サブスクリプションビジネスは積み上げ式のモデルであり、顧客との継続的なつながりが前提です。しかしながら、顧客の属性やサービスの利用理由はさまざまで、長期的な関係構築は一筋縄ではいかないのが現状です。

2019年10月31日、アライドアーキテクツ株式会社主催で開催された「サブスクサミット2019」では、そんな熱狂的なファンから解約を考えているユーザーまで、さまざまなステージにいる既存顧客へのアプローチ方法や顧客基盤の作り方の議論が行われました。

今回はこのサブスクサミット2019の「顧客とのコミュニケーション戦略」のセッションの様子をお伝えします。

モデレーター

西井 敏恭 氏
株式会社シンクロ 代表取締役CEO 現在はオイシックスのCMT(チーフマーケティングテクノロジスト)として働きながら株式会社シンクロを設立。 株式会社シンクロでは、CMOのアウトソース事業として大手通販、スタートアップの企業など数社のマーケティングの支援や、企業と提携してデジタル事業を協業している。

登壇者

佐々木 啓悦 氏
株式会社NTTドコモ コンシューマビジネス推進部 書籍ビジネス担当 主査 2014年よりdマーケットの全体戦略策定・各ストア成長支援を実施。 現在は250誌以上の人気雑誌の読み放題サービス「dマガジン」のマーケティングを担当している。

田部 正樹 氏
ラクスル株式会社 取締役CMO/アドプラ事業本部長 2014年8月にラクスルに入社。マーケティング部長を経て、2016年10月から現職に就任。 2018年より、これまでのラクスルの成長を約50億かけてドライブしてきたマーケティングノウハウを詰め込んだ新規事業を立ち上げ、事業責任者を兼任している。

山畑 直樹 氏
株式会社IDOM(旧ガリバーインターナショナル) NOREL事業部セクションリーダー 2015年からガリバー事業の事業戦略や事業マネジメントを担当し、昨年からクルマのサブスクリプションサービス「NOREL」のプロダクトマネージャーを務めている。

サブスク顧客との関係性

コンテンツを顧客と共創

西井氏:
インターネットやSNSが普及したことで、より詳細に顧客データの管理ができるようになり、ユーザーとの関係性も変化してきました。そういった変化に対応するためのソリューションがサブスクリプションビジネスだと思うのですが、ドコモのdマガジンでは、既存の顧客との関係をどのように構築していますか?

佐々木氏:
今までの出版社はアンケート等で顧客情報を収集していましたが、どのページをどのような人がどれくらい読んだかといった詳細なデータは得られず、雑誌編集に生かすことができませんでした。dマガジンは出版社と顧客の間に介在するプラットフォームなので、ドコモのリソースを活かして顧客の属性データやページ単位でのPV数など、より詳細な顧客データを収集できるようになりました。

西井氏:
雑誌ではハガキのアンケートをとって、それをフィードバックして雑誌作りをしていたりしますよね。デジタルになってより詳細に取得できるそのデータはどう活用していますか。

佐々木氏:
出版社にデータを提供して、雑誌作りのアドバイスやフィードバックを行っています。ただ、その情報をどう生かすかは出版社さんにまかせていますね。

西井氏:
なるほど。間接的に顧客とコンテンツを共創しているということですね。

新規とリピートで選ばれる理由は違う

西井氏:
ラクスルでは顧客との関係についてどのようにお考えですか

田部氏:
ラクスルは格安のネット印刷がメインの事業ですが、新規で選ばれる理由とリピートで選ばれる理由が異なってることを認識することがリピートを生む関係づくりのポイントだと思っています。

ネット印刷では「早い・安い・簡単」がわかりやすい便益ですが、新規のお客様は大半が「安い」を理由にサービスを利用してくれています。CMでも安さをプッシュしていたので、新規顧客はある程度取れていたのですが、リピート率はいまひとつでした。
当時はABテストやCTAのボタンの改善などを超短期サイクルで行っていたのですが結果としてはリピート率は下がる一方だったんです。
_MG_8915.JPG(ラクスル株式会社 田部氏)

結局、既存顧客に一番効いた施策は上っ面の施策ではなく「納期を早める」といったサービス全体のバリューチェーンのクオリティをあげることでした。安さを求めて利用を開始したにも関わらず、リピートする理由は早さだった、という新規とリピートで選ばれる理由が違うということがわかりましたね。新規顧客よりもリピーターが使い続ける理由をしっかり把握することがECやサブスクリプションサービスにおいては大切だと思います。

顧客に直接聞きに行く

田部氏:
この「納期」が離反の理由であることは、実は解約されたお客様一人ひとりを回って初めて気づいたことでした。これは定量的にデータをとっていてはわからないことですね。ですので繰り返し仮説を持ってお客様に会いに行くことは非常に重要です。

西井氏:
やはり顧客からの直接の意見は重要ですか?

田部氏:
そうですね。データ分析ももちろん大事ですが、顧客が見えて初めてデータが見えるので、データ分析の結果だけを見てしまうのは危険かなと考えています。

山畑氏:
我々も同じような取り組みをしました。弊社はNORELという車のサブスクリプションサービスを提供をしているのですが、昨年、新規顧客が獲得できない上に解約数がかなり多い時期がありました。その理由を知るために、我々も解約されたお客様に実際に会いに行きました。

そこでわかったのが、顧客にはNORELをどうしても使わなければいけない理由が無かったということです。そこで顧客に熱量を持たせるために、それぞれの顧客のニーズに合ったサービスを展開することにしました。広く集客し、少数に絞るのではなく、はじめからピンポイントでターゲティングをしていく形にシフトしています。顧客との関係は「ファネル型からストロー型」に変化していきました。

データを活用したコミュニケーション戦略

西井氏:
dマガジンではどのようにデータを活用していますか。

佐々木氏:
対ユーザーでは、お気に入りに登録した雑誌の配信を知らせるプッシュ通知や、通信環境の無い場所でも読めるように自動ダウンロードの機能をつけたことで継続率が大幅に上がりました。また、出版社さんもお気に入り登録がされれば、PVも増えてレベニューも増える仕組みなので、雑誌のはじめのページにプッシュ通知機能を喚起する内容の文章を入れてもらっています。

西井氏:
とてもサブスクっぽい施策だと思います。いままでのECサイトのKPIって顧客の行動で言うと最後の購入、つまり売上でしか見れなかったと思います。この施策のように短期的なKPIで何が継続率に効くかという点を把握して施策を繰り返すことは基本のようでなかなかできていないところが多いですよね。
_MG_8903.JPG(株式会社NTTドコモ 佐々木氏)

2:8の法則がサブスクにも当てはまる

西井氏:
ラクスルではどのようなデータ活用をしていますか?

田部氏:
顧客一人ひとりのログが見れるようになったことで、それぞれの顧客に向き合う必要性が出てきました。とはいってもすべての顧客を重要視するとうまくいかないし、施策もばらばらになると思います。
重要なのはよく言われる 「2:8の法則がサブスクリプションビジネスにも当てはまるということです。ラクスルでも2割のお客様がおよそ8割の売り上げを生みだしています。ですので顧客データから8割の利益を生む2割のお客様を発見する能力が必要です。

西井氏:
2割のお客様かどうかはどのように判断していますか。

田部氏:
顧客となる事業主さんの販促費や宣伝費の大きさで判断していますね。そこの予算が大きければ、たとえ最初の受注がチラシの印刷だとしても、いずれは我々の販売しているCM枠も購入してくれるだろうなと思います。一方で、弊社は「CMを一本50万円から」と謳っていますが、予算が少なく、最初から50万円分のCM枠しか買う気がない顧客は、おそらくずっと50万円しか費用を使わないと思うので、あまり利益が上がりません。こうした顧客の予算費の割き方で2割のお客様かどうかを判断していますね。

心理データの蓄積がLTVを上げる

_MG_8963.JPG(株式会社IDOM 山畑氏)
西井氏:
NORELではどのような取り組みをされていますか?

山畑氏:
先ほども言ったように実際に顧客の元へ足を運び、積極的に顧客とコミュニケーションをとったことで解約する理由や利用する理由が把握できました。
弊社は本業(中古車販売)がある分、当時は新規事業であるNORELに人材リソースを割くことができませんでした。しかし、元店長など、長年現場で活躍した社員の方たちが協力してくれたんですよ。そういった方々は人当たりがよく、顧客とのコミュニケーションが円滑に進みました。
結果として、顧客の要望やクレームを聞いていくうちに、顧客それぞれの価値観や好み、ライフスタイルも分かってきたのです。NORELの特徴である顧客一人ひとりに適したサービスを提供する上で不足していた心理データが自然と蓄積されたおかげで、LTVも上がっていきました。

*山畑氏の考える顧客データの4分類。サービス開始当初は心理データが不足していたという。
1.デモグラデータ(性別・年齢・住まい・職業・収入)
2.心理データ(価値観・好み・ライフスタイル・背景)
3.行動データ(閲覧履歴・購買履歴・訪問頻度)
4.コミュニケーションデータ(要望・不満クレーム)

足を使った顧客分析

サブスクリプションビジネスは既存のものやサービスから得られる体験の単なる置き換えではなく、今までにない体験を提供するが大切です。また、既存顧客と継続したつながりをつくるにはデータ分析だけではわからないこともあります。自ら顧客の元に足を運び、直接話を聞くことも有効な手段と言えるでしょう。