テクノロジーの急速な発展などの影響を受け、Webマーケティングの施策や手法、ツールの多様化は日々進んでいます。そのため、担当者は目的に応じた施策の使い分けや、幅広い知見が求められるようになっています。

しかし、全てのスキルを身に付けようとすると膨大な時間と労力を要します。マーケティングに携わる方の中には、自身のスキルアップの方法を模索している方もいるはずです。

ferretでは、2016年3月より「マーケティングジャーニー」という企画を行ってきました。これは、現・オイシックスドット大地株式会社 CMT(チーフマーケティングテクノロジスト)である西井敏恭 氏が“20代〜30代半ばの注目のマーケター”にインタビューする企画です。

「イケてるマーケターを増やしたい」という想いで始まった企画を終え、その想いを実現することはできたのでしょうか。1年10ヶ月が経過した今、改めてferret 創刊編集長 飯髙悠太が西井氏に伺いました。マーケターにとって必要な要素とは何か、二人の会話から学ぶことができるでしょう。

参考:
イケてるマーケターを増やしたい!西井敏恭の連載企画「マーケティングジャーニー」【第0回】ferret編集長 飯髙悠太|ferret

西井敏恭 氏 プロフィール

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西井敏恭(にしい としやす)

オイシックスドット大地株式会社 執行役員 CMT(チーフマーケティングテクノロジスト)、株式会社シンクロ代表取締役社長。

1975年5月福井県生まれ。2年半にわたって世界一周しながらアジア、南米、アフリカ各地で旅行記を更新。Webサイトがクチコミで広がるなど大人気となる。帰国後、EC企業にてWebマーケティングに取り組む傍ら、旅行を続け訪問した国は100カ国以上。世界一周したWebマーケティングのプロとしてデジタルマーケティングフォーラム、ad:techをはじめ、全国で講演を行い、雑誌や新聞、テレビなどメディア掲載多数。

オイシックスドット大地株式会社ではデジタルマーケティングを推進するために、ECやIT部門を管轄し、株式会社シンクロではコンサルティング事業を軸に、主に大手企業でのデジタルマーケティングに取り組んでいる。

デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法(MarkeZine BOOKS) | 西井 敏恭 | Amazon より引用

2017年“イケてるマーケター”は増えたのか?

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飯髙:
以前、西井さんと「マーケティングジャーニー」という企画で対談を行いました。その時、「イケてるマーケターを増やしたい」という想いがありましたが、西井さんの肌感覚でなにか変化はありましたか?

西井 氏:
僕が「マーケティングジャーニー」で対談した方々は、皆継続して活躍されてらっしゃいますね。でも、新たにイケてるマーケターが増えたかと言われれば……理想的な状態にはほど遠いですよね。

飯髙:
そうですよね。マーケターの有効求人倍率も凄いことになっていますよね。「マーケターがいない問題」みたいな……(苦笑)

マーケティングって新卒の時、ある種の憧れがあるじゃないですか。新商品開発のイメージなど。でも、いざ入社すると泥臭い仕事を任されたりします。そういう問題もあるかもしれませんね。

西井 氏:
泥臭い仕事は多いですね。でも、マーケターのスキルが可視化できないことも問題かなと思っています。

若手に限らず、マーケターが優秀かどうかというのは見えづらいんです。僕が20代のころのWeb業界であれば、SEOリスティング広告を運用できれば良かった時代でした。しかし、今はFacebook広告を運用したり、DMPも理解していないといけない。加えてデータ分析も必要です。

やらなければならないことが多様化してきているため、上司も全てを理解できません。若手自身もどこから入ってきたら良いのかがわからない。

僕の時代であれば、「SEOが今アツい」と聞いたら1年間死ぬ気で頑張る。すると、業界でトップクラスのプロフェッショナルになれたんですよね。

今は「デジタルマーケティングが出来ますよ」と言っても、具体的に何が出来るのか漠然としてしまう。スキルを可視化できないことは大きな問題だなと思います。

情報が多様化する時代に変化した「マーケター」の定義

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飯髙:
そもそも、マーケターって、一般的に「売れる仕組みを作る人」などと定義されると思います。僕はメディアの人間なので、その視点からお話をすると、プラットフォームの多様化やデバイスの変化が起きている中で、ユーザーにいかに買いたい・使いたいっていう体験を提供するかってことが大事と思っています。仕組みもそうですけど、“ユーザーにとって”という部分がすごく重要だと感じています。

西井 氏:
そうですね。「マーケティング」を日本語で説明すると何か。という話でいえば、「買いたい気持ち作り」という言葉を、オイシックスドット大地株式会社の代表である高島から教わりました。

じゃあ、ユーザーが「買いたくなる」ためにはどうしたらいいのか。それを考えられるのが広義の意味としてのマーケターだと思います。すると、社員全員がマーケターでなければなりません。「マーケティング」という言葉が特別じゃなくなるのかもしれないなと思っています。

飯髙:
そうですね。経営とか人材採用や育成もすべてマーケティングと言えますね。

西井 氏:
学生の頃、数学や国語が必須教科だったように、お客様と接点を持つ全ての領域の人にマーケティングは必要です。

でも、企業では、「広告宣伝」や「商品開発」をやっている人が「マーケティング部」に所属している場合が多いんですよね。そのどちらかを「マーケターの仕事だ」と言う人もいますが、実際に行うお客様とのコミュニケーションってそこだけではありませんからね。

マーケターの仕事は、“リード獲得まで”だと思っていませんか?

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飯髙:
BtoB企業のマーケターの場合だと、リード獲得までがマーケティングだったりしますよね。そして、インサイドセールスに引き継いでナーチャリングを行って最終的にフィールドセールスが商談を行う。これが一般的じゃないですか。

これは、すごく“いびつな構造”だと思っていて、マーケターが獲得する「リード数」とセールスが求める「リードの質」などそれぞれリードに対する認識がズレる原因だと思っています。

弊社(株式会社ベーシック)だと、マーケターとインサイドセールスの距離が近く、どういうリードがアポに繋がるのかを一緒に行っているので、こうなると部署問わずマーケターだなと。最終的に全てが一つに繋がっているイメージです。

それにしても、マーケターのイメージって「リード獲得」のように、なぜ新規獲得みたいなイメージができてしまうのでしょうか。

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西井 氏:
それはおそらく、マス広告のイメージが強いからではないでしょうか。テレビCMが全盛期の時代であれば、新商品の告知や認知がマーケティングでした。企業とお客様のコミュニケーションは一方的で良かったし、事実それで完結していたのかもしれません。

いまは、ユーザーが企業に問い合わせてセールスの態度が悪ければ、インターネット上にクチコミを書き込まれることも多いですし、それを検索したユーザーがネガティブな印象を持つことがあります。

そういう事象が当然のように現れているため、*一方的なコミュニケーションでは完結しません。*情報の多様化がマーケティングの定義にも大きく関連しているのではないでしょうか。

飯髙:
たしかにそうかもしれません。プラットフォーマーもユーザーのデータを取得できるからこそ「継続顧客が大切だ」という見方が徐々にできるようにはなってきていると思います。

1年間徹底的に学べばプロフェッショナルになれる

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飯髙:
先ほど西井さんがおっしゃっていた「1年間死ぬ気でやればプロフェッショナルになれる」という話で思い出しました。僕も、2012年に、当時Facebookにアプリケーションを入れられる時代だったのですが、そのとき「Hivelo Social Apps」というサービスをやっていました。

時代の流れもあり今はクローズしていますが、無料で誰でもFacebookにアプリケーションを使うことができて、Facebookページに、地図ページを作れたり、ウェルカムページを生成できるというサービスでした。1年間で14万ページくらいに導入されたんです。海外で先駆けられていたビジネスモデルの踏襲なのですが、日本国内でシェアNo.1になりました。

西井 氏:
それを実際にやり抜いたことって正しいですよね。だから、本当に1年間である程度の領域まで到達できるんですよ。飯髙さんは、実際にFacebookを利用したサービスに携わっていたからこそ、今でも詳しいですよね。

飯髙:
当時得たノウハウが活きることがありますね。

西井 氏:
当時を思い出すと、そういった経験が沢山あります。2003年にGoogle AdWordsが日本上陸した時、「検索結果広告が出せる!」とテンションがあがりました。

飯髙:
しかも、当時は数円とかで出稿できましたよね。(笑)

西井 氏:
そうそう!なんて最高なんだと思いました。誰でも入札できるのも衝撃でした。そして、2004年にはアフィリエイトが流行しました。成果報酬型なので、売れた分お金を払えば良い。そこから、SEOが広まり、Googleアナリティクスの無料提供というのも大きな出来事です。

予算の無い個人や中小企業でも、ユーザーの行動に基づいたマーケティングの施策が行えるようになりましたから。今では当たり前のことが、1年に1つずつくらいのペースで登場するわけです。それらを、1つずつ勉強してきました。

勉強を行う上で、「ソーシャルメディアのリテラシーは98点」のように、スキル毎に点数を可視化できると良いですよね。特定のスキルが尖っている状態も悪くはないですが、業界で有名な人も、ある領域では50点しか取れていないといったこともわかるようになる。マーケティング領域ごとに点数で可視化できれば、若手が活躍する場もできるのではないでしょうか。

“自ら試す”ことがマーケティングのスキルを身につける秘訣

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飯髙:
全ての領域で可視化できると良いですね。西井さんは、デジタルマーケティングの知見がとても広いじゃないですか。どんな分野のイベントに登壇しても語れますよね。

それは、新しい手法やツールが登場すると試すという思考があるからこそですか?

西井 氏:
僕の「成功体験」は、自分が試すというところにあるかもしれません。例えば、Facebook広告を自分のクレジットカードで利用できるようにしています。Google AdWordsもそうだったのですが、自分自身で管理画面を開いて出稿しないと、仕組みがわからなかったりするので、そこへの興味があります。

先ほどの話にあったように、僕の時代は1年に1つくらいのペースで新しい手法やツールが登場していましたから。もし、2015年くらいに業界に入っていたら、やることが多過ぎて何をやったら良いのかわからない気もするけど……。

*私自身が「職業:マーケター」と思っていること大きいかもしれません。*意識の違いだと思うのですが、私の前職(株式会社ドクターシーラボ)の同僚は、皆自分たちのことを「化粧品屋さん」と思っているはずなんです。

もしかしたら、オイシックスドット大地株式会社のメンバーの中には自分たちを「八百屋さん」と思っている方もいるかもしれません。特に、BtoC向け企業だと、自分は「●●屋さん」という思考が強い気がしています。でも、僕は、「化粧品屋さん」や「八百屋さん」ではないですからね。

「デジタルマーケティング屋さん」だと思っているし、マーケターという意識がすごくある。だからこそ、その領域に関しては何でもやりたいし、楽しみでもあります。

「八百屋さん」で言えば、キャベツに詳しいだけだと仕事として楽しくないじゃないですか。でも、八百屋さんが野菜の種類や産地、調理方法を知っていれば、仕事の領域がどんどん広がっていきます。

飯髙:
その物事だけでなく、背景などを踏まえて理解することって大切ですよね。

西井 氏:
そうですね。今のマーケティングは全てが掛け算なんですよ。例えば、マーケティングオートメーションって、データベースマーケティングCRM、メール配信みたいな複合的な要素が求められます。なので、特定のスキルだけを習得しても実務上厳しい場面が多々あります。

マーケティングを実践的に学ぶベストな方法とは

アフィリエイトから一連のマーケティング施策を学ぶ

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飯髙:
今後、さらに手法やツールが多様化していくことが考えられますよね。若手マーケターはどうやってスキルアップしたら良いのかなって。

西井 氏:
それは難しい問題ですよね。1つは「自分はマーケターだ」と思うことが大事かもしれません。実は、プロ意識というのはとても重要な要素なんです。

近年では*「特定の領域だけのスキル」には、あまり価値がなくなってきている気がします。*例えば、マーチャンダイザーであれば、自社で販売するものがどういう商品なのか、市場から見た価値はどれくらいなのか知らなければならない。でなければ、自分が好きな商品だけを見てしまうからです。

だからこそ、自分はマーケターだというプロ意識を持つことで、仕事そのものが変わると思うんですよね。その上で勉強方法を考える。

私はよく「マーケティング」を学びたいという方に、「アフィリエイトをやった方がいい」と言うんです。でも、半分くらいの方はやりませんが、その時点でもういいんです。その人にはやる気が無いので。

やり始めるとサイト構築からデザイン、集客、リピーター施策などマーケティングに必要な経験ができます。無名の一般人が立ち上げたブログに過ぎないわけで、必ず苦労しますよね。だから工夫をするようになるんです。

また、アフィリエイター視点で「自分がブログを書いて売りたくなる商品やサービスってなんだろう」って考えることもできます。やらされ仕事じゃなく、能動的に動くから、すごく勉強しやすいんですよ。

アカウントの運用手段は自由。Twitterでフォロワーを増やす

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飯髙:
ferretでは、新人教育としてTwitterの個人アカウントの運用をやってもらうんですよ。視点として西井さんと同じですね。フォロワーを増やす方法などにルールは設けず自由にやってもらいます。有名人ではないので、簡単にフォロワーは増えません。

なのでツイートすることから始め、自分の好きな分野に特化したツイートをして増やしたり、相互フォローしたり。入社2~3ヶ月で1,000フォロワーに達するメンバーもいれば、全くやらないメンバーもいる。質もそうですが、まずは量をこなさないことには始まらないと思っています。そこから、今後の成長やその人自身の行動力も見えてきますね。

西井 氏:
そうなんですよね。はっきり分かれると思います。だから、マーケティングがわからないとかではなく……私もまだわからないですし。(苦笑)

「教えてくれない」ではなく「自分でどこまでやれるか」を知り、実践する人だけが学べるんですよね。

飯髙:
マーケターだけに限った話ではないですが、“やった気になった人”っているじゃないですか。読書は良いことですが、実務書1冊で出来る気になったり。西井さんの本を読んで、「継続率上げられるぜ!」みたいな。

西井 氏:
読書と併せて色々実践してくれれば良いんですよね。やっている内に「上手くいかないぞ」とか「違うかも」とか。

でも、読書だけで済ませる人って「これは自分がやっても上手くいかないな」と思った段階で辞めてしまう。本当は読書で感じた課題感をベースに組み立てていくと、その(本の)裏側にある99%のスキルが身につくから。

まとめ

2016年に行った企画「マーケティングジャーニー」で語った理想像とはほど遠いと語る西井 氏と飯髙。その要因として、マーケティング手法やコミュニケーションの多様化と、それに伴うマーケターの評価の難しさを挙げています。

多様化する「マーケティング」を一気に学ぶことは決して簡単ではありません。しかし、新しい手法を知り、1つずつ自ら試すことがスキルを身につけるためには大切です。

また、自身がマーケターであるという意識を持つことで、特定の領域にとどまることなく、スキルの領域を広げていくことができるでしょう。もし、自身の成長に課題を感じているのであれば、参考にしてみてください。

Photo by Ryutaro Kataoka