皆さんにこれからご紹介するのは、プロスポーツチームの実話です。

長いシーズン(リーグ戦)も終盤に差し掛かり、そのチームは優勝を狙える順位にいました。そこで再度結束を高めようと、監督が練習前に全員を集めてミーティングを開きました。

「いいか、ここからは総力戦だ!お前たち全員の力が必要になる」

ミーティングで全選手にそう言い放った監督は、前節の控え選手は先に退室して体を動かすように命じました。

前節の出場選手だけが部屋に残された状況で、監督からは驚きの言葉が飛び出しました。「いいか!さっきは総力戦だと言ったけれど、優勝に向けた重要な残り数試合、本当に必要なのはここにいるお前たちだ」

チームにとって良かれと思っての監督の行動だと思いますが、結果的にチームの士気を著しく低下させてしまいました。さて、どうしてチームの士気は低下してしまったのでしょうか。
  

シーズン大一番!鼓舞すべきはチームを影で支えるメンバー

目標達成の裏でチームを支えたメンバーと誠実に向き合う方法_002.jpg

当然、先に退室した控え選手たちは、部屋に残された主力選手たちのことが気になるので、どんな話があったのか聞き出すはずです。

結果的に、控え選手たちはショッキングな真実を知ることになるわけです。

そこからチームは、控え選手の不満と監督に対する不信感が噴出し、一体感を損なって大失速、目前まで迫っていた優勝を逃すことになりました。

監督は全員の士気を高め一体感を持たせるために「総力戦だ」と言い、特に期待している主力選手と強い信頼を築くために「本当に必要なのはお前たちだ!」と言ったのかも知れません。しかし、その二枚舌が逆にチームの一体感を損なわせ、大きな代償を払うことになりました。

「総力戦だ!」と言われたことで皆にチャンスがあると期待させておきながら、実は固定メンバーで戦うという真実を知ったメンバーのショックは計り知れません。これは、リーダーが完全に人の心を読み違えた事例と言えます。

考えてみてください。優勝に手が届くところまできた時、主力組が手を抜くことはあり得ません。つまり、極端に言ってしまえば、そのメンバーたちを集めて、あえて士気を高めるミーティングをする必要などないということです。一方、そんな時に疎外感や無力感を持ちやすいのが控え選手だと思いませんか。仮にチームが優勝した時、控えメンバーたちも同じ温度で喜びを爆発させることができるチームが、本当の良いチームなのです。

普通のリーダーは、優勝目前となれば主力組に目が向いてしまいがちですが、このタイミングでは控え組を気にかけることが最優先だったと思われます。

きっと、スポーツの現場ではなく、冒頭のようなシチュエーションは皆さんのビジネスの現場でもあるはずです。ぜひ、実際の業務と重ね合わせて読み進めてみてください。
  

好成績を収めた裏には「チームのためにハードワークする」仲間の姿が

目標達成の裏でチームを支えたメンバーと誠実に向き合う方法_001.jpg

  

第2回ワールドベースボールクラシックで連覇を達成した日本代表

直接ご本人からうかがった話ではなく書籍を通して知った話ですが、野球のワールドベースボールクラシック(WBC)第2回大会の原辰徳監督は、日本代表のメンバー選考の際、チーム内で厳しい立場に置かれても常にハードワークしてくれる選手から選んだそうです。これは、出場できない選手が(良い意味でも悪い意味でも)チームに与える影響の大きさを理解しているからこそできることです。

結果として、第1回大会優勝国と言うプレッシャーを跳ね除け、見事2連覇を果たしました。
  

W杯本番で優勝候補の一角「南アフリカ」を撃破したラグビー日本代表

また、日本ラグビー界に功績を残したエディー・ジョーンズ元ヘッドコーチも、「下位10%の選手たちに指導の時間を割く」と言っています。

さらに、「上位評価の選手はスタッフに任せておいてもいい」「下位評価の選手の突き上げによって勝利に近づく」とも言っています。

引用元:
ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズとの対話「コーチングとは 信じること」
  

2002年W杯日韓大会で初のベスト16進出を果たしたサッカー日本代表

これはサッカーも同様です。過去の記事でも触れたことがありますが、日本サッカー界が世界の舞台で結果を残している時は、決まってキャリアのある大ベテランが控えメンバーにまわって、縁の下の力持ちとしてチームを支えています。

現サッカー解説者でアテネ五輪代表監督も務めた山本 昌邦 氏は、2002年日韓共催ワールドカップの際、フィリップ・トルシエ監督を支えるコーチでした。山本 氏がトルシエ監督からメンバー選考を相談された際、ベテランに域に達していた中山 雅史 選手と秋田 豊 選手を推薦したそうです。

結果として2人は出場機会こそ多くありませんでしたが、チームを後方からサポートし、ワールドカップ初の予選突破という快挙を支えたのです。

参考:
自らの影響力を意識したベテランの行動でチームが1つにまとまった!2002年日韓W杯の成功事例から紐解く|ferret