リモートワークが当たり前となってプロジェクトベースの仕事が増えていく中、新たなライフスタイルにワクワク、あるいはソワソワしている職種の代表がマーケターだろう。職業柄、新しいことには真っ先に体験したいし、そもそもパソコン一台あれば仕事ができる職種の代表格だ。

一日の中でもプロジェクト単位で次々にWeb会議やらSlackのやりとりの応酬で、もはや毎日通勤の行き帰りを"悠長"にすることは想像もできない。気づけば1年も都心の狭い部屋にこもって肩甲骨周りを岩のようにしながら、パソコンに向かい続けている。せめてもう少し広い部屋で、窓から気持ちのいい緑が見える場所に引っ越せないか。

・・・そう思って、私が淡路島に移住したのはコロナ禍で完全リモートになって1年が経とうという時だった。今は東京と淡路島の仕事を半々。移住して最初に気づいたのは、リモートでも何の問題もなく東京の仕事ができることではなく(そんなことは当たり前)、移住先の仕事もどんどん入ってくることだ。つまり、都心にいるよりも仕事の幅は増えるし、新しい出会いも増える

ローカルマーケターのリアルな日常

地方創生ブームもあって、自分のチカラを地域の魅力づくりに活かしたいというマーケターも多いだろう。そんな方がもう少し具体的に移住後の毎日をイメージできるように、私のローカルマーケターとしての体験を綴ってみたい。

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自己紹介が遅れました。移住前までは株式会社ベーシックのferret編集部に所属しておりました神保康介と申します。今もferretのBtoBマーケティングアカデミーのコーナーを担当しております。移住後は独立し、ホイポイカプセル型の不思議なおうちを自宅兼事務所に選びました。壁が断熱性能の高い強化発泡スチロールなので、猛暑でもクーラーいらずです。

ローカルマーケターの役割と醍醐味

仕事の型や役割分担がカッチリと決まっている都心案件とは対照的に、地方の仕事では全てを自分が一から定義し、実行できる。というか必然的にそうせざるを得ない。私はコピーライターという肩書きではあるが、代理店の営業出身なので商品設計から媒体戦略、広告制作、広報からプロモ戦略まで全てを担っている。もちろん大変ではあるが、裁量も大きくやりがいは無限だ。

移住後の初仕事は淡路島の貸別荘事業の立ち上げ

移住後最初の仕事は、淡路島で不動産業を営む株式会社リブレの新規事業で「貸別荘」の立ち上げ案件。Facebookで移住報告をしてまもなく、関西の知人からメッセンジャー経由で声がかかった。仕事が増えるとはこういうことで、その場所にマーケターがいること自体がレアなので、「ちょっと来てよ」と声がかかりやすいのだ。

ローカル案件のもうひとつの醍醐味としては、社長参加の会議の中で、大胆な事業構想がどんどん形になっていくダイナミックな過程に関与できるという点もある。以下、今回の貸別荘を例にその過程をダイジェストでお見せしよう。

①事業の「柱」を一緒に立てる

京阪神から至近で、今注目を集めている淡路島という土地柄、貸別荘を建てれば休日の需要は充分だ。マーケット課題は、平日需要をいかに創造するか。働き方の多様性や、今後一層求められるビジネスにおける創造性などの文脈を踏まえ、我々はまず「ワーケーション」という新しいスタイルを軸にビジネス需要にアプローチすることにした。

貸別荘のオープンまでにはまだ時間があったので、まずは「週刊ワーケーション関西」というオウンドメディアとSNSを立ち上げた。貸別荘だからできる「一棟貸し切りオフサイト」や一度一緒に働いてみたい友人を誘っての「副業ワーケーション合宿」など、様々なスタイルを考案し発信を重ねていった。

 
読者の声を拾う中で分かったのが、ワーケーションをしたいという人の半数以上が「海辺のワーケーション」に憧れているという事実。これは周囲を海に囲まれ、島の概ね360°にドライブロードがある淡路島というロケーションの特性を最大限に活かせるチャンス。そこで社長が「移動カーオフィスを付けよう」と閃き、事業の骨格が固まった。

② 事業の魅力を「言語化」のチカラで肉付けしていく

都心の仕事で身に着く知見・スキルの中で、ローカル案件で最もチカラを発揮するのは、デジタルやSNSよりも「言語化力」ではないかと思う。様々な議論も「言語化」することで整理され、それを土台に次の議論に迷わず展開できる。今回の案件では、移動カーオフィスで海辺のワーケーションができる貸別荘、というサービスに対し『カーケーション』というスタイルネームを付けることが最初の言語化仕事だった。

軸が決まれば次は、「カーケーションとはどういう体験か」を具体化していく作業に集中できる。たとえば淡路島の西海岸の道は北から南まで「サンセット通り」と呼ばれ、どこからでも夕陽が観られるが、これをカーケーションのクライマックスとして『夕陽を一日の仕事の締切合図とする』という体験提案に落とし込むなど、1つ1つ具体的なシーンを言語を軸に固めていった。

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夕陽もそうだが、地方の人には当たり前でも、外から見ればもの凄く価値があるものは多く、それを拾い上げて魅力的にパッケージすることも言語化のひとつだ。淡路島なら「玉ねぎ」「夕陽・星空」「鮮魚」など個別にはアピールできていても、それらを一つの価値に統合して提示することはできていない。今回の案件ではそれら多様な魅力を『海の幸、山の幸。そして、空の幸』という一行に集積して打ち出すことにした。

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③アウトプットまで一気通貫して担う

ローカルマーケターの仕事は企画だけではない。予算的な都合やスタッフとの距離から、実制作も基本的には自身で担うことが多い。今回はプレ期のオウンドメディアやSNS、さらには貸別荘サイトの制作まで全て自分で行ったが、1つ大きな手法的発見があった。

それは、1つ1つのコンテンツのフィニッシュを一定期間積み重ねていくことで、一発勝負のプレゼンではたどり着けない量の言語化ができ、結果的に世界観が広く深くなること。毎週のように自ら『カーケーション』を実践し、その中で少しずつ得ていった発見や素敵な写真をコンテンツ化していった。仮に本サイトの制作までに50本の記事を出していたなら、そのダイジェストを本サイトに詰め込むことで「濃い」サイトができる。つまり50回分の「締切の奇跡」を、1つのサイトに詰め込めるのだ。

カーケーションできる貸別荘 | 淡路島C-Sideのサイト

ローカルマーケターの仕事の広がり

1つの案件を納品したら、そのアウトプット自体が「スポークスマン」となって他の案件を連れてきてくれる。特に地方のクライアント同士は緊密に繋がっているので、クチコミのチカラがとにかく強い。

また、淡路島のブランド牛「淡路ビーフ」のブランディング広告のコピーも手がけたが、この案件はTwitter経由で相談が来た。地元で広告が作れる人がきた、ということを知ってもらえるとある日突然DMで受注できたりするので、今後ローカルマーケターを目指す人は、今のうちにTwitterを強化しておくことはとても意味のある準備だと思う。

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この案件では上記の広告原稿をブランドステートメントの「骨格」と位置づけ、そのブランドパーソナリティの「肉付け」をTwitter上のバーチャルアイドル牛によって行うという戦略をとっている。不器用ゆえに時にスポンサーに悪態をついたりする「ちょいワル」キャラクターも全て自分で書いているが、コピーライターが「中の人」をやるというのも個人的にはあまり聞いたことがなく、手法的なチャレンジだと考えている。

予算や人材面など、ローカル案件には都心の仕事にはない制約があるが、逆にいえば自身の業務領域を大胆に再定義する大チャンスであるともいえる。「ライフスタイルを変えて、ついでにワークスタイルも自分なりのものを打ち立てたい」と考えるマーケターには、ローカルマーケターへの道も選択肢のひとつとしておすすめしたい。