企業の生産性向上やイノベーション推進が叫ばれる中で、理系学生をいかに採用するかが課題となっています。テクノロジーの進歩が急速に進み、企業の研究開発を進める上で理系学生の獲得は欠かせません。

現在こうした市場課題に切り込んでいるのが、理系学生の人材ビジネスと日本の研究環境向上を進めている株式会社POLの加茂倫明CEOです。

「研究環境を向上させ、科学と社会の発展を加速する」「日本版MITラボを作る」など人材事業に止まらず、加茂氏が思い描く世界はどのようなものなのか。ferret Founding Editorの飯髙 悠太が加茂氏に伺いました。

加茂 倫明 氏プロフィール

加茂 倫明 氏

東京大学工学部3年休学中。高校時代から起業したいと考え始め、その後ベンチャー数社で長期インターンを経験。2015年9月からは半年間休学してシンガポールに渡り、REAPRAグループのHealthBankにてプロダクトマネージャーとして オンラインダイエットサービスの立ち上げを行った。帰国後2016年9月に株式会社POLを創業。

先輩の就職体験から事業立ち上げ

飯髙:
POLの事業や立ち上げ時の背景、実体験について教えてください。

加茂氏:
今年の9月で立ち上げから2年になりました。弊社が運営しているLabBaseは理系学生のLinkedinのようなサービスです。自分の研究内容や論文、スキルをプロフィールに書いておくと、企業からスカウトを受けられるというものです。

POLの立ち上げの背景として、僕自身が理系学生で、理系の先輩から「研究が忙しくて、就職活動ができない」ということを聞いていました。企業訪問に行くにも時間が合わないなど苦労しており、「推薦でいけるところでいいか」と自分の意思で考えずに、限られた選択肢の中で、就活しようとしている状況を解決したいと思ったのがきっかけです。

サービスを思い立ってから1ヵ月でプレスリリースを打って、そこから2ヵ月でリリースしました。

飯髙:
かなり早いペースですね。ただ、サービス立ち上げにはどのようにすればいいかわからないなど課題があったと思います。そのような時は誰かに相談したのですか?

加茂氏:
共同創業者がガリバーインターナショナル(現IDOM)の元取締役で、プロ経営者ということもあり、彼とサービス内容などを話し合いました。ただ、何より一番大きかったのはユーザーである学生ととにかく議論したことです。

私たちのユーザーは学生です。学生にインタビューすることで、現状の何に困っているのかを死ぬほど理解しました。そこから理系学生の就活の課題や事業の方向性が正しいことの実感を得ることができました。

「学生が事業」をストーリー化

飯髙:
事業を進めるのに必ずしも学生でいる必要はないかと思います。なぜ学生のままなのでしょうか。

加茂氏:
LabBaseの事業は人材会社というより、研究関連の市場をテクノロジーで解決・変えていこうというビジネスです。産学連携や研究者の課題など、大学や研究者に根ざした事業をやって行くために、僕自身が学生であると、大学の偉い人や教授に会う機会が多いという理由が1つあります。

ですが、それだけでなく、「どういう立場の人間がサービスを作っているか」が事業のストーリーとして重要と考えています。やはり現役の理系学生が理系学生のためにサービスを作っているというのが、メディアとしても投資家向けにも事業のストーリーとして大事だからです。

現在社員は10人いて、社会人が大半ですが、今学生も100人以上のインターン生が運営しています。学生が集まってサービスを作っていることもこうしたストーリーの一部ですね。

飯髙:
100人はすごいですね。

加茂 氏

加茂氏:
多くが理系で、他者のために働くことをマインドを持つなど、非常に良い人材が集まっています。

今の企業の問題として、インターンを募集してるけども、自社にあったマインドを持った学生がなかなか集まらないという声を聞きます。

弊社でも当初は「なぜこの事業をやる必要があるのか」という熱意のようなものを伝え、マインドを育成することが大変でした。インターン生の採用や教育は弊社の松崎が担当しているのですが、彼がとにかく全国で1on1を行い、現在のインターン生の意識を作っていきました。現在はある程度規模ができてきているので、学生グループごとにリーダーを立てて、ピラミッド型に組織を作っています。

学生にマインドをしっかりと伝え、現在はモチベーション管理のための具体的な施策を打たずに自走できる環境になっています。

インターン生を育てる、成り立たせるのは次の2点が重要だと考えています。これは弊社が多くのインターン生を抱える事業を成立させている要因でもあります。

1つ目は、超泥臭くも1 on 1で本当に一人の人間として向き合う。

2つ目は情報と権限を与えまくるということです。

情報と権限を与える上で重要なことは学生に当事者意識を持ってもらうことです。私たちはインターン生にも経営会議に出席してもらうなどして会社が持っている「情報」と「権限」を渡しています。

飯髙:
経営者と目線を揃えることで意識を育てているのですね。

加茂氏:
そうです。多くの会社はインターン生をリソースや採用対象として見ているところが多いと思います。ですが、私たちは一緒の船に乗る仲間として捉えています。経営会議などの議事録も全て公開してWeb会議で参加できるようにもしています。一緒に仲間としてみることが大切だからです。

飯髙:
頻繁に会議をして、みんなの目線を揃えることでクオリティーもコントロールできるということですね。

加茂氏:
「我々がやりたいのはこういうのだから、共感するなら乗ってよ」みたいな。乗ればみんな降りない。モチベーション管理をしなくなった要因はここにあります。業務はしんどいけれど、みんな目指していることだから、まあいっかみたいな。その感覚を共有しています。

クロスボーダーの企業ニーズを発見する

クロスボーダーの企業ニーズを発見

飯髙:
事業として順調に成長しているようですが、立ち上げ当初の予定と乖離している部分はありますか。

加茂氏:
当初顧客ニーズとして想定していたのはITベンチャーが学生を一本釣りするということでした。しかし実際に初めて見ると、大手企業も人材採用に困っているということです。例えば大手製造業は機械関連の事業部には応募が多くくるのですが、それ以外の事業所の人材は一本釣りしないと取れないというニーズがわかったということです。想定外のニーズを発見できたことが良い面ですね。

例えばこうした企業は、情報系やバイオ系といったメーン事業以外の分野での採用が重要になってきているのです。

これが最近の時代の流れだと捉えています。クロスボーダーというか領域横断したニーズが出てきている。そこは今までの研究室のコネクションとかや待ってて来るとかっていうのじゃないんで、一本釣りしないと採れないっていうのがやってみてわかった。そこにニーズがあったんだなっていうところですね。

理系学生のマーケットの特性として、「研究すごい頑張っているために、就活意識があまり高くない」というのがあります。何か良い就活サービスがあると知ったところで、自分から登録して「プロフィールを全部埋めよう」と考える人は限られています。

そのためSNS広告や検索広告などを使ってもCPAはよくなく、他社が理系学生を集められていない理由でもあります。そこは僕たちがオフラインで力を入れてやっていっている理由です。

学生の就活文化を変えていく

飯髙:
そもそも理系学生が忙しいこと以外に就職活動をしない理由というのはあるのでしょうか。

加茂 氏

加茂氏:
理系学生の世界はとても閉ざされているというか、クローズドで自分の研究室の人としか会いません。研究だけするという生活なんですよね。なので、どういう会社があるかとか、どういう会社が面白いかとか世の中の流れとか、全然知る機会がありません。

あとは「やっぱり推薦で行くのが当たり前」みたいな風潮があるので、もはや就活してると「お前、就活してんねや」みたいなことを言われたりもします。

学生は自分の専門領域が周辺の他分野に求められていることに気付いていません。例えば機械系メーカーがバイオ系の学生を求めているということを知りません。

このあたりは学生たちの意識だけでなく、学生側から就職活動の可能性を広げる仕組みそのものを作っていく必要があります。

そのために取り組んでいる1つが「LabBaseメディア」です。9月からLabBaseのトップページがメディアに代わりました。弊社ではすでに「Lab-on」というメディアがありますが、これはまた違う形でリニューアルしました。

LabBaseメディアでは理系学生のキャリア感や視野を広げるような記事コンテンツをどんどん配信しています。

例えば、「あの会社の研究職の生活とか」「プラントエンジニアってどんな仕事何だろう」とか。世の中に知られていない世界や生活を発信していこうとしています。

コスパが悪かった市場を突破する

飯髙:
優秀な理系学生学生がいるという事実は、以前から言われていました。しかし、なぜそこにどこの企業も手入れなかったのでしょうか。

加茂氏:
1つはマーケットサイズの問題ではないでしょうか。

旧帝大以上といったような理系人材の採用市場はそんなに大きいものではありませんし、人数も限られています。わざわざ大手人材系の企業が、既存の人材サイトとバッティングするようなサービスをその狭い市場に向かってやるのは経済合理性に欠けます。

僕らのような事業案は、マーケットが小さいだけではなく、理系学生に啓蒙もしないといけません。そう考えると、非常にコストパフォーマンスが悪い事業になってしまうのです。
人材系の大手企業で新規事業コンテストとかで近い事業案が出たことがあるらしいのですが、これまで全て却下されていると聞いています。

こうした問題を、僕らは2つの観点で突破しにいっています。

1つはオフラインで学生を集めることでCPAを低く集められてることです。もう1つは僕らはPOLを人材の会社として捉えずに、研究関連の市場をとっていく事業を展開し、産学連携など幅広い市場を取りに行っているということです。

なので、僕らからするとニッチな優秀理系人材市場は氷山の一角でしかなくて、その下に広がる市場を狙っているから人材に力を入れられるのです。

研究者のパフォーマンス向上で社会を発展させる

加茂氏:
もちろん当初から、こうした意識で動いていたわけではありません。当初は単純に理系の先輩が就職活動で困っていたから、それを助けたいという意識から始めました。しかし、就職活動意外にも周辺に研究関連の領域は課題が多くあり、市場的にもこれ絶対伸びるけど誰もやってないから面白いと考えるようになりました。

特に最近は、海外では僕たちの事業のような「ラボテック」は群雄割拠になっています。
例えばドイツのResearchGate(リサーチゲート)という研究者向けのSNSは世界中で1,200万人ぐらいに使われています。また、Science Exchangeという研究の外注先を探して依頼できるマーケットプレイスなどがあります。Science ExchangeではNASAが一部研究を委託しているほどです。

飯髙:
なかなか日常で触れない世界ですね。

加茂 氏

加茂氏:
インターネットとか太陽光発電とかも、全部研究者による研究開発で生まれてきています。それでも研究分野はまだ課題が多くあるので、そこを解決すれば研究者のパフォーマンスが何倍にもなって、社会の発展スピードが絶対上がります。なので、まだまだニッチなんですが、すごい意義がある市場だなと思ってます。

飯髙:
現在の事業はそれでも研究者と企業を結び付けることがメイン事業ですよね。ただ研究者はみんなお金がありません。研究費が取れずに研究が難しくなるとも聞きます。研究者が自分自身で研究費を獲得できるような仕組み化にも取り組んでいるのでしょうか。

加茂氏:
新規事業として「LabBase R&D」という共同研究のマッチングサービスを開始しています。

今までのLabBaseの事業は「企業が採用観点で修士・博士の学生を検索してスカウトする」というものでした。弊社は採用費からお金をもらうというモデルなのですが、それとちょっとスライドさせて企業から研究開発費の一部をいただいて、ポスドク以上の研究者のデータを検索して共同研究の依頼ができるっていうデータベースを作っているんです。

これは研究者側からすると、共同研究として研究費を獲得できるという意味でもメリットはすごい高いので、そこを機会を広げていってるっていうサービスですね。

ただ、ただでさえ忙しい研究者がサービスをうまく活用してくれるかはわかりません。そこが学生メンバーの出どころです。学生がエバンジェリストになって研究者をサポートしていきます。なので、LabBase R&Dを教員に広めていくっていくっていうのにも学生の組織が役立つのです。今後はLabBase R&D以外の教員向けサービスをどんどん広げていってもらいたいと考えています。

飯髙:
お金の取り方が多様化するって意味ではすごくいいですよね。

加茂 氏

加茂氏:
そうですね。多様化させるのが大事だと思っています。やはり研究自体がとても評価しづらいものです。そのために、色々な軸で評価されてお金もらえる仕組みがあるべきじゃないかな、と思っていますね。科研費で評価されやすい研究もあれば、共同研究で評価されやすい研究もあると思うので。

日本版MITラボを作り、研究者の可能性を最大化させる

飯髙:
LabBaseを続けていく中で、最終的にどのような世界を作っていきたいと考えているのでしょうか。

加茂氏:
弊社は「研究者の可能性を最大化するプラットフォームを創造する」というのをビジョンにしています。

そのために、グローバルで事業を進めていくと決めています。例えば、世界中の研究者が研究論文を書く時も、研究費を取る時も、研究所内での交流もLabBaseのサービスを使うという世界を描いています。研究プロセスのあらゆるところに弊社のサービスを入れて課題解決していきたいですね。それによって、圧倒的に効率が上がったり、いいアイディアが生まれたりして、科学の発展が加速してる状態を作っていきたいです。

あとは日本版のMITメディアラボを日本にも作っていきたいなと思っています。

僕たち自身が日本国内でいえば研究シーズに最も近い存在、環境になっています。どこの研究室でどういう研究をやっているかを全部把握しており、次に社会変えるような種というか、ダイアモンド的なシーズもまだまだ多く眠ってるはずです。それをちゃんと吸い上げながら一緒に開花させて、僕ら自体がその種を育てていくっていうことをしたいですね。

研究者は資金不足や、資金そのものを取るための資料作りで時間損なわれているとか、研究にフォーカスしきれていないんですよね。なので、そういった課題を全部取っ払って、研究者のパフォーマンスを最大化させるということをしていきたいですね。

まとめ:研究環境の最大化を目指すPOL

日本の研究環境のパフォーマンスを最大化を進めるPOLの加茂 氏にお話を聞きました。

学生ならではの事業を進め、多くの人を巻き込みながら事業をさせていく手法はマーケティングに繋がります。ただマーケティングをするのではなく、研究者というコミュニティを通じて社会貢献していく彼らの動きは今後も注目されていくでしょう。