メーカーが直接消費者に商品やサービスを届ける「D2C(Direct to Consumer)」というビジネスモデルが、最近注目されています。このビジネスモデルの大きな特徴に、メーカーが消費者の心を動かすストーリーや世界観を表現していることが挙げられます。

商品やサービスを開発・販売するのは従来のメーカーと同じですが、そこに「消費者に寄り添ったストーリー・世界観」があるのが、D2Cと言えます。

2020年5月20日(水)にアライドアーキテクツとSUPER STUDIOの共催で開催されたウェビナー「D2C最前線 #2 成長D2C企業が語るD2C的ブランド立ち上げとは?」では、現在成長中のD2C企業3社が登壇。どのように企業を立ち上げ、ブランドの差別化や独自の取り組みを行ってきたかについてディスカッションされました。

この記事では、その模様をお伝えします。

今回の登壇者とモデレーターご紹介

今回の登壇者およびモデレーターは以下の通りです。

プロフィール

坂梨 亜里咲 氏
MEDERI株式会社 代表取締役CEO
1990年 宮崎県生まれ。明治大学卒業後、大手ファッション通販サイト及びECコンサルティング会社にてマーケティング及びECオペレーションを担当。2014年より4MEEE(旧ロケットベンチャー)株式会社に参画。女性向けwebメディア「4MEEE」のディレクター、COOを経て、2018年より同社代表取締役に就任し1年で黒字化を達成。2019年12月末に任期満了に伴い退任。2019年にMEDERI株式会社を設立。自身の不妊治療の経験から、女性の妊娠にまつわる悩みを解決するFemTech市場で「ubu+」というブランドを立ち上げ、サプリメントの開発・販売などを行っている。

杉岡 侑也 氏
株式会社MiL 代表取締役社長 CEO
29歳。大学受験に失敗し、五年間フリーター。23歳で初めて社会人になり、夢や目標のない若者が多いことに驚く。キャリアよりも前に“自分を知る”体験を提供する株式会社BeyondCafeを創業。その後、学歴、キャリアのない人材の教育、輩出を支援する株式会社ZEROTARENTを創業。多くの若者のキャリア支援をする中で”ヘルスケア”の重要性を感じ、MiLを創業。サッカー選手の長友佑都氏やアスリートの為末大氏などを支援者として迎え、サブスク型ベビーフード「the kindest babyfood」などを展開。

氷熊 大輝 氏
株式会社Linc'well COO
2012年、新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、ヘルスケアのプロジェクトを中心に、製薬企業や医療機器メーカーなどの幅広いプロジェクトをサポート。日本のヘルスケアが真の意味で変わり、UXを抜本的に良くするためには、まずクリニックなどの現場が変わらないといけないという問題意識を持つ。2019年10月、「テクノロジーを通じて医療を一歩前へ」をミッションとし、スマートクリニックである「クリニックフォア」をプロデュースする株式会社Linc’wellに入社し、COOに就任。主に、オンライン診療の事業や、クリニック開発のメディカルブランドのD2C事業をリードしている。

モデレーター 東 明宏 氏
W ventures株式会社 代表パートナー
2012年よりグロービス・キャピタル・パートナーズにてベンチャー投資に従事。主な投資実績としてはエブリー、クリーマ、リノべる、イタンジ、ホープ、ルートレックネットワークス、アソビュー、ランサーズ等がある。 2017年Forbesが発表した「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家BEST10」でランキングされる。日本ベンチャーキャピタル協会「Most Valuable Young VC賞」、 Japan VentureAward2017「ベンチャーキャピタリスト奨励賞」等受賞。 それ以前は、グリー株式会社にてプラットフォーム事業の立ち上げ/ゲーム会社への投資、セプテーニ・ホールディングスにて子会社役員を務めた。 2019年4月より現職。

個性的なD2C企業が集まっていますね。いったいどんな話が飛び出すのでしょうか?

市場での競合優位性に重点を置いていた

まずは、それぞれの起業時およびブランド立ち上げ時にどのようなことに重きを置き、実行してきたかについての質問からスタート。

杉岡氏はまず事業として成立させるために、自分たちの事業の競合優位性をとても意識していたとのこと。

「我々はどの一手がどの一歩が誰にとって競合優位になり得るのかというのをとても考えていた気がします。そのひとつが、幅広い人脈を持ちアジア最速のアスリートと呼ばれる為末大さんのような“食”のイメージと結びつきやすい人を支援者として迎え入れたり、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)の元経営者をエンジェルにしたりといった、自分たちが何億円もかけなければ作れない資産を最短で作ることで競合優位性を作り上げることを重要視していました」(杉岡 氏)

また、事業の市場性における競合優位性についても考えていたとのこと。680兆円と言われている食という大きな市場のなかでも、ベビーフードは400億円弱と小さな規模の市場。それゆえ、大手がなかなか参入してこないと予想。そして、食品をゼロから作ることはスタートアップ企業ではハードルが高いということも意識していました。

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一方で、D2Cにおいて重要なストーリーや世界観の構築についてはあまり重要視していなかったそうです。杉岡氏はブランドは積み重ねのなかで生まれてくるものという意識がありました。つまりストーリーの中身よりはストーリーの構造の構築を大事にしていたそうです。

誰よりも早く始める「先駆者メリット」を意識

坂梨氏は、自身の不妊治療の経験から事業を立ち上げたということから、非常に刺さるメッセージングをしているという印象があります。立ち上げ時にはどういうことを意識していたのでしょうか。

「私は20代前半から後半の世代に、妊孕力(にんようりょく:女性の妊娠する力のこと)の知識を得てほしいという想いがありました。そのため最初にアプローチしたかったのは潜在層だったんです。しかし、いきなり潜在層とコミュニケーションを取るというのは難しいと思いました。私は妊娠したいけれどなかなかできなかったという明確層だったので、まずはそちらに向けたコミュニケーションを重視するスタンスでした」(坂梨 氏)

また、前職のWebメディア制作のときに、誰よりも早く始める先駆者メリットを感じていたために、なるべく早くブランドを立ち上げることも重視していたとのこと。その考え方は間違っていませんでした。

「FemTech領域は今年になってから注目されてきた分野で、そこでD2Cのプロダクトを出しているということで、多くのメディアに取材などをしていただいています。広告費をかけずに認知してもらうという意味では、そこをひとつの指標にしていました」(坂梨 氏)

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コンプレックス商材を身近なものにしていく

クリニックのプロデュースというオフラインの事業と、D2Cでメディカルブランドでホームケア製品を開発・販売するというオンラインの事業を手がけている氷熊氏はどうだったのでしょうか。

「我々のブランドは、個人の身体の悩みにアプローチする、いわばコンプレックス商材のようなものなんです。我々はそういう商材を身近にしていくことを重要視しています。当初は、コンプレックス商材に見えないデザインだけど、説明を読むと信頼のおける医師と一緒に開発している商品であることがわかるから安心といった世界観やニーズはあるはずだという仮説がありました」(氷熊 氏)

その仮説を証明するために、氷熊氏はクラウドファンディングを利用してテストマーケティングを実施。そこでストーリーを打ち出して、どれくらいの支援者が集まるのかを見ることができるというだけではなく、その他の面でも参考になることがありました。

「クラウドファンディングでは、支援していただいた方にアンケートやインタビューが行えます。その仕組みを活用して、我々の仮説があっているのかチェックするということを意識してやっていました」(氷熊 氏)

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どうやら3社とも、ブランド立ち上げ時はストーリーや世界観を作ることよりも、いかにストーリーの構造を作るかということに注力していたようです。

クラウドファンディングを活用して潜在層を探り当てる

D2Cにおいて、クラウドファンディングの活用は重要なポイント。特にブランド立ち上げ時は、想定外の結果が出ることで商品やサービスの意外な側面に気付くことも。女性向けのサプリメントを手がける坂梨氏は、当初のターゲット以外からも反響があったことに驚いたとのこと。

「意外と男性がアクションを起こしてくださったことに驚きました。当初は、すでにパートナーがいる女性、つまり明確層をターゲットにしていたのですが、独身女性にも共感していただけました」(坂梨 氏)

男性にも支持されたということは、今後男性から女性へのギフト需要なども見込めるかもしれません。このような「潜在的なマーケット」が明確になるという点で、クラウドファンディングの活用は重要なのです。

“原価ありき”ではなく“誰の何を解決するか”からすべてが始まる

今回はZoomを使ったウェビナーということで、参加者からの質問を随時受け付ける形式。その質問の中に「原価設定をした上で消費者調査を行ったのですか?」というものがありました。しかし、これについて、杉岡氏は「NO」という答え。もちろん、原価から売価を決めるという構造があるため、売価を安くしたい場合は原価を下げる必要が生じます。しかし杉岡氏はそのような考え方ではありません。

「どんなサービスやプロダクトも“誰の何を解決するのか”というところからすべてが始まるので、原価を確定した上で始めるというよりは、初動からものすごいスピードで改善を重ねて、それがいつしか多くの人にニーズに当てはまるプロダクトになっていくというのが、D2Cの特徴であり強みだと思います」(杉岡 氏)

従来のメーカーと、D2C企業の大きく違うところはこの辺りの考え方であり、PDCAの回転スピードなのです。

既存メーカーとの対峙

D2C企業の多くは、そのマーケットへ新規参入をします。そのときにどうしても既存のメーカーがライバルになることは避けられません。そのようなとき、どうやって対峙しているのでしょうか。

「僕たちはものを作って売ってるんですけど、ものだけではなくそれ以外のサービスをできるだけインタラクティブかつシームレスに届けていくことは、いわゆる製造小売のメーカーさんがお持ちの価値提供とは全然違うところにあると思っています」(杉岡 氏)

従来のメーカーは、自分たちの技術と経験を活かした製品をマーケットに出していくというスタイルですが、D2Cの場合はマーケットにいるユーザーのニーズや課題をくみ取り、そこから製品を作るということがほとんど。なので、組織作りや原価構造もまったく違うため、純粋なライバルにはならないというのが杉岡氏の主張です。

オンラインとオフラインの両軸でビジネスを展開している氷熊氏は、「一元化」がポイントだと語ります。通常ならば、皮膚の悩みなら皮膚科へ、頭皮の悩みなら美容院でスカルプシャンプーを買ったり、症状が進んだら普段行っているクリニックではなくAGA専門のクリニックへ行くというように、症状ごとに情報が分断されているのが現状です。しかし、氷熊氏は、どんなヘルスケアの悩みもある程度一元化されたデータ管理の下でサービスや製品を提供するということを目指しています。

「既存のヘルスケアメーカーとの違いは、あらゆるタッチポイントでユーザーさんとコミュニケーションが取れたり、タッチポイントごとでのニーズを把握できるというところだと思います」(氷熊 氏)

また、氷熊氏はD2Cといえどもオンラインだけで勝負するのはきついのではと思っているそうです。

オンラインでの展開はレッドオーシャンになりやすい上、そこだけのタッチポイントで広告を出したりPRをするというのはなかなか難しい戦いだと思います。オフラインの部分を活用しながらオンラインに波及させたり、オンラインで得たものをオフラインに活用するなど、タッチポイントを増やすことで新規ユーザーが入ってくるきっかけが増えると思います」(氷熊 氏)

一方杉岡氏は、D2Cはオンラインとオフラインの二極化構造で語るものではないと主張します。

「そもそもビジネスをするのであれば、マーケットごとに販路があるはずです。それぞれの販路の特徴に合わせて既存のプレーヤーと戦えるのかを考える必要があるので、その戦い方が分かれているというだけで、オンラインかオフラインかというのはあまり関係ないのではと思います」(杉岡 氏)

坂梨氏は、多くのオフラインイベントを企画していたそうですが、コロナ禍によりストップ。年内にはスクールビジネスに着手する予定とのこと。「体験を通じてファンになってもらう」ためにコミュニティを活用していきたいとのことでした。

D2Cにおける組織作りとマネジメント

オンライン・オフラインに限らず、さまざまなタッチポイントを作ることでユーザーとの接点を増やすこと。それがD2Cにおいては重要なことですが、実際にそれを実行する組織作りやマネジメントの面が気になります。

氷熊氏の会社は13名という少数精鋭のチーム。オンライン・オフライン両方の事業に、全員で取り組んでいます。

「開発チームもビジネスチームも、オンラインのこともクリニックのことも同時にやっています。一人のエンジニアが、フロントエンドとバックエンドの両方を考えなければいけないということがあるので、結局は区別しない組織になっています。人が少ないからこそそうなっているという面もありますね」(氷熊 氏)

坂梨氏は、まだブランドを立ち上げたばかりの時期ということで、今はさまざまなタッチポイントを作っている最中。そのなかで工夫していることなどはあるのでしょうか。

「前職で各企業とのコラボや連携というのは経験していて、自分の得意分野でもあるので、それが活きていますね。スタートアップなのであまり人員がいないのですが、いなくてもなんとかなるなというのはすごく感じています。結局、自分事にできて本気な人が何人いるかというところにかかってくるんじゃないかと思います」(坂梨 氏)

事業拡大フェーズにおける注意点

事業を行い軌道に乗ってくると、いつかは事業拡大のフェーズに移ります。この事業拡大フェーズにおける注意点について参加者から質問がありました。このウェビナーの1日前にベビーフードのブランドチェンジを行ったばかりの杉岡氏は、「スピードが大事」と答えます。

「ブランドは、顧客対象者以外の人たちが入ってくると難しくなってくると思います。ここで安易に事業拡大をしても難しいでしょうね。事業をニッチに絞っていくと解決したいニーズもニッチになるため、そうじゃない人たちが購入してくれたとしても期待に応えられないということになります。これを解決するためには、いち早くニーズをキャッチアップして、それを自分たちが解決すべき課題かどうかを見極めて、解決すべき課題ならばプロダクトやサービスにしていくということをスピーディーにやることが大事だろうなと思っています」(杉岡 氏)

ニーズについてやるやらないという判断は、社内で常に議論をして順位付けを行い、それを順番に実行していくというやり方をしているとのこと。常にニーズをくみ上げそれを精査していくということは重要のようです。

それぞれの今後について

最後のテーマは、今後の事業展開などについて。それぞれがこれから大事にしていきたいと思っていることは何なのでしょうか?

「当初大事にしていたブランドストーリーやミッションを踏まえて、事業拡大するときにそれがほんとうにアクションとしてあっているのか、それを愚直にやるということです。サービスの追加、広告、価格の見直しなど、それがほんとうにあっているのかは結構意識しています。あとは組織のメンバーですね。何かしらヘルスケアに関して実体験で苦労したことがあるメンバーが多いので、これから組織を大きくしていく上でも、そういうことに共感してくれるメンバーでやっていくということを大切にしていきたいですね」(氷熊 氏)

「僕らは子どもへの投資という意味で、食の領域でどういうプロダクトやサービスがあるべきなのかということを真摯に考えて開発をしていくことですね。最近は友だちにもほんとうの気持ちが言えないような社会になっていますから、親友や家族のように相手のことを考えて、何も言っていないのにこれどう? ってアドバイスをしてくれるようなものを、サービスを通して実現できるといいなと考えています」(杉岡 氏)

「弊社の最終的なゴールは、早期に自分の妊孕力を知ってもらうということです。これを潜在層にどうアプローチするかというところが当面の課題ですね。新しい慣習を作っていくということなので、私たちのようなスタートアップ企業だけではできません。行政や企業、大学、それに両親まで巻き込んで一緒にサービスやプロダクト、市場を作り上げるところまで弊社でやっていかなければと思っています」(坂梨 氏)

より変化が求められる時代だからこそゲームチェンジが起こる

このウェビナーの最後に、モデレーターの東氏は、

「新型コロナの影響で世界が一気に変わってしまい、消費活動自体もかなり変わりました。より変化が求められる環境にきていると思うので、今はゲームチェンジが起こるタイミングだと思います」

とコメント。たしかに新型コロナにより世界中の生活が変わりました。今までのように、お店に行って買い物をする、外食をするということですら少し躊躇してしまうくらいです。

今回のコロナ禍を機に、世の中は大きく変わるはず。そのとき、大手メーカーとは異なる視点とスピードで開発から販売までを行えるD2Cがより注目されるでしょう。今回登壇した3社を含め、D2C企業の活躍に期待しましょう。

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