2017年、総務省は「ビッグデータ利活用元年」を掲げました。その言葉通り、近年は企業のデータ活用が進んでいます。

参考:
平成29年情報通信白書|総務省

スマートフォンが普及し、ユーザーはどこにいてもインターネットを通じて手軽に情報収集と発信ができるようになりました。それに伴い、企業もユーザーのスマートフォンから、位置情報や購買履歴など様々なデータを取得できるようになっています。

しかし、取得したデータを分析し、自社の広告運用に十分に活用できている企業は多くはないでしょう。

今回は、2018年2月7日に開催された、LINE株式会社主催「LINE Biz-Solutions Day 2018 Spring」から、株式会社電通デジタル(以下、電通デジタル)の並河 進 氏、株式会社Kaizen Platform(以下、Kaizen Platform)の須藤 憲司 氏、LINE株式会社(現在は退職、3月1日付で株式会社スタートトゥデイに入社:以下、LINE)の田端 信太郎 氏によるプログラム「Data Driven Creative」の内容をお届けします。

ユーザーデータを基点とした広告運用を実施しながら、企業は今後ユーザーとどのような関係を築いていくべきなのでしょうか。3名の見解から、ヒントを探ってみましょう。

登壇者プロフィール

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株式会社電通デジタル
執行役員
並河 進(なみかわ すすむ)

電通デジタル執行役員。エグゼクティブクリエーティブディレクター。電通総研フェロー。2017年度グッドデザイン賞審査委員。2017年4月電通デジタル内に、アドバンストクリエーティブセンターを立ち上げ、代表をつとめる。著書に、『Social Design 社会をちょっとよくするプロジェクトのつくりかた』(木楽舎)、『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)他多数。TEDxTokyo Teachers 2015スピーカー。東京コピーライターズクラブ会員。

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株式会社Kaizen Platform
代表取締役
須藤 憲司(すどう けんじ)

2003年に早稲田大学を卒業後、リクルートに入社。マーケティング部門、新規事業開発部門を経て、アドオプティマイゼーション推進室を立ち上げ、リクルートマーケティングパートナーズ執行役員として活躍。2013年にKaizen Platform, Inc.を米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。すでに大手企業300社、40カ国8,500人以上のグロースハッカーが活躍中。

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LINE株式会社
上級執行役員
田端 信太郎(たばた しんたろう)

1993年、慶應義塾大学を卒業し、株式会社NTTデータに入社。2001年には株式会社リクルートに入社し。フリーマガジン「R25」の立ち上げと広告責任者を務める。その後、株式会社ライブドア、有限会社コンデネット・ジェーピーを経て、2012年にNHN Japan株式会社執行役員に就任。商号変更によりLINE株式会社の執行役員・コーポレートビジネスに任命される。現在は退職、3月1日付で株式会社スタートトゥデイに入社。

人を基点としたこれからの「People Driven Marketing」

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2017年、電通グループは「人」を基点とした新しいマーケティングフレームワークPeople Driven Marketing」を開発しました。「People Driven Marketing」では、以下7つのプロセスを繰り返します。

1.ゴール明確化・KPI設定
2.インサイト調査・分析
3.セグメント規定
4.ジャーニー
5.コミュニケーション設計
6.クリエイティブ・施策開発
7.実行・PDCA

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「People Driven Marketing」の成果を高めるには、顧客に関する適切なデータが基点となっていることが重要です。以下5つの要素を揃えることで、より顧客のニーズに寄り添った価値提供が可能となります。

・RIGHT PERSON:適切な人
・RIGHT TIME:適切なタイミング
・RIGHT PLACE:適切な場所
・RIGHT MESSAGE,CONTENTS:適切なメッセージ・コンテンツ
・RIGHT FEEDBACK:適切な分析

「本日のプログラム名でもある『Data Driven Creative』は、『People Driven Marketing』の中で、適切なデータを正しく活かしてクリエイティブを改善し続け、より良いクリエイティブを創っていくことを意味しています。」(並河 氏)

動画広告を活用する「P動CA」

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「『People Driven Marketing』では、データに基づいた戦略をスピーディに打ち出し、ユーザーにとって必要なタイミングで必要な情報を提供することが重要です。」(並河 氏)

株式会社電通デジタルは、「People Driven Marketing」におけるクリエイティブをよりスピーディーに改善していくため、株式会社Kaizen Platformと合同で「P動CA」というソリューションを発表しました。「PDCA」の「D」が、「動画」を表す「動」になっています。

「P動CA」では、株式会社Kaizen Platformのクリエイターがターゲット(「RIGHT PERSON」)に対して、多くのパターンの60秒動画(「RIGHT CONTENTS」)を作成します。

配信後はその結果を分析(「RIGHT FEEDBACK」)し、より良いクリエイティブのためにPDCAを回し、改善していきます。

クリエイターのクリエイティビティをスピーディに活かしていく

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株式会社Kaizen Platformは、「KAIZEN Ad」という動画広告の改善サービスを提供しています。サービスに携わるのは、世界中約40ヶ国、7,000名のクリエイターです。

「今、動画広告は主流となりつつありますが、作ったら作ったっぱなしになっていることが多いですね。LINEを始め、Facebook、Googleなど、それぞれのプラットフォームに合わせたクリエイティブにしていくため、改善する必要があると考えています。」(須藤 氏)

同社は、より良いクリエイティブを生み出すために、クリエイターの“働く環境”にも気を配っています。クラウドワーカーの平均的な時給が約1,000円と言われる中、同社のクリエイターの平均時給は約5,000円。どうすれば質の高いアウトプットが生まれるかという視点でクリエイターを支援することも重要だと、須藤氏は語ります。

「今はどこにいても情熱と才能で仕事ができる時代。いかにクリエイターさん達のクリエイティビティを、それぞれのプラットフォームに最適な形で活かしていくか、そこをお手伝いしたいなと思っています。」(須藤 氏)

購買ファネル全てにおけるクリエイティブの最適化

クリエイティブを最適化する必要があるのは、LINEやFacebook、Twitterなどのプラットフォームだけではありません。ユーザーが購買に至るまでの購買ファネルでも、それぞれの段階に応じてクリエイティブを最適化することが求められます。

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かつては、例えばテレビCMで「認知」「興味」を促し、リスティング広告バナーで「検討」しているユーザーに商品を「購買」してもらうというように、それぞれの手段が分断していました。

しかし今では、全てのファネルでスマートフォンが活用され始めています。総務省によると、2016年のモバイル端末保有率は83.6%、内スマートフォン保有率は*56.8%*で、どちらも年々増加傾向にあります。

参考:
平成29年版 情報通信白書|総務省

私たちはスマートフォンを、動画を観ている時はテレビのような存在、ニュースメディアを見ている時は新聞のような存在など、様々なチャネルを代替して活用しています。

「スマートフォンの利用が増加したことで、購買ファネルの全てをスマートフォンの中で恒常的にPDCAを回す、「フルファネルPDCA」の時代が訪れていると感じています。」(並河 氏)

フルファネルでのLINE活用

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LINE株式会社は、「LINE Business Connect」や「LINE Ads Platform」など、スマートフォンを活用した様々な法人向けサービスを提供しています。

今後は、「LINE Ads Platform」において、「CPF(Cost Per Friend)」という、企業の公式アカウントに対して友だちを送客することを成果地点としたメニューを拡大していくようです。

「ただ数百万人友だちを集めたからそれで全てよし、ではないんですよね。とにかく「友だちの数を増やしたい」のか、「絞り込んだターゲットユーザーが友だちになってくれないと意味がない」のか、企業によっても何を成果とするかは異なります。」(田端 氏)

マーケティング施策は、企業や商品のターゲットとゴールを明確にした上で取り組むことが重要です。どれかひとつの手段だけでなく、来店履歴や購入状況などのデータを活用しながら、適切な施策を講じていくべきだと田端氏は語ります。

LINEのデータ活用

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では、ユーザーから取得したデータは、具体的にどのように活用できるのでしょうか。

LINE株式会社は、2018年からユーザーの興味関心や位置情報、企業の公式アカウントのbotとの会話内容などを、匿名化した上で積極的に取得し、活用することに力を入れています。

LINEは、通勤中や通学中、就寝前まで、ユーザーのあらゆる生活動線上で利用されています。取得したデータをもとに、ユーザーが何かを購買する直前のタイミングで広告を配信できるのは、LINEの大きな強みといえるでしょう。

「購買ファネルの「購買」に近いユーザーにだけ見せる動画広告があってもいいですし、飲料系の企業が、ユーザーの位置情報からその日の気候に応じてオススメする商品を変えるのも面白いですよね。ほら、『27°を超えると急にアイスクリームが売れる』みたいな法則、あるじゃないですか(笑)」(田端 氏)

一方、須藤氏は「データに基づいた広告配信は、ユーザーに嫌悪感を抱かせてしまう可能性もある」と懸念します。

「本当の意味でユーザーに寄り添った施策を行わないと、「見透かされすぎて気持ち悪い」と思われてしまう危険もあるのではないでしょうか。データをもとに、ユーザーに対してどんな時にどんな風にアプローチすればいいのか、インストールやエンゲージメントなど様々な視点から考えなければいけません。」(須藤 氏)

あまりにニーズを捉えすぎたタイミングで広告を配信すると、「見張られている」ような印象をユーザーに与えかねません。認知や興味を促すための配信なのか、購入に向けた検討を促すための配信なのかなど、細かくゴールを設定して適切な配信のタイミング、内容を決めることが重要です。

ユーザーから直接フィードバックをもらう

配信した広告は、通常クリック率やコンバージョン率を見て成果を確認します。ただそれに加え、「その場でユーザーに聞いてしまった方が早いのではないか」と田端氏は考えています。

「『この商品のメッセージは分かりやすかったですか』『子どもに使わせることに不安はありますか』などと詳しく聞いていって、そこからユーザーとの会話を深めていく、そういった企業とユーザーのコミュニケーションがこれから増えてくるんじゃないかと思っています。」(田端 氏)

クリエイターもデータに基づいた広告制作を

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企業とユーザーのコミュニケーションが重要視されていくにつれて、実際に配信するクリエイティブを制作しているクリエイターも、ユーザーとの距離を縮めていく必要性が高まっていくといえます。

LINEの中でユーザーと距離が近い存在といえば、LINEスタンプのクリエイターです。人気のLINEスタンプのクリエイターと企業がコラボしたオリジナルスタンプの配信などは今も行われており、今後はテレビCMへの起用など、クリエイターが幅広い広告制作に携わる機会が増えてくるでしょう。

「特にLINEなどユーザーにとって身近なプラットフォームでは、ユーザーに対して「上から目線」ではなく、「横から目線」で訴求できるクリエイターが求められるでしょう。クリエイターがユーザーデータを共有して広告を制作し、クリエイター本人に結果をフィードバックできるような関わり方も重要です。」(須藤 氏)

スマートフォンの狭い画面の中だけを見ていては未来はない

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これから、スマートフォンを中心としたマーケティング施策、広告運用が主流になっていくでしょう。ただ、スマートフォンだけを見ていては、広告の可能性は広がらないと田端氏は語ります。

「スマートフォンの狭い画面の中で、重箱の隅をつつくようなアプローチをしていては、一方的な情報伝達としての広告から抜け出せない。これからは、ユーザーにとって相談できる存在になっていく必要があると感じています。」(田端 氏)

広告配信という一方的なコミュニケーションではなく、ユーザーにとって身近な相談相手として、相互的なコミュニケーションが求められていくでしょう。

広告って、無理矢理見せられて『ちょっと嫌だな』と思ってしまう瞬間が、少なからず訪れる存在だと思います。ただ、もっとユーザーに対して気が利くようになっていけば、実はもっと愛される存在になれるんじゃないかと思っています。」(並河 氏)

まとめ

これまで、広告はテレビCMや新聞広告など、企業からユーザーへの一方的なコミュニケーションが主流でした。しかし、近年ではSNSやチャットボットが活用されるようになり、段々と企業とユーザーの相互的なコミュニケーションという意味合いに変わりつつあります。

これから広告は、ユーザーにとって最適なタイミングで最適なコンテンツを提供してくれる、気が効いた愛すべき存在としての関係を築いていくことが大切だといえるでしょう。