Webの世界において、実店舗同様に「ユーザー視点の接客」がより重視される時代になりました。

単にWebサイトやECサイトを開設するだけでなく、ユーザーにとっての体験も考慮したマーケティングを実施することが大切です。しかし、実際には、何を優先して、どういった手を打てばいいのか、悩んでいる担当者が多いのではないでしょうか。

今回、Web接客ツール「Sprocket」を手がける株式会社Sprocket 代表取締役社長 深田浩嗣 氏に、Web担当者が意識すべきWeb接客のポイントについてferret Founding Editorの飯髙悠太がお聞きしました。

深田浩嗣 氏プロフィール

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1976年10月7日生まれ 京都府出身

京都大学工学部情報学科卒業
同大学院情報学研究科中退

2000年 株式会社ゆめみ 創業
2014年 株式会社Sprocket 創業

15年に渡りモバイル領域でのデジタルマーケティングを提供しECを中心に200社以上の立ち上げ・改善を実施。デジタルマーケティングの有り様は企業と顧客の関係に日本古来の 「おもてなし」の姿を実現するように変革していくはずだとの思いから2014年、株式会社Sprocketを設立、Web接客手法でコンバージョンを最適化するツール「Sprocket」を開発・販売する。短期的なCVRの向上にとどまらず、中長期的なLTVの向上を支援することを目指している。

引用:代表取締役プロフィール | Sprocket

Webマーケティングにおける「おもてなし」とは?

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飯髙:
深田さんが自社のWeb接客ツール(Sprocket)やマーケティング改善施策について語る時「おもてなし」というキーワードを用いていますよね。マーケティングという文脈において、「おもてなし」とはどういうものなのでしょうか?

深田 氏:
私の出身が京都っていうのも関係あるかもしれませんが、京都のお茶屋さんとか老舗の旅館などでお話を聞いていると、「おもてなし」をデジタル領域で取り入れられる部分が沢山あると思っているんです。

おもてなしという単語自体は一般的に「滅私奉公」のようなニュアンスで使われることが多いですが、実は本質は「切磋琢磨」的な意味なんです。

おもてなしを受けるには、それを十分に味わえるよう自らの鑑賞眼を高めないと、理解できないという側面があります。

逆におもてなしをする側は、期待を越えられるように頑張るといった切磋琢磨が、「おもてなしの本質」だなと思います。

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飯髙:
少し前に「ちょっとした心遣いと提案でいっそう強くなるロイヤリティ:お肉屋さんからの一本の電話」という記事がTwitterで話題になっていました。

「常連さん(記事の筆者)が好きな豚肉の取扱が無くなったという電話をしてくれて、その代わりに常連さんの好みを知って違う種類のお肉を送ってくれた」という内容で、それはまさに「おもてなし」だなと思いました。

参考:
ちょっとした心遣いと提案でいっそう強くなるロイヤリティ:お肉屋さんからの一本の電話 | 考える練習

コミュニケーションの取り方ってWebとリアル(実店舗)を分けて考えるのではなく同じ状態であるべきだと思っています。

メディアなどで、読み進めている途中で急にバナーが出てくるとか、あまり気持ちがいいものではないじゃないですか。でも、読み終えたタイミングで関心のある記事を出してくれたら嬉しいなと感じられる。

Web接客とはなにか?

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飯髙:
おもてなしを実現する方法のひとつとして、Web接客ツールを手がけられているとのことですが、ツールベンダーさんごとに機能など様々ですよね。深田さんは「Web接客」をどのように定義しますか?

深田 氏:
広義としては、Webサイトの中にいるユーザーに対して、ページ以外の手段でコミュニケーションすることを「Web接客」と定義しています。UIなどの文脈で言えば、ポップアップやチャットなどをWeb接客と説明することもありますね。

ポイントになるのは、Web接客ツールには様々な使い方が存在するということ。お店を例えとして考えてみると結構わかりやすいです。

ショップの販売員の接客だけでなく、百貨店の入口付近のサポートデスクや、お店の入り口に置いてあるセールの看板などをイメージしてみてください。実店舗もお客様の状態に合わせた様々な接客がありますよね。

実店舗では物理的にそれぞれ異なるため役割が明確になるのですが、Webとかデジタルも使い方は多様であるにもかかわらず、ポップアップかチャットのような機能にフォーカスされやすいため、Web接客とはなにかというイメージをしづらいのかなとも思います。

僕らのご提案のゴールとしては、コンバージョン上げましょうということが多いんです。他にも、例えば、コンシェルジュのようにお客さまのサポートのUI支援として使っていただくこともあります。

そして、UIの支援がコンバージョンの改善につながっているケースもあるので、何の用途なのかなっていうことと実際のシナリオの内容のずれが起きないようにっていうのは、気を付けて作っていますね。

Web接客のシナリオづくりとは?

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飯髙:
Webの場合、実店舗のように接客のシナリオをイメージするのが難しいじゃないですか。どうやってシナリオを作っていくのか、事例を交えて教えていただけますでしょうか?

深田 氏:
生活雑貨の企画から製造、小売りを手がける中川政七商店さんの EC事例なのですが、ここは特徴的な商品を沢山扱っているサイトなんですね。

基本的には色々な商品へ目を触れられる機会を作ったほうがユーザーにとっても嬉しいと思いますし、その結果、売上に繋がるのではないかと考えました。
その豊富な商品をどのように案内すべきかという事を何パターンか試したのです。

Sprocketの鉄板のシナリオとして、ランキング形式で人気商品を紹介するものがあります。中川政七商店さんの場合、そのシナリオで誘導され、クリック率も高かったんですけれども、その後のコンバージョンにはそこまで影響しなかったんです。

そこで次の仮説として、人気があるから買うっていうタイプの商材ではなくて、その季節に合った旬の商材のご案内をしたほうがいいのではないかと考えて、「今の季節のおすすめ商品」のようにポップアップの案内を換えたところ、コンバージョンが改善しました。

その後は季節ごとに商材を換えて運用を続けて効果を維持している、というようなことがありましたね。

やはり「商材の特徴」だったり、そこに来てるお客さんが抱く、ブランドや商品への期待感に答えようとすることで接客効果が上がるなと思った事例です。

改善系の施策では「Aサイトでの成功をBサイトでやってもうまくいかない」とよく言われていますがその典型例だと思います。

参考:
接客を通してファンを作る。Web接客で再訪率がアップ 株式会社中川政七商店様 導入事例 | Sprocket

飯髙:
確かに、同じアパレル商材を取り扱っているからといって、ファストファッションとハイブランドではお客さんが持つ期待感は明確に異なりますもんね。まさに、リアルな接客に近い視点でシナリオを作っているんですね。シナリオを設計する上で、絶対に外せない考え方ってありますか?

深田 氏:
本当にシンプルに、どれだけ「ユーザーさんの視点で考えられるか」ですね。特に僕らはイメージするのは、「この人は目の前にいる」ということ。

あとは、実店舗をイメージすることが多いんですけれども、お客さんがどういう気持ちで来店して、それに対する接客を行うことでどういう反応が得られるのか。仮説や想像力ですね。

Web接客ツールの使われ方として、サイト訪問した瞬間に何かポップアップなどが出てきてキャンペーン告知とか、割引のお知らせが出てくるみたいなケースが多いのではと思います。しかし、実店舗ではそういった接客はしませんよね。

やはりそういう使い方では本質的な成果に繋がらないと感じています。

飯髙:
急に入って「30%OFF」って言われても、まだ買うかも決めてないですからね。だったら目当ての商品を先に見つけさせてほしいですよね。

深田 氏:
そうですね。実店舗でお客さんと接するときをイメージして仮説を立てる。その上で、なんの案内を最初に見せるのがいいかのシナリオを決めることが大切です。

飯髙:
極論かもしれませんが、もしECサイトを運営するのであれば、実店舗の人が運営するのが良いのではないかと思いました。

深田 氏:
おっしゃる通り、それがベストなケースもあると思いますし、実際に我々もエース級の販売員の方にヒアリングすることがありますよ。やっぱりお店の人の話を聞くと、話掛けるタイミングには相当気を使ってるなっていうのが、よくわかるんですよね。

Web上でユーザーに話掛けるタイミングに気を使うことって、いままでできていなかったのではないかと思います。ポップアップを出すタイミングのコントロールができるのはWeb上の施策でも面白い部分だなと思っていて、それで効果の数字もかなり変わるんですよね。

サイト改善のPDCAを回す時に気をつけていること

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飯髙:
ここまで接客のシナリオの作り方は実店舗のようにするというお話でした。そこからさらに改善するためのPDCAを回すときに気をつけていることはありますか?

深田 氏:
PDCAを回すとき、まず僕らが気を使っているのは、次の3つのポイントですね。

  • どういう接客をするのか
  • どういう人に向けて施策を打つのか
  • どこの場所(サイト)で出すのか

なので、どこからチューニングしていくのか順番を決めることが重要です。

細かいTipsのようなお話しですが、セグメントが大きすぎると狙いが絞れないし、小さすぎると効果が低くなるなど、適切なサイズを見ていかないと結果に繋がりません。もしくは、セグメントするユーザーの量によって仮説がなかなか検証しづらくなることもあるでしょう。

*セオリーとしては、ある程度母数の大きな集団に対して施策を当てることです。*そこから細分化していくというアプローチを取ったほうが検証しやすくなります。

その仮説を立てて実施した結果の評価をどうするかというのがかなり難しいポイントです。数字は片方のパターンのほうが優れていれば常に勝ちというわけではないので。

やはり基本的にはいろいろな角度で見ないと、本当に勝ってるかどうかは、なかなかわからないと考えています。

弊社のデータサイエンティストが言っているのですが、データって一定期間見ていると、本当は優位じゃなくても、一瞬だけ優位になることがあるそうなんです。そういう意味でも、多角的にデータを見るのはとても重要だと思います。

そして、企業さまの経験からくる肌感覚が、実は当たったりすることもあります。このように定性的に違和感があれば、もう少しだけ継続するか、見直しの判断をする。定量、定性で総合的に見ながらやることが大切ですね。

飯髙:
確かに定量データで見ていても、外的要因によって大きく変化する場合もありますね。データで語ることはもちろん大切ですが、定性的な要因を掴んだ上で両方を見ながら判断するようにしていきたいですね。

あと、難しいなと感じるのが、短期的な判断と長期的な判断を見誤ってしまうこと。長期的には正しいとわかっていても、現場では短期的なKPIを追ってしまってズレが発生することもありますよね……。

深田 氏:
そうですね。組織では発生しうることですよね。それを解決するには、「本質的な課題はどこなんだっけ?」「どこにリソースをかけるべきなんだっけ?」と考え続けることが大切です。

かなり極端な話になりますが、例えばボタンの色のテストを繰り返すのは本質的ではないなと思っています。もちろん、サイトによって影響の度合いは変わることは前提としてありますが、青なのか赤なのか、それをいくら試してもしょうがないのかなと思うんです。

もし、無闇矢鱈とA/Bテストをやるんだったら、どのタイミングで何をお客さんに伝えるべきなのかを考えるほうが価値として大きいですよね。どの行動からインパクトを作るべきなのか、順番を考えながらやることが重要です。

部分的な改善施策で「上手く行った気」になってしまう

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飯髙:
マーケターがよく、上手くやってるつもりなのに成果に繋がらないってことありますよね。それってとても部分最適の考え方だなって思っちゃうんですよ。例えば、CTR0.1%上げるために必死になるみたいなこととか、僕あんまり意味ないなと思うんです。だったらもう少し流動的に見たほうが良いんじゃないか、みたいな感覚があるんですけれども……。

深田 氏:
なるほど、たしかにそうですね。上手く行かない例としては、部分的にこだわりすぎて実験をしないことですね。

実験をしないということは、仮説を立てるときの精度に影響するんです。「それで本当に上手く行くのか」と考える前にデータだけを見てしまいます。

「ユーザーは本当にそう動くものなのか?」みたいなところに時間を掛けすぎてしまうと、結果として実験回数が減りますよね。現場で得られるの知見が少なくなってしまうのです。

Webは顔が見えない分、どうしても仮説を念入りに立てるというのはしょうがない部分はあると思っていますが、実験を繰り返すことが仮説の精度を高めることに繋がるんです。

飯髙:
「量は質を凌駕する」とよく言いますもんね。

あとは結構肌感としてあるのが、実験を繰り返したとしてもその後に振り返りをあまりせず、改善に繋がらないケースもあるなと……。

深田 氏:
施策とその検証に時間を掛けられないことは確かに問題ですよね。でも、実はマーケターのリソースがあまりにも足りないから運用のサイクルを回せていないというのがあると思います。忙しいけれど成果も出さなければいけないし、ちゃんと検証したいけれど、何を検証すれば良いのかわらない……というような状態です。

飯髙:
本当にリソース問題っていうのも圧倒的に足りていないですよね。その点は、ツールをうまく活用して効率的にできるといいですよね。

おもてなし文化実現に向けて必要なものとは?

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飯髙:
最後に改めて「おもてなし文化」というところでお聞きしたいのですが、Webにおいておもてなしが実現されるとどういった状態になるのかなと気になりました。深田さんの考えをお聞きしたいです。

深田 氏:
まずは我々がこういうやり方でちゃんと成果が出せるんだと示していく立場なのかなと思っているんです。お客様にこういう声の掛け方をしてあげれば、ちゃんと反応してくれるし行動も変わっていくんだということです。そういう例を沢山作って積み重ねていくのが第一だと思っています。

そういう意味では、Webのおもてなしのレベルってまだまだ低いと思うんです。当たり前のように実店舗で出来てることがWebでは出来ない状況ですよね。それに対して実績を積み重ねていくことによってユーザー視点がわかるようになる。そして、実体験に基づいた視点でコミュニケーションを考えれば、お客さんも喜ぶし成果も上がり、みんなハッピーな状態になると思います。

それにWeb上ののおもてなしの面白いところは、データで語れるっていうところですから。お店だったら属人的だったりして、「この人だからできるでしょ」みたいなことが、データと掛け合わせることで共有できるようになります。実店舗のやり方をWebに取り込んで汎用性があるかどうか検証し、サイクルが回ると、双方にとってメリットが生まれるんです。

その結果、Webのおもてなし文化が深まってくるだろうなと思います。

どうやっておもてなしの効果を検証するのか、僕らにもまだチャレンジしたいことが色々あるんですけれども、そういう考え方を大切にして広げていきたいと思っています。

飯髙:
ありがとうございました!

まとめ:実店舗の経験とデータの融合でWebのおもてなし文化が広がる

サイト改善、Web接客のプロである深田 氏は、データの分析とその活用に関して重要性を説きつつも、実店舗のような「おもてなし」を実現するためには定性的な感覚も大切だと述べています。

Web接客はポップアップやチャット形式、フォームなどを用いてユーザーのタイミングに合わせた施策が可能です。とはいえ、1つの手法として認知や活用が広がるものの、まだ実店舗の接客レベルには達していないのは事実です。

Webならではのデータ分析、豊富な手法を用いつつも、実店舗の接客担当者が持つノウハウを掛け合わせることで、深田 氏が描く「おもてなし文化」に近づくのかもしれません。