前編では、日本ラグビーフットボール協会が「ラグビーワールドカップ2015」のあとに行なった、日本代表のブランディングと視聴機会の創出、ライトファンへのアプローチの3つの施策について紹介しました。後編では、マーケティング施策を行なってからの効果や今後の課題についてお聞きしました。

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ファンの満足度は向上し、事業収益も倍に成長

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▲秩父宮ラグビー場

ferret:3つの施策を実行されて事業収益や集客はどのように変化しましたか?

竹内氏:日本協会の事業収益は、2015年度から比較すると2018年度は約1.9倍の66億円、マーケティング部の収益は、2015年度対比でいうと約2.7倍の26億円です。増収の要因は、NF(競技団体)として良質なコンテンツ(大会や試合)を増やし、それに見合う適正なカロリー(セールス単価)で販売したこと。これは協会収入の両輪である、コマーシャル収入とチケット収入の両方に当てはまります。コマーシャル収入は日本代表ブランドを最大限に活用し、代表協賛や大会協賛を軸にセールス。

一方でチケット収入は、先ずはこれまでの悪しき習慣(チケットのばら撒き)を極力断つことから始め、価値あるコンテンツには、それに相応しい料金設定にしたことです。当然のことながら「チケットが高すぎる!」等の厳しいご意見も多々頂戴しますが、我慢して継続すると価格が浸透していきます。事実、2018年秋のブレディスローカップ(ニュージーランドvsオーストラリアの定期戦)と日本代表vsニュージーランド戦は、2週連続の首都圏開催(横浜・東京)にも関わらず、それぞれ46,143人、43,751人のお客さまが、平均単価の高いチケットをご購入してご来場頂いてます。主催団体はジャパンエスアールなので異なりますが、2016年からスタートしたスーパーラグビー(南アフリカ、オーストラリア、ニュージランド、アルゼンチンのチームで構成されているラグビーの国際リーグ戦)のサンウルブズ戦も、同様の傾向です。これら日本代表戦やサンウルブズ戦は、プロモーション施策やイベントも充実する為、ファンの満足度は年々高まっていると実感していますが、課題はトップリーグや大学の地域リーグ等、開催期間の長いリーグは、まだまだ改善の余地があります。

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集客については、トップリーグのお客さまが減っている=ラグビーのお客さまが減っている、と誤解した報道を良く見かけます。事実、トップリーグは目標の50万人を前に届かず横這いです。但し、協会が公式記録を取っている主催大会(日本代表戦、全国大学ラグビーフットボール選手権大会、国際試合、全国の高校大会等)のトータル観客数は、2015年度に約93万人だったのが、2018年度だと約107万人で、約115%のアップです。また2015年度以降に新規で流入されたお客さまは、ラグビーについて深く理解しようとする熱心な方が多い。これらを踏まえると、ラグビーワールドカップ2019への高揚感や、日本代表への期待値の追い風があるので、マーケティング施策がすべての要因にはなりませんが、日本のラグビーマーケットそのものは拡大している実感はあります。

ferret:お客さまが増えている一方で、競技人口は増えていますか?

竹内氏:残念ながら競技人口は全体では微減傾向です。2015年のワールドカップ後は、高校生の競技人口も伸びましたが、そこからまた減って登録チーム数も1,000校を切っています。一方で、小中学生のラグビースクールは増えているんですよ。中学校数も増えている。私がコーチをやっている世田谷区ラグビースクールなど規模の大きいスクールでは、一学年で50人くらいはいる。但し増加傾向とはいえ、中学生のカテゴリーは構成比的にまだまだ少ない。中学校の部活として活動出来る学校が少ないことが主な原因です。もちろんラグビースクールで中学生になってもそのまま続ける子もいるんですけど。どの競技団体もそうだと思いますが、少子化の流れの中での普及施策は重要課題ですね。

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▲竹内氏がコーチを務めるラグビースクール

ferret:ラグビーワールドカップ2019日本大会のチケットの売れ行きは順調なのですか?

竹内氏:ラグビーワールドカップ2019のチケッティングはワールドカップ組織委員会が行なっていて、どの試合もフルスタジアム(満員)に近い目処がたってきていますから、チケット販売の観点で言うならば間違いなく成功します。

また海外からのお客さまが40万人以上との来日予測もあり、富裕層の方々を中心に全国に長期滞在されますから、当然経済効果も期待できます。日本中での盛り上がりは確信していますが、2015年のワールドカップと今回のワールドカップの決定的な違いは何かというと、2015年のワールドカップはテレビがつくったブームです。南アフリカ戦で日本がすごいことをやってのけたという報道があり、サモア戦の高視聴率(19.3%・関東地区)に繋がり、帰国後はいろんな番組に日本代表が出演し、五郎丸選手がスターとなった、テレビを起点につくられた一時的なブームでした。

その分、潮が引くように2016年シーズンは、例えばトップリーグからお客さまが離れていくのも早かったし、テレビの露出量も減った。でも今回は、関与するすべての人々がエクスペリエンス(体験)できるワールドカップになります。前回にはない、自分たちの日常でラグビーを感じ、そのラグビー独自の世界観を体験することで、自分ごとになっていきます。キャンプ地でのおもてなしや開催都市での試合観戦だけでなく、試合前後にビール好きな(笑)陽気な外国人のお客さまたちとのふれあいからも高揚感を体験できる。そんなこれまでにない体験をした方々が、ラグビーの本質的な価値に触れるきっかけになりますね。

だからこそラグビーワールドカップ2019が終わった後、そのような方々にラグビーを応援してもらえるかどうかや、競技人口を増やせられるか、コマーシャル収入を増やせられるかということが、日本ラグビーフットボール協会にとっての課題になってきます。その為にも、これまで以上にマーケティングやコミュニケーション施策、代表ブランディングや普及活動などに加えて、デジタルマーケティングは本格的に着手していく必要はありますね。

日本ラグビー界の今後の課題とは?

ferret:ラグビーワールドカップ2019の終了後は、さらなるファン獲得や競技人口を増やして行くこと、マーケティング部の収益を増やすことが課題となるとご説明いただきましたが、それ以外での課題は何ですか?

竹内氏:課題てんこ盛りですが(笑)、先ず巷の報道にありますトップリーグ改革は、私たちリーグ(協会)側だけでなく、チーム(企業)側にとって、なぜプロリーグなのかの大義を明確にすることと、結果として代表強化へのパスウェイに繋がる必要があります。単なるプロ興行の持込みだと、長続きはしません。

あといくつかある課題のひとつは、大学ラグビーです。将来的な集客においては、トップリーグ以上に課題を実感します。理由は、今の大学生は愛校心が薄く、昔みたいに母校を応援する文化がない。この学生気質を変えない限り、観客者数は伸びません。

例えば、昨年も伝統の早慶戦に約2万人が入りました。その1ヵ月後の全国大学ラグビーフットボール選手権の準々決勝にて、早慶の再戦になったんです。勝てば準決勝へ行ける重要な試合でしたが、会場は同じ秩父宮ラグビー場なのに1万2千人しか入らなかった。天候の問題はありましたがこの数字が何を意味するかというと、いわゆる伝統の早慶戦や早明戦、加えて1月2日の全国大学ラグビーフットボール選手権大会の準決勝は、日本人特有の祭事なんです。この時期にこの試合があるから、あらかじめ予定を空けて応援に行こう、と。
しかしながら大学選手権のようなトーナメント制だと、予想はしても違う大学と当たる場合もあるのでスケジュールを立て辛い。本質的なラグビー観戦における集客に結びついていないことになります。よく言われる大学ラグビーの試合にはお客さまが入っている、というのはまったくの幻想で、入っているのは本当に一握りのカードだけ。これは関東も関西も同じ傾向です。

大学ラグビーが隆盛を誇った時代(1980~1990年代初め)と比べると、各大学の個性がなくなり、どこも同じようなチームカラーに映ってしまっていることも、盛り上がらない要因かもしれませんが、先ずは学生が母校を応援する、どういう組み合わせになっても観戦する、という価値を再度創造し、大学ラグビーをリブランディングしていかねばなりません。

ラグビーワールドカップ2019を終えてから目指すもの

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ferret:ラグビーワールドカップ2019を終えてから日本ラグビーフットボール協会が目指すものは何ですか?

竹内氏:7月以降、協会の体制が変更 し、会見にて岩渕専務理事の発言にあった「世界で一番のラグビーユニオンになること」。その為にも、今回のワールドカップを機に、ラグビー文化やレガシーを定着させ、ワールドカップ開催という大義のもとで培われてきたものを継続していくことだと考えます。そしてまだまだ不十分であるファン視点、メディア視点、スポンサー視点での顧客満足度を高めていく為にも、関係者すべてがマインドセットを変えていかねばなりません。それが結果として、日本代表強化や競技人口の増加、そしていろんなステークホルダーを巻き込んでいくことに繋がっていくと思ってます。

最後になりますが、ラグビーが世の中にもたらす影響として、日本代表チームのように多国籍出身者から成り立ち、文字通り″ONE TEAM″として同じ目標を目指す組織スタイルは、これからダイバーシティを受け入れていく、全ての日本社会が学ぶべきヒントがあります。そのようなラグビーの本質的価値を正確に伝え、共有していくことも、ラグビーワールドカップ2019を日本に招致した、我々の使命であると考えています。

プロフィール

公益財団法人 日本ラグビーフットボール協会(JRFU)
マーケティング部長 竹内 哲也氏
1970年大分県生まれ。大分県立大分舞鶴高校-立命館大学産業社会学部を経て、1994年(株)電通入社。関西支社新聞局からテレビ局、東京本社営業局、スポーツ局を経て、2015年7月より公益財団法人日本ラグビーフットボール協会マーケティング部長に就任。
父親の影響で小学校から大分ラグビースクールで楕円球を追い始め、大分舞鶴高校時には全国大会出場、立命館大学体育会ラグビー部の在籍中には一年休学し、オーストラリア・シドニーのRANDWICK CLUBに所属。卒業後は勤務先(株)電通のラグビー部や神奈川不惑クラブに所属し、現在は世田谷区ラグビースクールのコーチを務める。

インタビュー前編はこちら

インタビュー前編:開幕迫るラグビーW杯。2015年のブームを受けて行なったマーケ施策とは?

インタビュー前編:開幕迫るラグビーW杯。2015年のブームを受けて行なったマーケ施策とは?

2015年、イングランドで行われたラグビーワールドカップ。日本代表は強豪・南アフリカを下し、日本中に空前のラグビーブームが押し寄せました。そして2019年9月20日にはアジア初開催となる「ラグビーワールドカップ2019日本大会」が開幕します。2015年の盛り上がりから4年、ファンや競技人口は増えているのでしょうか? ラグビー界のマーケティング施策はどのように行われているのか伺いました。