企業目線でのアプリ開発における生活者とのギャップ

向井氏:
ビジネスとしてアプリを作ると、生活者にとっていいと思われるコミュニケーションやインターフェイスを予測する企業の目線が入るかと思います。その上で、実際にアプリをリリースしてから生活者とのギャップに気付いた例はありますか?

また、アプリの設計をする時に、一番大事にしていたコンセプトはありますか?

奥谷 氏:
MUJI passport(注)では、Eコマースの要素を極力排除するという事を意識しました。売上の9割以上はあくまでも店舗なので、アプリを利用する事で店舗に行きたくなるように設計しています。

逆に予期せぬギャップとしては、「チェックイン」機能を使っているのが朝8時から10時といった通勤時間帯だった事です。

マクロ的に見ると、100人チェックインすると5人がその日中、それもチェックインから30分以内に買い物する傾向にありました。

こういうのがわかるとプッシュ通知したくなるのですが、忙しい通勤時間中の朝8時という事を考えるとそうもいきません。「無印のオススメ商品」が通知できたらユーザーは嫌になってしまうと思い、極力プッシュ通知は少なくして、なるべくお客さんに能動的に開いてもらうようにしています。

*お客さんがエンゲージメントしてくれるなら、買い物は年に3回でもいいんです。*だってアプリはメディアですから、メディアとしての価値が高ければ高いほどリテンションの力は大きくなります。

注釈:MUJI passport
MUJI passportは、無印良品の買い物アプリ。優待価格クーポンのほか、商品の検索機能や配送状況の確認機能など、店舗利用を前提としているのが特徴。店舗へ来店した際に「チェックイン」を行うと独自のポイントが貯まる。

参考:
MUJI passport|無印良品

向井 氏:
チェックイン後30分に買い物をするといったデータが見えてくると「Eコマースへの導線を設計した方がいいんじゃないか」という社内外の声がでてくると思うのですが、そういったものはなかったんでしょうか。

奥谷 氏:
無印良品の人はEコマースのプロではありませんから(笑)売上は店舗が上がった方がいいです。

向井 氏:
なるほど。Origamiでは最初のリリースからUIがかなり変わっていると思うんですが、それにはどういった背景があったんでしょうか。

古見 氏:
スマホ決済アプリの特性上、商品購入の瞬間だけアプリを起動して、支払いが終わったら、もう起動しないユーザーが多く現れるのではと予測していました。

ですが、アプリを今で言うとインスタグラムやピンタレストを流し読みしているような感覚で、アプリの店舗情報や画像を閲覧している行動がかなり見受けられます。

もともとOrigamiは「ソーシャルショッピング」を体現するサービスとしてスタートしています。その強みを活かし、自分が購入した事のあるお店や、位置情報に合わせて近くで利用できるお店の紹介をお知らせしたり、画面に表示される機能も提供しています。如何に「店舗に行ってみたら面白そうだ」と感じてもらうかについては、今、大きな構想を持っていますね。

奥谷 氏:
これは強みだと僕は思うんです。MUJI passportも同様ですが、購買のためだけに起動するアプリだと、4割から5割ぐらい支払いのタイミングでしか起動しないんです。

「それだったらiD-POSやクレジットカードと変わんねえんじゃねえか」と言われるでしょう。だからこそ、こういった探索的な行為をするという事が特徴であり、むしろこの行為に決済機能が付随しているといった方が自然だと思います。

古見 氏:
「メディア化しています」は言い過ぎかもしれませんが、コンテンツが一定の役割を果たしているというのは強く感じています。

向井 氏:
ユーザーに色んなコンテンツを見てもらえると予想してなかったという事でしょうか。

古見 氏:
もちろん見せたいという野望はありました。ただ、作り込んだコンテンツでなくとも思ったよりちゃんと見ていただけるんだなと感じています。あと、なぜかわからないんですが、ユーザーがプロフィールページをかなりの頻度で見ているというのも驚きましたね。

奥谷 氏:
自分が好きなんだ(笑)

向井 氏:
ヤマト運輸のアプリでは企業とユーザーの間にギャップを感じた事はありましたか?

中西 氏:
あまりないです。奥谷さんの話にもつながってくるんですが、我々にとっては「お荷物をお届けする事を知らせる事前の通知」が非常に重要な機能です。我々は、プロダクトの宣伝を目的としているわけではないので、広告はほとんどありません。

新商品や新サービスも基本的にはアプリを通じてお知らせする事は少なく、ヤマト運輸のアプリが通知するのはパーソナルなお客様の荷物の情報に絞っています。

通知のほとんどはユーザー自身の荷物情報ですし、アプリ以外のメール会員でもメルマガはあまり流れません。というのも、自分に関係するものしか通知は来ないという状態を守らないと、ユーザーはアプリを開かなくなるからです。

向井 氏:
社内で「自分に関係するものだけのプッシュ通知でいいでしょ」という言う人がいる一方で、絶対に「1,500万人会員がいるんだから、新しいサービスの案内送ろうよ」みたいな人がいると思うんです。それに関してはどうですか。

中西 氏:
そういう事を考えないわけではないです。

ただ、今世間では、「再配達」に関する問題が取り上げられる事が多いですが、我々は「如何にお客様にストレスなく受け取って頂くか」を主語で話します。ユーザー自身の荷物に関わる通知の事をメインに考えるので、それ以外の通知の事が主語になるのはあまりないように思います。

奥谷 氏:
徹底的に機能を絞って提供する事で、安心感にもつながるのかもしれません。でも、絶対にいつの日か、ヤマト運輸さんが持っている*「運ぶ」というデータは最強になる*と思っています。決済と同じぐらい重要です。「何を買っているか・どこで注文しているか」を知っているわけですから。

向井 氏:
ところでヤマト運輸さんは、LINEとアプリとWebの使いわけはどうやって決めているんでしょうか。

中西 氏:
我々はユーザーごとに選択をしていません。あくまで、ユーザーが「この方法で通知欲しいよ」という選択肢をご提供しています。

ただ、荷物はリアルタイムで動いており、通知したタイミングがユーザーにとっても1番多くの選択肢を選べる状態なのでタイムリーに通知を見て頂くのが、我々にとっても1番ありがたいです。

向井 氏:
とはいえ組織の中では予算があります。「LINEのbotと重複しているのに何かメリットがあるのか?」といった議論にはならないのでしょうか。

奥谷 氏:
そんな話、性格が悪い。さすがミスターマネタイズ(笑)

中西 氏:
確かに、そういう議論になる事はあります。

それこそLINEの便利さを体感している度合いも人それぞれで、社内の人間に便利さを伝え合意形成するのは少しパワーがかかります。ただ、「これでユーザーの受け取りが便利になって、荷物をストレスなく受け取って頂ける」という事については社内で疑う人間はいないですから。

向井 氏:
もはや物流そのものが社会インフラ化しているので、CSRの一環みたいな形なんでしょうか。

奥谷 氏:
それもありますけど、ヤマト運輸さんのカスタマージャーニーは、1回1回を1発で終えたいものなんじゃないでしょうか。

バク転して着地したいのに、「バク転してちょっと戻って」と言われても戻れないじゃないですか。だからこそ1回1回を全部しっかり着地させるという考え方なんだと思います。

これはヤマト運輸さんかかわらず、物流会社全体が求めているコミュニケーション戦略ではないでしょうか。

中西 氏:
そうですね。コミュニケーションにもコストがかかる事も事実ですし、何よりもユーザーさんが欲しい時にストレスなく1度でお届けしたいという思いがあります。