継続して商品やサービスを利用してもらうには、機能や内容だけではなく、それを使って得られる体験が重要です。企業は、GPSを活用した店舗オススメ情報やVRによる擬似旅行体験など、テクノロジーを活用した様々な顧客体験を提供しています。

2018年4月12日、株式会社ヤプリ主催の「MOBILE MARKETING UPDATE」で「テクノロジーで新しい顧客体験を生み出すには」をテーマにトークセッションが実施されました。

株式会社良品計画、株式会社中川政七商店、ロクシタンジャポン株式会社、RIZAPイノベーションズ株式会社のデジタルマーケティング担当者たちが、テクノロジーが生み出す顧客体験について語っています。

実際に企業はテクノロジーをどのように活用しているのか、それが顧客や従業員へどのような影響を与えているのかなど、各企業の事例を交えつつ語られたトークセッションの様子をレポートします。

登壇者紹介

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左から川名氏、緒方氏、吉屋氏、澤本氏

川名 常海氏(株式会社良品計画 WEB事業部 部長)

1992年良品計画に入社し宣伝販促業務を担当。2004年より現在のWEB事業部に所属。ECサイト「無印良品ネットストア」、顧客との共創を目的としたコミュニティサイト「くらしの良品研究所」、モバイルアプリ「MUJI passport」など無印良品のデジタルマーケティング全体を総括。One Show、TIAA、文化庁メディア芸術祭、モバイル広告大賞等受賞。

緒方 恵氏(株式会社中川政七商店 取締役 兼 コミュニケーション本部 本部長)

株式会社東急ハンズにてバイヤー、ビジュアルマーチャンダイザーを経てWEBチームに異動。2016年5月末に東急ハンズを退職し、同年8月から株式会社中川政七商店にCDO(Chief Digital Officer)として入社。 2018年3月より取締役 兼 コミュニケーション本部 本部長としてWEB/デジタル領域のみならず店舗・卸事業も担当。

吉屋 智章氏(ロクシタンジャポン株式会社 デジタルマーケティング部 部長)

デル在籍時に、日本でも最大級の広告予算を担当し、中小企業向けデジタルマーケの立ち上げを行う。その後、 コンテンツ月額課金から物販EC、広告ビジネス、電話サービスに至るまで、多くのビジネスに揉まれる。現在は、前年比割れかけたシステム移管から見事立ち直り、次の可能性を模索中。

澤本 陽介氏(RIZAPイノベーションズ株式会社 スタジオ事業部 ゴルフ事業ユニット サービス企画・マーケティング管理 責任者)

外資系広告代理店から28歳で株式会社ライブドア(現:LINE株式会社)入社。EC事業マネージメント、新規事業開発、M&Aを担当。2009年から株式会社JIMOS 社長室担当 アライアンス・新規事業開発。 2013年ソフトバンク・テクノロジー株式会社 デジタルマーケティングコンサルティング、人工知能ソリューション開発。 子会社の株式会社モードツー 取締役 コンテンツマーケティング、イベント事業を担当。 2017年からRIZAPグループ株式会社でIoT、センシング、3Dボディスキャンなどの新規サービス開発プロジェクトマネージメント。 2018年からRIZAP GOLFのサービス企画、マーケティング管理責任者。

引用元:
MOBILE MARKETING UPDATE

MUJI passportに学ぶアプリのリアル店舗活用

良品計画が運営する無印良品は、コラムの発信や顧客の声を集め製品開発をするメディア「くらしの良品研究所」で顧客とのコミュニケーションを商品開発などに生かしてきました。

2013年からは、Webだけではなくリアル店舗の顧客ともコミュニケーションが取れるツールとして「MUJI passport」というアプリを提供しています。

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「MUJI passportは会員証機能がついていて、お客様とコミュニケーションをとる手段として導入しました。導入当初は会員証機能のみの利用が多かったのですが、今は別の機能もたくさん使われています。」(川名 氏)

無印良品に限らず、アプリを会員証として活用している企業は多くあります。しかし、無印良品では会員証としてだけではなく、コラムやリアル店舗の最新情報を閲覧したり、チェックイン機能でスタンプを集めたりと会員証以外の機能もアクティブに使用されています。

また、各店舗と顧客をつなぐツールとしてもアプリは利用されていると川名氏は話します。

「チェーンストアのオペレーションはもう飽きられています。同じお店に同じ商品、同じ挨拶、うっすらと気味の悪さを感じている方もいるはずです。チェーンストアではなく『個店』でありたい、顧客ではなく『個客』とコミュニケーションを作りたいと思ってやっています。」(川名 氏)

リアル店舗のITリテラシー教育が課題

無印良品のように、リアル店舗でもアプリを活用した接客をする場合、課題となってくるのは店舗のITリテラシー教育です。店舗スタッフがアプリやサービスの仕様を理解し、さらに来店する顧客にアプリの使用方法を解説できるレベルまで教育する必要があります。

ライザップの澤本氏もITリテラシー教育には課題を抱えていると話します。

「最近僕たちも頑張っているんですが、店舗レベルのITリテラシーは課題です。新しいサービスを取り入れた時に、使い方の説明や研修はするけれどもつまずいてしまいます。」(澤本 氏)

これに対し良品計画の川名氏は、店長集会の時に直接出て行って説明するような機会を増やすことが大事だと話します。

アプリや新デバイスなど、テクノロジーを使ったサービスを提供する時は、時間をかけて教育していく姿勢が企業側に求められます。

テクノロジーを活かした顧客体験

ライザップでは、テクノロジーを活用したアプリならではの顧客体験を提供しています。

それがライザップゴルフのアプリ活用です。ライザップゴルフでは、専用デバイスアプリを活用した新たなサービスをスタートさせました。これにより、ユーザーのスイングデータやラウンドスコアを記録、分析して、よりパーソナルなトレーニングができるようになりました。

RIZAP GOLF LESSON System

「これはアプリじゃないとどうしてもできないことです。クラブにデバイスをつけて、スイングした時のデータが瞬間的にアプリへ送られるんです。また、カメラで動画も撮っているので、スイングの入射角などが動画と一緒にアプリで確認できます。ゴルフって“ハーフスイングで振ってください”って言っても“それってどこまでですか?”みたいなことがよくあるんです。これなら動画を見ながら説明したり、スイングの問題点がデータからわかったりします。」(澤本 氏)

また、澤本氏はデバイスアプリの導入はトレーナーにも好評だと話します。

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「トレーナーが教える時に、ゴルフは専門用語が多くて顧客に伝わりにくいんです。横文字だらけなので。それをアプリで見せながら説明することで、お客様にもわかりやすくトレーナーも指導しやすくなったと言っていますね。」(澤本 氏)

工芸のファンを増やすため、毎日見てもらえるアプリを

中川政七商店では、「さんちの手帖」という旅のお供アプリを提供しています。このアプリの特徴は、自社以外の商品を紹介しているアプリであるということです。

商品を販売する企業であれば、商品紹介やそれにまつわるエピソードを紹介したり、アプリで買い物できたりするのが一般的です。

中川政七商店では、なぜ自社以外の商品を紹介するアプリを提供しているのでしょうか。緒方氏は、このアプリをリリースする背景には工芸界の事情があると話します。

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「このアプリは中川政七商店以外の工芸を紹介するメディアです。中川政七商店では、“日本の工芸を元気にする”というビジョンを掲げています。アプリを使って工芸に対する関心度を高めていこうと思って運営しています。」(緒方氏)

緒方氏は各地方の工芸を紹介するアプリを作ることで、日本人が工芸に触れる機会が増えて工芸に関心を持ってくれるようになるのではと想定しています。

また、工芸全体を盛り上げていく目的の中で、アプリという手段を使った理由として、アプリの方がブラウザよりも毎日見てもらえるからだと話します。

「買い物アプリって、買い物をする時しか使いません。それだとホーム画面から消されてしまう。そこで、毎日使ってもらうにはどうしたら良いか考えた時に、メディアは毎日記事を更新する発想があります。毎日開くのであれば、ブラウザで検索してアクセスするよりも、アプリでホーム画面をタップした方が早いですよね。」(緒方氏)

また、「さんちの手帖」は旅行先でも使って欲しいのでガイドブックとしても使える機能が付いているそうです。「お客様にこうなって欲しい」という目的があって、それを実現するためにアプリを活用しているとのことです。

アプリ導入のハードルについて

今回の登壇者の中で唯一アプリを導入していないのが、ロクシタンジャポンです。ロクシタンジャポンの吉屋氏は、アプリ導入について以下のように話します。

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「リアル店舗と繋がるのはなかなか難しいです。それを考えると、アプリで企業と店舗とお客様が繋がれるのはすごくいいなと思っています。何度か打診をしたこともあります。しかし、海外では自社アプリがほとんど使われていません。ブランド価値を伝えるための綺麗なアプリは作られていますが、活用までできていません。なので、承認が得られていないのが現状です。投資に踏み切れるアイデアが描ききれていないので説得できていないというのもありますね。」(吉屋氏)

せっかくアプリを制作しても使われないかもしれないという懸念はどの企業にもあるでしょう。「そのアプリが何を生み出せるのか」まで描けなければ、ただ作っただけで終わってしまう可能性も考えられます。

アプリ以外の選択肢も

アプリを活用している中川政七商店緒方氏とライザップの澤本氏からは、必ずしもアプリである必要はないとの声も上がりました。

「(さんちアプリでやっていることを)意外とブラウザでやれる時代も来るのではと思うんですよ。もしかしたら、“自社サービスのアイコンをホーム画面に置ければいい”ってことかもしれません。基本的にはいいものができたらそれを正しく使いたいなと思っているだけですね。」(緒方 氏)

「“アプリじゃなきゃダメじゃん”みたいな議論が社内であるんです。でもこの部分はブラウザでいいじゃんっていう議論もしないとバランスが悪いですよね。開発時間が余計にかかってしまうことだってある。結果的にお客様から上がってきた声を消化できるのが半年後になっちゃうのは本末転倒ですよね。」(澤本 氏)

顧客体験の課題解決手段としてテクノロジーの活用を

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セミナーの最後に

テクノロジーがあり、それをどう活用して体験の生み出し方を考えるのか、顧客体験の課題があり、そこからの解決手段としてのテクノロジーを探し出し活用につなげるのか。どちらでしょうか。

という質問がありました。これに対しては4人とも「お客様、顧客体験ありきです」と回答しています。テクノロジー先行でサービスを生み出すのではなく、あくまで顧客の視点にたち、その課題や不満を解決するためにテクノロジーを生かしていく姿勢が大事だと言えるでしょう。

「お客様の役に立つって前提からツールとしてテクノロジーを入れるっていう発想がないといけません。正しくお客様に喜ばれる、お客様の不便を解決するのを前提として取捨選択をしていくべきです。」(緒方 氏)

「弊社は『結果にコミットする』と言っています。そのためには何らかの手段が必要です。お客様だってただ痩せたいだけではなくて、その先に結婚式を控えているとか何らかの事情があります。ダイエットは大変ですが、私たちはダイエットもテクノロジーを使って楽しめるようにしてあげたいと思っています。プロダクトアウトは嫌いじゃありませんが、マーケットイン、お客様の声は大事です。手段としてテクノロジーは活用できると思いますね。」(澤本 氏)

まとめ:新たな顧客体験のためにテクノロジーの活用を

アプリや先進的デバイスなどの最新テクノロジーにより、企業は今までにない顧客体験を提供できるようになってきました。しかし、テクノロジーは顧客体験の課題を解決するための手段であり、ユーザーにとって役立つものを作るという視点を忘れてはなりません。

顧客のためになる、新たな顧客体験を生み出す手段としてテクノロジーを活用していくべきでしょう。