新しい年に向けて、MA(マーケティングオートメーション)ツール導入を検討している企業も多いと思いますが、各社様々な機能や特徴を備えたサービスを提供している中、どこを判断軸に選定すればよいかわからないという悩みを抱える方もいるはずです。

「どんな機能が実装されているか」はもちろん大事ですが、MAツールで最も重要なのは「目的達成のために機能を充分に使いこなせるか」という点。スペックがいかに高くても、それらを使いこなせなければ意味がありません。

その視点で考える時、機能の比較とは別軸で「ユーザー会の充実度」という尺度も考慮に入れるとよいでしょう。基本的なツールの使い方はもちろん、それを使った効果的なコミュニケーション内容の組み立て方やコツなど、実際に同じツールを使って日々業務をこなしている人々から適切な示唆を得ることができます。

今回は、MAツールの中でも日本最大級のユーザー会規模と盛り上がりを誇る、株式会社セールスフォース・ドットコム「Pardot」のユーザー会について、日本のコミュニティマーケティングの第一人者である小島 英揮氏の視点から紐といてみました。

profiles.jpg

Pardotユーザー会の活動内容について

小島:本日はよろしくお願いします。今回はPardotユーザー会について深掘りしていきますが、まず最初にセールスフォース・ドットコムのユーザー会について教えてください。

川越:ユーザー会は、製品や役割ごとに分かれたトピックで全国に40以上の会があります。参加者も多岐に渡り、経営層、パートナー、システム管理者、開発者、ビジネスユーザーなど様々な立場の方が参加されています。

大きな特徴として、セールスフォース・ドットコムの考えやビジョンに対して同じ意識を持ったユーザー様が自ら主導してくださり、参加者のニーズに合わせた運営や工夫を重ねながら、更に輪を拡げていくポジティブなサイクルが続いている点にあります。

小島:その40を超えるユーザー会のなかでも、Pardotのユーザー会がすごく盛り上がっているということですが、いつから、どのような活動をされているのでしょうか?

秋津:Pardotユーザー会の始まりは、2015年に導入・活用支援パートナーであるtoBeマーケティング株式会社様が契約ユーザー様向けに“活用クリニック”としたのが起点です。そしてお客様数の増加に伴い、2017年に有志のユーザー様を中心にセールスフォース・ドットコム公式ユーザー会としてさらなるスタートを遂げて、現在に至ります。

このインタビューでは、立ち上げ初期にパートナーのお立場からリードいただいた小池様、嶋田様、そしてPardotビジネスをベンダーの立場で作り上げてきた弊社のメンバーの両方の視点でご紹介できたらと思います。

小林:現在の活動頻度は二ヶ月に一回です。内容としては、日頃のマーケティング活動に役立つTips、セールスフォース・ドットコムから新機能の使い方紹介、パートナーさんからのベストプラクティス紹介、ユーザー様からの事例の発表が2~3本などから、都度テーマに合わせて選択しています。

小島:なるほど。Tipsに加えて、ユースケースの情報交換もされているわけですね。実際ユーザー会に参加する人は機能の紹介よりもユースケースの話に興味があることが多いと思います。ちなみにどんなテーマが人気がありますか?

小池:シナリオ設計や、社内体制の組み方など、日々Pardotを実際使っているユーザーの参加に限定しているからこそ、割と深い情報がやりとりされますね。

秋津:コンバージョンがとれるメールテンプレート、メールタイトル、CTAの文言のコツなどは実用的でかなり人気があります。伝えていることが同じ内容でも「資料をDLいただけます」と「資料をお受け取りいただけます」で全然成果が違うというようなTipsが喜ばれます。

川越:さらにMAを超えて、GA解析などその周辺領域にいかにつなげていくか、というようなノウハウも人気がありますね。

_DSC1097.jpg

小島:かなり現場に役立つ具体的な所まで踏み込んだ情報交換がなされているんですね。ちなみに会が盛り上がるにあたっては登壇者も重要だと思いますが、スピーカーはどのように選定されているのでしょうか?割と自発的に手があがったりするものなんでしょうか。

小池:当社のサポート契約ユーザーの会だった時代は我々の方から選んでお声がけしていたいのですが、ユーザー主導のPardotユーザー会になった頃からはほとんど参加しているユーザーさん側から手が上がるようになりましたね。

川越:ユーザー限定のクローズドな会ならではの特徴で、コンテクストや前提知識が共有されているので、かなり具体的な数字を話してくださいます。

小島:なるほど、私がAWSにいた時の「E-JAWS(エンタープライズジョーズ)」という会に近いですね。これは通常のコミュニティ「JAWS」と違って、参加資格も実際に使いこなしている企業に限定されていますし、会合の内容もクローズドなんです。それ故、具体的な業務改善施策や数値的な情報など、より深い情報共有がされるのですが、それと同じ効果があるようですね。

小林:今年始めた新しい取り組みとして、毎回のユーザー会の“テーマ”を事前告知するようにしています。毎回多くの方に参加いただきますが、知識の深さや経験値はそれぞれなので、期待はずれにならないために始めた工夫点です。

小島:テーマ決めは来場者が「期待値調整」しやすいので良いですね。自社の中心課題ではないが聞いておきたい場合は自分だけで来場し、重要トピックの場合はチーム全員を連れて参加するなど。成長過程のコミュニティ運営者は是非取り入れるべきです。

Pardotユーザー会が盛り上がる理由とは

_DSC1337.jpg

嶋田:他のMAツールと比較した時の特徴として、PardotはCRMやSFAを含めたビジネスプロセスと連携して使われるケースが多いので、マーケティング担当だけでなく営業部長や社長なども参加することが多いです。

小島:なるほど、参加者のレイヤーが広く、どのレイヤーの人が来ても自分の参考にできる情報が見つけやすいんですね。

小池:40ほどあるセールスフォース・ドットコムのユーザー会の中でもPardotが最も盛り上がる理由としては、10,000人を超える規模の企業でもMAツールを扱うマーケセクションは 数名で運用しているケースが多く、社内にナレッジが少ないという状況もあります。

小島:同じような立場の人は社外に出ないと見つからないので、ユーザー会に出ることで初めて自分が行った施策や取り組みを客観視できたり、結果につながったことを共感してもらったりできるわけですね。

川越:MAの特徴として、1マーケターのアイデアをすぐにコンテンツやスコアリング設定に落とし込み、そのフィードバックがすぐに得られるという点があります。SFAの設定変更は関係部門との調整含めかなりの時間を要しますが、MAは今日得たヒントを早速翌日に試せる。

小島:そのサクサク感がいいんでしょうね。得たノウハウを早速試して、すぐに効果が得られる。そういったメリット以外に、たとえばオンボーディングの観点ではいかがでしょうか?

小林:Pardotは年に6回バージョンアップがあるので、新機能のキャッチアップで来場する人も多いですね。説明しながら疑問点はSli.do(スライドゥ)の機能を使ってリアルタイムに登壇者に聞けるので、その場で解消できます。回答結果や答え切れなかった質問への回答は後ほどオンラインのTraliblazer Communityでも共有される仕組みになっています。

小島:昔はバージョンアップは年に1回程度で、取扱説明書をしっかり読めばなんとかなっていましたが、今は更新スピードが速いのでやっている人に聞くのが一番早いですよね。

ユーザー同士のインタラクションを生む仕掛け

_DSC0975.jpg

小島:単なる情報入手の場を超えて「ユーザー同士のナレッジを組み合わせて、新たな知見が生まれる」という情報生成のサイクルを作るために、参加者同士をつなげることも大事になってくると思うのですが、そこは意識されていますか?

嶋田:ユーザー同士がネットワーキングしやすいように、希望される方が登壇者と情報交換ができるようにユーザー会の本編終了後に時間枠を設けています。いわゆる「放課後」のような時間です。

小島:なるほど、放課後タイムがちゃんと設定されていると、「交流していいですよ」というサインが明確になるので、参加者も遠慮せず動きやすいですね。

小林:帰らなければならない参加者もいるので一旦時間は切るのですが、放課後タイムでモヤモヤしているものを全て解決して帰ってもらえる仕組みになっています。

ユーザーレベルに合わせた開催も視野に

KAWAGOE1000.jpg

小島:MAなどのツール系のユーザー会は常に新しい人のオンボーディングをする必要がある一方で、深く使っている人はどんどん深い話をしたいわけですよね。規模が大きい分だけ、興味がいい意味で分散してきているので、今はスキルや関心軸に合わせて株分けを考えるいいタイミングかもしれませんね。

川越:今ちょうどそのことについて運営側で議論しているところです。高度なノウハウの交換は良いことですが、一方であまりに深い話ばかりだと新規のメンバーがステップアップしづらくなってしまいます。

小島:上が持ち上がっていくと下がついてこられなくなってきますよね。レベルが上がることで参加者の裾野が広がっていかないのはもったいないので、現在のレギュラーのものと別途「ルーキー会」的なものを設けるタイミングなのかもしれませんね。

情報交換を促進するオンラインコミュニティ

_DSC1264.jpg

小島:ユーザー同士の熱い情報交換を促すために、他に取り組まれていることはありますか?

秋津:セールスフォース・ドットコムがユーザーに公開しているオンラインコミュニティ「Trailblazer Community」の中にPardot専用のグループがあり、その参加者は1,000人を超えています。初歩的な質問からマニアックな質問まで毎日のようにやりとりが交わされています。
※Trailblazer(トレイルブレイザー):「先駆者」という意味を持っていて、Salesforceテクノロジーを駆使してビジネスを改革する先駆者の方々に対して敬意を持って使われている

質問への回答は、基本的に社員ではなく、ユーザー同士が答え合います。しかし一定日数以上回答がつかない難易度の高い質問があった場合のみ、社員が回答することにしています。

小島:わかってるとつい社員が答えたくなってしまうんですが、そうすると「答えてくれるんだ」とユーザーが自発的にならない。一方で放置されすぎると質問しづらくなるので、絶妙ですね。なんとなく出来ているコミュニティはありますが、ルール化されているのがいいですね。さすがプロセスオートメーションの会社です。

小池:少しパートナーの視点にはなりますが、このCommunityでよく出る質問から、サービス改善に活かすことも多いですね。見ていると「ここでスタックしがちなのか」「この機能は意外とちゃんと活用されてないな」などの傾向が分かりますから。

小島:生でユーザーの声が聞けて、フィードバックループが確立できているのは素晴らしいことですね。最初からこうではなかったと思いますが、ここまでくるのは時間がかかりましたか?

小林:最初はPardotのユーザー支援担当だった社員が一人で質問に答えるところから始まりました。

_DSC1048.jpg

小島:そこから現在の状況にはかなりジャンプアップがありますが、ここに来るまではどのように進化されたのでしょうか。

小林:ある時をきっかけに、Pardotに詳しいユーザーの方が自発的にどんどん答えてくださるようになり、他のユーザーも質問しやすい、答えやすい雰囲気が醸成されました。その方の活躍は我々セールスフォース・ドットコム社員も見ており、多大なる貢献に敬意を表す意味で、年に一度開催しているPardotお客様感謝祭で表彰させていただきました。この表彰が更に追い風となり、他のユーザーも質問へ積極的に回答するムーブメントが出来上がりました。

小島:なるほど、公式から表彰されることで、その姿勢が評価されるという認知が生まれて、真似したいと思う人がどんどん出てきたんですね。

秋津:また初めてPardotを契約された方へはウェルカムコールを実施し、その時にTrailblazer Communityの案内や、初心者向けの情報がまとまっている場所をお伝えするようにしています。

Pardot活用コンテンツマップ

Pardot ユーザーガイド一覧

小島:最新のやり取りやだけでなく、過去のやり取りやまとめに簡単にアクセスできるのは大きいですよね。初心者をオンボードさせる仕組みづくりも整っていて素晴らしいです。慣れている人からすれば「見ればわかるはずだ」が初心者がつまずく原因になったりするので。初めの一歩が明示されているのは非常に良いですね。

秋津:初めはかなり手探りだったのですが、規模が200-300人を超え始めたころから仕組み化しないと限界がある、ということが見えてきました。今は弊社側の人数は増やさずに、1,000人を超える方にPardotグループに参加いただき、日々必要な情報や質問対応がうまく回っている状態です。

小島:仕組み化ができないと「人の限界=成長の限界」になってしまいますからね。

川越:コアなユーザーが担当する事務局メンバーも基本的には同じ人がやってくれていますが、ライフイベントや業務都合含めて、少しずつ入れ替わりも発生します。毎年2月に一年の運営について話し合う場があるので、様々なユーザーと関わる中で「リーダーに興味がある」といった発言を運営が拾い上げておいて、適宜お声がけするという形です。

小島:熱量のある方がゆるやかに新陳代謝しているのが活発さが維持されている秘訣ですね。コミュニティはそこに何人がいるかより、中で実際どれくらいの情報流通サイクルが起こっているかが重要ですから。

秋津:先ほど少し触れましたが、ユーザー会とは別にセールスフォース・ドットコム主催でPardotお客様感謝祭を開催しています。その場でユーザー会のリーダーや、登壇して素晴らしいノウハウを共有してくれたり、積極的に回答したりして貢献してくれたユーザーに対しての我々の感謝の気持ちを表すために表彰をさせていただいています。

小島:それが社外からも見える形になっているわけですよね。単に良い振る舞いの認識を作っていくだけじゃなく、その人がコミュニティ内外でちゃんと脚光を浴びる仕組みになっているのも重要なポイントです。

秋津:そうですね。形として残すことでユーザー会の中だけではなく、みなさんが会社の中で適切に評価をされたり、おひとりお一人のキャリアの一要素としてプラスにしていただきたいと思っています。

Pardotユーザー会のこれからのビジョン

_DSC0936_1000.jpg

小島:お話を伺っていると単純にPardotが製品として優れている、ということだけではなく、ユーザー会やTrailblazer Communityを丁寧に回すことや限られたメンバーでいかにスケールさせるかという視点で仕組み化できているところが良いですね。これからどのように発展させていきたいかというビジョンについてお聞かせいただけますか?

川越:参加される人が単に一ツールを使いこなすために学ぶのではなく、もっと経営的な視点を持てるような示唆を与えていきたいですね。本来MAで獲得したリードは営業など他の領域と密接に関わってくるところなので。

小池:実際新しい機能を使って施策を実行する際も、その投資や工数に対して実際どのくらい効果があがるのかはツールベンダー側が提案するよりも実際にやっているユーザーからの示唆の方が説得力があるので、そんな試行錯誤も含めた情報交換が活発に交わされるようにしていきたいですね。

小島:たしかに、実際のユースケースは提供者側より現場で使っている人の方が知っていますからね。どんどんフィードバックループも大きくなってきていると思います。セールスフォース・ドットコムさんとしては、今後はどうなっていけばよいと考えられてますか?

小林:さきほどルーキー会などのアドバイスもいただきましたが、役割に応じて選びやすく参加しやすいものにしていきたいですね。現在の規模ですと一回の参加人数が多いため、個々がアウトプットするワークショップなどもできていないので、もう少しテーマごとに分けて、色々な人が登壇できる機会も増やしていきたいと思います。

また、他のユーザー会と比べるとPardotユーザー会は女性比率が高く、Pardotママ会のようなものもあるようなので、これまでにない盛り上がりにも期待したいですね。

小島:そういったいい意味での公私混同は非常に良いと思います。仕事上の付き合いだけだと、コミュニティの本当の熱量は生まれないんです。本当にパーソナルに「この人面白いな」とお互い尊敬しあうところから情報のやりとりが活発になるので、ユーザー会の枠を超えて人と人同士が絡み合ってトラストチェーンが強固になると、最終的にはユーザー会自体の熱量に還元されると思います。

また、いまは個人が市場価値を出していける時代なので、このようなユーザー会を通じて情報発信を積極的にすることで、同業界の人たちから認知されるというのはとてもいいことですね。ユーザー会をきっかけとした次のキャリア形成も生まれるようになってくるでしょうし、これからの盛り上がりがますます楽しみですね。

連載の2本目はPardotユーザー会の運営チーム、そして連載3本目は積極的にユーザー会参加している方へ、このPardotユーザー会盛り上がりの秘訣を聴いてまいります。

連載バックナンバー

-vol:1 【本記事】 コミュニティマーケティングの第一人者・ 小島英揮氏が訊く。「Pardotユーザー会」が国内最大級のMAユーザー会へと成長した理由

-vol:2 2020年1月24日公開 「Pardotユーザー会」運営リーダーが語る 。国内最大級のMAユーザー会を維持・拡大する秘訣とは

-vol:3 2020年1月31日公開 「Pardotユーザー会」参加者が、Pardot創業者と語る。参加者同士の“深い”つながりから生まれる価値とは

写真:片岡龍太郎