糸井氏「ななつ星こそメディアじゃないですか」

糸井 重里氏(以下 糸井氏):
「ななつ星」に乗ってみないかと番組に誘われた時に、列車についてやたらに自慢する親父がいるなぁと思ったら会長だったということから僕と唐池さんの関係が始まりました。
それから唐池さんの著書を読んだり、やってきたことを知ったりして、自分と近いことを考えている方だと思いました。
唐池さんは僕らに共通する点があると感じている部分はありましたか?

** 唐池 恒二氏(以下 唐池氏):**
いやいや、糸井先生と私なんて比べようがありません。今日は三歩下がってついていきますから。

糸井氏:
こういう嫌なつき方をする人なんですよ。
先に本題を出すと、今日、僕自身が唐池さんから聞きたかった話は「メディアを作るということ」です。
メディアと言うと4大メディア(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)、最近ではインターネットが新しいメディアとして常識になってきたと言われています。

ですが、僕自身はメディアは作るものだと思っています。
その例として、ほぼ日刊イトイ新聞が運営している「生活のたのしみ展」を紹介しましょう。

「生活のたのしみ展」は展覧会という名前のフェスです。お買い物フェスや雑貨フェス、趣味フェスと言えるでしょう。例えば、この日に桜が咲くように育てた桜だけの花屋やオリジナル料理の食事ブースなど、「生活の中で”楽しみ”と呼ばれるものはみんな参加すればいい」という考えで運営しています。

生活のたのしみ展は展覧会ではありますが、それそのものがブランド名だと思っていただいて構いません。
展覧会は元々なかったもので、まさしくメディアを作ることによって、メディアにコンテンツが乗ってくる・あるいは新しくコンテンツとして考えたものをここに乗せられた事例です。

例えば、モンベル(mont-bell)というキャンプ用品を作っているメーカーがあります。ここで作っている傘は小ささも軽さも圧倒的に良いものなので、キャンプ用品ではなく傘の店として売れば、組み合わせとして喜ばれるんじゃないかと考えました。そこで、モンベルさんに声をかけて傘の店として出店してもらっています。

このように*「この媒体だからこういうことができます」*というのが土台としてあって、1つ1つ編集し直してはここに持ってくるというのを今までやってきました。

メディアと言ってもいいし、ブランド運営と言ってもいいかもしれません。
この中に「さぁ、どんなコンテンツがこれから乗っていくんでしょう」と考えていく。
これが、メディアを作っていくということなんじゃないかと思います。

唐池氏:
糸井さんからメディアを作るという話を聞いて自分の出番じゃないと思いました。ただ、糸井さんは盛んに*「ななつ星こそメディアじゃないですか」*とおっしゃるわけです。
確かに言われてみれば、地域やお客様、運営する社員、それぞれがコミュニケーションを取っています。つまり、ななつ星を作ったことは、1つのメディアを作ったと言えるかもしれません。

実際、ななつ星が運行し始めた1年後に日本PR大賞をいただいています。それまでPRというのは広告という意味だと思っていましたが、PRはもともとパブリックリレーションの略語なんですね。

地域と関わって、新しいものを作り上げてきたことが表彰の対象になったななつ星は、パブリックリレーションの枠組みに入るんだと驚きました。

例えば、筑後川の鉄橋の下で河原に集まって初めてななつ星をご覧になった177名の方は走った姿をたった10数秒だけ見ただけで、半分が泣かれ、さらにその半分がただ泣くだけじゃなく、号泣だったと聞いています。

この現象に、私自身最初は説明がつきませんでした。
今では、我々やデザイナー、職人、社員、客室乗務員達の想いと、かけてきた手間がななつ星にぎっしり詰まって、それが「気」を作りあげた結果なのかなと思っています。

気は英語で「エナジー」と言います。中国思想なので、欧米の人には理解されにくいんですが、エナジー・エネルギーというとわかるそうです。

中学の理科に出てくるようにエネルギーは変化します。蒸気機関車が動くと熱エネルギーが運動エネルギーに変わるなど、エネルギーは変化します。だから、ななつ星に込められた「気」は見た人や乗車した人の「感動」というエネルギーに変化したのではないかと思っています。

糸井氏:
子供が1人で泣き出すと釣られて他の子供泣くじゃないですか。それと同じですかね。

唐池氏:
いや、いいとこついてますけど違いますね。
以前、証券会社の経営者の方がいらっしゃった際に、私のほうで5分間だけ案内をしました。その際、5分間ご覧になっただけで号泣されていました。環境に立っただけでジワァと「気」が伝わったんですね。

ななつ星自体にエネルギーが詰まっているんです。そして、それを受け止める側がそのエネルギーを感動のエネルギーに変えていく。

それこそ、糸井さんがおっしゃるように、ななつ星こそ人に感動という情を発信しているメディアじゃないかと思いますね。

糸井氏:
ディズニーランドみたいな新しい施設ができたら、これがメディアだよって言われても、一目で全部が把握できるのでわかりやすいと思います。イベントも同様ですね。
ただ「ななつ星」は昔からあったローカル線の線路を走って回って、しかも元に帰ってくるんです。これはいわば無駄なことじゃないですか。

唐池氏:
ななつ星は博多駅から出発して、博多駅に帰ってくるんですよ。それのどこがわるいんですか。

糸井氏:
いや、批判しているわけではなく、それを味わうということが鉄道が始まった時にはわからなかったんじゃないかなと。鉄道がどこからどこかへ運ぶという考え方では成り立たなかったと思います。