HR(Human Resources)」と「テクノロジー(Technology)」を組み合わせた「HRテクノロジー」は、近年急速な進化を遂げています。

業務効率化や生産性向上を実現させるため、自社でHRテクノロジーの導入を検討している方もいるのではないでしょうか。

現在、HRテクノロジーに関するサービス(ツール)は、様々な企業からリリースされています。おそらく、実際に導入を検討されている方の中には、「何を基準にツール選定すれば良いか、また社内にどのように浸透させれば良いか」悩まれている方も少なくないはずです。

そこで今回は、『日本の人事部』主催の「HR Technologyカンファレンス2017」から、株式会社ヒューマンキャピタルテクノロジー(以下、ヒューマンキャピタルテクノロジー)の渡邊 大介 氏、株式会社サイバーエージェント(以下、サイバーエージェント)の向坂 真弓 氏によるプログラム「経営と組織に貢献するための実践的HRテクノロジー導入・活用法」の内容をお届けします。

過去にないツールや仕組みだからこそ、導入や浸透には十分な準備と配慮が必要だという点について、渡邊 氏、向坂 氏のコメントからわかりやすく紐解いていきます。
  

登壇者プロフィール

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株式会社ヒューマンキャピタルテクノロジー 取締役
渡邊 大介(わたなべ だいすけ)

2006年サイバーエージェントに入社。広告部門で大手クライアントを担当し、MVPを二期連続で獲得。その後、新規事業→人事採用・育成責任者を経て現職。 マーケティング思考を取り入れた新しい人事施策を同社で多数実践。昨年より行われたリクルートとの新規事業創出プログラムでグランプリを獲得し、現職に。

引用元:HR Technologyカンファレンス2017|日本の人事部

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株式会社サイバーエージェント 人材科学センター
向坂 真弓(こうざか まゆみ)

一橋大学社会学部卒業後、2003年にサイバーエージェントに新卒で入社。インターネット広告代理事業の営業、マーケティングSEMコンサルを経験。現在は人事部門内組織である人材科学センターにて、人事データの収集や分析を行っている。

引用元:HR Technologyカンファレンス2017|日本の人事部

  

テクノロジーの力で、新しいビジネスモデルに生まれ変わる

ヒューマンキャピタルテクノロジー 渡邊 大介 氏(以下、渡邊 氏):
皆さん、本日色々な講演で「HRテクノロジー」についてたくさんインプットされているかと思うのですが、我々なりに改めて整理させていただきます。

HRテクノロジーを含めた「テクノロジービジネス」とは、テクノロジーの力を注入していくことによって、既存の業界を新しいビジネスモデルに生まれ変わらせることだと思っています。

例えば、教育という業界に対してテクノロジーを注入すると、リクルートさんの「スタディーサプリ」という教育の新しいサービスが生まれてきます。先日DMMが突如買収した「CASH(キャッシュ)」というサービスも、金融とテクノロジーをかけ合わせた「Fintech(フィンテック)」と呼ばれるものです。

サイバーエージェント 向坂 真弓 氏(以下、向坂 氏):
HR Technologyも多分に漏れず、既存の「Human Resources」業界にテクノロジーの力を注入していきます。それによって、HRという業界を新しく生まれ変わらせる、あるいは、生産性を上げていくというところが本筋かな、と思います。

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渡邊 氏:
HRテクノロジーには、いくつか段階があると思っています。こちら(上図)は導入段階ごとにHRテクノロジーを分解したもので、ここからはそれについて話していきます。

例えば、今巷でリリースされている、財務・労務に関する「freee(フリー)」さんやクラウド人事労務ソフトの「SmartHR」さん。これらのサービスは、今まで、紙とか、人の頭の中で保存されていたものをデジタル化していくことが目的です。

向坂 氏:
ほかに、「ストレスチェック」などもこの例ですね。働く社員のストレスレベルは、今まで可視化されていなかったものです。これも診断テストを入れることで、可視化できます。

あるいは、社員のロイヤルティやエンゲージメントなども、色々なサーベイで可視化できるようになりました。

渡邊 氏:
ヒューマンキャピタルテクノロジーが提供している「Geppo」というサービスも、どちらかというとこちらにカテゴライズしてくるものかな、と思っています。

「freee」さんや「SmartHR」さんなどのサービスは、導入によって、既存のExcelや紙での管理よりも明らかに生産効率が高まるので、導入障壁が低い特徴があります。

また、データ化されていなかったものをデータ化していくテクノロジーというのも、既存のシステムと連関する必要なく導入することができ、かつ、価格としても定額のものが多いので、これも導入ハードルが低いものかなという印象です。

これらの改善が完了した後に人事が着手するものとして考えられるのが、「クローズだったものをオープンにする」ということです。

近年でいうと、「リファーラルリクルーティング」などが該当すると思います。今まで、社員の人脈みたいなものは、割とクローズドなものだったんですね。これをオープンにすることで、採用の効率や効果性を上げていくことができます。

向坂 氏:
社員、あるいは組織にずっと根付いてしまっているものをオープンにしていくことによって、組織全体の売上やマーケティング成果を上げていくことも考えられますね。

渡邊 氏:
仰るとおりです。もう1つは「遅かったものを早くする」こと。

最近は皆さんの会社でも導入されているんじゃないかなと思うんですが、いわゆるチャットアプリなどのことです。社内連絡のスピード化ができるし、スケジュール調整もできる。このあたりもですね、遅かったものをハイスピードにするという意味で、このカテゴリに入ってきます。

これらのサービスは、重要性が非常に高いものの、部分的な導入が難しい、という特徴があると思っています。例えば、「この部署はチャットワークを使っているんだけど、あの部署は違うチャットアプリを使っている」という風に。そうなると連関性がなくなってしまいますよね。なので、導入する場合は、一括で切り替えるような決裁が必要になってくる。そのため、意思決定のハードルが高いサービスかな、と。

このように、データ化されていなかったものをデータ化して、遅かったものが早くなり、そういった地盤が整った状態で、ようやくAIや機械学習というところに到達できる。こういう段階で考えていくと、HRテクノロジーについて検討しやすいかな、と思っています。
  

選定基準として「何をしたいか」という目的がまずは重要

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渡邊 氏:
現在ヒューマンキャピタルテクノロジーで販売している「Geppo」には、誕生秘話があります。

2013年頃、サイバーエージェントの売上と組織規模が急拡大していく最中の経営会議で、社員のコンディションを把握できるツールを導入したいという話があがりました。それで当時の担当がたくさんのツールを検討したんですが、機能が「too much」だったんです。

例えば、営業の管理システムを導入したいと思って、複数のサービスベンダーに問い合わせをします。その時に、本来想定していなかった機能、「あれもできるこれもできる、カレンダー機能もあるし、チャットの機能もある」と色々提案されると、「いいな」と思っちゃうんですよ。でも、実際に機能が盛りだくさんのツールを導入したところで、やっぱり使いこなせない。

新しいツールを実践的に導入するためのポイントは「Geppo」に限らず、極力シンプルであること、求めている機能がきちんと網羅されていること。それでいて、必要十分で、目的とのブレがあまりないことだと気付きました。

向坂 氏:
実際に導入する際は、どのような手順を踏んで考えていけばいいのでしょうか?

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渡邊 氏:
まとめると、新しいテクノロジーやツールを導入する際のポイントは3つあるかなと思っています。

まず最初に「何をしたいか」という目的が重要で、目的を実現するために制度・人事戦略を組み立てるところから始めます。その上で、テクノロジーが後に来るのではなく、それを実現するための組織づくりが必要になります。

正直、この順番が逆になっていることが結構多い印象がありますね。新しいテクノロジーが出ると、どうしても「何ができるだろう」という思考が先行してしまって、目標や目的を合わせにいってしまう傾向があります。

そのために、できる限り、この順番、目的と制度を作り、目的を実現させるために必要な組織をつくることが求められます。その組織の中で働いている人たちが、より効率的に目的を実現するための方法論としてツールを選ぶ、というところが、非常に重要なポイントではないでしょうか。
  

新しいツールを社内に浸透させていくために大切なポイント

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渡邊 氏:
サイバーエージェントはいくつかの内製ツールと外注ツールを上手く活用しているとのことですが、生々しい話、障害はなかったですか?

向坂 氏:
はい、裏話はたくさんあります(笑)

当時の上司から聞いている話なんですけれども、2013年、4年前に「Geppo」を始めたとき、事業部長や事業部人事からの反発、社員からの反発の2つがでてきました。

まず、事業部長や事業部人事からすると、「Geppo」の仕組み自体が事業部を飛び越え、本社のよくわからない新しいチームが勝手に社員を異動させるように捉えられていました。要するに「勝手なことをするな」という反発があったみたいなんです。

一方、社員側でも「何か人事からアンケートきたけど、これって誰が見てるの?」とか「ここに書いて何か意味があるんだっけ」というような、反発まではいかなくとも、似たような疑問がたくさん出てきました。

渡邊 氏:
なるほど。それってどのように克服したのですか?

向坂 氏:
まず全社の事業責任者や事業サイドに対しては、「全社のためにやるものであって、決してどこかの事業部だけが人を吸い取られるとか、そういうものではない」ということを、丁寧に説明しました。

そして、「今はこの事業が重要だから人をもらうけど、逆に人員ニーズがあったらいつでも言ってください。で、そこにはいい人を紹介しますよ」と、時間をかけて関係性を作っていきました。

渡邊 氏:
一方で、社員たちへの説明はどうされたんですか?

向坂 氏:
はい、「Geppoに書くと、何かいいことがあるんだ」というのを、とにかく感じてもらうことに力を入れていました。

単純なところで言うと「書いてくれた声にちゃんとレスをする」ことを徹底。「今月達成しました」などのポジティブなコメントにも「応援していますよ」というレスをきちんと丁寧に行いました。

あとは、定期的に社内報で「Geppo」そのものじゃなくて、運用して読んでいるキャリアエージェント自身がメッセージを発信していくコンテンツをやってますね。

渡邊 氏:
その後、何か変化ってありましたか?

向坂 氏:
「Geppoって本当にちゃんと読んでて、ちゃんと返信してくれるんだ」というのが、都市伝説みたいに広がっていったんです。

渡邊 氏:
僕ら人事は、よく新しい制度の「浸透圧」みたいな話をするじゃないですか。その浸透圧を、おそらくHRテクノロジーの導入でも高めなければいけないと考えています。

サイバーエージェントの場合は、経営側と従業員側に向けて、人間関係的なところで解決を、地道に、泥臭く進めていきました。

向坂 氏:
できるだけテクノロジー色を出さない、あくまで「その先には人事や人がいるというところ」も前面に出していました。

渡邊 氏:
なるほど、それもポイントの1つですよね。

例えば、AIとかの話になると「奪われる職業はなんだろうか」という風に、どうしてもテクノロジーを敵対視してしまいます。こういう感覚って、日本人特有なのかどうなのかわからないですけど、珍しくはない光景です。

そこに人の手を介入させていく、人の血を通わせていくっていうのは、組織全体に浸透圧高くHRテクノロジーを導入するために必要なんじゃないかなと思います。

向坂 氏:
実際にお客様からお聞きした話なんですが、あるとき新聞で「HRテクノロジーがすごい」といったニュースがありました。それを読んだ社長が「すごそうだから、やってみてよ」と全能論に縛られてしまっていたり、あるいはどうしても人って変化に抵抗してしまうので、従業員の負荷が高まってしまったりするとよく耳にします。

渡邊 氏:
それぞれ問題を解決していくには、やはり向坂さんがおっしゃったような、人に対する適切な説明が必要だと思っています。

あと、期待値の調整をやっていくところも重要だと思っています。ただ、いきなり大きな一歩を踏み出すのではなくて、スモールスタート、兼務からでいいのでやっていただくことが重要です。

特に、「人間っていうのは変化に対する拒絶反応をすごく起こしやすい生き物なんだけれども、お試しにはわくわくする動物である」というようなお話が最近読んだ心理学の本に書いてあって、まさにだなと思ったんですよね。

向坂 氏:
私も同感です。人事システムと言うと、どうしても全社に関わってしまう感覚があるので、大きく決定しなければという意識が働いてしまいます。でも、そうすると大きな変化になってしまうので、大きな拒絶を生んでしまう。

そのため、そうではなくて「お試しだよ」っていう形で、むしろわくわくして始めていただくのが非常に重要です。仮に、そのお試しが上手くいけばリソースも確保しようという動きになっていて、その順番が非常に重要だと思います。
  

まとめ

HRテクノロジーのツールは、今や数え切れないほどの種類が生まれています。今後も、便利な機能をもったツールが次々と生まれてくることでしょう。

革新的な技術をみると、つい目新しさに注目してしまいがちですが、自社の本来の目的を見失わないことが重要だと、渡邊 氏と向坂 氏は言います。

「本当に必要なのか」
「自社で使いこなせるのか」

導入後の社内浸透まで徹底的に考え抜いて実践していくことで、効果的なツールの導入・活用に近付けるのではないでしょうか。
  

登壇後のコメント

渡邊 氏:
技術の発展とともに価値観が醸成させることが肝要である、とインターネット広告発展の歴史からこの10年間学んでまいりました。HRテックも同様に、テクノロジーに期待しながらもきちんとそれを使いこなす体制、才能の育成という両輪を回すことで、HRテクノロジーそれ自体の価値観の変容も起こってくる、その価値観の変容がテクノロジーの発展には必要不可欠だと思っています。

そのために、まずはHRテクノロジー導入の時期に「結果」を出すこと。結果を出し「HRテクノロジーの有用性」を経営陣にも従業員にも理解してもらうこと。これがはじめの一歩ではないでしょうか。

日本の今後の発展のためにも、生産性の向上と生産力の確保は間違いなく必要で、そのためにHRテクノロジーは必要不可欠だと考えております。ぜひ皆さんと一緒に盛り上げていければ幸いです。引き続きよろしくお願いします!

向坂 氏:
技術の進歩と導入企業の増加で、HRテック市場はますます広がるでしょう。自社にあったツールの見極めと、それを使いこなす環境づくりが、今後の人事に求められると思います。

当社もまだまだ道半ばですので、皆様と一緒に日本の人事をより良くしていければ幸いです。