本記事では、前編・後編の2回にわたり、今後あらゆる企業にとってカスタマーサクセスの必要性・重要性が増してくる理由について解説します。

全体を通しての主張は以下の通りです。

「あらゆる業界において、ビジネスの潮流が『モノの買い切りモデル』から『コトの体験モデル』へと変化している。そして、『コトの体験モデル』を成功させるためには『顧客の成功を第一の目的とする』カスタマーサクセスの考え方が必須である。そのため、今後あらゆる企業が真剣にカスタマーサクセスに取り組まざるを得なくなる。」

この主張に対し、多くの方は以下のような疑問を抱くのではないでしょうか。

  1. そもそもカスタマーサクセスとは何か
  2. 「モノの買い切りモデル」とは何か
  3. 「コトの体験モデル」とは何か
  4. なぜビジネスの潮流は「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へと変化しているのか
  5. なぜ「コトの体験モデル」を成功させるためには、カスタマーサクセスの考え方が大切なのか

前編では、1.そもそもカスタマーサクセスとは何か、という点と、2.「モノの買い切りモデル」3.「コトの体験モデル」というビジネスモデルの概要を説明しました。

後編では、4.ビジネスの潮流が「モノ買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へと変化している理由と、5.「コトの体験モデル」へ変化した結果カスタマーサクセスが必要になる理由について解説したいと思います。

前編はこちら

4.なぜビジネスの潮流は「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へと変化しているのか

前編では、ソフトウェア業界においてパッケージ製品からSaaSへと提供方法が変わり、サブスクリプションモデルが主流になった結果、顧客に継続利用してもらう必要性が生じてカスタマーサクセスが誕生した、ということを説明しました。(詳しくは、前編(3)を参照)

そして、ソフトウェア業界で起こった変化と同質の変化が、今後あらゆる業界に及ぶことになります。
なぜあらゆる業界において「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へとビジネスの潮流が変化するのか、その理由は大きく以下の3つにまとめることができます。

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社会の成熟化

現代の日本では、商品の品質や耐久性が向上し、また価格競争も激化しているため、適度な価格で質の高い商品が数多く出回っています。今や、生活のありとあらゆる場面が便利なモノで満たされているのではないでしょうか。

このような状況においては、単純に“良いモノ”を提供するだけでは他の商品と差別化することが難しくなります。なぜなら、ある程度の価格を払えば十分に質の高いモノが手に入るため、顧客は機能面や技術面での差をそれほど気にしなくなるからです。

例えば、ファッションについてみると、以前はデザイン性や機能性に優れたモノを楽しむためにはお金をかける必要がありました。
しかし、2000年頃からユニクロに代表されるようなファストファッションが台頭し始め、低価格でも十分にファッショナブルで着心地の良いモノが手に入るようになりました。デザイン性や機能性が十分なレベルに達している場合、プラスアルファのデザイン性や機能性よりも安さを求める、という方も多いのではないでしょうか。

同様のことは、技術革新により低価格化が著しい家電製品のほか、LCCが登場した航空券についても言えるでしょう。
低価格で質の高いモノが溢れるようになると、機能や技術の優位性によって顧客を惹きつけることが難しくなるのです。

このように、単純に良いモノを提供すれば売れるような時代ではないからこそ、顧客の成果創出にコミットする「コトの体験モデル」が重要なのです。

価値観の変容

現代では、モノを「所有」するという価値観にも揺らぎが生じています。
理由として、一つには*「所有」することがステイタスではなくなったこと*、もう一つは*「利用」するという選択肢が一般的になってきたこと*が挙げられます。

「所有」はステイタスではない

かつてはモノを「所有」していることがステイタスでした。特に、車や家電製品など、利便性が高く生活を豊かにしてくれるモノは、多くの人が欲しがりました。しかし、高価格であるがゆえになかなか手を出すことができず、結果として「所有」していることが羨望の対象になったのです。

しかし昨今では、低価格で高品質なモノが世の中に溢れるようになり、多くの人が満足のいくモノを手に入れられるようになりました。もはや「所有」していること自体は珍しいことではなくなってしまったのです。

「利用」が一般化する

こうして「所有」すること自体の持つ意味がなくなってくると、次第に「所有」に対するこだわりも薄れ、新たに「利用」という選択肢が一般的になってきます

特に、1980年以降に生まれた「ミレニアル世代」が、消費の面で大きな力を持ち始めたことも大きく影響しています。「ミレニアル世代」は、インターネットや携帯電話(スマートフォン)が当たり前の時代に育ったことで*「情報感度が高い」「つながりを大事にする」「物質主義的でない」*などの特徴を持ち、消費行動がそれ以前の世代とは違うとされています。

「所有」から「利用」への変化の象徴とも言えるのが、近年様々な場面で見られるようになったシェアリングエコノミーとサブスクリプションサービスです。

  • シェアリングエコノミー
    シェアリングエコノミーとは、有形無形問わず、個人が持っている資産を他人と共有する経済の形です。

その対象領域の広がりは止まることを知らず、民泊や会議室、駐車場といったスペースから、高級バッグや洋服といったモノ、車や自転車といった移動、果ては家事や育児、デザインなどのスキルまでありとあらゆる資産がシェアされています。AirbnbやUber Eatsなど、一度は利用したことがある方も多いのではないでしょうか。

  • サブスクリプションサービス
    サブスクリプションサービスとは、利用者が“モノの数”ではなく“利用する期間”に対してお金を払うサービスのことです。

特に有名なのが音楽配信サービスや動画配信サービスで、SpotifyやApple Music、Netflix、Amazon Prime Videoなど、日常的に利用している方も多いと思います。その他、漫画や小説、コスメ、バッグ、アクセサリー、家電など、あらゆる領域でサブスクリプション化が進んでいます。

このように、もはや「所有」することは絶対の価値観ではなくなりました。安くて高品質なモノが溢れ、利用するという選択肢も選べるようになったことで、顧客はより純粋に自分自身の成果の達成を求めるようになったのです。こうした顧客の要望を満たすためには、顧客の成果創出にコミットする「コトの体験モデル」が重要になるのです。

企業から顧客に主導権が移行

企業から顧客への主導権の移行が起こっていることも、「コトの体験モデル」への変化を強烈に後押ししています。主導権の移行が起こった要因は、主に以下の二つにまとめられます。

①顧客の情報武装によるスマート化

スマートフォンの進化・普及によって、私たちは情報を文字通り手中に収めることが可能になりました。移動通信システムも年々進化を重ねており、取れる情報の量やスピードも格段に上がっています。

便利な情報を提供するサイトやアプリが大量に登場し、企業と顧客の持つ情報の偏りは限りなく解消されつつあります。またSNSや口コミサイトの広がりによって、顧客同士の双方向コミュニケーションも可能になりました。

今日の顧客は、かつての顧客の何倍もの情報を持っています。商品やサービスを購入する前に、詳細に情報収集することができるようになった結果、企業が選ばれるハードルは大きく上がりました。多くの企業が、他の企業と同じ土俵の上で、顧客からの生の声をもとに比較し選別されるようになったのです。

②「利用」型サービスにおける離脱の容易性

前述したシェアリングエコノミーやサブスクリプションのような利用型のサービスは様々な分野で増えています。利用型のサービスの多くは、小さなコストで開始できます。そして、顧客が費用以外の負担を負うことはありません。インターネット環境とインターネットにアクセスできるデバイスさえあれば、登録して利用するだけです。
つまり、満足できなくなった時点で、顧客は簡単に契約関係を解消したり他社製品に乗り換えたりすることができるのです。

①情報武装と②離脱の容易性により、顧客は実情がよくわからないまま宣伝文句に惹かれて購入し、後悔するという苦い経験をしなくて済むようになりました。利用前には実際の利用者のフラットな意見を聞くことができ、わずかなコストで利用を開始して、不必要になればいつでも止めることができるのです。

企業は、本当に利用価値を感じてもらえなければ継続して利用してもらえず、利益を上げることができなくなりました。そのため、顧客の成果創出にコミットする「コトの体験モデル」が重要になるのです。

5.なぜ「コトの体験モデル」を成功させるためには、カスタマーサクセスの考え方が大切なのか

「コトの体験モデル」とは、商品・サービスを提供するだけに留まらず、商品・サービスを利用して顧客がいかに成果を実現できるかにコミットするビジネスモデルです。目的はあくまで顧客の成功の実現であり、自社の成功の実現ではありません。自社の成功は顧客の成功を実現した先にあります。

つまり、事業を成功させるためには、顧客の成功を第一の目的としなければならないということです。そして、この考え方こそカスタマーサクセスなのです。

「コトの体験モデル」を成功させるためには、必然的にカスタマーサクセスに取り組まざるを得ません。そのため、カスタマーサクセスに取り組んでいる自覚はないが本質的にはカスタマーサクセスを行なっているという企業も存在します。

以下の事例を見ることで、「コトの体験モデル」とカスタマーサクセスの結びつきを実感できるでしょう。

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オランダのフィリップス社は、病院向けの画像診断装置としてCTスキャンを販売していました。CTスキャンによる検査では、圧迫感や閉塞感を抱く患者が多く、特に子どもは不安から動いてしまい検査に長い時間が必要となり、やむを得ず鎮静剤を投与することもあったそうです。

フィリップス社はこうした患者や病院の負担を減らすために、長年にわたり*「良いモノ」*を提供しようとし続けてきました。この場合の「良いモノ」とは「短い時間で、たくさんの放射線画像を撮影できるCTスキャン」のことです。しかし、多くの競合他社も「良いモノ」を提供しようとしており、競走は頭打ちでした。

そこで、フィリップス社は*「良いコト」*の提供を目指すようになります。すなわち、医療機器そのものに限らず、医療全体を効率化する取り組みを進めたのです。

具体的には、CTスキャンでの検査を怖がる子どものため、待合室を海中のような様子にしつらえ、スタッフが海中冒険にいざなうように検査室に誘導します。そして、「さあ海の中に潜るよ。息を止めて!」と呼びかけ、撮像中は息を止めてじっとするよう促します。患者をリラックスさせる仕掛けを用意することで、短時間での検査を実現しようとしたのです。

このような取り組みにより、CTスキャンにかかる時間を15~20%短縮でき、検査の前に鎮静剤を投与する3歳未満の幼児の数も30~40%減少できました。また、患者の負担を軽減できただけでなく、高額な検査機器の稼働率を高められたことで、病院の経営改善にも結びつけられました。

参考:ロベルト・ベルガンティ(2012年8月)「飛躍的新製品を設計する秘訣 ひらめきは組織的に生み出せる」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』

フィリップス社の顧客である病院が求めていたのは、「短い時間で、たくさんの放射線画像を撮影できるCTスキャン」という「モノ」ではありません。*「患者の負担を軽減することができ、病院のコストも抑えられる」という「コト」*だったのです。

フィリップス社は、病院が求める成果にコミットしたからこそ、既存の技術を駆使して患者がリラックスできる環境を作り出すという発想を得ることができました。このフィリップス社のビジネスは、商品・サービスの提供に留まらず、商品・サービスを利用して顧客がいかに成果を実現できるかにコミットしている「コトの体験モデル」の好例です。

そして、「コトの体験モデル」を成功させるために実施した患者のリラックス環境の提供は、間違いなくカスタマーサクセスと言えるでしょう。

いつの時代も顧客は常に正解を知っています。つまり、どんな商品・サービスであればお金を払うのか、どんな商品・サービスであれば周りに勧めるのか、この問いの答えは顧客の中にあるということです。

そして、企業はこの正解に真剣にたどり着こうとしなければ成功できないような時代がやってきました。真に顧客の求める利用価値を提供できなければ成功できないというのは、きわめて健全な世界と言えるのではないでしょうか。

このような「コトの体験モデル」への変化は顧客にとっては非常に喜ばしいものであるがゆえに、今後あらゆる業界に及んでいくと言えるでしょう。そのため、どの企業もカスタマーサクセスに真剣に取り組まざるを得なくなったのです。

最後に

前編・後編の2回にわたり、カスタマーサクセスは今後あらゆる企業にとって必要性・重要性を増す、という点について解説しました。

社会の成熟化、価値観の変容、企業から顧客への主導権の移行といった要因によって、ビジネスモデルの潮流は「モノの買い切りモデル」から「コトの体験モデル」へと変化しています。「コトの体験モデル」を成功させるには、「顧客の成功を第一の目的とする」考え方が必須であるため、今後あらゆる企業は真剣にカスタマーサクセスに取り組まざるを得なくなりました。

カスタマーサクセスとはあくまで理念です。「顧客の成功を第一の目的とする」という考え方こそ本質であり、顧客の成功が何であるかによって取り組みは異なります。そのため、表面的な施策のみを追うのではなく、自社の顧客にとっての成功は何かという原点を明確にし、その成功の実現に真摯に向き合う姿勢が必要になります。

前編はこちら

コミューン株式会社 金谷颯太郎