5.なぜ「コトの体験モデル」を成功させるためには、カスタマーサクセスの考え方が大切なのか

「コトの体験モデル」とは、商品・サービスを提供するだけに留まらず、商品・サービスを利用して顧客がいかに成果を実現できるかにコミットするビジネスモデルです。目的はあくまで顧客の成功の実現であり、自社の成功の実現ではありません。自社の成功は顧客の成功を実現した先にあります。

つまり、事業を成功させるためには、顧客の成功を第一の目的としなければならないということです。そして、この考え方こそカスタマーサクセスなのです。

「コトの体験モデル」を成功させるためには、必然的にカスタマーサクセスに取り組まざるを得ません。そのため、カスタマーサクセスに取り組んでいる自覚はないが本質的にはカスタマーサクセスを行なっているという企業も存在します。

以下の事例を見ることで、「コトの体験モデル」とカスタマーサクセスの結びつきを実感できるでしょう。

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オランダのフィリップス社は、病院向けの画像診断装置としてCTスキャンを販売していました。CTスキャンによる検査では、圧迫感や閉塞感を抱く患者が多く、特に子どもは不安から動いてしまい検査に長い時間が必要となり、やむを得ず鎮静剤を投与することもあったそうです。

フィリップス社はこうした患者や病院の負担を減らすために、長年にわたり*「良いモノ」*を提供しようとし続けてきました。この場合の「良いモノ」とは「短い時間で、たくさんの放射線画像を撮影できるCTスキャン」のことです。しかし、多くの競合他社も「良いモノ」を提供しようとしており、競走は頭打ちでした。

そこで、フィリップス社は*「良いコト」*の提供を目指すようになります。すなわち、医療機器そのものに限らず、医療全体を効率化する取り組みを進めたのです。

具体的には、CTスキャンでの検査を怖がる子どものため、待合室を海中のような様子にしつらえ、スタッフが海中冒険にいざなうように検査室に誘導します。そして、「さあ海の中に潜るよ。息を止めて!」と呼びかけ、撮像中は息を止めてじっとするよう促します。患者をリラックスさせる仕掛けを用意することで、短時間での検査を実現しようとしたのです。

このような取り組みにより、CTスキャンにかかる時間を15~20%短縮でき、検査の前に鎮静剤を投与する3歳未満の幼児の数も30~40%減少できました。また、患者の負担を軽減できただけでなく、高額な検査機器の稼働率を高められたことで、病院の経営改善にも結びつけられました。

参考:ロベルト・ベルガンティ(2012年8月)「飛躍的新製品を設計する秘訣 ひらめきは組織的に生み出せる」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』

フィリップス社の顧客である病院が求めていたのは、「短い時間で、たくさんの放射線画像を撮影できるCTスキャン」という「モノ」ではありません。*「患者の負担を軽減することができ、病院のコストも抑えられる」という「コト」*だったのです。

フィリップス社は、病院が求める成果にコミットしたからこそ、既存の技術を駆使して患者がリラックスできる環境を作り出すという発想を得ることができました。このフィリップス社のビジネスは、商品・サービスの提供に留まらず、商品・サービスを利用して顧客がいかに成果を実現できるかにコミットしている「コトの体験モデル」の好例です。

そして、「コトの体験モデル」を成功させるために実施した患者のリラックス環境の提供は、間違いなくカスタマーサクセスと言えるでしょう。

いつの時代も顧客は常に正解を知っています。つまり、どんな商品・サービスであればお金を払うのか、どんな商品・サービスであれば周りに勧めるのか、この問いの答えは顧客の中にあるということです。

そして、企業はこの正解に真剣にたどり着こうとしなければ成功できないような時代がやってきました。真に顧客の求める利用価値を提供できなければ成功できないというのは、きわめて健全な世界と言えるのではないでしょうか。

このような「コトの体験モデル」への変化は顧客にとっては非常に喜ばしいものであるがゆえに、今後あらゆる業界に及んでいくと言えるでしょう。そのため、どの企業もカスタマーサクセスに真剣に取り組まざるを得なくなったのです。