インターネット広告が登場してから20年以上が経過しているが、その成長軌道は未だ衰える気配はない。インターネット広告費は毎年15~20%の勢いで成長を続けており、2019年にはついに長年トップを独走していたテレビの広告費を上回った。今後も広告のデジタルシフトは加速すると考えられる。

インターネットの特性のひとつが、その高度な情報集積性である。これまでクリエイターの経験や知恵といった個人の暗黙知によって作られてきた広告は、大量のデータを基にしたPDCAの結果生まれるものになってきている。いわば「アートから科学」という流れの中で鍵となるのは「誰が消費者データを握るか」ということだ。

データの持つ力が分かりやすく表れている例として、将棋の世界がある。ここ数年、「羽生世代」と呼ばれる平成のトップ棋士から、AI育ちの若手棋士が立て続けに勝利を収めたのは記憶に新しい。AI世代棋士の強さの秘訣こそ、インターネットによる「圧倒的な棋譜データ」のインプットと、オンライン対局によって「高度な実戦経験」がいつでもどこでも積めるという環境によるものであった。インターネットが「学習の高速道路」となることで、20歳を迎える前にその道のトップレベルに到達する人材が生まれているということだ。

広告の世界も同様である。優秀なマーケターとしてのキャリアを目指すなら、まずは*「大量のデータ」にアクセスできる環境*を選ぶことが重要だ。「そういう意味でも、事業会社は有利です。特に、プラットフォームを持っていると、IDベースで生活者の行動を多面的に把握できる」と語るのは、LINE株式会社でO2OカンパニーエグゼクティブCMOを務める藤原彰二氏だ。

たしかに、多くのユーザーを抱え、チャットはもちろんショッピングやグルメ、スマホ決済など生活者のあらゆる面に浸透しているLINEは、「マーケティングキャリアの高速道路」と言えるかもしれない。「マーケターが働く場」としてのLINEの魅力を、さらに藤原氏に訊いてみた。

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スマホの数だけ、ユーザーデータがある

学習の高速道路理論において基本になるのは、圧倒的なデータ量である。この点をズバリ聞いてみると「LINEはスマホの数だけユーザーがいる環境」であると藤原氏は答えた。事実、2019年には国内のLINEの月間アクティブユーザーは8,300万人を超えた。その数は、TwitterとInstagramを合わせた数よりも多く、国内におけるシェアは圧倒的といえる。

単にユーザー数が多いだけではない。ユーザー一人から得られるデータ量もLINEは多い。「IDを基点にユーザーのあらゆる購買行動が横串で追えるのがLINEの強みです。たとえばLINE Pay決済を日常的に利用する人なら、外食や食材の買い物など食事だけでも一日3回データがとれるチャンスがあります。さらにLINEショッピングの買い物データとLINEデリマのデリバリーデータなど、多様な購買行動を一元化できるのは他にはない」この点はまさに、プラットフォームとしての強みである。

「たとえば住宅設備など2~3年に一度しか購入しない商品であれば、一度購入したら次の購買タイミングまでデータがとれないので、自社の顧客データだけでは何もできません。多様な商品を扱うECサイトであっても、そのサイトで月に数回購入した分のデータが把握できるだけです。それでは、マーケティングとして充分なデータ量とは言えません」と語る藤原氏は、今後GoogleによるCookie廃止などの対応にユーザーIDを基点とした分析軸が業界に浸透していくと語る。

位置情報データを使ったMAツールの開発

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持ち主が移動すると、スマホも移動する。このスマホならではの特性も、LINEが実現するマーケティングの独自性を生む。「一番簡単な例は、お店の近くにきたらクーポンを出すことです。これまでもGPSターゲティングはありましたが、サイトを見てないとバナーが出せなかった。お出かけ中にスマホをずっと見ている人は少ないですが、LINEならプッシュ通知でアプローチができます

現在開発・運用を進めているというLINE独自のMAツールを思いついたのは、LINEデリマのデータを見ていた時だったという。「だいたい住宅街では家族団らん前の17時頃に注文が増えるのですが、中央区では夜に増える。同じ東京でも、場所によって購買行動は全く違うことに気づきました。その時に、時間や曜日に「位置情報」を掛け合わせられるMAツールは世の中にないので、作ろうと思いました」思い立ったら自分たちの組織でツール開発までできるところも、事業会社であるLINEの魅力だ。

現状はまだ社内の一部サービスでユーザーの購買行動解析をするために使っている段階だというが、既に多くの示唆が得られているという。「同じ店舗に来訪する時も、平日と休日では買い物のための移動距離が全く違います。休日の方が遠出外出をすると思いがちです。でも平日は近隣県や出張などで東京に仕事で来たり、用事をこなしながら買い物をする人が多い。平日のほうが買い物のための移動距離が長いという店舗も存在しています。そういうことがわかってくると、いつ・どこに居るユーザーに何を見せるべきかが当然変わってきますよね」

LINEでは、位置情報データをユーザーの同意に基づく形で取得している。情報提供に同意したユーザーがLINEアプリを開いていれば、位置情報などを随時得られるため、その膨大な移動情報と購買ポイントの掛け合わせによって、これまでとは全く異なる消費者インサイトの発見につながる。現状ではLINEでマーケターにならない限り得られない知見を得ることは、「マーケティングキャリアの高速道路」に乗るということだ。

LINEのマーケターに必要な「素質」とは

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まさにマーケターにとって得難い環境といえるLINEだが、その「担い手」となるマーケターを本格的に採用・育成するタイミングであるという。「たとえば私が見ているO2Oカンパニーなど、法人向け事業を担う部門だと、顧客となる企業がLINEに期待しているのは、単なる集客ではなくいかに得意客に育てていけるかといった設計の部分。他の事業もそうですが、マーケターに求められるのは事業の改善や成長のためのヒントや仮説を見つけ、その検証を繰り返すこと、それらを本質的かつ自発的に行えることです。既存のメニューや手法の中で、事例に基づいた提案・マーケティングをやることも大事ですが、そういったものにも疑問を持ち続けて、もっと良いやり方や違うアプローチはないかを考えてチャレンジしてほしい。ただ今は残念ながらそういうアクションができるマーケターが不足している状態です」

たとえば上述の位置情報を活用したクーポンにしても、「自分の店の近くに来たからクーポンを出す、では元々来店するつもりだった顧客の単価を下げてしまうだけかもしれない。施策単体ではクーポンはたくさん消費されて一見成功しているように見えても、事業会社のマーケターとしては失格です。経営的な目線を持っていれば、競合店舗に入った時に出すというような発想もあるはず」と語る通り、藤原氏が求める管理画面のレポートの数値だけではなく、事業会社のマーケターとしての視点を持てるかどうかが、LINEで活躍できる人材の条件だ。

「今事業会社にいる方は今後AI化することを考えるとプラットフォームに蓄積されるID分析軸に早めに触れるべきで、今後キャリアがガラパゴス化してしまう。」

「今広告代理店にいる人は、早く事業会社を経験するべきで、遅くなればなるほど志向が事業目線じゃなくなる」と、自身も広告代理店からキャリアをスタートさせた藤原氏が言う理由もここにある。マーケティングの4Pのうち1つのP(Promotion)しか見ないと、本質的な提案ができない。「ありがちなのが、雨の日に集客が落ちるから雨の日クーポンを打って集客を上げましょうという提案。雨の日の集客は上がっても、足もとを濡らしながら来店したという顧客体験がLTVを上げるはずがありません」4Pのうち「プロモーション」を横断的に見ることでの視野の広さを身に着けたなら、次に向かうべきは事業会社に入って経営戦略の一つとしてのマーケティングに携わることである。

スマホネイティブのマーケターが次のLINEを創っていく

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自らはガラケー世代だと語る藤原氏は、スマホネイティブに大いに期待しているという。「情報感度が高く、競合情報などのキャッチアップが非常に速い。TwitterやLINEなど瞬時に切り替えて情報を集めるのが当たり前なので、マルチタスク能力が非常に高く、いつも驚いています」

年齢を重ねると前提知識が邪魔をして、発想がミクロになりがちだというが、知らないなりに堂々と「こうすべきだと思う」と意志を持って発言できる若手はLINEの中で大活躍できる。「ここで2~3年経験を積めば、どこに行っても重宝される知見が得られます。その後は、他の企業に行ってもいいと思いますし、会社に留まりながらいくらでも挑戦できるというのもLINEの魅力です」

これからますます高度化するマーケティングの土台となる消費者データを「質・量ともに」圧倒的に保有し、それを基に消費者インサイトを科学し続ける。マーケティングキャリアの高速道路であるLINEでの日々は、次世代のマーケターとして最先端に立つための礎になるだろう。