UX(User Experience=ユーザー体験)という言葉は、もともとはアプリの開発現場から登場した言葉ですが、近年は様々なシーンで使われるようになりました。
ただ、UXがいい・悪いというのはかなり抽象的な表現で、「主観的だ」と感じたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実際に、「心地よいUXという言葉を聞いて、どんなものが思い浮かぶでしょうか?
至る所で登場するアニメーション、あるいは技巧に凝られたコピー、もしくはレイアウトルールに則ったデザインでしょうか。

UXという言葉が曖昧だと感じる人は少なくないので、最近の開発現場ではUD(User Delight)という新しい視点が取り入れられています。
UDは、ユーザーデバイスやインターフェイスを操作するときにユーザーが感じるポジティブな心理的反応・影響に着目する概念です。
エンゲージメントを上げるための新しいアプローチとして今注目を集めています。

今回は、UDの定義を探りつつ、どのようなデザインにすればUDが集められるのかを考えてみたいと思います。

UD(User Delight)とは?

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UD(User Delight)とは、ユーザーアプリやサービスなどを直接操作するときに感じるポジティブな心理的反応や影響に着目したアプローチ方法です。
「Delight」(心からの喜び、感動)に着目しているのは、ユーザー体験そのものよりも、そこから生まれる感情によってエンゲージメントが左右されると考えられているからです。

この定義は一見分かりやすく見えますが、実際にはユーザーはDelightの感情をあからさまに表現することはそれほどないので、特定するのは難しいかもしれません。
「このアプリは好きです」「このサービスは簡単に扱えますね」というDelightにつながるユーザーの声をたまたま拾うことはあっても、無意識に行なっている行動の中でUIが想定通りに動いても「これはいい」と声に出すとは限らないからです。

ユーザーニーズの4段階

人間の心理的動機を研究した有名な理論家に、エイブラハム・マズローがいます。
1940年に発表されたマズローの欲求5段階説(hierarchy of needs)では、人間は最初食料や住居などの生理的欲求・安全の欲求といった基本的欲求を満たそうとし、それらが満たされれば、愛や尊厳、創造性などより高次の欲求を満たそうとするという理論です。

何らかの動機によって行動が促進される前に、基本的な人間の心理的欲求を満たす必要があると言われています。

このマズローの欲求5段階説に影響を受けたのが、アーロン・ウォルターのユーザーニーズの4段階説(hierarchy of user needs)です。
Webサイトアプリケーションの場合にも、高次の欲求が満たされる前に低次の欲求が満たされる必要があると考えたウォルターは、ユーザーニーズの段階を次のように定義しました。

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例えば、美しいデザインを採用していても機能的ではないアプリケーションの場合、ユーザーの基本的欲求を満たしていないことになります。
「機能性」を欠いているので、どれだけ美しくてもユーザーは満足しないことが多いのです。
プロダクト自体でユーザーのニーズを満たすことが、最初の出発点となります。

次に、機能的なUIであっても想定する動きとは異なる動きをするものがあります。
結果、全体的にユーザーの満足度が低いのであれば、それがどれだけ美しいデザインをしていても*「信頼性」が欠如してしまいます。
そして、ユーザーがさまざまな機能に関してそれほど説明を受けなくとも使いやすいと感じる
「利便性」*も重要です。

「機能性」「信頼性」「利便性」これらが揃ったときにはじめて、ユーザー「快適性」に到達する、つまり「Delight」を感じることができるのです。
つまり、ウォルター氏の理論によれば、プロダクトは使いやすくなければ心地よいユーザー体験をユーザーに与えることができないというわけです。

2種類のDelight

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機能的で、信頼がおけて、使いやすい状態になってはじめて、User Delightを追求することができます。
そして、UIを操作するときに、ユーザーが体験するUser Delightには2つの段階があると言われています。

1. Surface Delight

まず、最初の段階が「Surface Delight」(表面的な感動体験)と呼ばれるものです。
これは主にそれぞれ個々のUIの機能に着目したUser Delightです。
例えば、次のようなものがSurface Delightと呼ばれるものです。

  • アニメーション
  • ジェスチャーコマンド
  • マイクロコピー
  • 美しいハイレゾ画質の写真や動画
  • 通知音

これらのUI要素はデザイナー側の*「仕掛け」であることが多く、プロダクトが完璧なものでなくともユーザーエンゲージメントを高める上で十分な効果があります。
これらの特徴はDelightを生み出しますが、結果的に
表面的な感動*を与えるだけになってしまいます。

2. Deep delight

次の段階が*「Deep Delight」(深層的な感動体験)と呼ばれるものです。
UI要素にとどまらず、プロダクト全体を通してDelightを提供するもので、
「機能性」「信頼性」「利便性」「快適性」のすべてのユーザーニーズを満たしたときに起こります。
ユーザーWebサイト上で素晴らしいユーザー体験を享受できなかったとしても、たまたま「Surface Delight」を感じることもあります。
ただし、「Deep Delight」はユーザーがプロダクトに没頭して
「フロー」(完全にのめり込んでいて没頭している精神体験)の状態に到達するとき、つまりメインタスク以外に一切気がそれることのない場合*にのみ起こります。

しなしながら、ここまでの状態になるのはなかなか難しいのが現状です。
プロダクトをSNSなどで友人に紹介したりレコメンドを書いたりするほどに深いエンゲージメントが築いていれば、ユーザーは「Deep Delight」を感じるでしょう。

User Delightを意識した例

「Deep Delight」をユーザーに感じてもらうのを、ゴールとして設定するのは大切ですが、実際問題として達成し続けるのは難しいでしょう。
しかし、ここにご紹介するいくつかの例を見てみれば、どのようにすれば「Deep Delight」を達成することができるのか、ヒントになるかもしれません。

1. Inbox by Google

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Googleが開発した新しいメールアプリ*「Inbox」は、UDを考える上で非常に参考になります。
本来なら便利であるはずの受信トレイは、メールが溜まっていくと整理するのが大変になります。
Inboxでは、フリックすることでメールをアーカイブ化し、受信トレイを整理して、必要な情報を後から簡単に見つけることができます。
フリックしてメールをアーカイブ化するときのジェスチャーやアニメーション、マテリアルデザインの便利なUIなど、「Surface Delight」にあたる機能的なUXはもちろん、「受信トレイを空にする」という最終ゴールに向けてのプロセスがまるで
「フロー体験」*のようです。

2. インスタグラム

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新しいインスタグラムアプリには、画像投稿とタイムライン閲覧に没頭できるシンプルさがあります。
タイムラインを閲覧する際には、ハートマークを押すだけでなく、画像をダブルタップしても「いいね」を付けられるので、流すようにタイムラインを閲覧することができます。
シンプルな「機能性」、想定内の動きをすることで得られる「信頼性」、誰でも簡単に操作できる「利便性」が揃い、その結果として「快適性」が生まれている分かりやすい例でしょう。

3. AWA

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音楽配信アプリAWAは、独特な世界観を持つUIを採用していますが、User Delightを与えるための工夫が施されています。
ジャンル別に音楽を聴くことができたり、3000万曲以上を登録なしで楽しむことができたり、オフラインで再生したり歌詞を見ることも簡単にできます。
画面が独特であるにもかかわらず操作しやすいUIを兼ねそろえているので、ユーザーがプロダクトに没頭しやすくなっています。

まとめ

「User Delight」はUXの概念に心理学的なアプローチを持ち込んだ指標です。
単に表面上のギミックによってエンゲージメントを上げるのではなく、プロダクト全体を通してユーザーに没入感を与えることができれば、より深いDelightを与えることができ、結果的にユーザーはそのプロダクトのことを好きになります。

User Delightはいきなり手に入るものではなく、「機能性」「信頼性」「利便性」が揃ってはじめて達成できるものだというのを覚えておいてください。
ぜひ今回のポイントを押さえて、エンゲージメントの高いプロダクトを作っていきましょう。