2019年12月23日に株式会社ヤプリで「トップデジタルマーケターと語る、2020年に向けた組織・キャリアの作り方」と題したセミナーが開催されました。当日は、株式会社ベストインクラスプロデューサーズ 代表取締役社長 菅 恭一 氏、オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員 Chief Omni-Channel Officer 奥谷 孝司 氏、EVOC Data Marketing 取締役 本間 充 氏の3名が登壇。

前半では、各人のキャリアや組織に対する考えについて意見交換し、後半ではセミナー参加者からの質問コーナがあり質疑応答が行われました。セミナー内容をお伝えします。

プロフィール

株式会社ベストインクラスプロデューサーズ 代表取締役社長 菅 恭一 氏
1998年総合広告代理店入社。2004年、次世代型デジタルマーケティング組織を起案。発足後10年間のリーダーシップを通じてPOEにおけるコミュニケ ーションプランニングとデータドリブンなマーケティングマネジメントをシームレスに実践する組織基盤を構築。総合広告代理店におけるデジタルシフトを推進。 2015年4月、デジタル時代のマーケティングプロデューサー集団、株式会社ベストインクラスプロデューサーズの創業に参画、代表取締役社長に就任。1.マーケティング戦略のプランニング、2.データ活用戦略の策定、3.専門性を繋ぐチームビルディングの3つの視点をコミットメントポイントとし、国内外多数クライアントのマーケティング活動の実行プロセス設計とマネジメントを支援している。

オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員 Chief Omni-Channel Officer 奥谷 孝司 氏
1997年良品計画入社。3年の店舗経験の後、取引先の商社に2年出向しドイツ駐在。家具、雑貨関連の商品開発や貿易業務に従事。帰国後、海外のプロダクトデザイナーとのコラボレーションを手掛ける「World MUJI企画」を運営。2005年衣服雑貨部の衣料雑貨のカテゴリーマネージャー。現在定番商品の「足なり直角靴下」を開発、ヒット商品に。2010年Web事業部長。「MUJI passport」のプロデュースで14年日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会の第2回WebグランプリのWeb人部門でWeb人大賞を受賞。 2015年10月よりオイシックス株式会社(当時)入社。2018年株式会社大広との共同出資会社株式会社顧客時間を設立。共同CEO取締役に就任。

EVOC Data Marketing 取締役 本間 充 氏
1992年、花王株式会社に入社。1997年から、花王のWebサイトを活用したマーケティングに携わり、2015年9月まで花王で、マーケティングのデジタル化をリード。また、その間にもJAAのWeb広告研究会代表幹事なども務め、日本国内のマーケターとの対話も行う。2015年10月からアビームコンサルティングにて、コンサルティングを行う。2018年1月から、アビームコンサルティングの顧問や、アウトブレインの顧問など、フリーランスになる。一方、東京大学大学院数理科学研究科・数学の客員教授や、事業構想大学院大学の客員教授、ビジネスブレークスルー大学院客員講師なども務める。

それぞれの転職のきっかけ

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▲菅 恭一 氏

菅氏:僕が起業しようと思ったのは、前職の会社のままではやりたいことができないと気づいたからなんですよ。このまま社内で頑張ればなんとなく偉くなる道筋は見えていました。一方で、本間さんや奥谷さんなど社外の方とのつながりができる中で、業界の問題も見えてきて、自分の残りの仕事人生をどこに掛けるか悩んだ結果、会社の中の問題ではなく、業界の問題解決に取り組みたいと思ったんです。

奥谷氏:今となってはなんですけど、同じ組織にずっといるのが合わないのかなというのが転職した理由ですね。いろんな組織にいた方が常に学ばなきゃいけないという気持ちが芽生えるので。あとは、アカデミックなことをやりながら仕事をしたいと思ったので、一橋大学大学院の博士課程に進みました。

本間氏:前職では花王株式会社に在籍していました。僕はもう大企業じゃなくてもいいかなと思ったんですよ。やりたいことが小さい金額でできるような時代にもなってきました。風通しが良くて、同じ志を持ったチームが優秀なチームだと考えていて、その雰囲気も好きなんですよ。そういう人たちと仕事ができればいいと思って今はいろんなところで仕事をさせてもらっている、いわゆるパラレルキャリアです。

キャリアは予定調和的に進むものではない

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▲本間 充 氏

本間氏:今日はキャリアと組織の話がテーマなんですけど、皆さんキャリアについていつから考えていました? 私はキャリアって予定調和的に進むものではないと思っています。3人とも40歳過ぎて転職していますしね(笑)。

菅氏:僕自身は、キャリアをあんまり計算したことはありません。30代の頃は、組織が大好きでしたね。会社をどう良くしていこうかということを考える日々を送っていました。それが自然と、会社での役割、業界での役割、社会での役割と、視点が変化しています。最近は人との繋がりを大切にしたいという想いが強くなりました。自分には、金銭的な支援者もいれば、会社の理念に共感して応援してくれる仲間もいて、いつも刺激をくれる兄貴的なメンターもいます。今はそういう人たちに受けた恩をどのように次の人たちに繋げるかということを自分の役割として考えるようになりました。

奥谷氏:僕の場合は、30代後半から組織の中でようやく社外を意識しながら仕事をするようになって、上のポジションにいくのも良いが、会社と社会を行き来するほうがあっているように思ってきたんですよ。それから5年の間隔でやりたいこととか、理想の生き方を考えるようになりました。ビジネススクールに通っていろんな人に会えるなとか、こんなキャリアを送ってそれを5年で辞めて……みたいな感じです。会社の外に出ると、いろんな人が居ていろんな生き方があった。だから残りの20年間は、5年ごとの自分を見て生きていこうと思いました。それで44歳でキャリアを変えたんですよ。

組織に必要なのは非連続性の連続

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▲奥谷 孝司 氏

本間氏:キャリアはいちいち計算しているタイプの3人ではないけど、組織って僕は昔ほど大きなものではなくなった方がいいと思っているんですけど、皆さんどう思いますか?

菅氏:僕の会社は設立して5年経ったんですけど、マーケティング戦略部門とデータ活用戦略の部門があったんですが、昨年データ活用戦略の部門を分社化しました。そうするとすごくよかったんです。この会社の目的は何なのかということをもう一回考え直して、そこに意思ができて共感する新しい仲間ができて、新しい顧客ができました。大阪にも支社を作ったんですが、東京ではできなかったようなパートナーが見つかりましたし、関西固有のマーケティング課題もあってそれについて議論ができる。テーマごとにバーティカルな組織を作っていった方がおもしろいなと僕は思っています。本間さんはどう考えていますか?

本間氏:僕の場合、パラレルキャリアなのでいろんな組織に属する機会があります。組織ごとに問題があって、例えば若い人の定着率が悪かったりするんですよ。そういう若者に会社員としてどう自分のキャリアを築いていくかというメンターとしての役割をしたりとか、組織ごとの欠点を見てそれを正したりするようにしています。

奥谷氏:今いるオイシックス・ラ・大地株式会社って想いやビジョンは今もベンチャーぽくって、でもどんどん大きくなっていく。そこがまた面白いんです。大きくなった分だけ、どんどん調整していく。ある一定のところに留まらずに。例えば「らでぃっしゅぼーや」を経営統合したり、アメリカのミールキットカンパニー「Purple Carrot (パープルキャロット)」を子会社化したりする。そういう非連続の連続を行うのは大きい会社、「大きくなっていく会社」の挑戦じゃないですか。組織にも体力がつきますし。大企業だからダメってことではなくて、非連続の連続を起こすことが重要だと思いますね。

本間氏:組織に常にストレスをかけているけど、リフレッシュさせる状態になるってことですからね。組織の非連続性って、組織を作っている人に対しても新しいことをやりなさいって刺激になりますもんね。

働いている人は2通りある!? 部下への評価の仕方

質問:事業会社でメンターとして働いています。4人のお世話係なのですが今期の評価で落ち込んでいたんですよ。自己評価を出しても上長や役員の評価と噛み合わないと常々思っています。それについて皆さんはどう思われますか?

菅氏:僕の会社では、今年から目標管理シートを僕がExcelで作りました。まだ機能してないです。うちでは数値目標を持たせないんですよ。定性的な状態目標を掲げて、それに対して努力して、その行動を振り返るようにしています。

奥谷氏:オイシックス・ラ・大地株式会社ではもちろん目標はあります。でも僕個人の考えで言うと、完璧な評価などなくて、僕は結構ドライな評価をします。自分の達成感の方が重要じゃないですかね。それでお給料が変わらなくて不満なら、起業したり、転職したりすればいいじゃないかと思います。

本間氏:会社の中には、評価をお給料と思っている人と、評価されればいいって人に分かれているんですよ。だから上司は自分の部下が、金銭的に認められたいのか、評価されたいのか把握しなければいけません。評価されたい人には、ちゃんと認めていることを言ってあげないといけないし、金銭的に評価されたい人には会社と交渉することを教えてあげなければいけないんですよ。スポーツ選手の年俸だって、交渉で決まる部分も多いわけでそれと一緒です。

優秀なマーケターとそうでないマーケターの違い

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質問:優秀なマーケターと、そうでないマーケターの違いって何だと思われますか?

奥谷氏:マーケターには誰でもなれるんですよ。Oisixがクレヨンしんちゃんとコラボレーションしましたよね。あの広告はバズったんですが、担当した井上君というのは元林業&元ラッパーです。変わっていますよね。けど、彼はどのようにして利益を増やすかということにストイックです。それに、常に顧客目線で、社長と対峙しても説得する力があります。それらができない人は優秀なマーケターではないでしょうね。

徹底してお客様の状況を把握すること。どういう反響が出ているのか自分の仮説を立てることも重要です。仮説とお客様のニーズがマッチしていないと社会課題だったりお客様の困りごとを解決したりできません。それはすなわち顧客目線です。

菅氏:優秀かどうかは置いておいて、マーケティングの定義を人それぞれ持っていた方が僕はいいと思っています。自分にとって何かしっかりした定義を持つとそこから掘り下げられますよね。僕が好きな定義はネスレ日本株式会社の「顧客の問題解決」です。この定義はエンドユーザーだけでなく、社内のスタッフを含め360度関わる人すべての問題解決をする視点を持っています。すなわち、人間洞察なんですよ、人をどれだけ見られるか。

奥谷氏:それでいうと、自分が何を見ているかという解釈力も必要です。「この人はこういう解釈をするんだ。おもしろいな」という人のおもしろいところを見つけられるかは大事だと思います。人の欠点をおもしろみとして捉えるだけで、人の良さを引き出したりしますし、自分と一緒になって仕事をしてくれる仲間につながっていくので。

本間氏:ここ数年理系がもてはやされていますが、1935年まで実は哲学者の方が物理学者より格上だったんですよ。すなわち文系の方が理系より世の中に求められていました。問題は、哲学が再現性というものを途中で見失いロジックだけに走りました。物理というのはロジックは弱いが、再現性が立ちます。本来文系のマーケティングなどは再現性があって優秀なんです。人間の行動を読むのは理系には難しくて、文系の方が長けています。顧客重視への回帰は人間回帰なのでそれができる人が優秀だと思いますね。

江戸時代の帳簿は、個人帳簿なんですよ。ID-posから個人の購入履歴が見られるようになりましたが、そういう江戸時代のものに戻ってきています。ですから、今のマーケティングは人間回帰に近づいています。

PDCAサイクルは日本人に不向き!?

質問:PDCAサイクルやPoCを適用して仕事を行う企業が増えています。マーケターとして、対クライアントさんとか含めて気をつけていらっしゃることはありますか?

奥谷氏:僕はPoCですね。ずっと考えても仕方がないのでPDCAサイクルをDPCAサイクルにしますね。

菅氏:僕は支援者の立場なのですが、クライアントと一緒に作っていきますね。プロジェクトの状態によって、PDCAサイクルもPoCも取り入れています。ただ、自分の反省として、まだマーケティングのやり方が確立していない企業に頭でっかちすぎる提案をすると意外とワークしないんですよ。それはまだマーケティングに対して頭が重くて、慣れていないからなんです。描いた戦略が頭でっかちな重いものではなく、現場でワークしていく状態にすることが、自分の今のテーマにもなっていますね。

本間氏:PDCAサイクルの問題は、そもそも日本人に向いてないと僕は思うんです。先日、某企業の役員が、日本人はPDCAをPlan、Do、Check、ActionじゃなくてPlan、Delay、Cancel、Apologizeだと言っていました(笑)。どういうことかというとプランの精度がまだまだ高くない。いきなり100%のPDCAサイクルで仕事を実践しようとしているからダメでなんです。Planができたらそれに満足してしまう人が多いというのが、日本人のPDCAサイクルの回し方の欠点です。完璧なPlanを作って満足するのではなく、それを実践する力をつけていくDo、Check、Actionの力をつけていくべきだと思います。

どういう役割を自分は担いたいかを考えよう

時代の変化とともに、働き方も多様になってきました。転職だけでなく副業を行う人も増えている昨今。キャリアの形は、今後ますます変化していくでしょう。

それに伴い、マーケターの働き方も多様になっており、役割も多様化するはずです。自分のキャリアを考える上で、どのような役割を担っていきたいかということが重要になってきます。