近年SaaS業界を中心に、サブスクリプション型のビジネスが普及してきました。このビジネスモデルの中で重要となるのが、「カスタマーサクセス(CS)」です。

サブスクリプション型のビジネスモデルでは、チャーンの減少とアップセルの獲得が重要なポイントとなります。カスタマーサクセスは、サービスを契約した顧客がアップセルまで到達するためにサポートすることに重点をおいており、近年注目されている概念です。

ただし注目されて新しい概念であるために、まだまだCSに関するノウハウが蓄積がされていないことが課題となっています。

こうした背景を受けて、2018年10月24日、CS HACK主催の「第二回 カスタマーサクセス天下一武闘会」が開催されました。
この「カスタマーサクセス天下一武闘会」は登壇企業の発表内容を参加者が評価するプレゼンバトル形式のイベントです。
予選で株式会社トレタ対株式会社ヤプリ、App Annie Japan 株式会社対株式会社ABEJAが戦い、それぞれの勝者による決勝がおこなわれました。

MRR(月次収益)もしくは、ACV (一顧客あたりの年間平均単価) の向上などCSに着目して各社が取り組んだ発表内容についてレポートします。

登壇者

カスタマーサポートエバンジェリスト 藤本大輔氏(モデレーター)
株式会社トレタ カスタマーサクセスマネージャー 鈴木高太郎氏
App Annie Japan 株式会社 Customer Success Manager 大滝徹也氏
株式会社ABEJA カスタマーサクセス&カスタマーサポートマネージャー丸田絃心氏
株式会社ヤプリ カスタマーサクセス部 部長 市川昌

顧客の状態を明確化することでアップセルへ

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アップセルのターゲットを定める必要があった

飲食店向けの予約管理システムを提供する株式会社トレタの鈴木氏は、契約数が膨大になり、綿密なコミュニケーションを取ることが難しくなってきたため、まず顧客の状況を明確化し、アップセルをかけるターゲットを絞り込んだと言います。

活用度マトリックスを使って顧客を明確化

続けて鈴木氏は、顧客台帳サービスと予約台帳サービスの活用レベルを軸に置いた活用度マトリックスを用いて、顧客の状態を明確化することでどこに当てはまる顧客がアップセルしやすいかを把握したと話します。

「サービスの機能をどれくらい使っているかを元に活用度マトリックスを作りました。弊社では顧客台帳と予約台帳の活用レベルを縦軸と横軸に置き、マトリックス上のそれぞれのお客様にどうアクションをするか、どうやってそのお客様のレベルにあった提案をするかを分析しました。そのために、まず1ヶ月で100軒のお客様とコミュニケーションを取ることをルールに提案を重ねていきました。3ヶ月もすると成果も出てきて、やはりお客様を可視化するのは効果があるなと感じましたね。そこで4つの期間にお客様のステージを分けて、よりお客様の状態を可視化しました。そうするとアップセルしやすいお客様が明確になってきたんです」(鈴木氏)

アップセルの売り方

サクセスマップの活用

鈴木氏は顧客のサクセス、アップセルのためにお客様の課題を用いたサクセスマップを作成し、活用していると言います。

「実際にトレタを使って自走しているお客様には喜んでもらわないといけないんですよね。そういったお客様は営業の魔法の言葉みたいなのには騙されないんで。だから、僕たちはサクセスマップを使っています。まず13項目の解決したい課題が書いてある店舗カルテを記入してもらうんです。そのそれぞれの課題に対して、どのチームが何をするのかがすでに設計してあります。これがサクセスマップです。あとはそのマップに従って我々でサポートするだけです」(鈴木氏)

また、このサクセスマップを作成する際には、顧客体験を重要視して設計していると続けます。

「顧客体験を重要視するために、我々はジョハリの窓を活用しています。横軸が我々トレタが知っているか、縦軸はお客様が知っているか。その上で秘密の窓と言われる部分を意識しています。お客さんが気づいていない課題を、我々が先回りしてお客様に伝えることが重要なのです」(鈴木氏)

ジョハリの窓に関しては、以下の記事を参考にしてみてください。

参考:
自己分析をするなら知ってて当たり前!今さら聞けない「ジョハリの窓」の行い方とポイントを解説

CSならではの売り方がある

鈴木氏は、顧客の獲得までを目指す営業職の売り方とは異なる、「カスタマーサクセスならではの売り方」があると続けます。

「営業はお客様のパーソナルエリアに入るか入らないかの微妙なところでコミュニケーションを取っていくんですけど、CSは完全にパーソナルエリアの中に入るんですよ。だから、お客様のコンディションを把握していないと、健全なコミュニケーションが成立しないこともあるんです。弊社ではお客様のコンディションを確認した上で、弊社のサービスに満足してくれているお客様に向けてのみ、アップセルをかけていますね。満足していないお客様には、アップセルではなく、まずサクセスしてもらうようにしています」(鈴木氏)

ワンチームで顧客を支援することでアップセルへ

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社内全体でカスタマーサクセスに取り組む

株式会社ヤプリでは社内全体でカスタマーサクセスへ取り組んでいると市川氏は言います。

「弊社はバリューのなかにカスタマーサクセスが入っていて、会社全体でカスタマーサクセスに向かっていかないとダメだよねって流れになっています。社内ではカスタマーサクセスデイを設けて、全社でカスタマーサクセスについての定義を確認を行ったり提供しているアプリの改善点を洗い出しています。実際にそこからアップセルにつながったケースなんかもありますね」(市川氏)

お客様の成長ともにアップセルしていく戦略

ヤプリでのアップセルは既存顧客への横展開、プッシュ許可端末数増加、オプション追加の3つで、サービスそのものに関しても戦略的な展開をしています。

「弊社の課金体系はアプリでプッシュ通知を許可した端末数に比例しており、ダウンロードしただけでは課金されません。ダウンロード数が増えるにつれて許可台数が増えるため、上限を越えるたびにアップセルする仕組みです。こうすることでダウンセルが生まれることはありませんし、何よりお客様が成長していくにつれて、アップセルしていくため、お客様も納得してくれます。他にもすでに契約をいただいているお客様が別アプリでの契約をしてくださる横展開や、豊富なオプションサービスなども展開して、トレンドにあったカスタマーエクスペリエンスを提供できるようにしています」(市川氏)

デザインまでも組み込んだワンチーム体制

さらにヤプリでは、カスタマーサクセスに向けて、デザインチームまでも内包したワンチーム体制をつくっていることを強調します。

「弊社のカスタマーサクセスは、カスタマーサクセス本部の下に、ディレクション部、デザイン部、カスタマーサクセスチームからなるチームでお客様を支援しています。弊社のサービスはアプリデザインも重要となるため、デザイン部も含めたワンチームで契約後のお客様を支援できる体制となっています。組織全体で、どのようにお客様をフォローしていくかが定義されているため、サービスの導入段階から、お客様にどのように活用してもらうかを考えらています。そのため、アップセルを狙える道筋がその時点から見えているんですよね」(市川氏)

定期的なコミュニケーションとニーズの把握でアップセルへ

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App Annie Japan株式会社の大滝氏はアカウントマネージャーとカスタマーサクセスマネージャーを兼務するミッドマーケット専任ハイブリッド職に勤めています。

App Annie Japanでは顧客の増加に伴い、チーム全体の生産性向上が求められ、今年に入りミッドマーケット専任としてハイブリッド職が生まれたと言います。

アップセルフォーカスアカウントを選定

また大滝氏は、顧客と定期的に対面でのコミュニケーションをとり、顧客のゴールと現状を把握することで、アップセルへ繋げていると言います。

「私個人として日々の活動はハイタッチとロータッチの間で、定期的なコミュニケーションとニーズの把握が最重要であると考えています。担当する全てのお客様に対してクオーター毎に必ず1回は直接訪問を心がけています。訪問の中で、お客様のゴールに対して現状どれくらいのギャップがあるのかを明確にしながら、弊社のデータを活用していただく提案をしていますね。実際に聞く内容としては、お客様のビジネスゴールやデータ活用に関する疑問点をメインに聞いています。やはりここは変化していく部分でもあるので、出来る限りクオーター毎に確認します。またハイタッチの目的としては、お客様のヘルスチェックとアプリ市場のトレンドを共有することですね。また、そのタイミングでお客様の気になっていそうなデータをお見せし、ご提案、アップセルに繋げたりしています。ハイタッチでアプローチし、ヒアリングした情報を元にアップセルをするアカウントを選定しています。結果としてアップセルの増加やチャーンの減少につながりましたね」(大滝氏)

コミュニティ設計によりアップセルへ

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現状と理想のギャップに気付いてもらう

株式会社ABEJAの丸田氏は、アップセルのために大事なことは顧客の課題を創り出すことと、サービスの良さを顧客に伝えてもらうことであると言います。

「アップセルのために大事なのは、“お客様に課題を解決すること”と“サービスの良さを伝えること”ってよく言われますよね。けれども実際そうではなくて、“お客様の課題を創り出すこと”と、“サービスの良さを顧客に伝えてもらうこと”なんですよね。ここで言うお客様の課題というのは、現状と理想のギャップです。なので我々はお客様に理想のイメージを持っていただくことで、現状との間に「埋めたくなる」ギャップ=課題を創り出すんです。ラーメンに例えると、現状は何も具が乗っていないラーメン。そこにトッピングがたくさん乗っているラーメンを現れると、それが理想になるんです。つまり課題はトッピング。そしてそのトッピングの乗ったラーメンを隣の席の人が美味しそうに食べてたら、トッピングが欲しくなりますよね。これがサービスの良さが他のお客様から伝わるということなんです」(丸田氏)

ユーザーのコミュニティを設計

また丸田氏は、顧客のコミュニティを設計することで顧客の課題の創出とサービスの良さを伝えてもらうことを実現しました。

「実際にお客様のコミュニティを設計して成功体験をお客様自身に伝えてもらうことで、自分達からサービスの良さを伝えるよりも効果的にサービスの良さを知ってもらうことができました。また、サクセスしたお客様が他のお客様にとっての理想の姿となるので、課題の創出にも繋がります。また我々はコミュニティの設計に注力すれば、自分達だけでサクセスを行っていくよりもスケールできますし、ここで出てきた成功事例を記事化して共有することでテックタッチのアプローチもできます。また、新規のお客様がこのコミュニティに入ってくれば、受注の前の段階でサービスの活用方法や成功事例をインプットすることができるため、「プレオンボーディング」ができ、温まった状態でサービスを開始してもらえます」(丸田氏)

アップセルにはポジティブとネガティブがある

続けて丸田氏はアップセルが起きる理由についても述べています。

「お客様がアップセルをする理由はポジティブなものとネガティブなものに分かれます。ポジティブなものは感動、共感、期待です。逆にネガティブなものは同情、懇願、強制です。これらの理由がある中で、サブスクリプションのビジネスモデルにおいては、ネガティブな理由でアップセルしたお客様はチャーンしてしまう確率が高くなってしまいます。なので、リテンションが重要であるSaaSのサービスのアップセルの理由はポジティブなものでなければなりません」(丸田氏)

顧客をサクセスに導くマップが必要

丸田氏は顧客をサクセスに導くには顧客のゴールに向かうためのマップが必要でありつつも、単一のマップのみでサクセスさせるには障壁が多いと言います。

「お客様をサクセスに導くためには、お客様がゴールにたどり着くためのマップをつくることが重要になります。料理で言えばレシピの部分です。しかし食べたい料理はお客様によってバラバラです。なので単一のマップだけではダメなんですね。とは言っても、一つひとつをフルスクラッチで作っていくのも労力がかかり過ぎてしまいます。さらにどれだけマップを作っても、お客様の中には、他社からの助言を受け入れることを拒む傾向があったり、分析に時間を使いすぎてしまいアクションに至らなかったり、多様なアイデアが出てきても社内のステークホルダー間での合意が取れなかったりなど、お客様がサクセスに向かうには様々な壁が存在します」(丸田氏)

ワークショップを用いてマップを作成方

ではどのようにすれば、お客様がサクセスに向かえるようなマップが作れるのでしょうか。

丸田氏は経営層から現場まで全員参加のワークショップを開催することで、これを可能にしたと言います。

「ワークショップという形式を取ると、お客様から多様な意見を引き出すことができます。我々からの提案を一方的に伝えるわけではなく、お客様からの声を集約してサクセスに導いていくプロセスを経るため、お客様の満足度の高いマップが設計できます。このマップを具体的なネクストアクションに落とし込んでいきます。『まず最初の一歩として何ができますか?』の質問を投げかけることで、あくまでこちらから何かを一方的に示すのではなく、お客様からの意見に基づいてアクション設計をしていきます。これでお客様が行動に起こしやすいマップを作っていけます。全員参加のワークショップですので、実行段階になって、社内で合意が取れないような可能性も高くありません。さらにこのマップが当てはまる他のお客様もいるはずなので、マップのパターンが増えてくれば、それをある程度カスタマイズして展開することで少ないリソースでも多くのお客様をサクセスに導くマップを提供することができます。そして、お客様の課題の解決にアップセルを紐づけることで、アップセルすればするほどお客様が理想に近づけるようなマップに落とし込んでいきます。」(丸田氏)

まとめ

決勝は株式会社トレタ対株式会社ABEJAのプレゼンとなり、株式会社ABEJAの丸田氏が勝利しました。

今回のイベントでは、様々なカスタマーサクセスへの取り組みについてお話がありました。それぞれに共通して言えることは、顧客の現状とゴールをまず確認することです。

これらを把握することで、「どのような手を打てばサクセスにつながるのか」や「どうすればアップセルに繋げることができるのか」が見えてくるのではないでしょうか。