2020年2月5日〜7日に幕張メッセにて、企業の売上拡大に繋がる製品やサービスが一堂に集まる“マーケティングの総合展”「Japan マーケティング Week【春】」が開催されました。

本講演では、101年目のスタートを切った「カルピス」のブランドマーケティングとこれまでのマーケティング戦略事例について語られました。ここでは、<100年ブランド「カルピス」の軌跡と次なるマーケティング戦略>の講演内容をレポートします。

登壇者

大越 洋二 氏
アサヒ飲料株式会社 常務執行役員 マーケティング本部長

早稲田大学卒業後カルピス株式会社に入社。以降営業部門、マーケティング部門、国内事業部門を経て、米国およびタイの合弁会社経営に携わる。帰国後、アサヒ飲料株式会社に転籍し2015年より現職となる。

<アジェンダ>
■カルピスのマーケティング戦略
■ブランドマーケティング事例1:マーケットの大きな変化
■ブランドマーケティング事例2:ブランド価値訴求の徹底で土台作りを
■ブランドマーケティング事例3:ブランドマーケティングを通じたCSV
■ブランドマーケティング事例4:ファンとの絆作り
■基本価値を守りながら進化していく

カルピスのマーケティング戦略

誕生のきっかけは「中国で飲んだ乳酸飲料」

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**カルピスは、1919年日本初の乳酸菌飲料として発売され、昨年100周年を迎えました。カルピスの生みの親、三島海雲は学生時代に学校の薦めで中国を訪れた経験があり、そこで飲んだ乳酸菌飲料からヒントを得て、日本でカルピスを発売したという経緯があります。

カルピスは、牛乳から作られているのですが、製法にユニークな点が2つあります。乳酸菌飲料は、乳酸菌単体で1度だけ発酵するのが通常ですが、カルピスの元になるカルピス菌は、乳酸菌と酵母菌を組み合わせてできたもの。そんなカルピス菌を、主に乳酸菌で発酵させるのが一次発酵で、酸っぱい香りがします。そして、主に酵母で発酵させる二次発酵で、芳しい香りに変わり、結果としてカルピス独特の風味ができるのです。一次発酵、二次発酵と二回発酵することから、カルピス自体の健康的な機能も追加されます。

基本価値のベースは「お客さまに約束すること」

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**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**三島海雲は100年前にカルピスを発売する際に、「カルピスとしてどういう価値をお客さまに提供するのか」つまり「お客さまに約束することは何だろう」と最初に語ったと言われています。

・おいしいこと
・滋養になること
・安心感のあること
・経済的であること

カルピスのブランドマネジメントは、この4つの基本価値が大前提です。ただ、二つ目の「滋養になること」については誕生した100年前は今ほど栄養状態が良くない時代だったという背景があるので、カルピスの価値を現代に合わせて「健康」と少しニュアンスを変えてブランドマネジメントをしています。

ライフステージに合わせた商品作り

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**我々の調査では、日本人の99%は1度はカルピスを飲んだことがあるという結果に。国民飲料と謳ってもいいと思える結果ですが、そんななかでお客さまのライフステージに寄り添った商品ラインアップの構築をしています。

幼少期に、お家に希釈タイプのカルピスがあり、家族にカルピスを作ってもらい飲む、というのが最初の体験。

そして青春期には、『カルピスウォーター』や『カルピスソーダ』を、友達と一緒に飲むシーンが増える。

その後、子どもが生まれ自分自身が親の立場となり、その子ども達にカルピスを初めて飲んでもらう。

このように、次の世代に繋げるサイクルを作っており、これこそが近年の成長要因と言えます。

最近では、ミドル世代に向けた自分のために飲む飲料としてカルピスを選んでもらうべく、製品ラインを強化したことも成長要因の一つです。例えば、『濃いめのカルピス』は、「子どもの頃親に作ってもらったカルピスがちょっと薄くて、自分でよく足しちゃったよね。」という子ども時代のカルピスの思い出を少しくすぐるようなコンセプトで作っています。結果として、40〜50代の方に飲んでもらえる製品になりました。

他社とのコラボレーションで接触を増やす

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**我々は飲料メーカーですが、これまでに多数の他社企業さまとコラボレーションし、さまざまなカテゴリーやシーンでカルピスとお客さまとの接触機会を増やしています。

例えば、パンやアイス、お菓子、お酒、食品以外だとカルピスの水玉模様の入った文房具なども毎年期間限定で発売し、好評いただいてます。こう言った取り組みは、ブランドの鮮度を上げていくために重要です。

ブランドマーケティング事例1:マーケットの大きな変化

希釈タイプから缶・ペットボトルへ

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**カルピスはブランド危機が、1980年代から90年代と、2000年代の中頃から後半あたりに、2度ありました。

1980年代から90年代に起きた最初の危機は、先ほどの4つの基本価値は忠実に行っていたのですが、マーケットの「飲料の飲み方」が大きく変化したことが、売上減少に非常に影響しました。具体的には、「自動販売機がアウトドアへ設置され始めた」ことや、「コンビニエンスストアの登場」です。

その結果、飲料は「家に帰って飲む」ものから「外で飲む」ものに大きく変化しました。お客さまはわざわざ希釈タイプの飲料を外で割って飲みませんので、世間のアウトドアの需要を全く取り込めていなかったんです。そこで、1991年にアウトドアのニーズに対応した『カルピスウォーター』を発売し、「いつでもどこでもカルピスを飲めます」と提案しました。

技術革新なしでは実現しなかった

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**カルピスウォーターの発売にあたり、技術革新もありました。家庭で希釈タイプのカルピスをグラスに注いで、氷や水で割ってそのままにしておくと、だんだん上の方が水っぽくなり下の方に乳成分が沈殿しますよね。これは比重の関係で起きるのですが、単に希釈タイプのカルピスを缶で販売しようとすると、同じ現象が起きてしまいます。そこで、当時難しかった「乳たんぱく成分の均質化」の研究を進め、ようやく1991年にカルピスウォーターを発売でき、空前のヒットとなりました。

その後、缶からペットボトルでの販売に変わります。カルピスは乳成分を含み光の影響を非常に受けやすいので、当初は遮光性のある緑のペットボトルに入っていました。しかし、全くカルピスらしさがない商品のため、最終的には遮光性はペットボトルに頼らず処方でクリアし、現在の透明ペットボトルでの発売に繋がっています。

ブランドマーケティング事例2:ブランド価値訴求の徹底で土台作りを

「カルピスは白いジュース」という認識を変える

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**2008年頃に、他社から来られた社員の方に「カルピスって白いジュースですよね」という話をされたことがありました。この言葉は非常に驚きでした。「ジュース」というのは基本は果汁です。カルピスは牛乳からできているのに、消費者にとっては「ジュース」という認識。

調査してみたところ、お客さまにとってカルピスとは「単なる白くて甘い飲み物」であり、ブランド価値が伝わっていなかったのです。

<2008年当時のお客さまの認識>
・白い色は着色料?
・乳酸菌飲料…?
・甘い→カロリーが高い→太る
・子どもの飲み物
・単なる「カルピス」味の商品
・人工的、体によくない

そこで、ブランド価値訴求の長期プランを立てました。2009年頃から、カルピスは「牛乳と乳酸菌でできた自然な飲み物」という自己紹介を徹底してお客さまに伝えることが重要だと考えたのです。そしてそれが根付いてきた2015年以降、少し健康的なニュアンスを見せていくため、「発酵」や「カラダにピース」というキャッチコピーをテレビCMに使うなど、「どうせ飲むなら少しでも健康的なものを」と考える消費者に対して、少しずつブランドの認知と品質訴求を行っています。

ブランドを育てるためには、まず社員にブランドを愛してもらう

大越氏:「ブランドを育てるなら人を育てよう」と日頃から社内で口酸っぱく言っています。社員にブランドを愛してもらうための実例の一つなのですが、毎年、カルピスの誕生日である七夕に、社長、私を含め千人以上の社員が店頭に立ち、「社員の店頭試飲販売」を行っています。

カルピスの試飲販売では、基本的にはおいしいと言ってもらえるのですが、そのお客さまの言葉と笑顔をしっかりフィードバックしてもらうことで、社員にとって、「やっぱりいいブランドだな」という自信に繋がり、「いいブランドをもっと大事にしていこう」というサイクルができるのです。

ブランド基準を徹底的に守る商品作り

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**商品開発をするにあたり、やはりマーケティング部門や営業部門だけではさまざまな面での見落としが発生してしまうため、いい意味でゲートキーパーとなる法務、品質保証部門とは徹底的に議論し合います。その際に大前提としてあるのは、ブランドミッションをかなり細かい部分までしっかり守ること。

例えば、ブランド管理基準の一例で、「カルピスの水玉」の基準があります。カルピスの水玉模様の正しい表記は「真円を均一かつ不規則に配置」すること。必ず真円で、それが満遍なく入っている状態が正なのですが、満遍なく入っていても、「規則的に」水玉模様が並んであるのはNGです。

他社さまとコラボする際にも、この基準の遵守は徹底しており、「ここまでやりますか」と言われるほどです。しかし、ここまでやるからこそ、お客さまの認識のなかにしっかりとカルピスの水玉が残っているのだと思っており、他社さまにも最後は納得していただけます。

ブランドマーケティング事例3:ブランドマーケティングを通じたCSV

経済的な価値創出だけでなく、社会と共有の価値を創造することが大事

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**カルピスの生みの親である三島海雲が、仕事をする上でいつも口にしていた言葉が「国利民福」という言葉です。とても未来志向のある人だったので、特に未来を担う子ども達が健やかに成長することにとても心を砕いていおり、「国のため、世の中の人のために自分ができることをやっていこう」という考えを持っていました。つまり、当時からCSRやCSVの視点を強く持ちながら事業運営をしていたのです。

1923年9月に起こった関東大震災では、食糧難に陥り上野公園や日比谷公園などに集まった東京近辺の方々に、倉庫にあったカルピスと現金を使って、トラックでキャラバン隊を作り、東京都内各所を巡って氷入りのおいしいカルピスを配ったという、彼の人柄を表すエピソードもあります。

そういった三島海雲の志を引き継ぎながら、特に子ども達の健やかな成長という観点でいくつか取り組みをしています。

例えば、全国の保育園や幼稚園にカルピスを提供して、日本の伝統文化であるひな祭りをカルピスを飲みながら園児に祝っていただいたり、子ども食堂への寄付活動と食育も行っています。

最近では、心の健康度研究にも力を入れており、親子でカルピスを作ってもらうことは子どもの発達に繋がり、カルピスが親子のコミュニケーションに非常に役立つ、ということが共同研究で実証されています。

ブランドマーケティング事例4:ファンとの絆作り

ファンとの会話のなかから次の新しいアイデアを見つける

**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**ブランドを古いものにしたくない、という思いもあり、カルピスファンの方々との絆作りは大事にしています。例えば、「カルピスステーション」と名付けた場を作り、親子で来店したお客さまに、カルピスを作るという良質なカルピスの原体験をしてもらう取り組みなども一つの実例です。

また、いわゆる「ファンミーティング」も行っており、全国のカルピスファンに来ていただき、経験談、アイデアなどさまざまな話をまず傾聴しましょう、という機会を作っています。そういったなかで生まれた施策の一つで、「カルピス蛇口」というものを昨年全国各所で行いました。「蛇口をひねるとカルピスが出てくる」という、ファンの方の子どもの頃の夢を実現したこの施策は、大変好評でした。お子さまが喜ぶのはもちろんのこと、それを見ている親世代も幸せな気持ちになっていただく、それがこの企画のミソだと思っています。

基本価値を守りながら進化していく

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**[quanternary]大越氏:[/quanternary]**100周年はゴールではなく通過点であり、カルピスのブランドマネジメントする上で、4つの基本価値をこれからも守りながら、ただ売上のためだけではなく、「世のため」にブランドマネジメントをしていきたいと思っています。

「人を大事に」する姿勢が、人の愛着を生む

大越氏の講演を通して感じたことは、「人を大事に」するブランドであるということ。時代のニーズに柔軟に合わせながらも、カルピス誕生時から変わらず「4つの基本価値」を徹底的に守り抜く姿勢と、お客さまだけでなく社員との関わり方を大事にすることで社内外のファンが生まれるといういいサイクルを作り出していることこそ、カルピスが長年愛される理由なのかもしれません。