この度ferretと「旅するマーケター」西井敏恭がコラボし、マーケティング分野で注目の20〜30代半ばの人物にインタビューをする連載企画「マーケティングジャーニー」を開始します。

連載に先駆け、第0回としてferret編集長である飯髙悠太とのスペシャルトークをお届けします。
ferretの現在と未来、そしてこのマーケティングジャーニーはどんな想いから生まれた企画なのか。その真相に迫ります。

中小企業のマーケティングをもっといいものにしたい

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飯髙:僕、西井さんにずっと憧れていたので、今回こうして一緒にお仕事ができるのが不思議な感じですね。

西井:それはありがとうございます。実際に会ってみると、たいしたことないなと思われるかもしれませんが(笑)。ferretに関することを飯髙さんに聞いていきたいと思うのですが、ferretは何年目のサービスなんですか?

飯髙:10年目に入りました。最初は、初心者向けの検索エンジンから開始し、その後Web担当者にとって便利なツールを提供していました。

西井:僕がまさに現場でSEOやリスティングをやっていたときに、とてもお世話になっていました。メディア化されたのってどのタイミングでしたっけ?

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飯髙:僕も以前は、ユーザーとしてferretを使っていました。
メディア化したのは、2014年の9月なので、約1年半前です。
メディア化した背景には、中小企業のマーケティングをもっとよくしたいという想いがありました。

Webマーケティングにおいて、専門家は分野ごとにたくさんいます。ただ、中小企業が求めていることはもっと基本的なことだと思うんです。
デジタルやテクノロジーがどんどん進化しても、企業がやるべき基本は変わらないですし、そのベースがあって初めて新しいことに目を向けるべきです。

とはいえ、これを伝えるために地方に足を運んで、ひたすらやるというのはかなりの時間がかかるということと、どう接点を持つのかという問題があります。メディアであれば、そういった方々にアプローチできるということで、メディア化をしました。

リリース直前にすべてをゼロにしてリスタート

西井:飯髙さんがferretにジョインしたのはいつごろですか?

飯髙:2014年の4月です。

西井:それはferretをメディア化するためのスタッフとしてですか?

飯髙:そうですね。きっかけは、弊社代表の秋山が僕の知り合いとの飲みの席で、ferretのメディア化にあたりいい人いないかという話があったらしく、そこに呼ばれたのが僕だったんです。それがきっかけで、メディア化のスタッフとしてジョインしました。

当時、5月のリリースを目標にメディア化は進んでいました。しかし、入社してみたらリリースできる状態ではなかった。メディア運営の経験がある人も、プロダクトを立ち上げたことがある人もいませんでした。

このままリリースしてしまってはヤバいと思ったので一旦打ち切りにしました。そのタイミングで僕がプロダクトマネージャーになって、再スタートしました。
結局5月スタートが9月までかかってしまったんですが。

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西井:具体的にどうまずかったんでしょうか。そして、それをどのように変えたのでしょうか?

飯髙:自分たちのやりたいことはわかっていて、ターゲットユーザーも決まっていました。それなのに、例えばデザインの話になると、今のトレンドに乗っかろうとか、ユーザーを無視していたんです。記事も、全部“点”でした。

「Webの大衆化」をビジョンに掲げ、コンテンツを体系立てて展開したいという割には、ストーリーがなかったんです。そこで、ストーリーをユーザー行動から考えて、あとは企業のマーケティングにおけるプロセスがあるので、この軸でコンテンツを用意する必要があると考えて、最初から細かく設定しました。
またコンテンツの書き方についても、レギュレーションをがっちり作ってというところからやり直しましたね。