年々領域が広がるWebマーケティング。その中で、マーケターはどのようなスキルを身につけ、企業に貢献すれば良いのでしょうか。自身のスキルや評価に悩んでいる方もいるはずです。

オイシックスドット大地株式会社のCMT(チーフマーケティングテクノロジスト)である西井敏恭 氏は「ユーザーの“買いたい気持ち”を作るのがマーケターの広義である」と述べています。

前回、西井氏とferret 創刊編集長 飯髙は、*“イケてるマーケター”*をキーワードにマーケターにとって必要な要素に迫りました。後編では、“マーケターの評価”を軸に企業とマーケティングの具体的な関わりについて語ります。

参考:
結局、イケてるマーケターって増えましたっけ?【オイシックスCMT 西井氏×ferret 創刊編集長 飯髙 対談|前編】|ferret

西井敏恭 氏 プロフィール

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西井敏恭(にしい としやす)

オイシックスドット大地株式会社 執行役員 CMT(チーフマーケティングテクノロジスト)、株式会社シンクロ代表取締役社長。

1975年5月福井県生まれ。2年半にわたって世界一周しながらアジア、南米、アフリカ各地で旅行記を更新。Webサイトがクチコミで広がるなど大人気となる。帰国後、EC企業にてWebマーケティングに取り組む傍ら、旅行を続け訪問した国は100カ国以上。世界一周したWebマーケティングのプロとしてデジタルマーケティングフォーラム、ad:techをはじめ、全国で講演を行い、雑誌や新聞、テレビなどメディア掲載多数。

オイシックスドット大地株式会社ではデジタルマーケティングを推進するために、ECやIT部門を管轄し、株式会社シンクロではコンサルティング事業を軸に、主に大手企業でのデジタルマーケティングに取り組んでいる。

デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法(MarkeZine BOOKS) | 西井 敏恭 | Amazon より引用

マーケターが“スキル”と“ユーザー視点”を身につけるには?

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飯髙:
西井さんは「(ユーザーの)買いたい気持ち作り」をマーケティングの定義としてあげていました。マーケター自身が勉強をしていく上で、ユーザー視点を身につけるには、どうしたら良いのでしょうか?

西井 氏:
デジタルマーケティングは、実践すれば比較的すぐに結果がでるし、その結果も定量的に出ますよね。なので、例えば、Twitterでフォロワーを増やそうと考えたとき、2,000人のフォロワーを増やせた人は、1,000人の人よりも確実にユーザーの事をわかっていると言えます。

フォロワーを2,000人に増やすために試行錯誤することで、自然とユーザー理解へと繋がります。ただし、Twitterの仕組みを調べてスパム的に増やした場合は例外です。ユーザー視点とは言えませんからね。

もちろん、TwitterだけでなくSEOリスティング広告にも様々なノウハウがありますし、書籍から学ぶこともできます。ただ、読書だけで普段から行動していないと、実践はできません。座学で学んだことを自ら試してみることでユーザー視点と実務スキルを身につけられます。

飯髙:
どんなプラットフォームも根本的なルールは変わりませんよね。アップデートによって仕様が変わっても、そもそもの使い方は変わらなかったりします。Facebook広告Google AdWordsも、基本的にCTRが高い広告を目指すことは共通しています。配信するプラットフォームやセグメントが異なるだけですからね。

評価が変われば“良いマーケター”が生まれる

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飯髙:
次に、伺いたいのが「マーケターの評価」です。今後マーケターを育てるという意味合いで、どのように評価していけば良いでしょうか。

西井 氏:
評価には、まず定義が必要ですよね。マーケティングの手法が多様化しているので、まず、整理する必要があります。もしかしたら、過去の手法でもう通用しないものもあるだろうし……。

僕はコンサルティングの仕事の一環で、経営者の方から「Webマーケティングの責任者を採用したい」というお仕事をいただくことがあり、面接に参加する機会があります。

その際、どういった施策を行った経験があり、成果を出したのか深掘りして聞くようにしています。それをもとに、スキルセットを明らかにできるのですが、これは自身がマーケティングに携わっているからであって必ずしも正解というわけではありませんが……。

飯髙:
そういったスキルセットの判断ができる人っていうのは、どうやったら生まれるんですかね。

西井 氏:
一定の知見のある経験者であれば、スキルセットの判断自体はできると思います。例えば、高校で甲子園に行くくらい野球をしていた人であれば、フォームの良し悪しの判断はできると思うんです。

マーケターの領域には、そういった人が少ないから評価しづらいのかもしれません。デジタルマーケティングがそもそも新しい分野ということもあるため、僕が第一世代くらいなんですよね。なので、自分を含めそういった人たちが評価を行える状態を作らなければと思っています。

飯髙:
マーケターを目指してもらえる環境作りも今後大切になると思いませんか?例えば、「社長に憧れる」のように“社長”は憧れの対象になりますが、「あのマーケターに憧れる」はあまり聞かない気がします。

西井 氏:
社長になりたい人って結構いると思うんですよ。マーク・ザッカーバーグのように、わかりやすい憧れの対象がいますから。でも、「財務部長になりたい」とかはあまりないですよね。それと近いのかなと思います。

僕自身、あまり憧れるマーケターのような人はいなかった。あえて言うとすれば、前職(株式会社ドクターシーラボ)や現職(オイシックスドット大地株式会社)の社長です。彼らは、社長であり一流のマーケターなんです。

根本的な原因として、マーケターが評価されていないというのもありますし、評価が変われば良いマーケターが生まれると思っているんです。いずれ、「あのマーケターって憧れるよね」って言ってもらえるように僕ら世代も頑張らなくてはならない。

僕からすると、優れている会社はマーケティングが優れているイメージがあります。実は、経営とマーケティングってほぼイコールなのではと考えています。

「良い企業」は「良いマーケティング」を行っている

ユニクロやZOZOTOWN、Appleから学ぶ優れた体験重視のマーケティング施策

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飯髙:
たしかに、マーケティングが上手いなっていう会社は、商材の見せ方や売り方がとても上手いし、「憧れの企業」として世間から見られている気がします。余談なのですが、僕は冬場にユニクロのセーターをよく着るんですよ。カシミヤ素材の9,000円程度の商品なのですが、それでも幸せに感じるんですよね。*3万円くらいするセーターも着るのに、9,000円で嬉しいなと感じる。*これもユニクロのマーケティングの上手さですよね。

西井 氏:
そうですよね。良い企業は良いマーケティングを行っています。単にEC運営を行うだけでなく、オムニチャネルもしっかり行っていますし徹底していますね。

たぶん、今からパソコンメーカーを立ち上げて、「良い製品を作ろう!」とスペックやハードウェアにこだわったら、おそらく潰れるんですよ。テクノロジーの最先端で頑張ろうと思っても、きっと売れません。

そうではなく、特定の人にだけでも良いので「ユーザー体験をどう作るか」を考えることができたら結果が大きく変わると思います。

飯髙:
まさにAppleの凄さがユーザー体験ですよね。決してスペックが究極的に高いというわけではないじゃないですか。箱を開ける瞬間の体験にもこだわっていて、箱1つの原価600円掛けているんですよ。

箱と言えば、AppleだけでなくZOZOTOWNもこだわっていますよね。単なる段ボールではなく、デザイン性の高い箱で、しかも開けやすい。箱だけをリメイクしたり再利用しているユーザーもいるそうなんです。これもユーザー体験ですよね。

西井 氏:
他の企業だったら、化粧箱はコスト削減の対象になりますが、箱を開ける体験に着目したのは凄いですよね。そういう会社は、本当に凄いと思っていて、必然的に良いマーケターが集まってくると思いますよ。

参考:
異例の1個600円 iPhone「箱」に革命(下):日本経済新聞

普段の生活の中でユーザー視点を持つことが大切

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飯髙:
そういったユーザー視点のマーケティングを実現するには、普段から商材に触れたとき「なんで、こうなっているんだろう?」と考える人が増えれば良いだけなんですけどね。

西井 氏:
そうなんですよね。僕の友人に広告のクリエイティブを作っている方がいます。彼と車にのっていると、交通広告を見ながら「あの場所にあのクリエイティブは意味ないな」とか「すごく良い広告だ」とかつぶやくんですよ。すぐにメモを取っているし。普段の生活の中で、自身がユーザーとして刺さるものは何かを見ているだけで全然違いますし、その差は大きいと思いますね。

飯髙:
ぼくもWebだったら、「なんでこの広告を僕にターゲティングしているんだ?」とか「クリエイティブが凄く良いのに、LPOは全くだめだ」とか考えてしまいますね。

西井 氏:
そうそうそう!あと、Webの場合は、身近なので学びやすいことがメリットですよね。テレビCMの時代であれば、マーケターになりたくてもCMの裏側が一般人にはわからないじゃないですか。例えば、「この番組の買い付けはいくらでやってるんだろう」「GRP(CM1本毎の視聴率)はいくらだろう」のように。

でも、Webであれば自分でクリエイティブを作ることもできるし、出稿も簡単にできます。検索すれば、リスティング広告の出方もわかるし、それがキッカケで自然と購入した体験もストックされますからね。

オイシックス CMT 西井 氏が考える理想のマーケターとは

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飯髙:
最後に西井さんが考える理想のマーケターについてお話してもらえませんか?

西井 氏:
僕が言うのもおこがましいけれど……。やはり、*お客様のことを考えてサービスを提供している方ですね。*先ほど、飯髙さんがZOZOTOWNの例を挙げていましたが、株式会社スタートトゥデイの前澤友作さんは、一流の経営者であり一流のマーケターだと思っています。

単に数字だけを見てマーケティングをするのではなく、その先のユーザーの体験を考えている。また、流行に甘えるのではなく、変化を恐れずに大きな判断が出来る人が理想的ですね。

飯髙:
変わることを怖がってしまう人は絶対にマーケターに向いていないですよね。それに、全体最適できるマーケターは良いですね。今ってマーケターは、部分最適になりがちじゃないですか。「広告をやるならこの方法」のように。

でも、企業のKGIって売上なので、それに対してどう貢献できているのかを分解して理解出来ている人が少ないと思います。例えば、自社商材をメディア露出することにどんな意味があったのかを全員が追えているわけではありません。施策ごとにCPAで考えすぎてしまう風潮も怖いですよね。

西井 氏:
たぶん最初からそれって難しいと思うんですけど。僕はよく「いろんな企業にマーケティングの責任者がいないから意思決定ができない」という相談を頻繁にされます。

“全体最適で意思決定できる人”というのがマーケターの理想やゴールだったりするかもしれないですよね。

「社長黙っとれ。お前はお金だけ調達してくればいいんだ」と。(笑)

あと、大きい会社ほど部署が細かく分かれていて、小売業界であれば、店舗とネットショップと卸に分かれていて、部署間で関係性が悪くなるみたいなことも頻繁に耳にします。でも、*お客様からの見え方は部署ではなく企業そのもの。*1つなんですよね。

お店で良い体験をしたらネットショップでも買いたいと思いますし、逆もしかり。どの接点であろうと関係ないんですよね。現場にいるとその考え方って難しいのですが、全体最適できるマーケターは理想的です。

まとめ

デジタルマーケティングは定量的に結果がわかるため、成果を可視化しやすいという特色があります。一方で、数値のみを過信することは禁物です。

マーケターとして特定の領域のみに最適化されるのではなく、全体最適で意思決定が行えることが重要です。

また、西井 氏が「良いと感じる企業は良いマーケティングを行っている」と述べるように、良質なユーザー体験を知ることも大切です。優秀なマーケターを目指すためのヒントとなるでしょう。

Photo by Ryutaro Kataoka