気軽に発信できる時代、澤円氏が「言葉」に対して考えること

ferret:
「明日死ぬかもしれない」と考えることや言葉の1つ1つの重みを意識する必要があるんですね。

澤氏:
どうしても、今って情報発信が気楽になりすぎているんです。「言葉の重み」を軽く見てしまっている人が結構多いかなと体感として感じています。結果的にそれがインターネット上での炎上という形ででてきたり、違う意図で伝わってしまって自分のキャリアに大きなキズがつくことがありえると。

やっぱり言葉に対する責任を伴わないと、ある意味色々な「言葉を伝えるエンジンの部分」だけが極端に強くなってしまうと考えています。意図をしない独り歩きというのはすごくあるわけですから。そういう事を考えると、言葉を発するという根っこの部分を意識しなければならないというのが僕の中でモットーになっています。

ferret:
プレゼンを考える上でも、メッセージの「核」が重要とおっしゃっていますが、結構見落としてしまいがちだなと思います。核を決める前の段階でプレゼンの構成を作りはじめてしまったり。そこに関して、今回のイベントを踏まえてどうお考えでしょうか?

澤氏:
今回のイベントは、「人と、時間や空間を共有することは凄くコストが掛かること」ということを「核」にしました。それをベースにした上で、“ライブ感”の話をしたり、僕自身の体験を話したり。僕の本にも書いたのですが、プレゼンでは「時間と空間の共有」というのが一番大事な部分になるんですね。それは、「一期一会」という言葉で言い表せますが、それこそ先程お話した「明日死んでしまうかもしれない」ということを考えていく上で到達した「時間と空間の共有」が、今回の核になるコンテンツですね。

ferret:
そういった「核」となるメッセージを伝える上で、「オーディエンスを知ること」が大切とおっしゃっていましたが、オーディエンスに関しての考えを聞かせてください。

澤氏:
オーディエンスに関して、もちろん万人受けするものができたら良いのですが、どんな分野においても「万人受けする」というのは難しいですよね。音楽や本、車や食べ物、全部に対してOKと思えることって、ぶっちゃけ無いわけじゃないですか。

そこで、2つの考え方があります。1つ目が7割の人がOKだから、残りの3割は切り捨ててしまうという考え方。そして、2つ目が、全員が100%ではないけれど、全員の満足度をある程度満たすという考え方です。これは、アプローチの違いなのですが、僕は八方美人なところがあるので、後者を選びたがります。(笑)

さらにいうと、僕は欲張りでもあるので、150%の準備をして、オーデイエンス全体の満足度の平均値を上げて100%を超えさせるというのが理想です。それには、相当考えなければならない。でも、*オーディエンスを知っておくことで、その作業が楽になります。*もしそれが無理なのであれば、コンテンツのクオリティを底上げして、誰が来ても100%を超えるものを作るのも1つのアプローチですね。

「場数を踏むだけだと意味がない」プレゼンを独学で上達させる秘訣

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ferret:
そうなんですね。澤さんは、もともとエンジニアからキャリアをスタートされていますが、現在プレゼンテーションの名手として認知されるのは並大抵なことではないと思います。すべてが独学なのでしょうか?それとも場数を踏んだからこそなのでしょうか。

澤氏:
「場数を踏めばいいですかね?」とよく言われるのですが、場数は踏むだけでは意味がありません。*下手すると悪い癖が定着するだけなんですね。*例えば、ゴルフ好きの人の中には、何十年やっていてもスコアが120を切らない方もいると思うんですよね。そういう方というのは、間違った練習を何十年も続けていて、悪い癖が定着してしまっているんです。なので、場数にはほぼ意味がないと思っています。

やっぱり、結果が出せるのは、その物事を「言語化」して理解した上で、反復練習をして「再現性」を高めていくからなんです。なので、ロールモデルとして人を参考にすることがあります。なぜその人がそういう行動をしているのか「言語化」して説明できるレベルで模倣し、自分の中でスタイルを作ります。言語化というのは、人に説明できる状態を指します。毎回“できる状態”にするためには、言語化を怠らず、自分自身に説明できるようにすることが大切です。

ferret:
ロールモデルを言語化するとのことですが、澤さん自身に「プレゼンのメンター」と呼べる方はいらっしゃいますか?

澤氏:
おそらく皆さんがイメージしている「メンター」というのは実はいないんです。要素ごとにメンターがいるんです。たとえば、テクノロジーに関する考察とかは、個々の専門的な方から教えて貰う。そして、少し高い視点、いわゆる組織の中で「役員クラス」の人の見えてる世界は、そういった方に学ぶという感じですね。

プレゼン全体のメンターというのは居なくて、むしろプレゼンに関しては「どのように見えているのか」という部分に関して、「リバースメンタリング」というのを行っています。「リバースメンタリング」というのは、自分よりも若い方々にメンターになってもらうことです。本人はメンターをやっている気分にはなっていないと思うのですが、僕はそういった人からフィードバックを得ています。

その方々は決して悪くは言ってこないかもしれませんが、「自分は知識不足でわからなかった」などあれば、それは凄いヒントになるんです。前提知識を入れないと伝わらないなという部分が明らかになります。これが僕にとってのメンタリングです。

ferret:
新鮮な発見があるんですね。実際に、想定外のフィードバックを貰った経験はありますか?

澤氏:
ワークショップの準備をしていたときの話です。「客船が沈没し、救命ボートがでる。でも救命ボートには、残り1人しか乗れない。そこで乗せてもらうには?」というテーマでした。僕はあらかじめ「こういう答えがある」と想定した上で、奥さんに、このテーマで質問してみたところ、「乗せて!!」と答えると言ったんです。そして「それ以外ない」と。(笑)

こういう答えがあるということは、ワークショップが成立しないかもしれないなと気づきました。本人はもちろん冗談で言ったと思うんですけれど、意図が伝わらなかったらこういう答えがでてくるかもしれない。もともとは、「食べ物を持っている」という答えを想定していました。必ず全員に効くコンテンツを持っているということです。そこからプレゼンに繋がる話に展開したかったのですが…「乗せて!!」なんて言われたら参っちゃいましたね。(笑)