷された蚊を線で結んでいくと文字が浮かび上がるといった広告も展開しています。また「タンスにゴンゴン」や「虫コナーズ」などの特徴的なCMを覚えている方も多いでしょう。
しかし、これらの広告はただ面白いだけではありません。その土台には緻密なマーケティングが行われていることがわかります。

今回はキンチョーのマーケティング戦略を解説します。
キンチョーがメインで展開している防虫剤・殺虫剤は、多くの企業が参入しており、苛烈な競争市場です。このような日用品は各社で差別化しづらく、かつメーカー独自の色を出せずに小売店頼りになっている企業も多いのではないでしょうか。

その点、キンチョーは独自のマーケティングを行うことで成長し続けてきました。
この機会に、ユニークなだけではない企業のマーケティング戦略から学んでいきましょう。

参考:
キンチョール「超難解折り紙」は、ダウンロードできるぞ(リンク先)|HUFFPOST

目次

  1. 防虫・殺虫剤の商品特徴
  2. キンチョーのマーケティング戦略
    1. 「キンチョー」というブランディング
    2. 時代に合わせた商品開発
    3. 地域・気候に合わせた商品展開
    4. メディアごとの特徴をつかんだプロモーション
  3. まとめ:基本をおさえたキンチョーのマーケティング戦略に学ぼう

防虫・殺虫剤の商品特徴

キンチョーのマーケティング戦略について知る前に、まずは防虫・殺虫剤がどういった商品の特徴を持つのか考えてみましょう。

例えば、夏休みにキャンプに行く場面を想像してみてください。
キャンプに行く前に、キャンピングカーと蚊取り線香を買おうと思った時、どちらにより多くの時間や労力をかけて比較検討を行うでしょうか。
キャンピングカーよりも蚊取り線香に時間をかけるという人はまずいないはずです。

蚊取り線香や洗剤、トイレットペーパーのような日用品の多くは、比較的容易に手に入るため、自宅近くの店で購入し、品質や価格はあまり比較検討しません。
このような商品は最寄り品と呼ばれ、商品の性能より店頭での印象や価格で選ばれる傾向が強いとされています。

防虫・殺虫剤も同様に、性能での差別化がはかりづらく、価格競争になりがちな市場です。
それでは価格以外での差別化を図るにはどうしたらいいのでしょうか。
その答えの1つがキンチョーのマーケティング戦略から見えてきます。

具体的にキンチョーではどういったマーケティング戦略をとっているのでしょうか。
企業の取り組みに対して、マーケティング視点で考えてみましょう。

キンチョーのマーケティング戦略

1.「キンチョー」というブランディング

ここまで紹介してきましたが、実はキンチョーはキンチョーという社名ではありません。
正式名称は大日本除虫菊株式会社という社名であり、キンチョー(金鳥)はブランド名です。

大日本除虫菊株式会社の創業者・上山英一郎氏は、明治43年(1910年)に「金鳥」というブランド名と鶏のマークを商標登録し、現在でも一貫して用い続けています。
また、1967(昭和42)年に放映されたCMで「日本の夏、キンチョーの夏」とフレーズを用い、キンチョーという名称をさらに社会に定着させました。

このように大日本除虫菊株式会社は明治期からブランドの名称とロゴを一貫して用い続け、「キンチョー」というブランドを多くの人に知ってもらうことに成功しています。

参考:
「金鳥」商標のいわれ|大日本除虫菊株式会社

2.時代に合わせた商品開発

製品情報___KINCHO_大日本除虫菊株式会社.png
http://www.kincho.co.jp/seihin/index.html

キンチョーは大日本除虫菊株式会社という社名からもわかる通り、殺虫効果のある「除虫菊」を利用した蚊取り線香製造から始まったメーカーです。

ですが、現在では家庭内で利用する蚊取り製品だけでも「金鳥の渦巻(蚊取り線香)」「キンチョウリキッド(液体蚊取り)」「蚊がいなくなるスプレー」と複数の商品を展開しています。

では、なぜこのように蚊取り線香は変化を続けてきたのでしょうか。
それには、消費者の住環境の変化に合わせた商品開発が関係しています。

例えば蚊取り線香から電気式の液体蚊取りが開発されたのは、戦後、密閉度の高い団地やマンションが増えたことで「煙がでない蚊取り線香」のニーズが高まっていたからです。

このように消費者のニーズを汲み取り、それを商品開発に生かしてきた歴史がキンチョーにはあります。作り手視点のプロダクトアウトではなく、市場のニーズから商品開発を行うマーケットインも同社の特徴でしょう。

参考:
除虫菊ってなに?|大日本除虫菊株式会社

3.地域・気候に合わせた商品展開

虫の発生する種類や数は地域や気候によって変動します。
そのため、キンチョーでは地域ごとの販売数を把握し、最適なタイミングでの納品を行っています。
それだけでなく、販売データは商品開発やプロモーションにも役立てられています。

例えばゴキブリの発生数が少ない北海道ではゴキブリ駆除剤のCMは流さず、その代わりに別の売り筋商品へ広告費を回しています。
こういった天候や時期に合わせた販売促進計画はウェザーマーチャンダイジングと呼ばれ、小売店の販売ロスを減らすのに役立てられています。

参考:
異常気象が続く今こそ知りたい「ウェザーマーチャンダイジング」とは?言葉の意味と事例を解説

4.メディアごとの特徴をつかんだプロモーション

キンチョーといえば、コメディ色の強いCMを思い浮かべる方は多いでしょう。
同社ではテレビCMだけでなく、新聞やWebにおいても各メディアの特色をつかんだプロモーションを行っています。

新聞

新聞広告___CM情報___KINCHO_大日本除虫菊株式会社.png
http://www.kincho.co.jp/cm/ad_paper/index.html

キンチョーでは夏の時期に合わせて、新聞紙の特徴を生かした広告を出稿しています。
過去には紙面に点在する蚊を結び合わせると「買って」という文字が浮かび上がったり、黒い紙面を点線に沿って折るとゴキブリになる広告を打ちました。

消費者の手元に届く紙だからこそできるプロモーションであり、広告を見た人にとっても楽しめるコンテンツでしょう。

ラジオ

ラジオでは夏を過ごす少年少女の会話を軸にしたラジオドラマ風のCMを配信しています。
取り上げられている商品は「おでかけカトリス」や「蚊がいなくなるスプレー」といった屋外用の蚊取り製品です。

2017年2月に株式会社ビデオリサーチが行った調査によると、ラジオの利用者は自宅内で聞いている人が49.2%、屋外で利用している人が50.8%とほぼ同数となっています。
そのため、自宅で見ることの多いテレビや新聞と異なり、屋外に出かけている人を対象としたCM展開を行っているのでしょう。

テレビ

テレビではコメディ色の高いCMを展開しています。
2003年にACC CMFESTIVAL にてゴールド賞を受賞した『金鳥 水性キンチョール・つまらん編』や1986年に新語・流行語大賞銅賞を受賞した「亭主元気で留守がいい」というフレーズはご存知の方は多いでしょう。

CMはリズムに合わせてダンスを踊るものや消費者の意表をつくような内容となっています。リビングでテレビを一緒に見ている家族同士で、思わず話題にしたくなる内容が特徴的でしょう。

Web

ウルトラ害虫(がいちゅう)大百科___KINCHO_大日本除虫菊株式会社.png
http://www.kincho.co.jp/gaichu/g_main.html

新聞やテレビCMだけでなく、キンチョーではWebコンテンツも提供しています。
ゴキブリの特性を説明した動画や掃除のコツ、蚊を媒介にするジカ熱についてなど、自社の商品に合わせて消費者の役に立つ情報を発信しています。

こういったコンテンツを用いることで消費者の購買意欲を高め、自社にファンを育成していく手法はコンテンツマーケティングと呼ばれます。
虫に関する情報を求めて検索してきたユーザーに情報を提供することで、虫のどういった点が弱点で、自社の商品がその弱点をつくのだと納得してもらえるでしょう。

参考:
KINCHO CM集
第3回〔1986(昭和61)年〕|ユーキャン新語・流行語大賞
2017年2月度首都圏ラジオ聴取率の調査結果|株式会社ビデオリサーチ

まとめ:基本をおさえたキンチョーのマーケティング戦略に学ぼう

キンチョーは住環境の変化に合わせた商品開発を土台に、マーケティングの基本を押さえた商品展開を行っています。例えば、地域に合わせて展開する商品や出稿する広告を変えたりといったものは、Webマーケティングにおけるターゲティングに通じるところもあるでしょう。また、メディアの特徴をつかんだプロモーションを行っているのも学べる点です。

新聞やラジオ、Webなど、それぞれのメディアで消費者とのの接点を作り出し、商品の認知度や防虫剤を買わなくてはいけないという意識自体を高めています。
こういった戦略は、購入する際の検討時間が短く、商品名を知っているかどうかが重要な消費財では大きな影響を与えるでしょう。