サルバドール・ダリのようなピンと尖った細い「カイゼル髭」が特徴の枡野恵也社長。このユニークな髭を蓄えた枡野社長が展開するのが高級男性用アンダーウェアブランド「TOOT」です。

日々多くの企業が自社製品のブランディングを考え、ユニークな商品やサービスを生み出しています。しかしそうしたサービスをどのように市場に打ち出していくのかは、各企業が悩んでいることでしょう。

今回はデザインと機能性を両立させ、「ユニークさ」を打ち出すTOOTの枡野社長に、そのデザインを生み出す手法と事業をどのように成長させるのか伺いました。

枡野恵也氏プロフィール

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Chief Executive Officer / 代表取締役社長
1982年、大阪府で生まれる。東京大学法学部卒業後、2006年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。経営コンサルタントとして大手企業各社の課題解決に従事する。2009年株式会社レアジョブに参画、法人事業を立ち上げ 1年で黒字化達成。2010 年にはライフネット生命保険株式会社へ参画し、東証マザーズ上場や経営戦略全般に携わる傍ら、韓国合弁会社設立など海外事業展開を主導。2015年4月より現職。
著書に『人生をはみ出す技術 自分らしく働いて「生き抜く力」を手に入れる』(日経BP社より)。

ユニークさに必要なのはプロダクトアウト

ferret:
枡野さんは、商品のユニークさを押し出すことでいかに競争力を高め、事業を成長させているのでしょうか?

枡野氏:
おっしゃっていただいているように、私たちが持っている競争優位性は「ユニークであること」ですね。TOOTのユニークさというのは、一言でいうと極めて高い次元でデザイン性とはき心地ないし品質を両立させようとしていることです。 表現面と機能面を両立させるということです。

事業がユニークであるために一番大事なのは、自分自身が欲しいかどうか、好きかどうか、つまりプロダクトアウトであることです。

マーケットインの場合は確実に誰かと同じことを考えて、製品が似たものになってしまいます。弊社は「こういうものが欲しいよね」と自分達で思うものを展開しています。他の人がやってることを参考にして事業を考えると、やっぱりユニークにはならないんじゃないですかね。

ただ、ユニークさというのは、いかようにも捉えられます。はき心地よりもデザイン性を重視した、尖ったパンツだけを作っているというところもきっとユニークですし、見た目がオーソドックスな下着を驚くような低価格で作るというのも、ユニークさですよね。そういう意味で言ったときに、弊社は高品質なものでかつ、デザイン性が両立していることが、ひとつのユニークさとして優位性を持てている要因です。

他社は、こうした製品を豊富なバラエティで出しているところはなかなか真似できないのではないでしょうか。

下着業界の常識として、年に10から20製品の新作を展開するところを、弊社はカラーバリエーションを含めると200種類以上の新作を年間で展開しているというのはなかなか真似できないと思います。

ユニークさを広めるには

ferret:
ユニークな製品やサービスがあったとしても、一般に周知するための工夫や手法も必要に感じます。

【TOOT社のPR動画】

枡野氏:
TOOTの場合は全うに普通なことをしていると、製品がユニークなので、かえって尖った印象になるんですよね。

とはいえ、弊社では下着屋としては通常行われない「コレクションショー」を実施しています。かと言ってコレクションショーで何か奇抜なことをやってるかというと、むしろ極めて王道な演出のファッションショーです。そのギャップが世間にはユニークに映るのです。特にメンズの下着ですとユニークさが引き立ちますね。

ferret:
下着業界ではファッションショーというのは珍しいかと思います。その発想に至ったところは、何かきっかけのようなものはあるのでしょうか?

枡野氏:
私自身がTOOTのアンダーウェアを初めて見たときに、ファッションブランドとしての可能性があるなと思ったからですね。可能性を感じたことで、下着だけれどファッションブランドとして展開してみようという発想になり、ファッションだったらファッションショーをやるよねと。

メンズのアンダーウェアブランドがファッションショーを企画することがこれまでになかったので、「イノベーションだ」と言われることもあります。

私自身はイノベーションは0から生まれるのではなくて、距離の離れた全く違うものがたまたま結びついたときに生まれるものだと思っています。弊社の場合、扱うのは下着なので厳密にはファッションと思われてなかったのですが、下着ブランドがファッションとして展開することやシーズンごとにルックブックを作っていることもそうです。

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枡野氏:
カタログではなくてルックブックを通してブランドイメージを構築するというのは、下着業界ではそんなにメジャーなことではありません。

TOOTが製品以外でやっている、変わっていることは他社と比べると、ほんのちょっとの違いです。他のところでやってることを、取り入れてみたという程度のことにすぎない。TOOTがユニークなのはそもそも売っている製品であるというのがやっぱり強みです。

なのでルックブックをつくるときに、人より違うものをつくろうとは考えていませんね。むしろ普遍的に良いものをつくることを心がけています。

ferret:
そこがやっぱり、プロダクトアウトだからこそできることなんですね。

枡野氏:
そうです。

私がユニークさを重視するために、心がけてることの1つには、自分自身が所属する業界にこだわりすぎないというか、むしろ外の業界のいろんな動きにアンテナを張って興味を持つということです。

自分の業界から遠ければ遠いほどワクワクしてしまうというのは、ありますね。多様なチームのほうが、その業界にそれまでなかったようなことが持ち込めるんじゃないかなというのは、発想としてあります。

ferret:
他の業界と比較したり、取り込んでみたりするというのは、自分たちがどれぐらいズレているかを判断する基準を、常に枡野さんが探しているのかなっていう気がします。

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枡野氏:
ファッション産業は基本的に停滞し続けています。現在、ファッション業界では従来やられてきた戦略を学ぶ必要性が必ずしもあるとは考えていません。いかに業界慣行に従わないで破るか、新しいことを打ち出すかということが大事ですね。

Web販売とリアル店舗の両チャネル

ferret:
WEBでの販売は、事業成長にどのようにマッチしているのでしょうか。

枡野氏:
下着は比較的リピートされやすいもので、サイズがわかっていればリピート時にはわざわざ手に取らなくても購入の意思決定がしやすいという特性と、小さくて軽いので、運送コストが低いという利点があります。

なので、Web事業には非常に向いていますね。当然金融商品みたいな、重さ0gのほうがいいわけですけど、だけどパンツはそういう意味だと親和性は高いと思います。コートなどの重衣料ですと、送料だけで結構かかってしまいますので。

ですが、そもそも弊社はWebでの販売を重視している訳ではありません。元々マルチチャンネルで販売しているのが強みなのです。Webマーケティングの集客にはやはり限りがあります。日本のEC化率が10%いっていない中で、お客様が求める情報はWebでは全て見つからない。なので、ものを買ったりするときには、リアル店舗に行ってるわけです。

もちろんリピートしていただくという意味では、そのあとECサイトに来ていただくという動線もありますが、特にTOOTのようにコレクションごとに違うデザインや素材を採用している下着だと、Webで見たとしても、素材の確認のために、やっぱり店頭で購入される方も多くいらっしゃいますね。

だから今のところTOOTは、どちらかを重視するということはしていません。百貨店の売り上げを落として、ネットの比重を高くしたりすると、どちらもうまくいきません。

オフラインは、新規客との出会いの場所であり、製品に実際触ってもらう場所です。これはAIに置き換えられない、言語化しえないコミュニケーションをとる場所ですね。

特にTOOTのパンツのはき心地とかは、完全に言語化にされてしまうよりは、店員さんとのやり取りの中で伝わるような部分ってあるんじゃないかな。

ユニーク性とインターネットとの親和性

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枡野氏:
先日、ゼンマイじかけのモーターをつくっている企業の製品がWebサイトを通じてすごい数が海外で売れているという話を聞きました。BtoB向けの製品なのですが、海外ではBtoCの人に意外と売れているという話です。

これはたぶん製品そのものより、こうした高品質なジャパンクオリティの製品を「Webサイトで海外に発信・販売しよう」と思いついたこと自体がユニークなのだと思います。

私は、製品がユニークであればあるほど、Webでの販売に向いていると思います。ユニークな製品はインターネットとの親和性が高いのです。ユニークでないものは、検索してもなかなか上位に表示されにくい。ユニークでないものというのは、要は大量生産されて大量消費されるものなので、わざわざ欲しいと思って買うものではありません。だから生活動線の中で済んでしまうわけですよね。

生活動線にAmazonや楽天はあるかもしれないですけど、日常消費する製品というのは、わざわざ特定のブランドの公式サイトに行って買うということはあまりありません。インターネットでない場合は、帰り道の駅にあるデパートやドラッグストアなどで購入されるでしょう。

しかし、ユニークさを持っていれば話は別です。例えばTOOTの下着は、スウェーデンなどの海外からも注文が届きます。どのような経路で広まっているのかは未だに私もわかっていませんが、自発的に探されて、宣伝したこともない国や地域で買われているというのがユニーク性をもつ製品の面白みだと思うんです。

ただの下着でしかなく、スウェーデンで販売しようと思ったら、やっぱりスウェーデンのメディア、スウェーデン向けのWebマーケ、スウェーデン向けの店舗展開をしなければいけません。

Web販売というのは実はそうではなくて、ある種自分たちがユニークであればあるほど、検索して訪問してくれるということがひとつの強みだと思うんです。そういう意味で、伝統的な直販とWEB直販の「インバウンド」の意味の違いがここにあります。

ケーブルテレビなどに代表される伝統的な直販は、マスメディアを使って、ずっと喧伝することで、いかに多くのマスに働きかけるかが重要です。さらにそこから何回も顧客とコミュニケーションを図り、購入に至ります。

そういう中ではやはりマーケットインにならざるを得ない。だけどWebであれば、自分たちが信じられる。好きなことが光り輝いていれば、地球上どこにでも届く。TOOTのようなユニークな製品を扱っているブランドには得であり、強みなのではないでしょうか。

ユニークブランドを持続するための海外戦略

ferret:
ユーザーが自発的に探してくれるようになれば宣伝費もいりませんね。

枡野氏:
そうですね。そしてお客様に自発的に検索してもらった結果、弊社の製品と出会えるために、今後は、グローバルなSEO対策はやっていきたいと思っています。

というのも、日本市場は伸びないからです。人口が減ってますから。聞くところによると、ある下着ブランドさんは、お客様の高齢化に伴って売り上げが激減しているらしいです。そんな話も耳にするにつけ、準備は必要だと感じています。

ただ、市場だけを狙っているわけではありません。海外で勝負するというのは事業のユニークさを保つために必要だからです。

例えば、日本において、1,000人に1人にしか刺さらないサービスがあるとします。でも人間の性質が同じようなものだと仮定すれば、グローバルに展開した瞬間に、単純計算で70倍まで見込むことができます。

だけど日本だけで見ていた場合、1,000人に1人を1,000人に5人にしようとすると、今まで見向きもしなかった4人にも売れるようにものを変えなければいけません。そうするとだんだんユニークでいられ続けなくなります。それってなんだか寂しいですよね。

実は海外に広げていくほうが、売り方は変えなければいけないけど、自分たちの良さみたいなことは無理に変えなくていいかもしれないのです。

それは事業がニッチであればあるほど可能です。逆にマスであればあるほど、海外も絶対既存のプレイヤーがいるはずなので、それをわざわざひっくり返せるほどのものにはなれません。

例えばチョコレートを事例に考えてみてください。日本の大手企業さんがグローバルでトップを取ろうと考えると買収しかないわけです。

しかし、商品のチョコレートが一般的なものではくて、すごく珍しいもの。例えばチョコだけどすごく辛いといったようにすると勝負できます。この商品がないと生きていけないという人が1000人に1人いるとして、それを世界に売っていけば、たぶんいるんですね、そういう商品を欲しいお客様が。

たぶんニッチ戦略ってそういうことなのかなと思いますし、その意味でもWebでしかできないですよね。

グローバルブランドを目指すTOOT

ferret:
今後の展開や目指している世界観を教えてください。

枡野氏:
先ほどの話とも繋がるのですが、グローバルブランドになることですね。世界の4大コレクションのどこかには絶対出そうと思っています。元々社長就任時に、ファッションをするならファッションウィーク、つまりニューヨークかパリかロンドンかミラノか、そういったところに出したいと考えています。

これは夢というか、野望ですね。

今後、TOOTの製品を知ってもらうためには海外での路面展開が必要になってきます。しかし路面店だけではダメです。お客様が実際に自分の目で見た上で、製品のネットの口コミなどマルチチャネルでの情報提供を戦略として立てていきたいですね。

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今、実際に始めているのが台湾です。すでにお客様が非常に多くてリピーターもいる市場です。ここに路面で出したら相乗効果が見込めると予想し、台湾支社を設立し、台北に常設店舗をオープンしたところです。

ferret:
枡野さんがそうした海外や国内でマーケティングをする時に心がけていること、実践していることはどのようなことでしょう。

枡野氏:
Webマーケティングに限ったことではありませんが、正解はないと意識することですね。定石は定石でしかありません。だからやってみると「思ってたのと違う」というのが当然です。そしてその状況を楽しむということですね。

好奇心を持って楽しんでいれば、うまくいってもいかなくてもそこから学びを自分なりに得て、自分なりにカスタマイズして、新しい気づきに達せると思います。

マーケティング自体を考えた場合に、最後は売るわけですけど、売ることそのものだけがマーケティングではありません。市場をつくるし、市場を理解することです。そういう観点でいったときに、小手先の1個1個の技術ではなく、自分が何を売りたいのか、それをどのように使って欲しいのかなど、徹底的に考えています。そしてその先にはお客様がいるといつも考えていますね。