世の中には、多数の会社が存在しており、多くのビジネスモデルプロダクトが存在しています。

しかし、ビジネスモデルとプロダクトの秀逸性だけでは、Product-market-fit(人が欲しがるものを作ること)を達成し、ビジネスをブレークスルー(現状ある障壁を壊して大きく前進すること)することはできません。
  
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*ブレークスルー = ビジネスモデル+プロダクト+* **秘伝のレシピ**

ブレークスルーを達成するには、起業家は秘伝のレシピを発見し、ビジネスに組み込んでいく必要があります。本連載では、様々な起業家が持つ秘伝レシピ(Secret Recipe)に焦点を当て解読していきます。

連載第10回目は、マネーツリー株式会社(以下、マネーツリー)代表取締役であるポール・チャップマン氏に話をうかがいました。

読者の皆さんに、自分のビジネスをブレークスルーするためヒントを見付けていただければ幸喜です。今の業務で壁にぶつかっていると感じている方、もう一歩さらなる成長を遂げたいと考えている方に、ぜひともオススメです。
  

目次

1. 序文
2. 秘伝レシピ1:日本の高品質プロダクトを海外に展開する
3. 秘伝レシピ2:幅広いニーズに応えるためにプラットフォーム戦略を採用する
4. 秘伝レシピ3:ローカライズしすぎず、常にユニバーサルデザインを意識せよ
5. 秘伝レシピ4:国際展開のプレイブックを作れ
6. まとめ

  

プロフィール

ポール・チャップマン氏 プロフィール
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マネーツリー株式会社 代表取締役
2000年にSaaSスタートアップ「cvMail」を設立後、Thomson Reutersにバイアウトされる。その後、en worldでIT部長として勤め、2009年よりアプリ制作に着手し、2012年マネーツリー株式会社を設立。

  
田所 雅之 プロフィール(インタビュアー)
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日本とシリコンバレーで合わせて、5社の起業実績のあるシリアルアントレプレナー。スタートアップを経営しながら、シリコンバレー本社のFenox Venture Capitalのベンチャーパートナーとして、日本及び東南アジア地域の投資を担当。現在は、数社のスタートアップのアドバイザーとボードメンバーも兼任している。起業家の教育にも熱心で"startup science”というスライドの著者でもある。

  

田所(インタビュアー):
最近、オーストラリアでプロダクトをローンチされるとうかがいました。

ポール・チャップマン氏(マネーツリー株式会社 代表取締役):
まず始めに言うと、私がオーストラリア人だからという理由だけでオーストラリアのマーケットに行ったわけではありません(笑)

ただ、もちろんオーストラリア人なので大学の同級生や知り合いとかも多いですし、地元の出身の起業家としてメディアも取り上げてくれたりと色々なアドバンテージがあることは確かです。ただし、それよりも重要なのが "オーストラリアの銀行が先進的だ" という点です。

オーストラリアの銀行が提供するアプリは結構優れています。それに加えて、向こうの最大手の4つの銀行はマーケットシェアの9割くらいを持っているんです。

田所:
つまり、最大手の4つの銀行を押さえてしまえば、マーケットをおさえることができるということでしょうか。

ポール氏:
まさにそうですね。オーストラリアの人口は2,200万人で、最大手の銀行は1,400万人の口座を持っています。
そうした環境下で、まずはオーストラリアの市場でマネーツリーみたいなアプリがそもそもニーズがあるのか、という仮説を検証したいという想いがありました。

田所:
すでに当時日本では、ある程度、実績を出せていたわけですが、意味合いとしては海外でも通用するかどうかの検証というのが強かったのですね。

ポール氏:
ある程度、日本国内ではニーズがあることはわかっていましたし、「だからこそアプリ(マネーツリー)を作った」という背景があります。

ただ、だからといって必ずしも海外で成功できるというわけではありません。もちろん懸念点はあります。マネーツリーは11ヵ国の国籍をもつメンバーで構成されていて、海外に対して「どのようにしてアピールできるのか」「どうやって商品を調整すべきか」を常に考えています。
  

秘伝のレシピ1:日本の高品質プロダクトを海外に展開する

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田所:
スタートアップが世界展開をしていくにはシリコンバレー発がやっぱり強い印象です。

マネーツリーは日本を起点にグローバルに市場を切り開こうとしています。「日本を基点に」という部分での強みというのはあるのでしょうか。

ポール氏:
日本市場で自らの価値を磨くというのは、高いクオリティが必要だし、求められると考えています。その国によってソフトウェア品質に対する期待が違うように、日本の場合はカスタマーサービスに対するクオリティの高さを求められています。

田所:
日本のサービスのクオリティーは ”おもてなし” という言葉で表現されるように世界最高水準だと聞きますが、いかがでしょうか。

ポール氏:
日本では、”おもてなし” サービスが当たり前に求められます。一方で、海外の人たちが期待しているのは、柔軟性のあるカスタマーサービスです。

でも、海外の人たちは一般的に言って日本に比べてルーズで、良い表現をすれば"柔軟性は高い"といった感じです。ただ、国内の、特に日本のビジネスシーンでは、現在きちんとやることが当たり前となりつつあります。

田所:
日本のカスタマーに育てられた ”おもてなしUX” を海外に持っていくということです。

ポール氏:
まさに、そのとおりです。海外に紹介する時は、”日本という要求水準のマーケットで育ててきた”ということを打ち出します。

田所:
おもてなし以外に、注目しているポイントはございますか。

ポール氏:
柔軟性です。ソフトウェアの世界は変化が激しいです。1つの手段が固定して10年続くわけではないし、3ヵ月間も続かない場合も多いです。

前提条件が変わることを想定した柔軟な視線を取りながら、高いおもてなしレベルを目指す必要があります。

田所:
そのためには、柔軟性の高い組織にしているんですか。

ポール氏:
メンバーは前職で、スタジオとか、ベンダーとして受注の経験もある人たちで構成されています。一言で言うと、いろんな人たちと手を組んでやる仕事には慣れてるんです。あとは、外のベンダーに任せるのではなくて、プロダクトを内製でやっていますので、外の変化に柔軟に対応することができます。
  

秘伝のレシピ2:幅広いニーズに応えるためにプラットフォーム戦略を採用する

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田所:
マネーツリーのユーザーも150万人近くになったそうですが、最近はどういうユーザーが特に増えてほしいとお考えでしょうか。

ポール氏:
情報感度の高いアーリーアダプターではなく、普通のリテラシーをもつ人たちが増えてます。相変わらず20歳から40歳以下の人たちが多いですね。

田所:
その際、アーリーアダプターを超えて、より多様な人たちに使ってもらうためには、どういったUXを提供する必要があると考えていますか?

ポール氏:
マネーツリーを起業したころはオールマイティーアプリを全てのユーザーセグメントに提供したらで成功できと思っていました。しかし、事業をやってみてユーザーのニーズはバラバラでした。だから、たった1つのアプリUXではみんなを満足させてあげることはないと思い、自分たちの事業戦略は変化というか、進化させました。

田所:
なるほど、ニーズが異なる多くの人に、より良い体験を提供するようにしたんですね。

ポール氏:
はい、例えば、日本では漫画っぽいUIUXが好かれることがあります。主婦層をターゲットとしてレシーピというレシートスキャンするアプリなんだけど、漫画っぽい羊が出てるアプリです。マネーツリーが提供している金融インフラプラットフォーム「MT LINK」上で動いています。

田所:
そういう風なUIにしたほうがユーザーの年齢層が上がったりとか、そういうリーチできるセグメントが広がったりとかがあるんですか。

ポール氏:
はい、プラットフォームとして、いわゆるPowered by Moneytreeという形で、我々が提供している機能を様々な顧客ベースを持つ金融機関とか外部サイトに提供しています。その提供先の数は、非常に多くなっています。
  

秘伝のレシピ3:ローカライズし過ぎず、常にユニバーサルデザインを意識せよ

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田所:
日本で起業された時に最初からグローバルに展開しようというビジョンはあったんですか。

ポール氏:
あまり信じてもらえずという状況でしたが、創業当時からそれは考えてました。グローバルカンパニーになろうよと決めてたんですよ。

UXに関しても、初期の頃から日本人の優秀なデザイナーとスウェーデンの優秀なデザイナーというコンビでマネーツリーをユニバーサルデザインをベースに設計してきました。初期の頃、若干日本サイドで抵抗感があったのも事実です。従来の家計簿アプリに比べてもマネーツリーは先進していると考えていました。

田所:
UXデザインも含めて、より普遍的なもの、世界に通じるものを意識していたんですね。

ポール氏:
海外の人はユニバーサルデザインをもっと受け入れやすいと考えています。

田所:
UXだけではなく、プロダクト戦略もグローバルを見据えているんですか。

ポール氏:
我々の根本的な商品戦略にもグローバル戦略があります。

例えば、資産管理アプリプラス会計ソフトだけの会社とか、主婦向けの会計ワーク提供する会社などがあります。ある程度のローカライズは必要ですが、ローカライズし過ぎてしまうとしてしまうと、ガラパゴスチックなものになって国際に展開する時には相当リソースが必要になります。創業当時から国際展開もできるような形で日本国内で展開をする、という想いに変わりはありません。
  

秘伝のレシピ4:国際展開のプレイブックを作れ

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田所:
今後、マネーツリーやメルカリの様に、日本で成功した後にアメリカなど海外に進出するスタートアップも増えるはずです。

ポール氏:
私は20年間合気道という日本武道やってたんですけど、合気道の根本的な戦略としては、直接にぶつからないで、横からとか、相手の力を誘導して倒すというものがあります。その考え方に似ているんですけど、日本から出たいスタートアップはなぜアメリカを目指さなくちゃいけないのか。中国は同じ意味で難しいと感じています。しかし、東南アジアも、ヨーロッパも、UKもあります。オーストラリアだってその1つです。目指すべき場所はアメリカだけではなく、ほかにもたくさんあると私は考えてます。

田所:
つまりは、いきなり大きな市場にいく必要はないということですね。

ポール氏:
ロールモデルとして私が参考にするのはスポティファイです。スポティファイはスウェーデン出身でEU各国で展開した後、UKとか、大きくなった後はアメリカへ参入しました。世界には色々な国があリます。アメリカで事業展開していくには、ある程度規模を持ち、準備がなければ上手くいかないはずです。それに加え、アメリカが相当競争度非常に激しい市場だということは誰もがわかっているわけですし、いきなりアメリカを目指すというのではなく、先ほども言ったように東南アジアやヨーロッパといった国で展開して "国際展開のプレイブック" を作るのが良いと考えます。

田所:
プレイブックというと、つまりは自社で国際展開のガイドラインを作るということですね。

ポール氏:
私たちはオーストラリアに進出しながら、正しい国際展開のプレイブックを作っています。ポイントとしては競争の激しい市場よりも勝てる国を選ぶということです。差別化要因をきちんと検証して、プレイブックも作って、次に展開するということです。
  

まとめ

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日本発で、グローバルに展開を目指すスタートアップの数はまだまだ少ない状況です。国内市場がある程度大きいので、国内市場で拡大すれば上場まで持って行くことができるのが、その理由です。

人口減が進み、国内市場が飽和する中で、これからのスタートアップは早い段階から国際展開を求められるようになると考えられます。そんな中で、今回取材したマネーツリーの戦略は非常に参考になります。ローカライズしたUXとユニーバーサルなUXのバランスを考えること、 Day1から国際展開を考え、柔軟性の高い組織を作ること、アメリカや中国など大きな市場を闇雲に狙うのではなく、確実に勝てる市場に国際展開して行くところがポイントです。

日本発の良さを伸ばしつつも、海外市場から学び続け、柔軟に進化し拡大して行くスタートアップがこれからどんどん出てくることを望みます。

  

企業プロフィール

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マネーツリー株式会社
2012年に "人々とお金のあり方を劇的に変えること" をミッションに日本で起業。2013年より、銀行、カード、電子マネー、ポイント、証券を自動で一括管理するPFMサービス「Moneytree」を提供し、AppleのBest of 2013、Best of 2014を2年連続で受賞。

2015年より、金融インフラプラットフォーム「MT LINK」を提供し、弥生、TKCなどの大手会計会社、みずほ銀行のメガバンクなど合計27社以上に提供し、IBMのPaaS「Bluemix」に、初の公式ファイナンスAPIとして連携。三大メガバンク系ファンドから一斉に投資を受け、米MasterCardの公式パートナーとして選出される。
日本国内に限らず、大きくビジネスを変える、もっとも信頼されてるユニバーサルなプラットフォームを目指す。