様々なデジタルデバイスの普及によってオンライン・オフライン問わずに顧客はいつでもどこでもサービスや情報を入手できるようになりました。

企業も様々な顧客データが得られるようになった一方で、商品やサービスをただ提供するだけではなく、Web上の顧客をひとりの「人」として捉え、信頼関係を構築することが重要になってきています。

得られたデータから「人」として捉えるために、当初ウェブ接客ツールとして始まったのがKARTE です。同社は現在、CXプラットフォームへとその事業範囲を拡大させました。

今回はKARTEを提供する株式会社プレイドの倉橋健太社長に「人」を重視するマーケティングはどのように変わっていくのか、デジタルの社会で顧客とどのように向き合えばいいのか伺いました。

倉橋健太氏プロフィール

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大学を卒業後、楽天株式会社に新卒入社。楽天市場におけるWebディレクション、マーケティング、モバイル戦略、広告戦略等、多岐にわたる領域を担当し、楽天市場事業の成長に貢献。2011年にプレイドを創業。2015年3月にCX Platform KARTEをリリース。EC・人材・不動産・金融など幅広い業種で導入が進んでおり、サービス開始から3年でのべ22億ユーザーを解析。国内有数のSaaSスタートアップとして、圧倒的な成長を続けている。

データ活用と顧客目線から生まれたKARTE

ferret:
最近のプレスリリースにもあったように、テクノロジー企業成長率ランキング「2018年日本テクノロジーFast 50」で第3位に選出されるなど、利用が進んでいます。KARTEの利用が広まった要因や、必要とされている背景はどのようなものなのでしょうか。

倉橋氏:
まずはKARTEを立ち上げた当初からのお話をした方がいいと思います。

私はもともと、楽天で顧客行動を分析し施策を実行する仕事をしていました。当時は楽天のサービスや商品がどうすれば顧客に届くのかをデータから分析していました。

私が楽天を辞め起業した2011年頃は、ちょうどデータドリブンという言葉が騒がれ始めて、データを軸にしたPDCAに注目が高まっていた頃です。

私自身も様々な企業にデータ活用についてヒアリングをしていく中で感じたのが、必要なデータを集められている企業は少なく、データを十分に生かせている企業も少なかったということです。

もちろん当時でもデータを使った企業はあったのですが、ほとんどの企業は顧客目線ではなく、企業目線が中心でした。すなわち、販売チャネルとしては捉えているものの、オンラインを通じて「顧客目線でマーケティングやプロダクトを考えられている企業は少ない」ということに気づいたのです。こうした「データの活用」「顧客目線」の二点からできたのが「KARTE」です。
参考:
【CX連載】今注目のCXって?顧客を理解して「良い顧客体験」をつくろう

企業の意識が強く反映される「接客」

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ferret:
KARTEはローンチ当初「ウェブ接客」をキーワードに提供されていました。実際に「ウェブ接客」で商標も取るなど力を入れて進められてきました。企業の使い方や実際に「顧客目線」に対する理解は進んでいるのでしょうか。

倉橋氏:
データを使うとなると、分析や解析など、難しく考えがちです。顧客目線と言いながらも、業務の効率化や最大公約的・全体最適を目指すようなアプローチを考えることが多いと思います。

しかし顧客目線、顧客の行動を把握するとなると、もっと考えることは幅広くあります。それらノウハウは接客という行動にあるのです。

実際に顧客体験を可視化して、企業にも納得してもらえるキーワードは何だろうと考えていました。そこで顧客目線で市場を作りたい、顧客ありきのサービス体験を増やしたい、という思いからKARTEの開始に合わせて「ウェブ接客」という言葉を作りました。

これはオフラインの接客をオンラインに応用したものです。最近では多くの企業が「ウェブ接客」という意識が強くなったのではないでしょうか。一定程度、「顧客目線」という意識を浸透できたのは成果でした。私たちが作ったワードで市場が生まれ、市場が成長してきたという自負があります。

ただ、一方で問題もでてきました。当初私たちが意識していた顧客目線からまだ遠い、また遠ざかっているのではないかと感じ始めたのです。

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例えばウェブ接客の中にはチャットやポップアップ、メールなどの機能も含まれます。ウェブ接客が広がるにつれ、こうした最終的なユーザーの目の前に表示されるインターフェースや仕様のみを切り取って、何かをユーザーにプッシュすることをウェブ接客と呼んでいるシーンが生まれてきました。ただ、「接客」で重要なのはそこではなく、「誰」が「どんな状況」なのか、それを知り解釈することが大前提として重要なのです。

手法だけにとらわれ、「ウェブ接客」というキーワードに顧客目線が内包しきれていないのでは、私達が当初目指していたものとはずれているのではないかと感じはじめました。

顧客目線というのは本当に大きな変化であり、施策レベルではなく企業や組織、オペレーションに至るまで、この目線をもって変えていくのは本当に時間がかかることだと感じています。

人が得意な方法で人と接する状態に持っていく

ferret:
そうした問題意識からCXという考えに広がっていったのですね。

倉橋氏:
今までお話したように、顧客側から考えるべきという視点を加えたかったんですね。試行錯誤を繰り返す中で、この1年ほどで、様々なカンファレンスに登壇して、顧客目線について体感してきました。

そこで感じたことは、「みんな同じところで悩んでいる」ということです。それはクライアントだけじゃなくて、ベンダー側も、広告系・メディアもです。事業サイズも問いません。悩みの根底にあるのは、みんな「顧客が見えていない」ということ。見えていないけれども、顧客にいいものを提供したい、好かれたいと考えています。

そうは考えるものの、顧客を知るための環境がない。企業が提供したいことと、そこに提供されるツールやサービスといった環境とのギャップが大きいのです。Web上では顧客がどんなことを思っているかを知ることが難しいですよね。わかることは何人がWebサイトを訪問し、何人が買っているかしか見えていない。

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皆が求めているもの、つまり「顧客が可視化できること」を提供すべきと感じ、「CXプラットフォーム」としてKARTEを再定義しました。そういった点を今後はもっと考えていきたいですね。

ferret:
確かにメディアもMA入れたりして顧客を見ようとしてますけれどもなかなかうまく行かないところもあります。

倉橋氏:
つまり、顧客を知るために、いい数字ってなんなんだろうってところが大事なんですね。売り上げだけ見てもあまりサスティナブルじゃない。

現在、顧客を知るためにデータをとろうとすると、Excelで仮説を立てて、ディレクターに頼んでとかってなってしまう。ステークホルダーが多すぎると、必要なリテラシーも増えていってしまいます。KARTEはこうしたリテラシーを溶かしていきたいと考えています。かつ、その前提となるデータ環境においても必要なものが充足されているとは言い難い。

私たちは企業担当者がオフラインでやっているような顧客を理解・解釈する世界をWebでも作っていきたいのです。

CXプラットフォームというのは「色々なものが溶けた上で、人が得意な方法で人と接する状態に持っていく」ことができるのがゴールだと思います。まだ全然足りていないですが、そこを目指して開発しています。

マーケティングを知らないからこそできること

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ferret:
倉橋さんが目指す理想に近い形でKARTEを使われている事例などはすでにありますか?

倉橋氏:
通常、企業のマーケティング部にKARTEを導入すると、それまでにマーケティングで培った定量的な分析能力を、KARTEを使うことでより広げていったり、深めていったりできます。

しかし一方で、KARTEはそうした専門知識が全くない人でも利用できるのが特徴です。むしろこれまでの考え方では思いつかないような発見や施策がでてきています。

ある企業では、マーケティングを全く知らない社員に「顧客が喜ぶことをやってみて」という指示を出した時に、通常のマーケターが思い浮かばないようなアイデアが出てきたことがあるそうです。例えば、ログインを何度か連続で失敗しているユーザーにプロアクティブなサポートを実施するなどです。

マーケティングを実務で取り組まれている人は、実務や書籍などから学んだことから顧客を意識して施策を考えられています。かつ、施策は大所からのアプローチがベースになります。しかしそうした経験を持たない人が違う目線で顧客について考えることで新しい手法や施策に繋がることがKARTEの強みの一つですね。

また他の企業では異なる部署間でデータを横断的に使うといった事例も出てきています。KARTEの環境が、マーケティング部門からカスタマーサポートへ展開されるなど、顧客視点が部署横断的な共通言語になる。

これは面白い動きだと思います。

ferret:
部署ごとに顧客目線というのは変わるのでしょうか。

倉橋氏:
CXというのを考えた時にはどんな部署の人でも、顧客体験に貢献すべきです。しかし、今企業の中で共通言語になっているのは事業の数字にしかなっていない。数値を見ていると、「コンバージョンが上がったけど、流入は減った」ということもよくあります。そうすると部署間での対立にも繋がってしまいます。

しかし顧客にとっていいかどうかという点はブレません。みんなが絶対的に考えるもので共通言語を持たせ、みんながそれを共有して、それを構造化できるといいですね。

同じ方向に向かうことが大事

ferret:
同じ共通言語をもつことで企業の働き方や意識の変革に繋がることもありそうです。

倉橋氏:
企業の中に共通言語をもたせて同じミッションに向かうことができると面白いと思っています。数字をしっかりと把握した上で、さらに先を見せることができますね。

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Webは実態を定量化しやすいのが特徴です。それを部署間で共有して施策を立てるのですが、でもそれでやるとバーティカルに切られたものになってしまうことが多くあります。

施策はある程度共有できるようにはなるのですが、サービスや製品のバリューにはなかなか繋がりにくくなる。

最近よく言われる「働き方改革」という言葉では、業務時間など環境面に焦点が当てられがちなのですが、実際には「働く価値」が重要なはずです。

自分が正しいと思って仕事ができているのか。何の為に仕事をしているのか。こうしたことが意識できるようになると、数字ではなく人に対して考える視点に変わっていきます。数字ではなく、顧客目線に変わることが今後のビジネス環境では大事で、働くという価値につながっていきます。

数字に対して働くのではなく、人に対して働くとコンテンツやデザインへの姿勢が変わってくる。働いていて楽しいし、意義も感じます。そういう文化をもつ企業が今後は勝っていくのではないでしょうか。人のモチベーションが高い企業が強いと思うのです。

それぞれの役割を単に作業として渡すのはやってはいけない。なぜならそこにはその人が持つ「時間」があるからです。その時間を意味のあるものにしたいですね。

オンラインで見て・感じる接客

ferret:
これまでのお話を聞くと、マーケターの定義や考え方の変化を倉橋さんが意識されているように感じます。

倉橋氏:
そうですね。マーケターというのは定量的な数値を追って、解析することが重要だったのですが、今後は「見て・感じる」ということが大切になってくると思います。

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KARTEには、ユーザーがスクロールしたり、クリック、テキストを選択していたりといった行動が動画でみることができるLIVEという機能の公開を予定しています。この機能が面白いのは解析の機能がないこと。動画を「見て・感じる」が全てです。

リアルの接客でいうと、この「見て・感じる」というのが非常に重要なのです。人を見て解釈するというのは人が本来得意なことです。オンラインではまだこれができていないことが多い。オンラインはオフラインから学ぶことがまだまだたくさんあります。

例えば、オフラインの接客や販売員はAIが生まれると一番最初に減少する職種と言われていますが、そうではなく、デジタルは人の行為を拡張するというようになってくるのではないでしょうか。オフラインで接客をしている人はそれまでの経験をもとにその場その場でベストプラクティスを考えています。こうした経験がオンラインに活用されるようになれば、販売員の仕事がなくなるのではなく、オンラインでの活躍の場が広がっていくのです。

一部セレクトショップなどではスタッフのコーディネートをオンラインで勧めることで販売を増加させています。また販売増だけでなく、そうした顧客が実際にオフラインの店舗を訪れるということにもなる。顧客側からみると購入までの機能価値以上の情緒的なものが価値としてデジタルにも組み込まれていかないと、オンラインとオフラインという意識が残ってしまう。それは消費者としても不便でいいものではありません。

今後はもっとデジタルを意識せずに仕事ができるようになるか、ということも大事になってくるのではないでしょうか。

デジタルにはデジタルの得意なこと、人には人の得意なことをやってもらうという役割設計を僕らのような環境整備をしていくことで生産的で人間的な世界になっていくのだと思っています。

今はデジタルでモノと人は近づいているけれど、人と人にとっていい体験になっているとは言いづらい。僕も会社を出れば一消費者です。インターネットもリアルも自分にとっていいものが提供されれば、消費者として日常が豊かになっていくのではないかと思っていますね。

まとめ

デジタルでの顧客体験がより顧客目線に近づくことで、日常が豊かになり、働く意義も高まるという倉橋社長。

プレイド社が提供するCXプラットフォームという概念はただデジタルの便利さを追求するのではなく、人がより人らしい消費や顧客体験を提供するというものです。

デジタルのリテラシーを溶かすことで、今後より良い世界を作ろうとするプレイド社の取り組みに注目です。