「言語化」時代におけるコピーライティングについて考察し、実務に活かせるヒントをお届けする連載「コピー学習帳」。第17回目となる前回記事では広告企画のプレゼンテーションについてお届けしました。

第18回となる今回は実践編「X世代の心象風景:80年-95年の広告とカルチャー」です。

広告メッセージを練る際にはまず最初に「ターゲット」のことを考えます。ターゲット心理を読み違えるとメッセージもピント外れになってしまいますが、他の誰かの心理を把握するのは難しいもの。

さらに多くの場合送り手とターゲットの間にはジェネレーションギャップが存在します。同じ言葉を伝えても、世代によって前提となる価値観や感性も異なるので当然受け取り方も変わります。

この差異を最小化することがメッセージ精度の向上の第一歩となりますが、その一つの手がかりとなるのがターゲットの感性が育まれた「思春期」の時代状況を把握すること。

そこでこれから3回に渡って、現在のマーケティングの主要なターゲットであるX世代/Y世代/Z世代それぞれがティーンであった時代状況にフォーカスしていきます。どのような社会情勢の中で、どんなカルチャーが生まれ、その時代の感性に対して広告コピーは何を語りかけてきたのか

今回はX世代(1965年~1980年頃生まれ)の人たちの思春期、つまり1980年~1995年にフォーカスします。ちなみに通称ミレニアル世代といわれるY世代(1980年~1995年頃生まれ)の思春期は1995年~2010年です。奇しくもX世代の思春期は日本の「登り坂の時代」で、Y世代のそれはバブル崩壊や震災後の失われた10年といわれる「下り坂の時代」に対応します。それは当然、価値観も異なるわけですね。

また、昨今注目されているZ世代(1996年~2010年頃生まれ)の思春期は2011年~現在になりますが、これは東日本大震災以降の時代で、スマホ・SNSと共に育ってきた世代ということになります。

時代の文脈を捉えることでより深くターゲットマインドに入っていけますし、また社会文脈と広告コピーの関係性を掴むことで適切なメッセージングの感覚も身につくでしょう。

これまでの連載は広告と同じく「1コンテンツ=1メッセージ」でお伝えしてきましたが、ここから3回は情報量満載になります。何かの企画の折にも参照できると思いますので、是非ブックマークしてご活用いただければ幸いです。

前回の宿題(のようなもの)の解答例はコチラ

広告コピーを考える際の基本をチェック!

マーケターが知っておくべき、広告コピーを考える際の基本

マーケターが知っておくべき、広告コピーを考える際の基本

コピーを考える際に必要な、10のコンセプトを収録しています。コピーライティングを学ぶ人はもちろん、業務において適切に言葉を扱う必要がある方におすすめです!

X世代の心象風景:80年-95年の広告とカルチャー

さて、2023年現在40代中盤~50代であるX世代が過ごした思春期である1980年代とは、まさに日本の「上り坂の時代」でした。高度成長期の60-70年代にジャパニーズ・モーレツビジネスマンが世界を席巻し、1979年に社会学者エズラ・ヴォーゲルが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を出版。経済的な充実を得て、人々の目は文化的豊かさにも向かうようになっていました。

ここから経年で時代の流れと広告コピーを追っていきますが、時代の空気感を掴む温度計替わりに「日経平均(年の終値)」も併記しておきます。90年代にかけてバブル景気に向かっていく熱量の高まりが文化や広告コピーとともに感じられるはずです。

▶1980年(日経平均:7,116円)

王貞治と山口百恵の引退と入れ替わりに「裸足の季節」で松田聖子がデビューし、欧州でヒットしたYMOが逆輸入的にテクノポップ旋風を起こしたのが1980年。2023年現在50代後半の人たちがティーンど真ん中だった年です。

「東京」という街に世界が注目し始めたこの年は、クリスタルキング「大都会」、沢田研二「TOKIO」など首都・東京を歌ったヒットソングが相次ぎ、奇抜なファッションに身を包んで路上でダンスする「竹の子族」と呼ばれる若者集団が注目を集めました。

自分たちの居場所を「お洒落」に読み替えていく、というモードが高まりを見せたこの時代。広告も単にモノを売るのではなく文化や気分を乗せてイメージ戦略によって差別化を図ろうという風潮が生まれました。

この年を代表するコピーが西武百貨店の「じぶん、新発見。」。街を読み替え、カルチャーを読み替えた先に新しい自分を発見する「場」として百貨店を位置づけるコピーです。コピーライター糸井重里が手掛ける西武百貨店の広告コピーは時代の気分を牽引し、以降80年代終わりにかけて「コピーライターブーム」と呼ばれる現象が起こっていきました。

同時に80年代は「女性の時代」と呼ばれ、新しい消費文化の中で旺盛に活躍する女性像が確立された時代でもあります。「キャリアウーマン」という言葉が生まれたのもこの年で、OLの給与でも買えるクルマの「女の週末が、攻撃的になった。」(トヨタ自動車販売/スターレット)や、「好きだから、あげる。」(丸井/ギフト)などが時代を象徴する広告コピーとなりました。

本記事を執筆するにあたり、年ごとの社会イベント/カルチャー/広告コピー14年分をまとめた年表を作成しているので、より詳しく知りたい方は資料をダウンロードして併せて読んでみてください。1980年は下記のような内容です。
AD.jpg

▶1981年(日経平均:7,681円)

坂本龍一率いるYMOはゲイシャなど当時の欧米人が抱く「TOKIO的」なイメージを諧謔的に記号化したミュージックビデオで新たな時代=80年代の到来を示しました。

翌81年はベストセラーとなった作家・田中康夫の「なんとなく、クリスタル」で描かれたクリスタル族が台頭。高級ブランドやお洒落スポットなどの文化的記号をアイデンティティとするカタログ的価値観に耽る若者が時代の象徴となりました。

同時に「ぶりっ子」「んちゃ!」が流行語に。激化する校内暴力に対する仮面=表層的にポップな振る舞いが広まるこの時代の気分を表すコピーが同じく糸井重里の西武百貨店のコピー「不思議、大好き。」です。

フジテレビの「楽しくなければテレビじゃない」というステーションスローガンも時代のノリを感じさせ、この年に島田紳助・明石家さんまが出演する「オレたちひょうきん族」のレギュラー放送が始まります。

▶1982年(日経平均:8,016円)

消費文化の成熟が進み、モノ自体=機能性での差別化が難しくなった82年頃。カリスマ的なデザイナーを打ち出して付加価値を付けて売る「DCブランドブーム」が巻き起こり、翌年ananが打ち出したアパレル店員を表す「ハウスマヌカン」という言葉が流行しました。

この流れを受けて、広告の世界もモノや機能ではなく広告表現で差別化を図る「コピーライターブーム」が起こります(ついでに筆者も誕生)。後世に残る多くのブランドや名作も続出したこの年を象徴するコピーがまたまた糸井重里が手がけた西武百貨店のコピー「おいしい生活。」です。

無題.png

出典:糸井重里は「堤清二さんのまねをしてきた」| 日経ビジネス

この年は映画では「E.T.」や「ランボー」「ブレードランナー」が公開され、ソロ活動をはじめたマイケル・ジャクソンの伝説のアルバム「スリラー」が発売されるなど、まさに文化の成熟というにふさわしい名作が次々と生まれた記念碑的な年です。

日本製品でも画期的なものが生まれます。それはTOTOから発売されたウォシュレット。糸井重里と共にコピーライターブームを牽引した仲畑貴志の「おしりだって、洗ってほしい。」というTVCMキャンペーンも話題になりました。

▶1983年(日経平均:9,893円)

最高視聴率62.9%(平均も52.6%)と歴代テレビドラマ史上最高視聴率を記録したNHK朝ドラ「おしん」ブームが起きた83年は、主演の田中裕子が樹氷を飲みながらゴキゲンに「タコ」を連発するTVCMがヒットしました。これを手がけたのも仲畑貴志です。

ViVi(講談社)やLEE(集英社)など個を持つ女性のバイブルも創刊され、女子大生ブームや「義理チョコ」が流行語となるなど、今につながる「強い女性」の潮流が本格化した年といえます。

東京ディズニーランドやファミリーコンピュータ(任天堂)、またTSUTAYA 1号店などが発売・開業したのもこの年で、続伸する株価に合わせて明るい未来へのまなざしを多くの日本人が共有していたこの頃。トヨタ自動車の「いつかはクラウン」というコピーも右肩上がりの時代の気分を象徴しています。

▶1984年(日経平均:11,542円)

ウイスキーの新商品サントリーシルクが「時代なんかパッと変わる。」と喝破した84年は日本の平均寿命が男女ともに世界一になった年。X・Y世代にはおなじみの福沢諭吉・新渡戸稲造・夏目漱石が印刷された新紙幣に一新され、日経平均が初の1万円台を突破。

明るい時代の雰囲気を三菱自動車・ミラージュのTVCMで起用された「エリマキトカゲ」や小学館・小学一年生の「ピッカピカの一年生」、また流行語にもなったアルマンの禁煙パイポTVCMの「私はコレで会社を辞めました」というフレーズが彩りました。

海外では物質主義社会を謳歌する女性像を歌うマドンナの「マテリアルガール」がヒットする一方、この年公開された宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」はこうした文明の盲目的な発展に疑問符を投げかけるものでした。

▶1985年(日経平均:13,113円)

神田正輝・松田聖子の結婚という明るい話題の一方、日航機墜落事件や豊田商事会長刺殺事件、さらに深刻化するいじめ自殺問題、女優・夏目雅子(27)の死去など「生きる」ことの明暗を強く意識させた85年。2023年現在50代前半の人たちがティーンど真ん中だった年です。

岩田屋の「私は、あなたの、おかげです」や「ぼくが、一生の間に会える、ひとにぎりの人の中に、あなたがいました。」というサントリーローヤルお歳暮のコピー。また家に帰る前に電話をしましょうというNTTの啓蒙キャンペーンのフレーズ「カエルコール」など、広告も「つながりの持つかけがえなさ」を見つめなおす視点を持つコピーが増えました。

好調な日本経済の一方、10年続いたベトナム戦争の事実上の敗戦や緊張感を増す冷戦への疲弊感からアメリカ国内は奮わず、日本車を破壊するなどジャパンバッシングが起こりました。深刻化する日米貿易摩擦緩和のためプラザ合意が結ばれたのもこの年。アメリカがグレートだった50年代への回帰願望を受けて公開された映画がデロリアンで過去(50年代)に戻って未来を修正する「バック・トゥ・ザ・フューチャー」です。

▶1986年(日経平均:18,701円)

バブル景気が始まった86年。株価を見てもわかるようにこの年から5年間、日本は一気に駆け上がります。男女雇用機会均等法の施行や日本社会党・土井たか子の女性党首就任(日本の主要政党で初)などウーマンパワーも徐々に力強さを増していきます。

こうした時代背景のさなか放映された「男女七人 夏物語」をきっかけにトレンディドラマ時代が幕開けました。そしてここからバブル崩壊の91年「東京ラブストーリー」まで、バブル景気と共に恋愛機運も高まっていきます。

大日本除虫菊の「亭主元気で留守がいい」や岡本太郎を起用したマクセルのビデオカセット「芸術は爆発だ!」、また武田薬品工業の胃腸薬「♪飲み過ぎたのはあなたのせいよ」など広告からも数多くの流行語が生まれました。

またこの年の白眉は豊島園・7つのプールの集客広告プール冷えてます」です。前年の記録的な猛暑の記憶と3年前のディズニーランド&ファミコンの登場、そしてこの年はいよいよおうちの中で大冒険ができる「ドラゴンクエスト」一作目が発売された年でもあります。そうした逆境を覆す、シズル感たっぷりの広告コピーはこれまでのファミリー層から若者に顧客層を拡げるためのアプローチでもありました。

▶1987年(日経平均:21,564円)

国鉄が民営化され、JRとして6社に分社化された87年。東京-大阪間を結ぶ最強の路線「東海道新幹線」を持つJR東海はこの年「シンデレラ・エクスプレス」のスローガンを掲げ、これまでの人を運ぶ鉄道から、人と人をつなぐ鉄道へと鮮やかに打ち出しを変えました。

東京発・大阪行き新幹線の最終電車が21時ちょうどだったことからシンデレラをイメージして付けられたスローガンは若者の心を打ち、TVCMのシーンにならって改札で手を振るのではなく駅のホームまで見送りするカップルが増加しました。当時は1車両に1カップルほどいたという伝説もあります。

また同キャンペーンタグライン「距離にためされて、ふたりは強くなる。」も秀逸で、本来障壁となる距離の壁をふたりの絆を磨く砥石として捉えなおすことでちょっとした遠距離恋愛ブームを起こしたともいわれています。

86年から本格的に始まった恋愛ブームも相まってこの年の広告コピーは西武百貨店「あなたなんか大好きです」やサントリーの「ハートをあげる。ダイヤをちょうだい」などバレンタインギフトの広告も活況で、時代の高揚感を演出しました。

▶1988年(日経平均:30,159円)

日経平均も3年で2倍となり、東京ドームや瀬戸大橋、青函トンネルなど大型の建築物が続々完成し国としてのビルドアップの実感が最高潮に高まった88年は伊勢丹の時代。

広告貴族といわれた博報堂出身のコピーライター眞木準の書く「恋を何年、休んでますか。」「ダイエットには、甘い恋を。」「恋が着せ、愛が脱がせる」「愛は無断でやってくる。」「口笛でタクシーをとめる服」など甘く鮮烈な伊勢丹のコピーが時代の空気をリード。これに呼応するかのように西武百貨店では女性コピーライター山本尚子による「おしゃれにお金をかけはじめると、この恋は本気かナ…って思います。」「たったひとつ、あればいい。」というコピーを展開し、百貨店同士が男女の会話を楽しむような時代の様相でした。

また糸井重里が日産セフィーロの広告で手がけた「くう・ねる・あそぶ」もセフィーロの助手席から井上陽水が語りかける「お元気ですか~?」というセリフとともに話題となりました。クルマのことは一言も言ってないのに、クルマが叶えるワクワクする生活の全部を詰め込んだコピーは80年的語り口の究極形といってもいいでしょう。

また三共リゲインの「24時間戦えますか」も話題となりました。70年アタマに「モーレツからビューティフルへ」を志向したジャパニーズビジネスマンですが、依然モーレツからは抜け出せずにいたようです。ただ「ちょっと栄養ドリンクがないとそろそろしんどいかな…」という限界も見え隠れしてきたタイミングでもあったのでしょう。街には中外製薬グロンサンの高田純次的「5時から男」とワンレンボディコン女が闊歩していました。

▶1989年(日経平均:38,915円)

ベルリンの壁が崩壊し、冷戦も終了。昭和の歌姫・美空ひばり(52)の死去とともに昭和が終わり、新たな年号「平成」を迎えた89年。三菱地所が米国経済の象徴ロックフェラーセンターを買収し、石原慎太郎の著書名「NOと言える日本」が流行語になり、バブル景気は年末に史上最高値を更新しました。

同時に86年からはじまった恋愛ブームも絶頂を迎えます。シンデレラ・エクスプレスキャンペーンのクリスマス版、JR東海「クリスマスエクスプレス」のTVCMで山下達郎の「クリスマスイブ」をBGMに駅を駆ける牧瀬里穂は一躍スターとなりました。

クリスマスエクスプレスの「私のジングルベルを鳴らすのは、帰ってくるあなたです。」や中外衣料製品のアンダーウェア広告君のおかげで 着たり、脱いだり、やめられない」など甘美なコピーの一方「こんなに憎み合うのは、あんなに愛し合っていたからですか」(パルコ)や「今日、私は、街で泣いている人を見ました。」(エーザイ/チョコラBB)など終焉に触れるコピーもちらほら。絶頂を迎えたものは、終焉に向かう。これらのコピーは翌年以降の景気の退潮を予感していたのかもしれません。

女性の時代=80年代を締めくくるこの年の流行語は「セクシャルハラスメント」「オバタリアン」「Hanako族」で、ananが「セックスで、きれいになる。特集」第一弾を出した年でもあります。宮崎駿のアニメ「魔女の宅急便」では少女が労働や嫉妬を経て自立した一人の大人の女性に成長する姿が描かれました。

▶1990年(日経平均:23,848円)

「絶頂の年」89年が終わり、時代は90年代へ。2023年現在40代後半の人たちがティーンど真ん中だった年です。日経平均は2000円以上の乱高下を繰り返し、徐々に降下していきました。

人々がなんとなく「小さな違和感」を感じつつもバブルは顕在化していない「調整局面の年」のコピーはJR東海「日本を休もう」、パルコ「あそんでねむれ。」、西武百貨店「なんにもしないをするの。」「ちちんブイブイ、ダイジョーブイ」(武田薬品工業/アリナミンVドリンク)など、暫く続いた享楽への一服感を匂わせるものが目立ちます。

この年にはほかに任天堂から「スーパーファミコン」が発売され、放送がはじまった「ちびまる子ちゃん」は歴代アニメ最高視聴率39.9%を記録した年。「夜のヒットスタジオ」が放送終了し、「マジカル頭脳パワー」の放送が開始。TVCMでも湖池屋の「♪ポリンキー ポリンキー 三角形の秘密はね」などがオンエアされ、「平成」という時代の表現トーンが徐々に定まってきた年でもあります。

▶1991年(日経平均:22,983円)

ドラマ「東京ラブストーリー」「101回目のプロポーズ」の放送や、ジュリアナ東京がオープンするなど享楽の余韻が残る一方、バブル崩壊が本格化して「失われた10年」が始まった91年。ソ連崩壊で戦後長らく続いた冷戦が終結する一方、クウェートで湾岸戦争が勃発。国内では雲仙普賢岳で火砕流が発生し、死者・行方不明者43名を出す大惨事になりました。

多くの日本人が心に抱えはじめた虚しさに対しコピーライター秋山晶は「多くの夢は、かなえられた瞬間に失われる」(キユーピー/アメリカンマヨネーズ)と喝破すると同時に「時は流れない。それは積み重なる。」(サントリー/クレスト12年)と新たな心の置きどころを提示しました。

前年ポリンキーのTVCMでヒットを飛ばした電通(当時)の佐藤雅彦はこの年「バザールでござーる」(NEC/キャンペーン告知)を制作し、以降湖池屋「スコーン」「ドンタコス」「チビノワ」などを連発しヒットメーカーとなり、CMプランナーのさきがけとなりました。

▶1992年(日経平均:16,924円)

2月に経済企画庁がリセッション入りを発表し、バブルの終了が公式に確定。また有効求人倍率が1.0を下回り、以降2005年12月まで13年間に渡って就職氷河期が継続します。とはいえ国民の心の底では「そのうち景気は回復するだろう」という楽観論が占めていました。

この年にヒットしたのが日清食品のカップヌードルで原始人とマンモスが登場する「hungry?」のTVCMと、きんさんぎんさんを起用して流行語にもなったダスキンの「きんは100歳、ぎんも100歳」のTVCMです。

デジタル技術の発達により、ポスター(平面)よりもTVCM(電波)向きの企画力・表現力重視の流れが生まれてきた時代でもあり、コピーライターとは別に「CMプランナー」という肩書きが広告クリエイティブの世界で一般的になっていきました。

またコピーでは松下電工が美容家電シリーズ「パナソニックビューティー」を発表し、コピーライターの一倉宏による「きれいなおねえさんは、好きですか。」は話題となりました。

▶1993年(日経平均:17,417円)

前年の貴花田と宮沢りえの「貴・りえ婚約(93年に破棄)」の余韻も冷めやらぬ中、この年は皇太子・雅子様の成婚の年となり、祝賀ムードが広がりました。

またこの年に開幕したJリーグの影響で、TVCMもラモス瑠偉が出演する「まさお、Jリーグカレーよ」(永谷園/Jリーグカレー)や、Jリーグの集客にやっかむとしまえんの広告うらやましいぞ!Jリーグ」などが話題となりましたが、10月に有名な「ドーハの悲劇」が起こります。盛り上がったら揺り戻しがあるという「突き抜けなさ」もなんとなくこの頃の日本の状況に重なるようです。

このあたりからJR各社は特定のエリアに旅客を差し向ける「デスティネーションキャンペーン」を活発に行うようになり、この年に始まったコピーライター太田恵美によるJR東海「そうだ 京都、行こう。」は現在にまで続く一大ロングランキャンペーンとなっています。

またコピーライター秋山晶のJR東日本の「その先の日本へ」も白眉。東北のあるエリア以北は全て赤字路線であるという課題を抱えていたJR東日本が新幹線で「その先」に足を伸ばしてもらうために打ったデスティネーションキャンペーンのスローガンです。同時に停滞する日本に対して皆で「次」の景色を見ようよ、とブレイクスルーを促しているようにも見えます。

▶1994年(日経平均:19,723円)

前年に発足した細川内閣で55年体制が崩れ、新たな日本の「新進」に期待が高まりましたが4月に早くも細川護熙首相は辞任を表明し、村山内閣に移行します。ジュリアナ東京も閉店し、オウム真理教による松本サリン事件も発生。「そのうち日本は復活するさ」といった楽観論に徐々に暗雲がたちこめてくるような、そんな時代。

この頃から広告のトーンも「受け手が基本的にうまくいっていない・弱っている前提」で書かれるものが多くなります。代表的なものがコピーライター小野田隆雄が書いたサントリーオールド「恋は遠い日の花火ではない」です。ちょっと元気を失った中高年の男性(しがない課長クラス)に対して、よかった日のあの頃をリマインドさせて励ますメッセージ。坂道で出演者の長塚京三さんがスキップするシーンが印象的なTVCMです。

同様のトーンのコピーに「愛だろ 愛っ」(サントリー/ザ・カクテルバー)や「男をやっていると、喉が渇くことが多い。」(キリンビール)、「人間は弱いから、音楽が作られた。」(カザルスホール企画室/アウフタクト)などがあります。前年の騒動を経た宮沢りえを起用した「すったもんだがありました」(宝酒造/TaKaRaCANチューハイすりおろしりんご)も話題となりました。

この頃はドラマも「東京ラブストーリー」までの流れと一変して「人間失格」や「高校教師」、また「同情するならカネをくれ」という流行語を生みだした「家なき子」など鬱屈したトーンの作品が増えていきます。音楽ではビーイング系がチャート上位を独占し、ZARDの「負けないで」が前年からヒットし、SMAPが「がんばりましょう」でブレイクしたのも広告のトーンと符合しています。「果てしない闇の向こうに手を伸ばそう」と歌ったMr.Childrenの「Tomorrow never knows」はダブルミリオンを記録しました。

X世代の心象風景

以降95年にオウム真理教の地下鉄サリン事件と阪神淡路大震災が発生によってバブル崩壊後の「違和感」が確定したロストジェネレーションの時代を成人したX世代は生きることになります。

70年代の政治の時代以降に思春期を送ったX世代は「しらけ世代」とも呼ばれますが、バブル景気とともに消費文化が最高潮に達する時代を生きているためモノや情報への関心が非常に高い世代です。一方で自分たちが大人になった時はバブルは崩壊し、就職氷河期に見舞われているため社会の「明暗」の味わいを知っており、したがって環境適応能力も高い世代でもあるので途中から出てきたデジタルも柔軟に使いこなします。

後のY/Z世代と比べるとテレビ・新聞などのメディアへのコミットが強く、またコスパ重視の非常に現実的な消費をする傾向があるといわれます。また明暗を知っているため消費の意思決定にも慎重で「よい面だけのアピール」ではなかなか納得してくれないという傾向もあります。

前回のお題の解答例

前回のお題だった「マンションの立地」のコピー解答例はこちらです。
AD.png

▼コピーを作る前に!ブランドの魅力を整理するためのフォーマットをダウンロードできます

ブランドの魅力を整理する!広告訴求のためのフォーマット

ブランドの魅力を整理する!広告訴求のためのフォーマット(Excel形式)

後書きのようなもの

【思春期全史】自分の「史観」を打ち立てる

この企画の発端は10年前に遡る。当時広告代理店で働いていた私は、家具屋の若者向けキャンペーン提案のために世代別の年表を作成した。「X世代=モノ大好き世代」と「Y世代=モノを買わない世代」の価値観対比をするために作ったおおざっぱなものではあったが、その世代の価値観や特徴は社会状況と生育年を照合すれば深く理解できることを発見した。

昨今書店に行けば「経営戦略全史」「サピエンス全史」など「〇〇全史」流行りであるし、テレビのドキュメンタリー番組でも日・米・欧のサブカルと社会情勢を映像で10年刻みにまとめたNHK「世界サブカルチャー史 欲望の系譜」が話題。つまり世の中は一大「通史ブーム」の様相だ。

広告の世界も宣伝会議から「コピーライター全史」が出版されたが、これは個人にフォーカスを当てたもので「どのような社会情勢の中で、時代の映し鏡としての広告コピーは何を語りかけたのか」を詳しく読み解いたものは見当たらない。

そこで10年前に掴んだ感覚をさらにクリアにするために、今回改めて「通史」をまとめてみることにした。いわばXYZ各世代の「思春期全史」だ。社会的イベント/カルチャー/広告コピーを一年ごとにまとめていくのは想像以上に大変な作業で若干後悔していなくもないが、それ以上に様々な記憶がひとつながりになるのはエキサイティングな体験だ。

記事本文では年表の中から時代の文脈と広告コピーとの呼応関係にフォーカスして抽出しているが、その他ポップソングや映画、ドラマなど様々な諸相と一緒に観ていくとそれぞれに発見があるに違いない。是非年表も併せてダウンロードいただき、ご自身の「史観」を打ち立てていただきたい。

次回は「Y世代の心象風景:95年-10年の広告とカルチャー」について。ミレニアル世代の青春時代を特集します。

では、また次回の連載(11/24(金)予定)でお会いしましょう。

連載

第1回 「言語化」時代のコピーライティングとは
第2回 広告の目的は「買ってもらうこと」ではない。生活者のお買い物ポリシーを書き換える広告コピーのアプローチ
第3回 「誰も読んでくれない」という前提から発想する。広告コピーの基本スタンス
第4回 広告コピーの「秘伝の修行法」とは
第5回 どう言うか?の前に「何を言うか?」を決める
第6回 生活者とブランドの接点=ベネフィット(便益)の約束
第7回 広告のメッセージ精度を上げる「言葉のフォーメーション」
第8回 広告の「基点」愛され続けるタグラインの書き方
第9回 1/1000の狭きココロの門に入るキャッチコピーの書き方
第10回 ブランドの「認識」を醸成するボディコピーの書き方
第11回 【特別編】ChatGPTのコピーを添削する
第12回 広告コピーのトレンド変化
第13回 ブランドが紡ぐ小さな物語
第14回 アイデアの作り方 ~インプット編~
第15回 アイデアの作り方 ~アウトプット編~
第16回 顧客理解のためのヒアリング
第17回 広告企画のプレゼンテーション
第18回 X世代の心象風景:80年-95年の広告とカルチャー
第19回 ミレニアル世代(Y世代)の心象風景:95年-09年の広告とカルチャー

▼ 記事制作をプロに依頼したい方はこちら

ban記事中_記事制作.png