オウンドメディアなどを通じて情報発信に取り組む企業の中で、自社で編集者やライターを雇い、情報発信力を内製化するケースが増えてきています。

事業会社内で編集者やライターとして情報発信に携わる役職を「インハウスエディター」と呼び、新しい職能として注目が集まっています。

参考:
情報発信力を内製化しよう!各企業に"インハウスエディター"が必要な時代|ferret

インハウスエディターという言葉をいち早く使い始めたのが、フリマアプリ「メルカリ」を中心に、「メルカリ アッテ」「メルカリ カウル」「メルカリ メゾンズ」などのサービスを展開する株式会社メルカリです。

同社は、採用を主な目的としたオウンドメディア「mercan」を運営しています。今回、mercan編集長を務める松尾彰大氏に、mercan立ち上げの経緯や運営体制、そして松尾氏のインハウスエディターとしてのキャリアについて話をうかがいました。
  

プロフィール

松尾彰大(まつお・あきひろ)

中央大学総合政策学部卒業。2012年にエン・ジャパンに新卒入社し、WEB/IT業界向けのメディア CAREER HACK(キャリアハック)の運営にチーフエディター/ディレクターとして携わる。2016年3月にメルカリにHRメンバーとしてジョイン。プロダクトメンバーの採用にコミットする傍ら、mercan(メルカン)の企画運用を主導。

  

メディアから事業会社に転職。mercan立ち上げへ

ここ数年、企業がオウンドメディアを立ち上げ、情報発信に取り組む事例が増えています。企業ごとにオウンドメディアを立ち上げる目的は異なりますが、メルカリの場合はmercanを通じて、求職者にアプローチし、採用につなげることが主な目的となっています。

mercanを立ち上げたのは、前職でWEB・IT業界で働く人にフォーカスをあてたメディア「キャリアハック」にて編集長を務めていた松尾さん。同氏は、自身のスキルを活かしたキャリアを模索する中で、メルカリと出会いました。

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「編集者以外のキャリアを模索しているタイミングで、現在メルカリの取締役社長兼COOの小泉と話をする機会がありました。その時に "メルカリで自分が働くならば、こういうことができそう" と構想を伝えたんです。メルカリとしても外部のメディアに取り上げられることが多くなり、自社として伝えたい情報をきちんと発信していきたいと考えているフェーズ。そこで私がメルカリに入社し、mercanを立ち上げることになったんです(松尾さん)」

企業内でメディアを新しく立ち上げる際、その必要性や目的が議論されます。メルカリの場合は、情報発信に取り組む重要性が経営陣や社内に認識されていたため、スムーズにスタートできた、松尾さんは当時を振り返ります。
  

小さく始めることで、メディア立ち上げのハードルを下げる

mercanを立ち上げる時期、メルカリが情報発信において抱えていた課題は「情報が集約された場所がない」というものだったそうです。

「プレスリリースであったり、Wantedlyのフィードへの投稿であったりと、正しく設計されていない状態で様々な場所で情報発信を行っていました。分散している情報を集約し、自社の発信したいメッセージをまとめておく場として、mercanを位置付けました(松尾さん)」

松尾さんがmercanの立ち上げ時に意識していたのは、小さく始めること。いきなりWebサイトを構築するのではなく、オウンドメディアを簡単に立ち上げられるSaaS型のCMS「はてなブログMedia」を活用。デザインもシンプルにし、メディアを始める敷居を低く設定しました。

「mercanを立ち上げて、もし思うように効果が出なかった場合、方向転換や止める意思決定がしやすいように、小さく始めました。メルカリはインターネット・サービスを開発している会社なので、リーン・スタートアップのように "まずは小さくても始めてみる" という考え方がメディアづくりにも反映されています(松尾さん)」
  

小さく始め、少ないリソースでも運営できる体制を構築

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mercanがスタートしたのは、2016年5月。現在では、編集長を務める松尾氏のほかに、編集部には4、5名のメンバーが在籍しています。メンバーは全員、ほかの業務と兼任しながらmercanの運営に関わっています。松尾さんはHRグループに所属し、ほかのメンバーは広報やソウゾウのプロデューサーと兼務しています。

mercanを運営するにあたり、松尾さんが重視したのは小さく始めるだけではなく、なるべくコストをかけないで運用できる体制にすることでした。

「僕自身、日々の業務の中でmercanに使っている時間は2割以下です。基本的にはSlackのオープンチャンネルでコミュニケーションを取ります。ミーティングは週に1度行うだけ。そこでは、今進めている記事の進捗確認や新規の企画の相談、各部署の直近1ヵ月の動きを共有し、どのようにしてコンテンツに落とし込むかのディスカッションを行っています。短ければ30分で終わるミーティングです(松尾さん)」

各メンバーが他の業務と兼任であることは、少ないリソースでメディア運営ができること以外にも、社内から情報を集めやすいというメリットがある、と松尾さんは語ります。

「採用、広報、ソウゾウのプロデューサーと、編集部のメンバーは所属がバラバラです。なので、社内の情報が自然に集まりやすいチーム体制になっています。もしmercan専任であったら、今のように情報は集めにくいと思いますね。各々がどう事業に貢献するか、如何に魅力的な候補者にメッセージを伝えるのか、考えながらmercanにも取り組んでいるので、その視点から社内の情報を集めやすくなっています(松尾さん)」
  

コンテンツの質と更新頻度のバランスを取る

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松尾さんが「mercanに割くのは業務時間の2割以下」と語るように、mercanは必ずしも手間暇をかけてコンテンツを作り込み、更新するというスタンスではありません。

コンテンツのクオリティを追求するよりも、更新し続けることを大切にしています。最初は広報の中澤が「#メルカリな日々」という連載枠を担当して、些細なことでもメルカリでその日あったことを発信し、更新頻度を高く維持していました。メディア運営を続けていく中で、徐々に新しいコンテンツづくりに挑戦し、インタビュー記事などの手の込んだ記事をつくるようになり、記事のバリエーションを増やしていきました(松尾さん)」

コンテンツの質よりも更新頻度を重視する。そうは言っても、コンテンツのクオリティにこだわらないわけではありません。mercanでは「企画」にこだわり、コンテンツを作っていると、松尾さんは語ります。

コンテンツの質を決めるのは企画だと思っています。最初の企画の段階で、仮タイトル、導入部分、何を伝えたいのか、どのような反応が欲しいのかをまとめた企画書を作成します。企画さえ良いものになっていれば、あとはそれを伝えるために最低限の文章を書ければいいんです(松尾さん)」
  

「採用」のためのコンテンツはどのようなものか

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「メルカリの魅力は、やっぱり人なんです」−−松尾さんがこう語るように、mercanでは、メルカリで働く社員を様々な側面から取り上げた記事が多く掲載されています。インタビュー記事からPodcastを活用した音声コンテンツまで、コンテンツのパターンも多様です。これだけ、メルカリのメンバーを紹介するのは、一体どういう目的なのでしょうか。

「メルカリに入社した人が、メルカリで働くことに対してどのような魅力を感じているのかをきちんと伝えていきたいと思っています。メルカリの魅力は "人" なので、入社後に誰と働くのかは、入社を検討する上でとても大切な判断材料になります。メルカリの社内には、メディア露出が多い人もいれば、表にはなかなか出てこないけれど魅力的な人もいる。後者の人たちをmercanできちんと取り上げて、魅力を発信していくことにはこれからも取り組んでいきたいですね(松尾さん)」

魅力的な人を求職者などの社外メンバーに発信するだけではなく、社内メンバーにも認知してもらうことも、mercanの役割の1つ。

「採用は、会社の外から中に新しく人を招き入れる行為ですが、人事の業務はそれだけに留まりません。メルカリは急拡大中の組織なので、隣の席の人がどんな想いで仕事に取り組んでいるのか、全ての情報を共有することは徐々に難しくなっていきます。mercanで社員にインタビューすることで、社内メンバーにその人のことを理解してもらう目的もあります。いわゆる、社内報のような役割ですね。記事を公開する時も社内Slackで告知するようにしていて、気になったポイントがあれば指摘してくれる社員もいます(松尾さん)」

「採用」に関する手法に、社員が「一緒に働きたい」と思った元同僚や友人を会社に紹介するリファラル採用があります。mercanの社員インタビューコンテンツは、リファラル採用にも活きていると、松尾さんは語ります。

「mercanのプラットフォームには、記事がストックされ、価値を発揮しやすい仕組みになっているんです。記事がストックされていれば、その人が元同僚や友人に、紹介したい組織やチームへのインタビュー記事を送るだけで、どのような人が働いている会社かを説明できる。面接前に組織やチームのカルチャーを取り上げた記事を読んでもらうことで、ミスマッチをなくすことを目的にしています(松尾さん)」
  

オウンドメディア、プレスリリース、外部メディアをフラットに捉えて、情報発信に取り組む

mercanはオウンドメディアとして、効果をどう測っているのでしょうか。そんな疑問に対して、松尾さんは「実はKPIは設定していないんです」と語ります。

「更新頻度や、入社時のmercanの認知率を100%にするといった目標は置いていますが、一般的にメディア運営においてKPIになりやすい、PVなどの目標は置いていません(松尾さん)」

PVなどの数字をKPIと設定しないことのメリットについて、松尾氏は言葉を続けます。

PVを追わないからこそ、プレスリリース、オウンドメディア、外部のメディアに取材を受けるという手段の中で、伝えたいメッセージを最適に伝えられる手段を常に選ぶことができています(松尾さん)」

PVKPIに置いてしまうと、目標を達成するために、記事のタイトルがメルカリの伝えたいメッセージと乖離したり、PVが稼げそうなコンテンツをmercanに掲載しようとするインセンティブが働いてしまう、それを避けるために目標の設定が重要だと松尾さんは語ります。

「mercanに掲載するよりも外部のメディアに掲載いただい方が、会社として伝えたいメッセージが伝わりやすいと考えた場合、外部メディアに企画を持ち込むこともできます(松尾さん)」

メルカリでは、PVを追わないからこそ、プレスリリース、オウンドメディア、外部メディアからの取材など複数の選択肢の中から、最も伝えたいメッセージが伝わりやすい手段を、フラットに選ぶことができているそうです。

選択肢もどれか1つを選ぶだけではなく、中には組み合わせて伝えたいメッセージを届ける場合もあるそうです。

「プレスリリースだけでは説明しきれない取り組みがある際は、mercanでも連動したコンテンツを仕込むことがあります。例えば、育児休暇や介護休業支援に関する人事制度 "merci box" の第2弾として妊活や病児保育の費用負担などの制度追加を発表した時のこと。第1弾の発表の際に、"制度はあっても実際使われない会社も多い、メルカリはどうなの?"という懸念の声もネット上であったため、"merci box" の制度がきちんと使われていることを伝えるために、プレスリリースにあわせて実際に育児休暇を取得し復帰して活躍する社員や、執行役員の対談記事をあわせて公開しました(松尾さん)」

参考:
人事制度「merci box」ひとり目に聞く、わたしの育児とメルカリライフ |メルカリ CSグループ 寺岡絵里子 |mercan
【CTO×CFO 対談】メルカリ執行役員の子育てライフ 僕らのmerci boxストーリー |mercan
  

組織や事業の成長フェーズに伴って、mercanも変化していく

2016年5月のリリースから1年以上が経過し、mercanは次に何に取り組むのでしょうか。松尾さんは、最後にmercanの次のステップについても語ってくれました。

「メルカリの事業や会社の成長とともに、mercanも変化していく必要があると思っています。メディアとしての最適なあり方を、もう一度模索している状態ですね。mercan自体の成長のためにも、0からの立ち上げではなく、1から10、10から100に成長させていくためのコンテンツを考えられる仲間を増やせればいいなと。まさに自分とは違ったスキルや経験、志向をもったインハウスエディターを求めているところですね(松尾さん)」

会社は時間と共に事業や組織のフェーズが変わっていきます。会社の情報を発信するオウンドメディアもまた、フェーズに合わせた変化が必要になります。最後に、松尾さんはメルカリでインハウスエディターとして働く上で、どのようなやりがいを感じているのかを語ってくれました。

「編集やメディア運営のスキルは、メディア業界以外の人には中々わかりづらく、評価されにくいものだと思います。ですが、企画が面白いかどうかといった部分も含めて、メルカリではそれを適切に評価してくれます。社長の小泉もmercanの記事を全て読んでくれるし、Podcastも聞いていて、『あの記事良かったよ』とフィードバックしてくれる。社内の人が見てくれているからこそ、よりいっそう頑張れますね(松尾さん)」
  

さいごに

このような観点から組織体制を考え直すと、情報発信に取り組みやすくなるはずです。情報発信を効果的に行っていくためには、組織として取り組むことも欠かせません。

皆さんも、情報発信のみならず、組織づくりの参考にしてみてはいかがでしょうか。