昨今、カスタマーサクセスという言葉が、ソフトウェア業界の枠を超えて広く聞かれるようになりました。しかし、その必要性・重要性の認知は、言葉の知名度に追いついていないのが現状であると思います。

カスタマーサクセスをよく知らない方の中には、以下のような疑問を抱いている方も多いのではないでしょうか。

「ソフトウェア業界の話じゃないの?」
「既に買ってくれた人を大切にする考えだよね?でも、今はまだ買ってくれていない人に売らないと売り上げが増えないんじゃないの?」
「お客様をファンにするのって、業績反映までに時間がかかりそう」
「そもそもお客様の相手をするのは、お客様センターの役割なんじゃないの?企業全体でやる必要ある?」

これらの疑問に共感した方は、本記事を読むことをお勧めします。
本記事では、カスタマーサクセスがあらゆる企業にとって必要性・重要性を増している理由について、前編・後編に分けて詳細に解説していきます。

なぜカスタマーサクセスは、今後あらゆる企業にとって必要性・重要性を増してくる概念であると言えるのか

本記事の主張は以下のようにまとめることができます。

「あらゆる業界において、ビジネスの潮流が『モノの買い切りモデル』から『コトの体験モデル』へと変化している。そして、『コトの体験モデル』を成功させるためには『顧客の成功を第一の目的とする』カスタマーサクセスの考え方が必須である。そのため、今後あらゆる企業が真剣にカスタマーサクセスに取り組む必要が出てくる。」

この文章だけを読んでも、意味は掴みづらいと思います。そこで、多くの方が抱くであろう以下の5つの疑問に答えを示す形で、解説していきたいと思います。

  1. そもそもカスタマーサクセスとは何か
  2. 「モノの買い切りモデル」とは何か
  3. 「コトの体験モデル」とは何か
  4. なぜビジネスの潮流は「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へと変化し
    ているのか
  5. なぜ「コトの体験モデル」を成功させるためには、カスタマーサクセスの考え方が大切なのか

1. そもそもカスタマーサクセスとは何か

まず初めに、そもそもカスタマーサクセスとは何か、という点を説明したいと思います。

実例から読み解くカスタマーサクセスの本質!顧客の成功に伴走する取り組みとは?で解説されている通り、カスタマーサクセスとは*「自社のサービス・プロダクトを通じて顧客が望んだ便益を得られるように、積極的なアプローチを取り続ける」という“理念”*のことです。

まず押さえておくべきなのは、“理念”であるという点です。理念を“考え方”、あるいは、もっと具体的に“顧客への向き合い方”と言い換えてみるとわかりやすいかもしれません。
つまり、カスタマーサクセスとは、行為や部門といった表面的に見えるものを指す言葉ではなく、その根底にある“考え方”や“顧客への向き合い方”を指す言葉なのです。

そして、カスタマーサクセスが大切にしている“考え方”、“顧客への向き合い方”とは、「顧客の成功を第一の目的とする」というものです。決して、「自社の成功を第一の目的とする」ものではありません。
この“考え方”、“顧客への向き合い方”こそがカスタマーサクセスの本質となります。

かつての商売の基本

ここまでの説明を聞いて、カスタマーサクセスとはそこまで目新しいものではないのかもしれない、と感じた方も多いのではないでしょうか。

まさにその通りで、根底にある「顧客の成功を第一の目的とする」という考えは、商売の基本と言っても差し支えありません。商店街の八百屋さんや魚屋さんをイメージしていただけるとわかりやすいと思いますが、かつての顔の見える範囲で行われていた商売ではとても大切にされていた考え方です。単に食材を売るだけでなく、料理方法を教えたり、要望に合わせて様々な商品をわざわざ取り寄せたりといったサービスを行っているお店もたくさんあると思います。

こうした行為は「顧客の成功を第一の目的とする」ものであり、カスタマーサクセスとその本質を共有しています。

しかし、現代においてカスタマーサクセスは、あまり一般的な考え方とは言えません。なぜ、かつての商売では大切にされていた「顧客の成功を第一の目的とする」という考え方は存在感を失ってしまったのでしょうか。

その変化をもたらしたのが「モノの買い切りモデル」の登場です。

2.「モノの買い切りモデル」とは何か

「モノの買い切りモデル」とは、商品の販売規模を最大化することに力点を置くビジネスモデルのことです。ビジネスとしての勝負どころは商品を提供するまでにあり、顧客との関係は商品の提供が終着点になります。買って終わりのビジネスモデルであるため、「モノの“買い切り”モデル」というわけです。

なぜ、商品の販売規模を最大化することに力点が置かれたのでしょうか。それは商品を作れば作るだけ売れるようになったからです。そのため、新規顧客の獲得の方が既存顧客との関係維持よりも経済合理性が高い行為になりました。その結果、「顧客の成功を第一の目的とする」という考え方は、存在感を失っていったのです。

背景にある経済的合理性の変化

そもそも企業の活動は、基本的に経済合理性に基づいています。
なぜ八百屋さんや魚屋さんが、食材を売るという範疇を超えてサービスをしていたのでしょうか。もちろん、純粋にお客様を大切にしたい、喜んでもらいたいという感情的な側面もあるでしょう。
しかしそれだけでなく、経済合理性に支えられているという側面も間違いなくあるはずです。かつての商店街のお店にとっては、顔の見える範囲がお客様を獲得できる範囲でした。そのため、なるべくお得意様を増やし、何度も繰り返し利用してもらうことが、継続的に利益を上げるための最善の手法だったのです。

ところが次第に、新規顧客獲得の方が既存顧客との関係維持よりも経済合理性が高くなりました。なぜなら技術革新により物理的に商品を大量に製造し広範囲に届けることが可能になったからです。
加えて、経済成長により物質的な需要は伸び続けました。こうして、作れば作るだけ売れる時代、いわゆる大量生産-大量販売-大量消費の時代が訪れたのです。

このように顔の見える範囲を超えて商売を展開できる、しかも作れば作るだけ売れる時代においては、商品を販売する規模を最大化することが最も経済合理的な行為となります。

商品の販売規模を最大化するためには、どのようなポイントを重視すれば良いでしょうか。例えば、大衆受けする商品を企画する、認知を拡大させる、調達・生産・物流の流れを効率化するなどが考えられるでしょう。
注目すべきは、勝負するポイントが顧客に商品を届けるまでにある、ということです。つまり、商品を届けた後に既存顧客との関係維持のために時間や労力をかけることは、経済合理性の高い行為ではなくなったのです。
やがて顧客は直線的なサプライチェーンの末端に位置する存在に過ぎなくなり、ビジネスの分業化・巨大化とともに企業と顧客との距離はどんどん離れていきました。

このように「モノの買い切りモデル」では、購入時の「ワンタイムバリュー」を最大化できるポイントにビジネスとしての勝負どころがあります。そのため、商品に販売までにかかったコストを吸収できるような価格をつけたうえで、いかに多くの人に買ってもらうかが追求されました。

新規顧客獲得の方が、既存顧客との関係維持よりもはるかにビジネスにおけるインパクトが大きく、「顧客の成功を第一の目的とする」という考え方は次第に企業の視野から外れていったのです。

3.「コトの体験モデル」とは何か

それでは、近年になりカスタマーサクセスという理念が誕生し注目されるようになった背景には、どのような経済合理性が働いたのでしょうか。

着目すべきは、「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へというビジネスの潮流の変化です。

「コトの体験モデル」とは、顧客の成功を実現することに力点を置くビジネスモデルのことです。そのため、ビジネスとしての勝負どころは商品を提供した後にあり、顧客との関係は商品の提供が始発点になります。顧客が手に入れるのは“モノ”ではなく“コト”(=成功)であるため、「コトの体験モデル」というわけです。

なぜ顧客の成功を実現することに力点が置かれるかというと、商品を作れば作るだけ売れる時代ではなくなり、新規顧客獲得よりも既存顧客との関係維持の方が経済的に合理的になったからです。その背景要因は後編で詳しく説明するとして、まずはビジネスの新たな潮流となっている「コトの体験モデル」がどのようなものか、具体例を元に紹介したいと思います。

「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へと変化した企業の顕著な例としてあげられるのが、世界最大の総合電機メーカーであるGEです。

10年前のGEは航空機のジェットエンジンを売っていました。しかし、今日のGEは納品したジェットエンジンのエネルギー効率を売っています。納品したエンジン一つ一つの利用状況を全てモニタリングし、膨大なデータを分析することで、顧客(航空企業)の飛行機の整備やメンテナンスに要するダウンタイムを実際のフライト単位で削減する方法を提案しています。

つまり、モノ売りに留まらず、顧客の成果というコト売りを実現しようとしているのです。

そもそも顧客が望んでいるのは、いつの時代も自分自身の成果です。商品を購入する際も、成果を得るための手段としてふさわしいと判断したからこそ購入しているのです。

昨今、Uberに代表されるようなライドシェアサービスが流行しているのも、多くの方が車というモノの所有ではなく移動するというコトの体験に価値を感じていることの表れではないでしょうか。

「モノの買い切りモデル」は、手段としての商品の提供に留まっていたため、商品の購入が顧客との関係の終着点であり、購入以降の実際の成果創出は顧客に任されていました。
それに対し、「コトの体験モデル」は、手段としての商品の提供にとどまらず、目的である成果の創出にまで踏み込んで果たそうとします。そのため、商品の購入はむしろ顧客との関係の始発点になるのです。

この「コトの体験モデル」への変化がいち早く、かつ大規模に巻き起こったのがソフトウェア業界です。

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ソフトウェア業界で誕生したカスタマーサクセス

そもそもカスタマーサクセスという理念は、ソフトウェア業界で生まれました。
それでは、いかにして「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」への変化が起こり、カスタマーサクセスという理念が生まれるに至ったのでしょうか。

①SaaSの流行

きっかけは、SasSの流行でした。SaaSとは、ソフトウェアをインターネット経由でサービスとして利用できる提供方法のことです。これまでソフトウェアは利用者側に導入していましたが、クラウドの登場により提供者側で稼働させて、利用者がインターネット経由でサービスとして利用することができるようになりました。

SaaSは、

  • 購入時の大きな出費を逃れられる、毎月平準化した支払いになる
  • 買った後もずっとプロダクトの価値が最新・最適化され続ける
  • 定期契約でその期間は制限なく利用できる
  • 不必要だと思えばいつでも辞められる

といった理由から、利用者にとって非常にメリットの大きい提供方法でした。
そのため、SaaSは瞬く間にソフトウェア業界における有力なサービス提供方法となりました。

②サブスクリプションにより顧客に主導権が移行

多くのSaaSが、その相性の良さからサブスクリプションという支払い方法を取るようになりました。

サブスクリプションとは、サービスの利用期間に応じて支払いが発生するビジネスモデルのことです。サブスクリプションビジネスでは、最初の販売でコストを回収することはできません。顧客に継続的に利用してもらうことで、初めてコストを回収し利益を上げることができます。「ワンタイムバリュー」よりも「ライフタイムバリュー」が大切なのです。

しかし、顧客に選ばれ続けるハードルはどんどん上がっています。その要因は主に以下の二つです。

一つ目は、顧客の手元に多くの情報が集まるようになったことです。インターネットデバイスの普及により、消費者はこれまでにないほどの情報を手に入れることができるようになりました。もはや企業は、情報を自分自身でコントロールすることはできません。消費者は、数ある選択肢をフラットに比較し、最適な手段を選ぶことができるのです。

二つ目は、SaaSの解約のしやすさです。SaaSでは、顧客は自分自身のソフトウェアを持ちません。ハードウェアも買う必要がありませんし、データセンターの設定や運営をする必要もありません。単に提供者から全てが含まれたパッケージをリースするだけで良いのです。つまり、顧客はやめたいと思ったらいつでも解約することができます。

③カスタマーサクセスが必須になる

こうして顧客は、自身の成果につながらないプロダクトから迷うことなく離れていくようになりました。「顧客の成功」を実現することでしか生き残れない、シンプルにしてシビアな世界になったのです。

企業が顧客を惹きつけ繋ぎ止めるためには、「顧客の成功」を実現するしかありません。SaaSの流行によって、顧客の成功が自社の成功につながるようになり、カスタマーサクセスという理念が生まれたのです。

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最後に

前編では、1.そもそもカスタマーサクセスとは何か、という点と、2.「モノの買い切りモデル」3.「コトの体験モデル」というビジネスモデルの概要を説明しました。

「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へとビジネスの潮流が変化したことでカスタマーサクセスという理念が誕生したのですが、その最たる例がソフトウェア業界です。そして、この変化がソフトウェア業界を超えて及んでいるというのは、「モノ売りモデル」の代表格である機械産業の最大手、GEの事例を見ていただければお分かりいただけると思います。

後編では、「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へというビジネスの潮流の変化が、あらゆる業界に及ぶ理由と、「コトの体験モデル」とカスタマーサクセスの結びつきについて解説したいと思います。

コミューン株式会社 金谷颯太郎