こんにちは。株式会社マルケトのアカウント・エグゼクティブを務める弘中 丈巳です。

今回は、"未来にむけて、社会人が今学んでおくべきこと"をコンセプトに、仕事に活きる最先端分野の講座を毎日開講しているSchooで行った授業「エンゲージメントマーケティングの設計思想」の内容について紹介します。

この授業では、株式会社IDOM デジタルコミュニケーションセクション セクションリーダーの中澤 伸也 様をお招きして、同社が実践されているエンゲージメントマーケティングの内容や、その設計思想についてお聞きしました。

お客様とのエンゲージメントを深め、マーケティングの成果に結び付るための設計についてお聞きしましたので、ぜひ参考にしてください。
  

株式会社IDOMについて

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https://221616.com/idom/

最初に同社の会社概要や事業内容について紹介します。

同社は「ガリバー」のブランドで全国に中古車販売店を展開しておられる日本最大の自動車流通グループです。店舗数は直営店を中心にFCを含めると全国で約550店。中古車の買取台数は2016年2月期で18万996台、販売台数は卸売・小売合わせて18万9,675台と、共に国内シェアNo.1。国内のみならずグローバルに事業を展開されており、サブスクリプションモデルなど、自動車流通の新たなあり方を追求し続けておられる業界のトップランナーです。
  

IDOMのマーケティングの特徴

中澤様は、同社のマーケティングの特徴について、個人から自動車を買い取り、個人に販売する「BtoC」ビジネスでありながら、「BtoB」的なアプローチが求められるマーケティングだと説明しています。

なぜなら、自動車の平均的な購入サイクルは8年に1度程度と長く、アクイジション(新規顧客獲得)が中心となることに加え、お客様が自動車を購入するまでの検討期間も3~6ヵ月程度と長く、エンゲージメントが非常に重要であるからです。

また、同社ではお客様が買い取りや販売などの商談にたどり着くまでの経路として、1.直接来店、2.デジタルマーケティングを経由しての来店、という2つのルートを設定しており、O2O(Online to Offline)を前提としたマーケティングを実践なさっています。

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デジタルマーケティングでは、オンライン広告SEO対策、広告LP(ランディングページ)、自社Webなどに予算を投入し、業界最高レベルのアクイジション・ノウハウによって大量のネット申し込みを獲得しているのが同社の強みです。

しかし、その一方でゴールである商談の成約率(受注率)は低く、リーチボリュームを増やすことで成約数をカバーせざるを得ないという弱点を抱えていました。

さらに、近年は同業他社との競争が激しさを増し、CPA(顧客獲得単価)の悪化やリーチボリュームの頭打ちが顕著になり、マーケティングROIの悪化や労働生産性の低下を招いていました。

そこで同社は、今までどおりリーチの拡大だけを追求するのではなく、お客様とのエンゲージメントを深める方向にマーケティングの取り組みを転換しました。
  

エンゲージメントを深める意義とその手法

中澤様は、エンゲージメントを深めるということは、お客様とのコミュニケーションを深めることと同義であると考えています。

では、どうすればお客様とのコミュニケーションを深められるのでしょうか。

中澤様は、製品やサービスに関するコミュニケーションの深さは、「検討度」と「関与度」の2軸による面積の大きさで決まると言います。

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「検討度」とは、お客様が製品やサービスを買いたいという動機の強さや、目的に適うものを選びたいという意識の高さを指します。「関与度」とは、自社とお客様との関わりの深さです。

中澤様は、お客様の検討状況と歩調を合わせながら関与度を高め、相互理解を深めていくことがコミュニケーションを深めることに結び付くと言います。それを実現するため、同社は「クルマコネクト」と呼ばれる独自のチャット型営業プラットフォームを構築しました。

このプラットフォームを利用した、顧客のマーケティングROIは大幅に向上。また、商談受注率は2.5倍、人事生産性は1.5倍に拡大するなど、業績、業務効率化の両面で大きな成果を上げています(現在一部の導線にクルマコネクトは使用されています)。
  

クルマコネクトを用いたエンゲージメントマーケティング

では同社は、どのように「クルマコネクト」を使って、エンゲージメントマーケティングの成果を上げられたのでしょうか。

ちなみに、「クルマコネクト」とは、お客様の検討状況に応じながらチャットを使って購入希望にマッチしそうな自動車を提案したり、買い取りのご相談に乗ったりするためのプラットフォームです。

先ほど、同社のデジタルマーケティングは、最終的にお客様を商談に導くためのルートの1つであると説明しましたが、「クルマコネクト」によるコミュニケーションは、お客様を店舗に送り込む前段階で、エンゲージメントを高めるためのサービスと位置付けているそうです。

「クルマコネクト」によるコミュニケーションを実践した結果、中澤様は以下の「3つの気付き」を得ることができたと言います。

1. コミュニケーションの深度と受注率の間には明確な相関がある
2. コミュニケーションの深度は定量化が可能である
3. コミュニケーションのシナリオはデザインすることができ、かつPDCAによって向上させられる

同社では、お客様とのコミュニケーションの深度を、最低レベルの「Stage-0」から最高レベルの「Stage-4」まで5段階に分類しています。当然、コミュニケーション深度の高いStage-4のお客様の受注率が高くなるという結果が出ています。

コミュニケーションステージを定量化するためには、下の図のように、まず各ステージの概念上の定義を決める必要があると中澤様は説明します。

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ステージの定義付けを行ったら、次にそれぞれのステージにお客様を振りわけるための定量的なルールを設定します。

同社の場合、コミュニケーションの深度が比較的浅い「Stage-0」から「Stage-2」までのお客様については、Web上での行動内容や行動量といった「行動データ」に基づくセグメント、コミュニケーションの深度が深い「Stage-3」「Stage-4」のお客様については、チャットによる会話内容などの「発話データ」に基づくセグメントを実践しておられます。

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「クルマコネクト」による実際の対話は、「ステージシナリオ」と「会話シナリオ」と呼ばれる2種類のコミュニケーションシナリオに基づいて行われます。あらかじめ用意したシナリオに沿って行い、内容はPDCAを回しながらブラッシュアップしているそうです。
  

ステージシナリオ

ステージシナリオとは、コミュケーション深度が浅いステージから深いステージへとカスタマージャーニーを促すためのシナリオです。同社では、商談における受注率アップという最終成果を得るためには、どのステージで、どのような顧客体験を提供すべきなのかを考えながら、全体最適化されたステージシナリオを設計しています。

ステージシナリオの具体例として中澤様が示したのが下の図です。これは「Stage-0」のお客様を「Stage-1」に進ませるためのシナリオです。ここでは、お客様からの”反応=リアクション”をもらうことがゴールとなります。

Botによる「ご挨拶とサービス説明」のチャット送信に始まり、双方向コミュニケーションのきっかけづくりとなる「このクルマはいかがですか?」といった問い掛け、その返信に対する回答やさらなる問い掛けといった対話を、事前に用意されたシナリオに基づいてやり取りしています。

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シチュエーションやタイミングに応じて、Botによる自動送信、チャット担当者による手動送信、自動提案メールなどの送信手法を巧みに使いわけているのも特徴です。

中澤様はシナリオ設計に必要な要素として、下の図に示した7つを挙げています。

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7つの要素のうち、特に重要なのは「何をしてもらうために」シナリオを作るのかという目的を明確にすることだと中澤様は言います。目的が明確でなければ成果を定量化できず、PDCAも回せなくなるからです。

また、同社はステージシナリオを改善するためのPDCAを回すに当たって、ステージごとのKPI(遷移率)を上げるだけではなく、それによって最終ゴールであるKGI(受注率)がどれだけ上がるのかに着目していると言います。

部分的なKPIだけが向上しても、それによってKGIが上がるとは限らないからです。実際にステージシナリオを設計する同社のUX担当者は、個別のKPIだけではなく、その総和であるKGIがどれだけ上がるのかを見ながらシナリオを改善しているそうです。
  

会話シナリオ

会話シナリオとは、文字どおり、チャットによる具体的な会話内容のシナリオです。

同社の「クルマコネクト」によるチャットにおいては、あらかじめ、お客様のステージや発話内容に応じた会話スクリプトと会話ルールが用意されており、チャット担当者は、それらの厳格なシナリオに基づいてお客様にチャットを返信しています。チャット担当者による対話の自由度を、あえて抑えているというのもポイントになります。

自由度を抑えることによって、チャットのような人的サービスでもWebサイトのABテストのように、シナリオのPDCAを回すことが可能になるからだと中澤様は説明します。その理由は全てを人的にしてしまうと担当者ごとに会話内容が変わり、担当者のコミュニケーション能力に依存してしまうためです。

1人のチャット担当者だけが100点満点の対話をするのではなく、全員が70点の対話をできるようになることも、会話シナリオのルールを細かく設定することのメリットだと言います。
  

まとめ - 今後求められるマーケティングのあり方 -

最後に、中澤様が考える今後のマーケティングのあり方についても語っていただきました。

中澤様は、マーケティングの進化とともに消費者も進化しており、小手先のマーケティングでは通用しない時代がやって来ていると言います。リーチを増やすことよりも、コミュニケーションの質を高めることに重点を置いたマーケティングを実践すべきではないかということです。

また、そうした時代の変化とともに、マーケターの役割も大きく変わろうとしています。単なるプロモーション担当者ではなく、顧客体験を高めるUXプランナーとしての役割がより重要になってくるだろうと指摘されました。

リーチ重視からエンゲージメント重視へと発想を転換し、対話を通じて顧客体験を高めようとしている同社の取り組みは、まさにそうした思想を反映したものだと言えそうです。